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ジャガー/リチャーズ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
左からミック・ジャガー、キース・リチャーズ

ジャガー/リチャーズ (Jaggar-Richards) とは、ローリング・ストーンズの作品群に於いて、ミック・ジャガー及びキース・リチャーズ作詞作曲を担当した作品の作者名義である。ストーンズのオリジナル曲の大半に使用されている[注 1]

解説

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この名義は実際にジャガーとリチャーズの2人で書いたものにも、どちらかが単独で書いたものにも適用される。その理由について、ジャガーは1995年の取材で「何となくそれで合意した」からと答えている[1]ビートルズの作品群に於ける「レノン=マッカートニー」とほぼ同様の形式である。リチャーズはストーンズのデビューから1978年頃まで「キース・リチャード」を名乗っていたため、この名義の表記は「Jaggar-Richard」だったが、それ以降は「Jaggar-Richards」となっている[注 2]

ストーンズでは基本的にボーカリストのジャガーが作詞、ギタリストのリチャーズが作曲をそれぞれ担当しているといわれているが、ジャガーは1995年に「昔だったらそうだったかもしれないが、今は全然違う」と否定している[2]。リチャーズは「俺達の典型的な作曲方法」の例として、アルバム『スティッキー・フィンガーズ』(1971年)の収録曲「ワイルド・ホース」を挙げている。この曲ではリチャーズが曲全体のコード進行とコーラス部の歌詞とメロディを書き、ジャガーがヴァース部の歌詞とメロディを作ったという[3]。彼らの代表曲「サティスファクション」も同じような方法で書かれたものである[4]。またリチャーズは2002年のインタビューで「『メイン・ストリートのならず者』(1972年)の頃までは、俺とミックがテープレコーダーを抱えて向き合って作ってたけど、それ以降はお互い別々の所に住むようになったから、顔を合わせた時に互いに持ってるアイデアをつき合わせるようにしてる」と語っている[5]

下記のように、この名義は他のメンバーが作詞作曲に深く関与したとされる楽曲にも概ね用いられるが、後に別の人物名が続くこともある。例としては「アズ・ティアーズ・ゴー・バイ (涙あふれて)」のアンドリュー・ルーグ・オールダム、「シスター・モーフィン[注 3]マリアンヌ・フェイスフル、「ヴェンチレイター・ブルース」[注 4]ミック・テイラー、アルバム『アンダーカヴァー』と『ダーティ・ワーク』に散見されるロン・ウッドとサポートメンバーのチャック・リーヴェルなどが挙げられる。「エニバディ・シーン・マイ・ベイビー?[注 5]の作者名義にカナダの歌手k.d.ラングとベン・ミンクの名が追記されたのは、同曲のメロディがラングの曲「コンスタント・クレヴィング」に似ていることに気付いたジャガーが訴訟を恐れて本人の許可を得て加えた[6]という大変珍しいケースである。

ジャガーとリチャーズのソロ活動の楽曲は、ストーンズで発表された曲を演奏している場合を除いて原則的には単独名義である。ジャガーの1stソロ・アルバム『シーズ・ザ・ボス』の1曲目「ロンリー・アット・ザ・トップ」には1979年にストーンズで録音した楽曲が利用されていることから、同曲はジャガー/リチャーズ作になっている。

オリジナルの作者についての追記

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ストーンズがレコード・デビューした1963年から1965年までの間に作られたオリジナルの中に、「ナンカー・フェルジ」という名義が用いられたものが10曲近くある。この名義は当時ジャガーとリチャーズ以外のメンバーだったブライアン・ジョーンズビル・ワイマンチャーリー・ワッツ、レコード・デビューの際に正規メンバーから外されたイアン・スチュワート、マネージャー兼プロデューサーだったアンドリュー・オールダムも含めた全員で著作権を共有する為のもので、イギリスでの2枚目のシングル「彼氏になりたい」のB面曲「ストーンド」の録音時にジョーンズによって提案された[7]。「ナンカー」はジョーンズがよく行なっていた変顔のことで、「フェルジ」とはジャガー、リチャーズ、ジョーンズがレコード・デビュー前に共同生活をしていたアパートに住んでいた共通の知人・ジミー・フェルジという人物に由来している[8]

ワイマンは自著「ストーン・アローン」で、「いくつかの曲は、その成り立ちからしてミックとキースの名だけがクレジットされるのは不公平だと思うものがある。ブライアンや俺が考えたリフや提案がそのまま採用され、曲の重要な部分になることもあった」と主張し[9]、代表曲の一つ「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」の元となったリフは自分が考えたと暴露している[10]。彼は単独で「イン・アナザー・ランド」[注 6]と「ダウンタウン・スージー」[注 7]の2曲の作者の名義を得ている[注 8]

ストーンズに1969年から1974年まで在籍したミック・テイラーは、「ムーンライト・マイル」[注 3]や「タイム・ウェイツ・フォー・ノー・ワン」[注 9]などの作曲にも関与したにもかかわらず、上記「ヴェンチレイター・ブルース」のクレジットを得るだけに留まった。このことが脱退の遠因の一つとされる[11]

脚注

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注釈

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  1. この両名からなるプロデューサー・ユニットの名称にはグリマー・ツインズが用いられる。
  2. "Richard"と名乗っていた1978年以前の作品でも、レコードの包装やラベルのクレジットには"Richards"と表記されている作品もいくつか存在する。
  3. 1 2 『スティッキー・フィンガーズ』収録。
  4. 『メイン・ストリートのならず者』収録。
  5. アルバム『ブリッジズ・トゥ・バビロン』(1997年)収録。
  6. アルバム『サタニック・マジェスティーズ』(1967年)収録。リードボーカルも担当。
  7. 編集アルバム『メタモーフォシス』(1975年)収録。
  8. ストーンズのメンバーで作者の名義を単独で与えられているのは彼だけである。
  9. アルバム『イッツ・オンリー・ロックン・ロール』(1974年)収録。

出典

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  1. SIGHT VOL.14 特集「ロックの正義!!ストーンズ全100ページ」(株式会社ロッキング・オン2003年)59頁
  2. SIGHT VOL.14 特集「ロックの正義!!ストーンズ全100ページ」(株式会社ロッキング・オン、2003年)74頁
  3. アルバム『スティッキー・フィンガーズ』1994年リマスターCD付属の解説より
  4. SIGHT VOL.14 特集「ロックの正義!!ストーンズ全100ページ」(株式会社ロッキング・オン、2003年)48頁
  5. SIGHT VOL.14 特集「ロックの正義!!ストーンズ全100ページ」(株式会社ロッキング・オン、2003年)28頁
  6. ベストアルバム「フォーティ・リックス」付属の寺田正典による解説より
  7. 『ローリング・ウィズ・ザ・ストーンズ』(ビル・ワイマン/リチャード・ヘイヴァーズ著、立神和依/河原真紗子訳、小学館プロダクション刊、2003年、ISBN 4-7968-8007-0)85頁
  8. 『ローリングストーンズ/グッド・タイムズ・バッド・タイムズ』 (テリー・ロウリングス/アンドリュー・ネイル/キース・バッドマン著、 筌尾正訳、シンコーミュージック刊、2000年)22頁
  9. 『ストーン・アローン/上』(ビル・ワイマン/レイ・コールマン著、野間けい子訳、ソニー・マガジンズ刊、1992年ISBN 4-7897-0780-6)251頁
  10. 『ストーン・アローン/下』(ビル・ワイマン/レイ・コールマン著、野間けい子訳、ソニー・マガジンズ刊、1992年、ISBN 4-7897-0781-4)286-287頁
  11. アーカイヴシリーズvol.4「ザ・ローリング・ストーンズ['69-'74]」(シンコー・ミュージック刊、2002年)17頁

関連項目

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