プログレッシブ・ロック
プログレッシブ・ロック(英: Progressive rock)は、1960年代後半のイギリスに現れたロックのジャンル・スタイルの1つ。実験的・前衛的なロックとして普遍性からの意図的な逸脱が特徴。発生以降、一時的な繁栄にとどまらず絶えずスタイルの拡散・細分化が進んでいる。日本に於ける一般的な略称は「プログレ」。
概論
ロックの表現方法が多様化する流れのなか、それまでのシングル用の曲作りから大幅に踏み出した制作姿勢をもつバンドを総称した呼び方である。ロックというジャンルにとらわれることなく、他ジャンルの影響を反映した、前衛的あるいは先進的(プログレッシブ)・実験的な音楽といえる。クラシックやジャズなど、その音楽のアプローチや演奏法にとどまらず、精神までも取り込もうとしていた。しかし軸足はあくまでロックの側にあり、progressiveという形容は「ロックとして」先進的であるという認識が正しい。その為後述するように、精神性や技術力が著しく高く、文字通りプログレッシヴな音楽を志向しているミュージシャンが、ロックの要素が薄いためにこの定義に含められないこともままある。
「アート・ロック」や「ニュー・ロック」、あるいは「シンフォニック・ロック」と呼ばれる場合があるが、それぞれ微妙な差異を持ち、あるいはそれらをプログレッシヴ・ロックの一派に含めることもある。また、「ユーロロック」と呼ばれることがあるが、その理由はイタリア・フランス・オランダ・ドイツに有力なバンドが存在していたためであり、創作の姿勢や演奏形態を表しているわけではない。
命名
現在"progressive rock"は英語でも普通に使われている言葉である。省略形は"prog-rock"。
この言葉の誕生説として、1970年に発売されたピンク・フロイドの『原子心母/Atom Heart Mother』の日本盤のタスキに、「ピンク・フロイドの道はプログレッシヴ・ロックの道なり!」 (発案者は当時東芝EMIで担当ディレクターをつとめていた石坂敬一)というコピーが掲げられたのが初であるという説が有力とされるが、1968年に発売されたキャラヴァンのセルフタイトルのデビューアルバムのライナーノーツにも"progressive rock"という言葉が出ている。
定義
「プログレッシブ」とは、本来、「先進的」・「前衛的」というような意味だが、プログレッシブ・ロック・バンドという場合、そのアルバムや楽曲などが次のような特徴がある。
- アルバム全体を一つの作品とする意識の徹底(コンセプト・アルバム)
- 大作・長尺主義傾向にある長時間の曲
- 歌が短く演奏重視で、インストゥルメンタルの楽曲も多い
- 技巧的で複雑に構成された楽曲(変拍子・転調などの多用)
- 芸術性を重視した曲作り
- クラシック音楽やジャズ、あるいは現代音楽とのクロスオーバー・ミクスチャーを試みたものも多く、高度な技術を有する
- シンセサイザーやメロトロンなどといった、当時の最新テクノロジーを使用した楽器の積極的使用
- 今までにない独創的な音楽性(あるいは既存のプログレバンドの音楽性から強く影響を受けている)
上記の特徴は、ピンク・フロイド、キング・クリムゾン、イエス、エマーソン・レイク・アンド・パーマー、ジェネシスなどのバンドが持つものである。おそらく、ピンク・フロイドの音楽をプログレッシブ・ロックと形容したのを皮切りに、その音楽と同様の特徴をもつキング・クリムゾン、イエスの音楽もプログレッシブ・ロックと呼ばれるようになり、これらのバンドの音楽の特徴である上記(の一部)を満たすものは、プログレッシブ・ロックである、と分類されていったのであろう。すなわち、多くの音楽ジャンルの定義と同様(あるいは多くの芸術様式の定義と同様)、プログレッシブ・ロックの定義は、演繹法的ではなく、帰納法的であるといえる。したがって、音楽自体はその時代において「先進的」・「前衛的」とはいえないが、上記特徴にあてはまるために、一般にプログレッシブ・ロック・バンドと呼ばれるようになった例もある。反対に、その音楽は十分に先進的、前衛的ながら、上記条件にあまり該当しないためにプログレッシブ・ロックにはカテゴライズされないバンドも少なくない(それらはアヴァンギャルドやオルタナティヴ、といった別種の形容がなされる場合もある)。
上記のバンドのほかにヨーロッパでは、ソフト・マシーンをはじめとするカンタベリー出身のジャズ・ロック・バンドが体系化したカンタベリー・ロックや、1960年代から70年代にかけてドイツで生まれた実験的な音楽を指すクラウト・ロックもプログレッシブ・ロックの一派とされる。一方、1970年代のアメリカでは、イギリスのプログレッシブ・ロックの影響を受けたカンサスやボストン、ジャーニーなどが台頭し、アメリカン・プログレ・ハードというジャンルが誕生した。また、1990年代以降はドリーム・シアターなどによるプログレッシブ・メタルと呼ばれる音楽形態も生まれた。2000年代にはアット・ザ・ドライヴインから派生したマーズ・ヴォルタが登場し、パンク、エモを通過した新たな形のプログレッシブ・ロックを掲示した。
プログレの定義付けについては二面的な部分があり、プログレッシブ・ロック言葉をロックの一範疇(つまり音楽スタイルの一つ)という視点で考えると、上記の特徴に当てはまるものがプログレッシブ・ロックとなる(様式としてのプログレッシブ・ロック)。ところが、本来の「プログレッシブ」(「先進的」・「前衛的」)という視点からすると、現在のいわゆるプログレがそれかというと、そうではないという意見もある。音楽自体が常にプログレッシブな面を持っているからであり、時代時代において表現の仕方、音楽が変化するのが当然だからである。プログレッシブハウスやプログレッシブトランスというスタイルも他ジャンルにおいて存在する。
全てのプログレという名の音楽に共通するのは、ロックなりハウスなりのそれぞれの音楽的基盤があった上でのクロスオーバーを身上としていることである。そして、プログレかどうかは聞き手が決める場合も多く、本人はプログレのつもりでも他者が見ればプログレでなかったり、逆にプログレという言葉を知らないミュージシャンの音楽が、プログレとして評価が高いといったことも少なくない(キング・クリムゾンのギタリストであるロバート・フリップは、自身の音楽をプログレと定義されることを嫌っている)。
プログレのジャンル
一言でプログレといっても様々な音楽性があることから、さらに細分化されたジャンル分けがなされる場合もある。その場合、代表的なジャンルや有名バンド名を組み合わせて説明するケースもある(ジャケットの帯タタキにてよく見られる。例として「アイリッシュトラッドの要素を持ったジャズロック」、「EL&Pを彷彿とさせるテクニカルロック」など)。独自に固定化されたカテゴライズが存在するわけではなく、区分も先ほど出たように帰納法的かつ曖昧であり、いまだにどのバンドをどの区分に当てはめるかでは大きな統一見解と言うものが出てきていない。
以下ではそうした複雑なジャンル議論を措いて、暫定的ではあるが主要な区分およびジャンルを記述する(国名がついたものは、音楽性的にも一定の共通性があるとされるもの)。
- プログレ主流派と五大バンド
- 主なバンドキング・クリムゾン、ピンク・フロイド、 イエス、ジェネシス、エマーソン・レイク&パーマー(EL&P)、ジェントル・ジャイアント
- 何を持って主流とするかという議論はあるが、70年代の英国のプログレバンドを正統派とする意見がある。また、これらについては特に細分化されたジャンル名がついていないため、便宜上一括りにするケースもある。またこれらのバンド名を使い「○○系」というジャンル分けをする場合もある。
- カンタベリー・ロック
- 主なバンド ソフト・マシーン、ヘンリー・カウ、ゴング、キャラヴァン、ハットフィールド・アンド・ザ・ノース、ナショナル・ヘルス、エッグ
- 1960年代後半にカンタベリーで結成されたワイルド・フラワーズを祖とする。この一派に共通する特徴をひとくくりに言い表すことは難しいが、複雑な変拍子や即興演奏を多用しジャズ・ロック色が強いものが、カンタベリー派の代表的な曲調とされる。
- ジャズ・ロック
- 1970年前後にアメリカのジャズの帝王マイルス・デイヴィスやイギリスのギタリスト、ジョン・マクラフリンらが伝統的な手法に縛られないエレクトリック・ジャズというスタイルを追求し、ロックにおいても英国人のジェフ・ベックなどがそちら側へのアプローチを見せていた。またイギリスでも同時期(ブライアン・オーガーなどは1967年にはザ・トリニティを結成していた)にイアン・カーのニュークリアス、マイク・ウエストブルック、ニール・アーダレイ、ジョン・ハイズマンのコロシアムなど多くのアーティストがジャズとロックの多様なクロスオーバー現象の勃興に関与していた。
- チェンバー・ロック
- 主なバンド:ユニヴェル・ゼロ、サード・イアー・バンド、アール・ゾイド
- ロック以外のジャンルと結びつきが強いプログレ界隈のなかでも、とりわけ室内楽的なアプローチを大きく打ち出した派閥。プログレッシヴ・「ロック」とはいうものの、もはやロックの要素はあまり顧みられないこともある。
- シンフォニック・ロック
- キーボードや電子楽器を駆使し、プログレッシブ・ロックの壮麗な要素を強調した音像のバンド。
- 主なバンド ルネッサンス、エニド
- イタリアン・プログレ
- 主なバンド PFM、バンコ、オザンナ、ゴブリン、ニュー・トロルス、アレア、レ・オルメ、アルティ・エ・メスティエリ、オパス・アヴァントラ、マクソフォーネ、イル・ヴォーロ、クェラ・ヴェッキア・ロカンダ、ロカンダ・デッレ・ファーテ、ラッテ・エ・ミエーレ、イル・バレット・ディ・ブロンゾ
- 日本のプログレ
- 主なバンド :四人囃子、ゴダイゴ [1]、ザバダック、サルバゴ、サイケ奉行、金属恵比須、これ巨人、美狂乱、Novela(ノヴェラ)、シェラザード、Mr. Sirius、MONGOL、KENSO、新●月、アストゥーリアス、SENSE OF WONDER、後藤忠司、人間椅子、ファー・イースト・ファミリー・バンド、マンドレイク、Yuka & Chronoship、YBO2
- 東欧プログレ
- 主なバンド アフタークライング、コラージュ、クィダム、ソラリス(ハンガリー)
- 幻想的で独特の雰囲気がある。東欧ならではの共通点があるのは、音楽機材がソ連製であったことと関係するとの見方もある。
- クラウト・ロック(ジャーマン・プログレ)
- 主なバンド クラフトワーク、ノイ!、タンジェリン・ドリーム、アモン・デュールII、アシュ・ラ・テンペル、カン、ファウスト、グル・グル、ホルガー・シューカイ
- ドイツのプログレで、実験的な音楽性を持つ。電子楽器の導入やミニマルな曲展開を特徴とするバンドも多く、後のテクノ音楽にも影響を与えた。
- 西欧のプログレ
- 主なバンド フォーカス(オランダ)、ドラゴンフライ(スイス)
- 北米のプログレ
- 主なバンド スター・キャッスル(アメリカ)、ラッシュ(カナダ)
- 南米のプログレ
- 主なバンド:ブブ(アルゼンチン)、クルーシス(アルゼンチン)
- オセアニアのプログレ
- 主なバンド:セバスチャン・ハーディー(オーストラリア)、レインボー・シアター(オーストラリア)
- トラッド・フォーク系
- 主なバンド・ミュージシャン ジェスロ・タル、フループ、アンソニー・フィリップス
- ニューエイジ系
- マイク・オールドフィールド、ヴァンゲリスなど
- 女性ボーカルもの
- カーヴド・エア、アニー・ハスラム、ケイト・ブッシュ、谷山浩子など
- もともとルネッサンスなどの女性ヴォーカルのプログレが存在していたが、「プログレ的要素を人によっては感じ取れる」女性ヴォーカルのロック・ポップス・ニューエイジ・民族音楽を「プログレの一種」としてプログレ専門のラジオ・雑誌・ショップなどが取り上げた。プログレとファン層が重なることもあり、一定の支持を受けている。「プログレ度合い」は、非常に高いものからこじ付け的なものまで様々である。TERU'S SYMPHONIAを筆頭に、所謂ノヴェラ系ジャパグレにも女性ボーカルのバンドが多い。
- フリーク系プログレ
- 主なバンド エックス・レッグドサリー、ティポグラフィカ
- 変拍子やリズムチェンジ・転調等のテクニカル面・曲の複雑性・難解性を追求した結果、一見何が何だかわからないような変態的な状態にまでなっていった音楽を演奏するジャンル。
- ズール
- 主なバンド マグマ、WEIDORJE、高円寺百景、ルインズ、MONGOL
- フランスのマグマがこれにあたる。独自の音楽形態を昇華してプログレとして扱われつつもひとつのジャンルにまで進化、確立されてしまったもの。
- ハードロック・ヘヴィ・メタル
- プログレが生まれた70年代はハードロック・バンドのアルバム中に、プログレの曲が含まれることも多かった。また音楽性やバンド間のミュージシャンの異動等、共通する要素も多いため、区分が今でもあいまいなケースもある。レッド・ツェッペリンやユーライア・ヒープの曲などが、その代表的な例である。キーボードのジョン・ロードにクラシック音楽の素養があり、かつハモンドを多用することからディープ・パープルがプログレとして扱われることもあった。逆に、EL&Pはハードロック寄りの破天荒なステージングを長年に渡って続けている。
- シアトリカル・ロック
- 主なバンド クイーン、ミートローフ、ラッシュ
- ドラマ性のある大仰なロック。プログレにカテゴライズされないケースが多いが、プログレ的な要素として語られることがある。なお、プログレ的側面からこのように語られるバンドも普段は別のジャンル名で呼ばれる(たいていはハードロックやヘヴィメタル)ことが一般的で、これらのバンドのプログレ的要素を語る時に使われる用語である。
- アメリカン・プログレ・ハード、アリーナ・ロック
- カンサスなど一部を除いて曲の長さや難解さ・複雑さはほとんどなく、ポップな要素を持ち合わせているが、キーボードを多用し、幻想的な音作りがプログレを髣髴させることから、このように呼ばれる。音楽評論家の渋谷陽一がこの言葉をはじめに使ったとされている。ジャーニー、スティックス、TOTO、ボストンが有名で、産業ロックと呼ばれることも多い。米国のバンドが大半を占めるが、英国のエイジアもサウンド的には同様である。
- ポンプ・ロック(ネオ・プログレッシブ・ロックとも)
- 主なバンド マグナム、マリリオン、ペンドラゴン、IQ、アリーナ
- 80年代初頭に英国で生まれたロック・バンドの中で、キーボードを多用しプログレの壮麗・荘厳な要素を発展させつつ、内省的な歌詞など70年代プログレの音楽的要素を多く取り入れたバンドを指す。ただし、取捨選択の結果として変拍子や大曲・組曲構成などの引き継がれなかった要素も多い。「先進的」という意味でプログレという言葉を使うにはふさわしくないとして「華麗、盛儀(大仰)」という意味のPOMPとカテゴライズされた。ただし、これは70年代のプログレを絶対視するファンが新興バンドの彼等をプログレと分類しなかったという側面もある。
- プログレッシブ・メタル
- 主なバンド クイーンズライク、ドリーム・シアター、ペイン・オヴ・サルヴェイション、シンフォニー・エックス、フェイツ・ウォーニング
プログレッシブ・ロックを取り扱う主なレーベル
- Acme Records
- Ad Perpetuam Memoriam
- Alucard Music
- Anthem Records
- Atco Records - アトコ・レコード
- Baratos Afins
- Camino Records
- Charisma Records - クリサリス・レコード
- Chrysalis Records
- Cotillion Records
- Cuneiform Records
- Dawn Records
- Deram Records
- Dick Bros Record Company
- Discipline Global Mobile
- DVS Records
- E.G. Records
- Freedom Records
- Galileo Records
- Harvest Records - ハーヴェスト・レコード
- Inside Out Music
- InsideOut US
- Island Records - アイランド・レコード
- Itaca Records
- Magna Carta Records
- Manticore Records
- Melodic Revolution Records
- Musea
- Ohr
- Pilz
- Regal Zonophone Records
- Silence Records
- Spalax
- Threshold Records
- Tzadik Records - ツァディク
- Unicorn Digital
- Vertigo Records - ヴァーティゴ
- Voiceprint Records
関連項目
出典・脚注
- Prog-Rock/Art Rock, オールミュージック, (2011) 2007年12月4日閲覧。[出典無効]
- Allmusic.com (2013), Frances the Mute: Awards, オールミュージック 2013年7月12日閲覧。
- Anderson, Ian (2008), BBC Prog Rock Britannia: An Observation in Three Movements (Televised interview), BBC Four[出典無効]
- Anonymous (2013), Prog pack, Hollow Sun 2013年6月13日閲覧。
- Beck, Matt (2010-12), “5 Ways to Play Like Keith Emerson”, Keyboard 2013年6月16日閲覧。