ボストン (バンド)
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| ボストン | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出身地 | アメリカ合衆国 マサチューセッツ州ボストン |
| ジャンル | ロック アート・ロック ハードロック |
| 活動期間 | 1976年-現在 |
| レーベル | エピックレコードジャパン (1976-1986) MCA Records (1986-2002) アルテミス・レコード (2002-現在) |
| 共同作業者 | バリー・グドロー オリオン・ザ・ハンター RTZ フラン・コスモ ブラッド・デルプ |
| メンバー | |
| トム・ショルツ ギャリー・ピール キンバリー・ダーム ジェフ・ニール |
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| 旧メンバー | |
| ブラッド・デルプ ジム・マスデア バリー・グドロー シブ・ハシアン フラン・シーハン デーヴィッド・サイクス ダウ・ハフマン カーリー・スミス フラン・コスモ アンソニー・シトリナイト |
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ボストン(Boston)はアメリカのロックバンド。実態はトム・ショルツ(Tom Scholz、1947年3月10日生まれ) による作詞作曲、編曲、演奏、サウンド・エンジニアリング、総合プロデュースとレコーディング・プロセスのほとんど全てを行ったソロ・プロジェクトである。
レッド・ツェッペリンに代表されるイギリスのハードロックと、ジェネシスやEL&Pなどのプログレッシブ・ロックをアメリカ人ならではのセンスでポップに消化して[1]大成功を収め、1970年代後半から1980年代前半のアメリカン・ハードロック隆盛のきっかけを作った。また、メロディアスでキャッチーな作風から、アメリカン・プログレ・ハードと呼ばれることがある。
目次 |
[編集] 歴史
トム・ショルツはアメリカ合衆国オハイオ州の出身。7歳からピアノを習い、マサチューセッツ工科大学在学中にギターを独学で覚える。大学卒業後はポラロイド社に就職しプロダクト・エンジニアとなった。仕事の傍ら、電気工学の知識を生かして自宅アパートに多重録音可能なスタジオを構築、そこで作り上げたデモ・テープがCBSレコードに認められ、デビューの運びとなる。このデモ・テープの完成度は異様なほど高かった[2] ので、ほとんどショルツ一人で作ったという話をCBS側はにわかには信じず、後で「実は…」とバンドのメンバーが明かされるのではと期待していたと言われる[3]。このスタート時点ですでに、ショルツ側とレーベル側の思い違いがあったと(その後のことの成り行きを知っている現在からは)言える。デモテープを聞いたCBS側の担当者は「現存するあらゆる(ロック・ミュージック)作品の中で、最も素晴らしい作品である」と評価したと言われる。
アルバムの制作はショルツの完成度の高いデモ・テープの内容を、プロのスタジオのクオリティで忠実に再現することに費やされた。ブラッド・デルプのボーカル以外はほとんどすべての楽器をショルツ自身が演奏しており、バンドのメンバーはデビューにあたってライブ活動を行なうために集められた。当初はライブ活動のことは念頭になかったショルツであるが、アルバムの発売に合わせてツアーを敢行することでプロモートとし、アルバムの売上を確実なものへとするのが当時のセオリーであったので、当然ツアーはするものと考えていたレーベルの強い勧めに従って急遽オーディションを行ったと言われている。
再録音にあたっては、デモ・テープ同様ブラッド・デルプによりボーカルが付けられた(メインボーカルだけにとどまらず、ハーモニーやあらゆるコーラスはブラッドによるもの)。またシブ・ハシアンとジム・マスデアによってドラム・パートが録音され、バリー・グドローによる印象的なリードギターも付け加えられた。それらの音源を持って、ショルツは自身のスタジオにこもりミックス作業に没頭する。しかしレーベル側からの「プロのクオリティで」という強い圧力はかかり続けた。エピック・レコードから立てられた音楽プロデューサーのジョン・ボイランはこの問題を解決するため、集められたバンド・メンバーによるレコーディングを「1曲だけ」プロのスタジオで行い、レーベル側の目くらましに利用したと言われる。 全曲さまざまな音源を何重にも重ね、独特の分厚い重厚感を持たせた楽曲群だが、多重録音には不可欠と言われるリズムボックスすら一切使用せず、曲のテンポは全て「手拍子」で測っていた。ただしそのことにより、いわゆる「一発録り」的な迫力が生まれ、ほとんどショルツ一人の演奏であるにもかかわらず、あたかもビッグバンドであるかのような迫力あるサウンドとなっている。しかし、逆にショルツ一人が関わったミックス作業には、大変な労力が必要となった。
アルバム・ジャケットに刻印された「No Synthesizers Used(シンセサイザー使用せず)」「No Computers Used(コンピュータ使用せず)」という有名なクレジットは決してハッタリではなく、その綿密に手を加えられた音源と、膨大な時間と労力を費やしたミックス作業を物語るものである。
後の2006年、デビューアルバム『幻想飛行』発売30周年記念として、ショルツ自身によるデジタル・リマスターが『幻想飛行』『ドント・ルック・バック 』の2枚のアルバムに施され話題となり、今の「CD時代」に合わせ音質は向上したが、そもそもの「この30年前の録音〜ミックスのクオリティの高さ」がかえって浮き彫りとなり、多くの評論家達やファンを驚かせた。
1976年、こうしてできあがったファースト・アルバム『幻想飛行』は、シングル・カットされた「宇宙の彼方へ(More Than A Feeling)」と共にヒット・チャートを駆け上がる。アルバムは全米3位を獲得し、同年だけで100万枚を売り上げ、2003年までに通算1700万枚のセールスを記録、アメリカン・ロックの新しい時代を開く歴史的作品となった。
1978年、ツアーの合間を縫って慌ただしく制作されたセカンド・アルバム『ドント・ルック・バック』も全米1位の大ヒットを記録する。本作は各バンドメンバーのクレジットがあり体裁上はバンドの形を取っているが、実際には全てショルツの指示通りプレイされているなど完全にシュルツのコントロールが行き届いていた。この意味で、当時のA.O.R.界を席巻していたスティーリー・ダンに近いと理解するのが正しいのかも知れない。
次作の発表が待ち望まれたが、完璧主義者のショルツのレコーディング作業はなかなか進まず、ついにはCBSレコードに契約不履行で訴えられ長期間の法廷闘争に突入、ボストンの活動は一時停止する。数度にわたる洪水で地下のスタジオが水浸しになったとか、発明に没頭していたとか噂は絶えなかった。
この間、ショルツはロックマン・ブランドのギター・アンプやエフェクターを開発・販売する。「これ一台でボストンと同じ分厚いギターの音が出せる」というのが特徴。中でもヘッドホンアンプはその手軽さからヒット商品となった。これらの商品開発でいくつかの音響工学関連の特許を取っている(現在はロックマンのブランドを他者に売却している)。さらには、「留守中の植物への水やり機」「絶対にチューニングの狂わないギター」など特許は数多くとっているらしい。
法廷闘争が決着しMCAレコードへ移籍した1986年、アルバム『サード・ステージ』を発表。シングル・カットされた「アマンダ」が全米1位を獲得し、アルバムも2作連続で1位を記録。その後も悠々自適のペースでアルバムを制作、1994年に『ウォーク・オン』、1997年のベスト盤をはさんで、2002年に最新作『コーポレイト・アメリカ』を発表している。約30年のキャリアでオリジナル・アルバムが5枚しかないという寡作ぶりである。ファンは、8年待てば新しいアルバムを聞くことができると言われている。計算上は次のアルバムは2010年ということになり、2007年の全米ツアーはそのウォームアップといわれている。)
全てのアルバムに「No Computers」とクレジットが入っていることは有名。「No Synthesizers」のクレジットはアルバム『ウォーク・オン』にて外された(「Living For You」でシンセサイザーによるストリングス=ストリングアンサンブルが使用されているため)。
2007年3月9日に元リードボーカルのブラッド・デルプが亡くなった。この時間デルプはニューハンプシャー州アトキンスの自宅に一人でおり、争った形跡などはなかったという。地元メディアのウェブサイトなどによると、デルプはボストンの夏のツアー・コンサートと自身の結婚に備えていた時期だったという。死の数時間後にはボストンのウェブサイトに"We've just lost the nicest guy in rock and roll."というシンプルな追悼メッセージが表示された。
- 14日、ニューハンプシャー州警察の発表およびロイター通信によるとが発表したところによると、遺体が発見された浴室には車の排気筒からホースが引き込まれており、検死の結果、デルプは一酸化炭素中毒による自殺であることが判明したgooニュースB・デルプ死亡続報記事。
また、この件によって2007年夏のボストン全米ツアーは中止になったことがバンドからアナウンスされた。→代替メンバーによりツアーが再開されることがアナウンスされた。
[編集] メンバー
- トム・ショルツ(Tom Scholz、1947年3月10日~)全楽器、ボーカル(1975~)オリジナルメンバーで現リーダー。ライブでは主にギター・キーボード等を担当。
- ゲイリー・フィル(Gary Pihl)ボーカルギター(1986~)現行メンバー。バリーの代わりとして、リード・ギターを担当。
- キンバリー・ダーム(Kimberley Dahme)ボーカル、ベース(2001~)現行メンバー。唯一の女性。
- ジェフ・ニール(Jeff Neal)ドラム(2002~)
- トミー・デカーロ(Tommy DeCarlo)リードボーカル(2008~)ブラッド・デルプ追悼のため、自身がカラオケに合わせて歌ったボストンの曲をMySpaceで公開したところ、トム・ショルツの目に止まり、2008年夏のツアーよりリードボーカルとして参加することとなる。前職はホームデポのクレジットマネージャー。
[編集] 元メンバー
- ブラッド・デルプ(Brad Delp,1951年6月12日 - 2007年3月9日)ボーカル、リズムギター、キーボード(1975~1991、1994~2007)オリジナルメンバー。30年以上ウォーク・オンのアルバム以外でリードボーカルを担当。死去により脱退。
- バリー・グドロー(Barry Goudreau)リード・ギター(1975~1980)オリジナルメンバー。サード・ステージの製作時期に脱退。その後Orion The HunterやRTZ、デルプとのコラボレーションアルバム、Delp and Goudreawなどに参加。
- シブ・ハシアン(Sib Hashian)ドラム(1975~1982)オリジナルメンバー。サード・ステージの製作時期中に脱退。
- フラン・シーン(Fran Sheehan)ベース(1975~1986)オリジナルメンバー。サード・ステージの製作時期中に脱退。『Cool The Engines』のクレジットには名前が載っている。
- ジム・マスデア(Jim Masdea)ドラム(1975、1987~1994)シブ・ハシアンよりも前に加入していたが脱退。しかしサード・ステージの製作時期にシブの代わりに再び加入。その後ウォーク・オンのセッション期に脱退。2007年のデルプのトリビュートライブにはゲストとして参加。
- フラン・コスモ(Fran Cosmo)ボーカル、ギター(1991~2006)デルプがRTZの活動中の為加入。ウォーク・オンでリード・ボーカルを担当。
- デーヴィッド・サイクス(David Sikes)ベース(1980~1985、1994)サード・ステージ及びウォーク・オンのレコーディングと関連するツアーのみの参加。
- ダウ・ハフマン(Doug Huffman)ドラム(1987、1994)サード・ステージのツアー及びウォーク・オンのデモセッションにのみ参加。
- カーリー・スミス(Curly Smith)ドラム(1994~2000)ウォーク・オンのセッションからグレイテスト・ヒッツ、2000年までのライブツアーに参加。
- アンソニー・コスモ(Anthony Cosmo)ギター、キーボード、ベース(2002~2006)フランの息子。コーポレイト・アメリカ及び関連するツアーに参加。コーポレイト・アメリカでは数曲手がけている。父親と共に2006年に脱退。
- アンソニー・シトリナイト(Anthony Citrinite)ドラム(2001)ジェフ・ニールが参加する前の新年コンサートツアーのみ参加。
- トミー・ファンダーバーク(Tommy Funderburk)ボーカル(1994)ウォーク・オンの『I Need Your Love』の曲でボーカルを担当。
[編集] ディスコグラフィ
[編集] アルバム
- 1976 幻想飛行 Boston (全米3位 1800万枚)
- 1978 ドント・ルック・バック Don't Look Back (全米1位 800万枚)
- 1986 サード・ステージ Third Stage (全米1位 400万枚)
- 1994 ウォーク・オン Walk On (全米7位 100万枚)
- 1997 グレイテスト・ヒッツ Greatest Hits (全米47位 200万枚)
- 2002 コーポレイト・アメリカ Corporate America (全米42位 50万枚)
注:順位はビルボード・アルバムチャートによる。売上枚数はRIAA(全米レコード協会)による認定枚数。
[編集] シングル
1976年
- More Than A Feeling (全米 #6)
1977年
- Long Time (全米 #22)
- Peace Of A Mind (全米 #38)
1978年
- Don't Look Back (全米 #4)
- A Man I'll Never Be (全米 #31)
1979年
- Feelin' Satisfied (全米 #46)
1986年
- Amanda (全米 #1)
- We're Ready (全米 #9)
1987年
- Can'tcha Say (You Believe In Me) (全米 #20)
1994年
- I Need Your Love (全米 #51)
- Walk Away Medley
[編集] 脚註
- ^ この意味で結果的に中期のクイーン(同時代)に近い方向性になっている。クイーンはイギリスのバンドで、アメリカのポップスに影響を受けているのでベクトルの向きは逆であるが。
- ^ 2006年現在、素人でもたやすく取り扱えるようになっているコンピュータ上での音楽操作(総称してD.T.M.と言う。具体的にはデジタル録音(デジタル・サンプリング技術)、デジタル・エフェクト処理(音素材がデジタル化されて初めて真価を発揮する)、デジタル・マスタリング技術、MIDI(デジタル楽器を統合するインターフェースの規格)等)などプロ用機材ですら実用レベルでは存在しなかった時代であることを忘れてはいけない。
- ^ ことの真偽は話半分の伝説だとしても、それ程にショルツの総合能力が高かったという証左であろう。

