蒋欽

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蒋 欽(しょう きん、?- 219年)は、中国後漢末期に、孫策孫権に仕えた武将公奕。子は蒋壱蒋休

九江郡寿春の人。孫策の時代から家臣となり、その配下の勇将として各地を転戦した。孫権時代にも多くの武功を挙げ、右護軍・盪寇将軍まで出世した。

聡明ではあったが教養に乏しかったため、呂蒙と共に孫権から勉学に励むように諭された。ここで必死に書物を読んで勉強し、呂蒙と並んで、孫権に「その行いは人々の模範となり、国士である」と賛嘆された。(呂蒙伝)

217年、濡須口の戦いにおいて蒋欽は呂蒙と共に諸軍の総指揮にあたった。

219年、関羽討伐戦にも参戦したが、その直後に病を得て没した。功績を挙げ昇進しても奢ることが無く、質素倹約に努めたうえ、実直な人物であったことから、孫権にも信頼され、人々も彼の徳を褒め称えたという。