明大前駅

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明大前駅
めいだいまえ - Meidaimae
所在地 東京都世田谷区松原二丁目45-1
所属事業者 京王電鉄
駅構造 高架駅地上駅
ホーム 各相対式2面2線
乗降人員
-統計年度-
82,550人/日
-2008年度-
開業年月日 1913年(大正2年)4月15日
乗入路線 2 路線
所属路線 京王線
キロ程 5.2km(新宿起点)
代田橋 (0.8km)
(0.9km) 下高井戸
所属路線 井の頭線
キロ程 4.9km(渋谷起点)
東松原 (0.9km)
(1.1km) 永福町
京王線ホーム
井の頭線を跨ぐ水道橋(2003年11月8日撮影)
井の頭線下りホーム

明大前駅(めいだいまええき)は、東京都世田谷区松原二丁目にある、京王電鉄である。

目次

[編集] 利用可能な鉄道路線

[編集] 駅構造

2階が京王線ホーム、1階が改札口、地下1階が井の頭線ホームの3層構造になっている。いずれも相対式ホーム2面2線の構造である。

朝夕のラッシュ時は、駅構内の通路や井の頭線上りホームの一部などが狭いこともあり、乗降客などが密集して乗り換えに時間が掛かる場合がある。また、京王線・井の頭線上り電車は利用者が多く、当駅で多く降車してもまた増え続けるため、遅延が発生する。

エスカレータは井の頭線下りホーム - 改札内コンコース間と井の頭線上りホーム - 京王線上りホーム間を連絡しており、前者は上り専用で、後者は渋谷寄りが上り専用、吉祥寺寄りが下り専用である。エレベーターは井の頭線下りホーム - 改札内コンコース間、改札内コンコース - 京王線下りホーム間、井の頭線上りホーム - 改札内コンコース - 京王線上りホーム間を連絡している。

トイレは1階改札内にあり、ユニバーサルデザインの一環として「だれでもトイレ」も設置されている。

2007年3月31日に、井の頭線下りホームの中央に新しい改札口、「フレンテ口」が設置された。この改札口は出口専用で、同年5月24日開業した京王グループの商業施設(駅ビル)「フレンテ明大前」に直結し、下りホームを覆う屋根をこのビルの1階から支えている。また、「フレンテ明大前」の一部店舗は、井の頭線下りホームにある。

2番線の接近放送では、新宿行の電車は「京王線新宿行」と放送される。これは、京王線の新宿駅と京王新線の新宿駅を区別すること同時に、両線の駅が離れた位置にあり、誤乗を減らすための措置であると思われる[要出典]。同様の措置は、次の優等列車停車駅である笹塚駅でも行われている。

京王線、京王新線が合流して初めての特急・準特急停車駅である。そのためラッシュ時には停車中の列車のすぐ後ろの線路上に次発の列車がいるという状態が続き(特に八王子方面の線路は直線であるため次々発の列車が見えるときもある)ホームに常時列車が在線する状態となる。

2001年2月には、ホームの屋根に太陽光発電システムが導入され、発電した電力を駅の電気施設に供給している。このシステムは、新エネルギー・産業技術総合開発機構 (NEDO) との共同研究[1][2]により設置したもので、最大発電容量は30kWである。

[編集] のりば

1 京王線 調布橋本京王八王子高尾山口方面
2 京王線 笹塚新宿都営新宿線方面
3 井の頭線 永福町久我山吉祥寺方面
4 井の頭線 下北沢渋谷方面
  • 井の頭線吉祥寺方面(3番線)にある出口専用改札(通称フレンテ口)は、一度出るとホームには戻れない。また、京王線への乗り換えもできない。
  • フレンテ明大前の工事が開始される前は3番線ホーム中程に「無事湖」と呼ばれるがあった。

[編集] 利用状況

2008年度の1日平均乗降人員は、京王線が 49,607人、井の頭線が 32,943人、京王線・井の頭線乗り換えが 172,530人である。なお、京王線・井の頭線乗り換え人員は、過去最高値を記録した。当駅の2路線の乗降客自体は多くはないが、京王線・井の頭線相互の乗り換えの利便性を高めるために準特急・特急を停車させていると言える。

乗降人員の推移

京王線

  • 1955年度:16,630人
  • 1960年度:21,274人
  • 1965年度:29,748人
  • 1970年度:31,247人
  • 1975年度:34,495人
  • 1980年度:31,807人
  • 1985年度:37,738人
  • 1990年度:41,704人
  • 1991年度:42,461人
  • 1995年度:40,231人
  • 2000年度:39,559人
  • 2005年度:40,966人
  • 2006年度:41,572人
  • 2007年度:47,667人

井の頭線

  • 1955年度:12,394人
  • 1960年度:16,990人
  • 1965年度:22,359人
  • 1970年度:20,822人
  • 1975年度:23,171人
  • 1980年度:34,261人
  • 1983年度:38,209人(乗降人員最高値年度)
  • 1985年度:28,528人
  • 1990年度:28,500人
  • 1995年度:26,308人
  • 2000年度:24,457人
  • 2005年度:25,052人
  • 2006年度:25,300人
  • 2007年度:30,671人


京王線・井の頭線乗り換え

  • 1955年度:40,112人
  • 1960年度:61,446人
  • 1965年度:86,047人
  • 1970年度:102,865人
  • 1975年度:121,160人
  • 1980年度:141,026人
  • 1985年度:158,916人
  • 1990年度:167,044人
  • 1995年度:164,950人
  • 2000年度:162,660人
  • 2005年度:168,929人
  • 2006年度:171,785人
  • 2007年度:171,785人

[編集] 駅周辺

駅名の由来である明治大学和泉校舎

駅前の広場は道路の幅が狭かったため、ロータリーはない。2009年時点では進入道路の拡幅工事が完了し、アクセスの向上が図られたものの、車両用ロータリーは作られなかった(2008年1月18日現在、緊急車両および営業車両等の一時的な駐車スペースが2台分確保されている)。

北に明治大学和泉校舎があるため、学生向けに喫茶店や文具店、ファーストフード店、安価な食堂などがあるが、駅前商店街としてはそれ程大きい規模ではない。

駅前にはタクシー乗り場がないので、徒歩で甲州街道まで出る必要がある。

[編集] 歴史

元々明大前駅(松原駅)は、東京山手急行電鉄の第二山手線構想の中で、山手急行との交差駅になる予定であった。そのため、駅から吉祥寺寄りにある玉川上水の水道橋の部分は、複々線(帝都電鉄=井の頭線と山手急行の4線分)のスペースが確保されており、未成線である山手急行の唯一の痕跡と言える。また、ホームの渋谷寄りにある京王線との立体交差部分も複々線分のスペースが確保されていたが、これはエレベーター設置スペースに転用された。

[編集] 京王線

[編集] 井の頭線

  • 1933年(昭和8年)8月1日 - 西松原駅として開業。
  • 1935年(昭和10年)2月8日 - 明大前駅に改称。
  • 2005年平成17年)11月 - 井の頭線下りホームの売店が改修のため閉鎖。
  • 2007年(平成19年)5月24日 - 駅ビル「フレンテ明大前」が開業。井の頭線とは下りホームのフレンテ口と接続。

[編集] 駅名の由来

1935年に、明治大学予科(当時)が駅の近くに移転したのに伴い、「明大前」(明治大学前)と名付けられる。名前の由来となった明治大学和泉校舎は、甲州街道を挟んで北側にある。人文・社会科学系学部の1・2年生が学んでいる。

また、開業時の駅名「火薬庫前」は少々ものものしい名前だが、甲州街道(国道20号)沿いに江戸時代徳川幕府の煙硝蔵(鉄砲火薬などの貯蔵施設)があったことに由来する。この周辺地域では野火などの火の用心のためか、特に禁猟となっていた。明治時代になり、火薬庫は陸軍管轄になったが、あまり使われなかったようである。その後の関東大震災を機に被災した築地本願寺の墓地が当地に移転し、現在の築地本願寺和田堀廟所となっている。

[編集] 隣の駅

京王電鉄
京王線
特急・準特急
京王線新宿駅 - 明大前駅 - 調布駅
急行・通勤快速
笹塚駅 - 明大前駅 - 桜上水駅
快速
笹塚駅 - 明大前駅 - 下高井戸駅
各駅停車
代田橋駅 - 明大前駅 - 下高井戸駅
井の頭線
急行
下北沢駅 - 明大前駅 - 永福町駅
各駅停車
東松原駅 - 明大前駅 - 永福町駅

[編集] 脚注

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[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク


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