ディズニーランド
| ディズニーランド Disneyland |
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眠れる森の美女の城
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| 施設情報 | |
| テーマ | ディズニー |
| キャッチコピー | The Magic Kingdom |
| 事業主体 | ウォルト・ディズニー・カンパニー |
| 管理運営 | ウォルト・ディズニー・カンパニー |
| 面積 | 730,000m² |
| 開園 | 1955年7月17日 |
| 所在地 | |
| 公式サイト | http://www.disney.co.jp/usparks/dl/ |
ディズニーランド(Disneyland 略称:DL)は、アメリカ合衆国カリフォルニア州アナハイムにあるウォルト・ディズニー・カンパニーが運営するディズニーパーク。
目次 |
[編集] 概要
アメリカのカリフォルニア州ロサンゼルス近郊のアナハイム市の南西部に位置し、1955年にオープンした。なお、現在世界中でウォルト・ディズニー社が運営する遊園地、リゾートのうち最初に建設されたテーマパークである。
ディズニーランドを含む複数のテーマパークやホテル、ショッピングモールなどを含むディズニーランド・リゾートの一部をなし、世界各国に展開しているディズニーランド・リゾートの中心的存在である(なお、日本においてもウォルト・ディズニー社がオリエンタルランド社にライセンスを与え、同社が「東京ディズニーランド」を中心とした「東京ディズニーリゾート」を展開している)。
オープン以降現在に至るまで、アメリカ国内のみならず、世界で最も有名でかつ利用客の多いテーマパークのひとつであり、1975年には、アメリカを国賓として訪問した昭和天皇と皇后も訪れた他、ロサンゼルスを訪れた各国の王族や首脳が数多く訪れることでも有名である。
[編集] 歴史
[編集] 建設計画
ウォルト・ディズニーは、遊園地で楽しいのは子どもだけで大人にはベンチ位しか居場所がなかった1923年の実体験から、大人と子どもの両方が楽しめ、謝肉祭の悪い側面を取り除いた恒久的な娯楽施設の建設を計画した。その際、ディズニーが参考にしたのは、カリフォルニア州オークランドに1950年に作られた、最初の子供用遊園地「チルドレンズ・フェアリーランド」と、デンマークに1843年に作られた遊園地チボリ公園である。
最初の計画では、カリフォルニア州のディズニー社のスタジオの隣に8エーカー(32,000 m²)の土地を取得し、蒸気鉄道をメインとしたパークを建設する予定であった。これはウォルトが子供の頃、鉄道模型を買ってもらえなかったのが理由とされている。当初の目的はディズニー社の社員の娯楽施設だった。
[編集] 建設開始
第二次世界大戦後、当初の計画は大幅に拡張され、より広い土地が必要であることが判明した。1950年代初め、事業資金を入手する困難に直面したディズニーには、新たな資金源の開拓が必要となった。ウォルト・ディズニーはテレビを利用することを決め、彼の構想する魔法の王国を各家庭に売り込むことを図り、1954年から『ディズニーランド』と題された番組がABCにより放送された。
この際に「自分の制作したものはたとえ一部分たりとも他社に所有権を与えない」という「禁」を破り、ABCに遊園地の一部所有権を与え、契約金75万ドルを得た(後に豊かになったディズニーがこの一部所有権を買い戻した)。
スタンフォード大学の研究員の示唆により、ディズニーは計画中の遊園地のために、初めの計画の22倍に相当する160エーカー(730,000m²)の用地を、1エーカーあたり4000ドルでロサンゼルス近郊のアナハイムに取得した。
この土地は当時オレンジ畑とクルミ畑であったが、一年を通して好天に恵まれている上に、連邦ハイウェイ101(現在の州間高速道路5号線)の建設が予定されており、将来の発展と交通の便が見込まれる土地であった。
1954年7月21日に着工されて以降、ウォルト・ディズニーは建設現場に度々訪れ、屈んで子供の視線になって、様々なアトラクションや各種施設が出来上がっていくのをチェックしていたという逸話が残されている。
[編集] オープン
1955年7月17日に正式オープンとなり、この日のオープンの模様は先述のテレビ番組『ディズニーランド』でアメリカ中に生中継された。この番組では、俳優のロバート・カミングスやロナルド・レーガン(後のカリフォルニア州知事、およびアメリカ合衆国大統領)、パーソナリティのアート・リンクレターらが出演し、オープンの様子を伝えた。
この際、入場客がある程度いないとサマにならないので、ディズニーの従業員を「さくら」として配置することが計画された。オープン当日はパーク内の多くはまだ建設中であったこともあり、トラブルが相次いだ上、オープン当初は「ジャングルクルーズ」や「蒸気船マーク・トウェイン号」など、11種類のアトラクションしかなかった。しかし当日の入場客は55000人を越え、どこもかしこも大混雑になり「さくら」は不要になった。なお、開場1年で入場客数は400万人を突破する。
[編集] その後
その後も順調に来客者数を増やし、1965年には10周年を迎えた。その後5年と10年ごとにアニバーサリー企画が催され、園内が華やかに飾られる他、ジェネラルモーターズなどのスポンサーによる自動車などの入園プレゼント企画も提供された。
なお開園以降「スペース・マウンテン」や「イッツ・ア・スモールワールド」、「インディ・ジョーンズ・アドベンチャー」などの人気アトラクションが追加された他、1960年代にはモノレールで園内と直結した「ディズニーランド・ホテル」が開業した。なお、モノレールは数回にわたり車両の更新が行われている。
また反対に、「スカイウェイ(ロープウェー)」や「ピープルムーバー」、「キャプテンEO」などのアトラクションが「老朽化」や「利用者数の低下」などを理由に廃止された他、さまざまな改修が行われた。
1980年代に入ると、1983年に東京ディズニーランドが開園したにもかかわらず、円高と航空運賃の低下、それらがもたらした海外旅行熱を受けた日本からの来客者が激増し、日本語のパンフレットや音声案内が設置されるなど、日本人客に対する対応が充実された。さらに1990年代後半に入ると、経済成長を遂げた中華民国(台湾)や韓国からの来客者が増大した。
2001年2月には、正門前の駐車場スペースに、ディズニー・カリフォルニア・アドベンチャーとダウンタウン・ディズニーが作られたこともあり、これまで平置き式であった駐車場が立体式のものに立て替えられた他、駐車場出口がフリーウェイ出入り口と直結するなど利便性が増している。
[編集] 50周年
2005年に、開園50周年を迎えた。記念行事は2005年5月5日からスタートし、翌2006年9月まで盛大に行われた。パーク内各所にミッキーの形に「50」の数字が施された飾りが50個隠されたり、50年前のオープン時から現存する乗り物は金色に塗装される等、「ゴールデンアニバーサリー」として、他のディズニーパークも交えてのイベントとなった。これに伴い、パレードや夜の花火なども新規のものが導入された。
なお、東京ディズニーランドでもこの期間、ウォルトディズニーとミッキーの「パートナーズ」の像前に、本家カリフォルニアのディズニーランドが50周年である事を記す飾り付けが施された。
[編集] 入場方法
パークの入場者は正面玄関手前の売り場でチケットを買い、正面のゲートから入場し、「ディズニーランド鉄道」のメインストリート駅の脇のトンネルをくぐり「メインストリートUSA」へと入る(ディズニーランドホテル近くにあるダウンタウンディズニー駅から「ディズニーランド・モノレール」に搭乗してパーク内に入ることも出来る)。
なお、チケットはすべてのアトラクションを利用できるパスポートのみであり、入園券やアトラクションおおのチケットは廃止されて久しい。パスポートには1日券や2日券、年間パスがあり、ウェブサイトで購入することもできる。その他にも、それらのチケットを利用して入園した後、無料で入手できる「FASTPASS」と呼ばれるアトラクション利用時の行列を避ける時間予約制チケットも存在する。
[編集] 施設
ディズニーランドの施設は、以下の8つの「テーマランド」で構成されている。
[編集] メインストリートUSA
詳細は「メインストリートUSA」を参照
「メインストリートUSA」は、ウォルトの生まれ故郷、マーセリンの町並みをモデルとしたテーマランド。建物の大半がショップとレストランなどであり、小さな映画館や道路を走る乗り物以外のアトラクションはほとんど存在しない。東京ディズニーランドでは、ガラスの屋根がついてワールドバザールとなっているが、カリフォルニアを含むその他のパークでは、屋根は無く開放的である。
[編集] アドベンチャーランド
詳細は「アドベンチャーランド」を参照
アドベンチャーランドは、冒険をテーマにしたテーマランド。「インディ・ジョーンズ・アドベンチャー」や「ジャングルクルーズ」、「魅惑のチキルーム」などのアトラクションがある。
[編集] クリッターカントリー
詳細は「クリッターカントリー」を参照
クリッター・カントリーは、小動物の住む田舎をテーマにしたテーマランド。「 スプラッシュ・マウンテン」や「プーさんの冒険」、「デイビー・クロケットのカヌー探検」など、動物や自然をテーマにしたアトラクションを中心に構成されている。
[編集] ニューオーリンズスクエア
詳細は「ニューオーリンズ・スクエア」を参照
ニューオーリンズ・スクエアは、アメリカ南部のニューオーリンズをテーマにしたテーマランド。「ホーンテッドマンション」や「カリブの海賊」などのアトラクションがある。東京ディズニーランドでは、このテーマランドは規模を縮小し、カリブの海賊およびその周辺のほんの一部がアドベンチャーランドに取り込まれている。
また、マジック・キングダムでは、ニューオリンズスクエアに相当するのはリバティースクエアということになるが、リバティースクエアはニューオリンズをモチーフにしていないため建物などは相当程度異なる。
[編集] トゥーンタウン
詳細は「トゥーンタウン」を参照
トゥーンタウンは、ディズニー・キャラクターたちが住む街をテーマにしたテーマランド。「ガジェットのゴーコースター」や「ミッキーの家」などのアトラクションがある。
[編集] ファンタジーランド
詳細は「ファンタジーランド」を参照
西洋のおとぎ話をテーマにしたテーマランド。園内のシンボル「眠れる森の美女の城」はここに存在する。『ピノキオの冒険旅行』、『白雪姫と七人のこびと』、『ふしぎの国のアリス』等、往年のディズニー作品をモチーフにしたアトラクションが多い。多くのアトラクションが東京ディズニーランドのファンタジーランドと共通する。マッターホーン山が設けられており、「マッターホーン・ボブスレー」などのアトラクションなどがある。
[編集] フロンティアランド
詳細は「フロンティアランド」を参照
フロンティアランドは、アメリカの開拓時代がテーマ(東京ディズニーランドではウエスタンランドに相当する)。「蒸気船マーク・トウェイン号」や「帆船コロンビア号」が運行されている「アメリカ川」を中心に、「ビッグサンダー・マウンテン」や「パイレーツいかだ」などのアトラクションがある。
[編集] トゥモローランド
詳細は「トゥモローランド」を参照
トゥモローランドは、「人々の夢見る未来の世界や、最先端の科学技術をテーマにした世界」をテーマにしたテーマランド。「スペース・マウンテン」や「スター・ツアーズ」、「ファインディング・ニモのサブマリン・ヴォヤージュ」や「オートピア」などのアトラクションがある。パーク内のホテルとの間を結ぶ「ディズニーランド・モノレール」の発着駅もある。
[編集] パーク内の移動
パーク内をディズニーランド鉄道が1周しており、メインストリート USA・フロンティアランド・トゥーンタウン・トゥモローランドに駅がある。1周の所要時間は約20分である。
1974年まではアッチソン・トピカ・アンド・サンタフェ鉄道会社がこの鉄道とモノレールのスポンサーであったため、鉄道は「サンタフェ・アンド・ディズニーランド鉄道(Santa Fe and Disneyland Railroad)」という名称であり、モノレールにも同社のロゴが貼られていた。なお、この鉄道とモノレールはかなり長い間ウォルトディズニー個人の所有であった。
[編集] アトラクション
[編集] 人気アトラクション
- 「ファンタジーランド」内の人気アトラクションの一つである「イッツ・ア・スモールワールド」は、1964年に開催されたニューヨーク万国博覧会のユニセフのアトラクションとして、ペプシコの提供の元ウォルト・ディズニーによって企画され、世界博内で使用された後、ディズニーランドに移設されたものである。デザインは、メアリー・ブレアによる。2009年に、香港ディズニーランドのイッツ・ア・スモールワールドと同じくディズニーキャラクターが登場するバージョンとなってリニューアルオープンされた。
- インディ・ジョーンズ・アドベンチャー
- 「アドベンチャーランド」内に、同名の映画をテーマに作られたアトラクション。軍用車(を模したもの)に乗り込んで古代インドの神殿を探検する。
- 「トゥモローランド」内とダウンタウン・ディズニーに駅があり、ディズニーランドとダウンタウン・ディズニーを往復運転するモノレール。西半球初のモノレールとして1959年に導入され、アルウェグ方式が採用されているため、1970年代初めまでは「DISNEYLAND-ALWEG MONORAIL SYSTEM」と呼ばれていた。なお、東京ディズニーリゾートにあるモノレールディズニーリゾートラインと違い、運搬を第一の目的として作られていないため、比較的コンパクトな造りである。上記のようにアッチソン・トピカ・アンド・サンタフェ鉄道がスポンサーであったころは、同社のロゴが描かれていた。また、これまでに数回車両が新しいものに取り換えられている。
- マッターホルン・ボブスレー
- 「マッターホルン山」内に作られたジェットコースター。ボブスレーをイメージしたつくりとなっている。1959年6月に導入され、イランのモハンマド・レザー・パフラヴィー皇帝が来訪時に搭乗した。
- 映画「ファインディング・ニモ」をテーマに作られたアトラクション。「トゥモローランド」に1959年に導入された、潜水艦をテーマにしたアトラクションである「サブマリン・ヴォヤージュ」が1998年に廃止された後、同アトラクションの設備を流用し2007年6月に導入された。
- 蒸気船マーク・トウェイン号
- 「フロンティアランド」内に流れる「アメリカ川」を運行している。アメリカの開拓時代に使用されていた外輪船を模したものである。なお、アメリカ川では他にも「帆船コロンビア号」も運行されている(季節運行)。
[編集] 過去に存在したアトラクション
- ピープルムーバー
- ニューヨーク万国博覧会にフォードが提供した自動運行交通システム「ピープルムーバー」は、その後ディズニーランドに移築され、グッドイヤーの提供で1990年代後半まで運営された。
- アメリカ・ザ・ビューティフル
- ベル・テレフォン・システム(その後コダック)の提供で運営されていた、アメリカ全土の風景を360度スクリーンで見せるドキュメンタリー映画。1990年代後半まで運営された。
- スカイウェイ
- 園内を横断するロープウェー。マッターホルン山の山腹を貫通していた。1980年代後半まで運営された。
- マイケル・ジャクソン主演、フランシス・フォード・コッポラ監督、ジョージ・ルーカス・プロダクション制作の3次元映画。2010年2月より一年間の期間限定で再開されたが、好評だったため終了時期は未定になっている。
[編集] エンターテイメント
- メインストリート USAを中心としたパーク内を、各キャラクターと電飾された山車、ダンサーが電子演奏とともにパレードするもの。1972年 - 1996年の長きにわたって行われた。その後は、隣のカリフォルニアアドベンチャーで「ディズニー・エレクトリカルパレード」が2010年まで行われた。
- アドベンチャーランドのアメリカ川で行われるスペクタクル・ショー。ミッキーと悪役が闘う様子を、川を使ったウォータースクリーンやレーザー光線などの特殊効果を駆使して表現する。
[編集] その他
[編集] 徹底した雰囲気作り
ディズニーランドは日常から切り離された架空の世界を冒険するというコンセプトにのっとり、パーク内では徹底した雰囲気作りが行われている。パークにはいわゆる『従業員』が居らず、従業員を『キャスト』来客を『ゲスト』と呼称し、キャストは全員がディズニー作品にのっとったコスチュームをまとって役を演じながら作業をしている。パークの周囲は木岐で覆い隠され周囲の住宅や電車の駅が見えないようにしたり、食料やゴミの運搬は地下の通路を通じて搬送することで、現実感をゲストに与えないようにしている。
[編集] 日本人向けのサービス
1980年代以降に日本からの観光客が増加したため、日本人向けのサービスが充実している。
- ウェブサイトには日本語バージョンが用意されている。
- 日本語のマップが用意されている。
- 一部アトラクションでは日本語で聞くことが出来るレシーバレンタルサービスがある。
- 英語以外の言葉を話せるキャストはネームタグ(名札)に話せる国の国旗シールが貼られている。
- 直営ホテルの「ディズニー・パラダイス・ピア・ホテル」には和食レストラン「山吹」(Yamabuki)がある(2009年閉店)。
- パーク内にあるコインロッカーは操作画面で日本語を選択できる。
[編集] 直営ホテル
パーク内に「ディズニーランド・ホテル」と「ディズニー・パラダイス・ピア・ホテル」、「ディズニー・グランド・カリフォルニアン・ホテル」の3つのディズニー直営ホテルがあり、「ディズニーランド・ホテル」と「ディズニーランド」内は、「トゥモローランド」に駅があるモノレールで結ばれている。また、周辺にも多数のホテルがある。
[編集] アクセス
州間高速道路5号線からパーク内の駐車場へ直通する出口がある。なお、ロサンゼルス国際空港及びロサンゼルスのダウンタウンから車で30分程度である。現在鉄道でのアクセスは整備されていない。なお、1960年代には隣接するヘリポートとロサンゼルス市内を結ぶヘリコプターが運航されていた。
[編集] ディズニー・カリフォルニア・アドベンチャー・パーク
2001年2月には、カリフォルニアをテーマにしたテーマパーク「ディズニー・カリフォルニア・アドベンチャー」が、ディズニーランドの正門前の駐車場として利用されていた場所にオープンした。
[編集] 関連する作品
[編集] 映像作品
- ドキュメンタリー『現代の驚異』シリーズ(ヒストリーチャンネル)
- 第342回『ウォルト・ディズニー・ワールド(前編)』
- 第343回『ウォルト・ディズニー・ワールド(後編)』
- 映画『ホリデーロード4000キロ』(製作年:1984年、原題:VACATION NATIONAL LAMPOON'S VACATION)
- 『ナショナル・ランプーン』シリーズ作品。シカゴ郊外に住む主人公一家が、西海岸にあるディズニーランドをモデルにした作中架空遊園地「ワリー・ワールド」(脚本家ジョン・ヒューズによる短編小説の原作では、実名のまま登場)を目指し、車でアメリカ大陸横断に挑むコメディー・ロードムービー。ウォルト・ディズニーをモデルにした作中架空人物「ロイ・ワリー」も終盤で登場する。
[編集] ソフトウェア
- パソコン向けアドベンチャーゲーム『デゼニランド』(1983年、ハドソン) / 『デゼニワールド』(1986年、ハドソン)
- 英語入力による会話形式進行。
- Xbox 360向けゲーム『Kinect: ディズニーランド・アドベンチャーズ』(2011年12月発売予定、マイクロソフト)
- ディズニーランドでの体験をもとにしたゲームソフト。Xbox360とその周辺機器であるKinectを使ってパーク内を歩き回り、アトラクションをモチーフにしたミニゲームを遊ぶことができる。2011年6月7日、アメリカのロサンゼルスで行われたE3にてマイクロソフトより発表された。
[編集] 関連項目
[編集] アトラクションスポンサー
[編集] その他
[編集] 外部リンク
- ディズニーランド・リゾート (日本語)
- The Disneyland Report: Disney News and Secrets (英語)
- Yesterland (英語) - 廃止されたアトラクションを紹介するサイト。サイト名は「yesterday」と「land」の合成造語。
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