ジェーン・ワイマン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ジェーン・ワイマン
Jane Wyman
Jane Wyman
『舞台恐怖症』(1950)予告編より
本名 Sarah Jane Mayfield
生年月日 1917年1月5日
没年月日 2007年9月10日(満90歳没)
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ミズーリ州セント・ジョゼフ英語版
死没地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国カリフォルニア州パームスプリングス
身長 166 cm
職業 女優
ジャンル 映画・テレビ
活動期間 1932年 - 1993年
配偶者 アーネスト・ユージーン・ワイマン(1933-1935)
マイロン・ファッターマン(1937-1938)
ロナルド・レーガン(1940-1948)
フレッド・カーガー(1952-1955、1961-1965)
家族 モーリン・エリザベス(娘)
マイケル・エドワード(養子)
公式サイト Jane Wyman actress tribute photos posters art
主な作品
『子鹿物語』
『ジョニー・ベリンダ』
心のともしび
天はすべて許し給う

ジェーン・ワイマンJane Wyman1917年1月5日 - 2007年9月10日)は、アメリカ合衆国映画女優。第40代アメリカ合衆国大統領ロナルド・レーガンの最初の妻。

第21回(1948年)アカデミー主演女優賞を受賞。

来歴[編集]

ミズーリ州セント・ジョゼフ英語版生まれ。誕生名はサラ・ジェーン・メイフィールド(Sarah Jane Mayfield)。父マニング・ジェフリーズ・メイフィールド(Manning Jefferies Mayfield、1895年1922年)は製粉会社の工員で、母ホープ・クリスチャン(Hope Christian、1895年–1960年、愛称グラディス)は医院に勤務する筆記者兼事務員だった。8歳の時、彼女の両親が離婚届けを提出し、翌年父親が急死した。母はオハイオ州クリーブランドに移住したが、サラ・ジェーンは隣人だった里親のエマ(Emma、1866年1951年)とリチャード・D・フォークス(Richard D. Fulks、1862年–1928年)夫妻の元で育てられ、正式な養女縁組はしなかったもののサラ・ジェーン・フォークスと名乗るようになった。

セントジョセフのラファイエット高校に在学中の1930年に、サラ・ジェーンはラジオ・シンガーとして働き始めた。このときの芸名はジェーン・ダレル(Jane Durrell)である。1932年に15歳で高校を退学した後、カリフォルニア州ハリウッドに移住し、マニキュリスト電話交換手といった雑業をしながら映画の端役を得るようになった。1936年ワーナー・ブラザーズと契約し、より親しみやすいジェーン・ワイマンと改名し、念願の映画女優としてのキャリアをスタートさせた。ワーナーのA級映画やB級映画に出演し、中にはロナルド・レーガンと組んだ1938年Brother Rat1940年の続編Brother Rat and a Babyも含まれる。1940年にレーガンと結婚[1]し、モーリーン1941年2001年)とクリスティーン(1947年誕生直後に死亡)をもうけ、マイケルを養子とした[2]が1948年に離婚した[3]

『ジョニー・ベリンダ』より

最初は軽薄なブロンド娘役が多かったが、1940年代初めにコメディメロドラマに移行し、1945年失われた週末』でレイ・ミランドに対する辛抱強い恋人を演じて一躍注目を浴びることとなる。翌年の『子鹿物語』ではグレゴリー・ペックの妻役を演じてアカデミー主演女優賞にノミネートされた。そして1948年に『ジョニー・ベリンダ』で聾唖者のレイプ被害者ベリンダ・マクドナルドを演じアカデミー主演女優賞を遂に獲得した。

1950年代にはより評価の高い作品に出演した。アルフレッド・ヒッチコックの『舞台恐怖症』(1950年)、フランク・キャプラの『花婿来たる』(1951年)、マイケル・カーティスThe Story of Will Rogers1952年)、『ガラスの動物園』の最初の映画化(1950年)などである。

またミュージカルコメディ映画ではJust for You(1952年)でビング・クロスビーと共演した。『青いヴェール』(1951年)と『心のともしび』(1954年)では再度アカデミー賞にノミネートされた。彼女はSo Big、『テキサスの白いバラ』(1954年)、『天はすべて許し給う』(1955年)、『雨の夜の慕情』(1956年)などでも大いに人気があった。

1950年代後半には3シーズン続いたテレビ番組『ジェーン・ワイマンの炉端劇場』(Jane Wyman Presents the Fireside Theater)で司会を勤め、大部分のエピソードに出演し、1957年にはエミー賞にノミネートされた。銀幕では『リオの若い恋人たち』(1959年)、『ポリアンナ』(1960年)、そして彼女の最後の映画作品How to Commit Marriage(1969年)に出演した。ロナルド・レーガンが大統領に就任した1981年には再び知名度が上がり、『チャーリーズ・エンジェル』など数々のテレビ映画にレギュラー出演やゲスト出演を行ったが、1993年の『ドクタークイン 大西部の女医物語』へのゲスト出演を最後に引退した。

1990年代後半に余生を送るためにカリフォルニア州ランチョ・ミラージュに豪邸を購入した。長女モーリーン・レーガンは政治的な著作を出版し、有力な財団を組織した。

2007年9月10日、カリフォルニア州南部パームスプリングスの自宅で死去。死因は未公表。90歳であった[4]。晩年は関節炎糖尿病に苦しんでいたため、あまり人前に出ることがなかった。

私生活[編集]

4回の離婚歴がある。一人目の夫は1933年に結婚したセールスマンのアーネスト・ユージーン・ワイマン(Ernest Eugene Wyman)で、二人目の夫は1937年に結婚したドレスメーカーのマイロン・マーティン・ファッターマン(Myron Martin Futterman)[5]、ロナルド・レーガンは三人目である。最後の夫は映画音楽作曲家フレデリック・M・カーガー(Frederick M. Karger)だった。ロナルド・レーガンと離婚した後、リュー・エアーズに愛を捧げたが長続きしなかった。

1941年の"You're in the Army Now"の中で、リージス・トゥーミーと映画史上最も長いキスシーン(3分5秒)を演じたことがある。

ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームに星を2つ持っている。

バーバラ・スタンウィックロレッタ・ヤングアグネス・ムーアヘッドの良い友達だった。

ロナルド・レーガンについては語ることを拒否したが、彼に3回投票し、彼の葬式にも参加した。

主な出演作品[編集]

公開年 邦題
原題
役名 備考
1936 襤褸と宝石
My Man Godfrey
クレジットなし
踊る三十七年
Gold Diggers of 1937
コーラスガール クレジットなし
1937 ドッド君乗り出す
Mr. Dodd Takes the Air
マージョリー・デイ
1938 群衆は叫ぶ
The Crowd Roars
ヴィヴィアン
1939 紅の翼
Tail Spin
アラバマ
1941 復讐の六拳銃
Bad Men of Missouri
メアリー・ハサウェイ
1942 詐欺請負会社
Larceny, Inc.
デニー・コステロ
1943 カナリヤ姫
Princess O'Rourke
ジェーン・キャンベル
1945 失われた週末
The Lost Weekend
ヘレン
1946 夜も昼も
Night and Day
グレイシー・ハリス
子鹿物語
The Yearling
オリー・バクスター
1947 高原児
Cheyenne
アン・キンケイド
魔法の町
Magic Town
メアリー・ピーターマン
1948 ジョニー・ベリンダ
Johnny Belinda
ベリンダ・マクドナルド アカデミー主演女優賞 受賞
ゴールデングローブ賞 主演女優賞 (ドラマ部門) 受賞
1949 嘘クラブの女王
The Lady Takes a Sailor
ジェニファー・スミス
1950 舞台恐怖症
Stage Fright
エヴァ
ガラスの動物園
The Glass Menagerie
ローラ・ウィングフィールド
1951 花婿来たる
Here Comes the Groom
エマーデル・ジョーンズ
青いヴェール
The Blue Veil
ルイーズ・メイソン ゴールデングローブ賞 主演女優賞 (ドラマ部門) 受賞
1954 心のともしび
Magnificent Obsession
ヘレン・フィリップス
1955 天はすべて許し給う
All That Heaven Allows
キャリー・スコット
テキサスの白いバラ
Lucy Gallant
ルーシー
1955-1958 Jane Wyman Presents The Fireside Theatre テレビシリーズ、49エピソードに出演
1956 雨の夜の慕情
Miracle in the Rain
ルース・ウッド
1959 リオの若い恋人たち
Holiday for Lovers
メアリー・ディーン
1960 ポリアンナ
Pollyanna
ポリーおばさん
1962 パリよ、こんにちは!
Bon Voyage!
ケイティ・ウィラード
1981-1990 Falcon Crest アンジェラ・チャニング テレビシリーズ、228エピソードに出演

参照[編集]

  1. ^ Oliver, Marilyn (1988年3月31日). “Locations Range From the Exotic to the Pristine”. The Los Angeles Times 
  2. ^ Biography”. Jane Wyman. 2011年9月5日閲覧。
  3. ^ Reagan: Home”. HBO. 2011年9月5日閲覧。
  4. ^ Actress, Philanthropist Jane Wyman Dies. Retrieved September 10, 2007.
  5. ^ "Film Actress Wins Divorce," Los Angeles Times, December 6, 1938, p. 3.

外部リンク[編集]