ジンジャー・ロジャース
| ジンジャー・ロジャース Ginger Rogers |
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| 本名 | Virginia Katherine McMath | ||||||
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| 生年月日 | 1911年7月16日 | ||||||
| 没年月日 | 1995年4月25日(満83歳没) | ||||||
| 出生地 | ミズーリ州インディペンデンス | ||||||
| 国籍 | |||||||
| 配偶者 | ジャック・ペッパー (1929-1931) リュー・エアーズ (1934-1941) ジャック・ブリッジス (1943-1949) ジャック・ベルジュラック (1953-1957) ウィリアム・マーシャル (1961-1969) |
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ジンジャー・ロジャース(Ginger Rogers, 1911年7月16日 - 1995年4月25日)はアメリカ合衆国ミズーリ州出身の女優・ダンサー。フレッド・アステアとコンビを組んだミュージカル映画で知られている。
[編集] 来歴
本名はバージニア・カスリーン・マクマス(Virginia Katherine McMath)。両親の離婚に伴い、幼少時は祖父母に育てられる。母親の再婚によりテキサス州に移った。彼女の母親は舞台批評家として地元の新聞に記事を書くようになり、母親の影響で舞台に興味を持つようになる。14歳の時にチャンスが訪れた。ヴォードヴィルのツアーがダンサーを必要としており、彼女はチャールストンのコンテストで優勝、その後4年間は各地をツアーで回った。
17歳でダンサーと結婚したが長続きせず、ツアーでニューヨークを訪れたのをきっかけにニューヨークにとどまり、ラジオや舞台の仕事を始める。ブロードウェイに出ていたところを見出され、パラマウントと契約。しかしすぐにハリウッドに移り、映画の端役をこなすようになる。1933年、ミュージカル『四十二番街』あたりから注目されはじめ、同年フレッド・アステアと共演した『空中レヴュー時代』で人気を博すようになる。以来、アステアとは10本の映画で共演している。
ミュージカル映画以外にも出演作品は多く、1940年には『恋愛手帖』でアカデミー主演女優賞を受賞。1960年代は舞台で活躍した。
[編集] 主な出演作品
- 四十二番街 42nd Street (1933)
- ゴールド・ディガース Gold Diggers of 1933 (1933)
- 空中レヴュー時代 Flying Down to Rio (1933)
- コンチネンタル The Gay Divorcee (1934)
- ロバータ Roberta (1935)
- トップ・ハット Top Hat (1935)
- 艦隊を追って Follow the Fleet (1936)
- 有頂天時代 Swing Time (1936)
- 踊らん哉 Shall We Dance (1937)
- ステージ・ドア Stage Door (1937)
- 気儘時代 Carefree (1938)
- カッスル夫妻 The Story of Vernon and Irene Castle (1939)
- 恋愛手帖 Kitty Foyle (1940)
- 少佐と少女 - The Major and the Minor (1942)
- 運命の饗宴 Tales of Manhattan (1942)
- 恋の十日間 I'll Be Seeing You (1944)
- アメリカの恋人 Magnificent Doll (1946)
- ブロードウェイのバークレー夫妻 The Barkleys of Broadway (1949)
- モンキー・ビジネス Monkey Business (1952)
[編集] 外部リンク
- ジンジャー・ロジャース - インターネット・ムービー・データベース(英語)
- 公式サイト(英語)
アカデミー賞主演女優賞: 受賞者 (1928-1940) 1928: ジャネット・ゲイナー | 1929: メアリー・ピックフォード | 1930: ノーマ・シアラー | 1931: マリー・ドレスラー | 1932: ヘレン・ヘイズ | 1933: キャサリン・ヘプバーン | 1934: クローデット・コルベール | 1935: ベティ・デイヴィス | 1936: ルイーゼ・ライナー | 1937: ルイーゼ・ライナー | 1938: ベティ・デイヴィス | 1939: ヴィヴィアン・リー | 1940: ジンジャー・ロジャース