サニーベール (カリフォルニア州)

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サニーベール
City of Sunnyvale
Murphystreetsunnyvale.jpg
サニーベールのマーフィー・アベニュー
位置
カリフォルニア州におけるサンタクララ郡(左図)およびサニーベールの位置の位置図
カリフォルニア州におけるサンタクララ郡(左図)およびサニーベールの位置
座標 : 北緯37度22分19秒 西経122度1分34秒 / 北緯37.37194度 西経122.02611度 / 37.37194; -122.02611
歴史
1912年
行政
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
  Flag of California.svgカリフォルニア州
  サンタクララ郡
サニーベール
City of Sunnyvale
市長 メリンダ・ハミルトン
地理
面積  
  域 58.6km2(22.6mi2
    陸上   55.8km2(21.9mi2
    水面   1.8km2(0.7mi2
      水面面積比率     3.05%
標高 39m(128ft
人口
人口 (2010年現在)
  域 140,081人
    人口密度   2400人/km2(6200人/mi2
その他
等時帯 太平洋標準時UTC-8
夏時間 太平洋夏時間UTC-7
公式ウェブサイト : City of Sunnyvale

サニーベール: Sunnyvale発音: /ˈsʌniveɪl/、またはサニバル/ˈsʌnivəl/)は、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンタクララ郡の都市であり、シリコンバレーを作り上げている主要都市の一つである。2000年国勢調査での人口は131,760人だったが2010年140,018人と6%以上増加した[1]

サニーベール市の北はサンノゼ市の部分、北西はモフェット連邦飛行場、西はマウンテンビュー市、南西はロスアルトス市、南はクパティーノ市、東はサンタクララ市に取り囲まれている。歴史あるエル・カミノ・レアル(スペイン語で王道)およびアメリカ国道101号線が市内を通っている。

サニーベール市には、シリコンバレーの一部としてジュニパーネットワークスパームAMDネットアップスパンションヤフー!、シムコ・エレクトロニクス、ミラポイント、アプライドマイクロ、およびアリバなど多くのハイテク企業が本社を構えている。航空宇宙・防衛産業の会社もある。ロッキード・マーティンが大きな施設を持っており、他にハネウェルノースロップ・グラマン電子システムの海洋システム(ヘンディ鉄工博物館がある)、およびスピレント・コミュニケーションズも市内に事務所を構えている。またオニヅカ空軍基地もあり、その本館は地元でブルーキューブと呼ばれていて、最も目立つものになっている。この基地はスペースシャトル・チャレンジャー事故で亡くなった宇宙飛行士エリソン・オニヅカに因んで名付けられており、2010年8月まではアメリカ軍の主要な人工衛星制御施設だった。

サニーベールは、統合された単一の公衆安全部を持っている数少ない都市の一つであり、この部門に属する全ての人が消防、警察および救急救命活動に携われるよう訓練され、この3つの役割のどれでも緊急事態に対応できるようになっている。

市民への図書館として市民センターに入っているサニーベール公共図書館がある。

歴史[編集]

1770年代スペイン人がサンタクララ・バレーに初めて入ったとき、多くのオーローン族インディアンが住んでいた。1777年キリスト教徒に改宗したオーローン族インディアンがサンタクララ伝道所を建設した。

1842年、フランシスコ・エストラーダとその妻イネス・カストロにランチョ・パストリア・デ・ラス・ボレガスの土地特許が認められた。この土地の一部が後に発展してマウンテンビュー市やサニーベール市となった。その2年後の1844年、ルーペ・イニホに別の土地特許が認められ、特許された土地を持つ数少ないインディアンの一人となった。その土地は地域にあったオーローン族インディアンのポソルミ集落に因んで当所はランチョ・ポソロミと呼ばれた。ランチョ・ポソロミは後にランチョ・イニホと呼ばれるようになった。

1844年にスティーブンス=タウンゼンド=マーフィー隊の一部としてマーティン・マーフィー・ジュニアとその父がカリフォルニアに到着した。1850年、マーフィーはランチョ・パストリア・デ・ラス・ボレガスの一部を12,500ドルで購入した。マーフィーはこれを小麦畑と牧場にして、「ベイビュー」と名付けた。サンタクララ郡では初めてニューイングランドから運んだ木材で木造家屋を建設した。この家は1961年に解体されたが、2008年にサニーベール歴史遺産公園博物館として再建された。マーフィーが1884年に死んだとき、その土地は相続人の間で分割された。

1860年、サンフランシスコ・サンノゼ鉄道がベイビューに軌道を敷設することを認められ、マーフィー駅を建設した。ベイビューの南端には後にローレンス駅が造られた。

1870年代、郡の資産税法、小麦の輸入および土壌の劣化によってサンタクララ郡では小麦生産が経済的に立ちゆかなくなった。大きな小麦農園に代わって小さな果樹園が造られた。1871年、ジェイムズ・ドーソンとエロイーズ・ドーソンがサンタクララ郡では初めての果物缶詰工場を建設した。間もなく果樹栽培と缶詰が郡の主要産業になった。冷蔵貨車が発明され、果物に依存する経済の可能性がさらに高まった。1886年には果樹園が大半を占めるようになったので、サンノゼ貿易委員会はサンタクララ郡を「世界の庭園」と呼んだ。

1880年代中国人労働者がサンタクララ郡の農園労働者の48%を占めるようになった。この比率は中国人排除法が成立した後は時間をかけて減少した。その後1890年代にはイタリアアゾレス諸島ポルトガルおよび日本からの移民が果樹園で働くようになった。

1897年、ウォルター・エバレット・クロスマンが200エーカー (809,000 m²) の土地を購入し、不動産販売を始めた。彼はこの地域を「美しいマーフィ」として広告した。その後の1900年代、クロスマンはこの地を「宿命の都市」と表現した。1897年にはまた、マーフィーでは初の学校としてエンシーナ学校が開校した。これより以前、町の子供達はマウンテンビューの学校まで通う必要があった。

1901年、マーフィーの住人はその郵便局にエンシーナル、あるいはマーフィーという名前を使えないと知らされた。彼等は町の名前としてサニーベールを使うことにした。

サニーベールは成長を続け、1904年にはドライフルーツの生産が始まった。その2年後、シカゴの食肉加工会社であるリビー・マクニール・アンド・リビー社がサニーベールでは初の果物加工工場を開設することを決めた。今日リビー社の初期フルーツ・カクテルに似せた色に塗った揚水塔が、工場のあった場所を示している。

1906年、ジョシュア・ヘンディ鉄工所が1906年サンフランシスコ地震による火事にあって会社の建物が破壊されたとき、サンフランシスコからサニーベールに移転してきた。この鉄工所が町では初めての非農業産業だった。ジョシュア・ヘンディ鉄工所は鉱業用設備の生産から舶用蒸気機関などの生産に切り替えた。

1912年、サニーベール住民は住民投票によって市制執行に賛成し、サニーベールは公式の市になった。

1923年に初の高校であるフレモント高校が開校した。そこは学校が開校する前や第二次世界大戦の間は軍事基地として機能していた。1933年に開港したモフェット基地との間を飛行機が飛来し、ここでは燃料補給を行うのが通常だった。1948年の年鑑では、軍用機がある建物の所に駐機し、それを近くで生徒達が眺めている様子が分かる。フレモント高校の構内には第二次世界大戦後に建設されたかまぼこ形兵舎など昔の軍用建造物があり、現在はレスリングチームの施設に使われている。

1930年アメリカ合衆国議会はサニーベールに西海岸飛行船基地を置くことを決めた。このアメリカ海軍の航空基地は後にモフェット海軍航空基地と名付けられ、その後モフェット連邦飛行場となり、現在はモフェット飛行場と呼ばれている。

1939年、アメリカ宇宙開発諮問委員会(現在のNASAの前身)が、エイムズ研究所で研究を開始した。

第二次世界大戦の間、戦争経済によってサンタクララ郡は果物産業からハイテク産業にシフトする機会に恵まれた。ジョシュア・ヘンディ鉄工所は戦争遂行を支援するために舶用蒸気機関、艦砲およびロケット発射機などを生産した。防衛産業が成長するにつれて、農業生産人口が不足するようになった。メキシコからの移民がこの空隙を埋めた。

戦後、果樹園やトウモロコシ農園がなくなり、家屋、工場および事務所が造られていった。1956年、航空機メーカーのロッキード社がその本社をサニーベールに移した。このとき以降、数多いハイテク企業が事務所や本社をサニーベール市に造った。その中にはアドバンスト・マイクロ・デバイセズやヤフーがある。初期ビデオゲームの1つ、『ポン』のプロトタイプが1972年9月にアンディー・キャップスというバーに設置された[2][3]。このバーは現在ルースター・T・フェザーズになっている。

2002年には僅かに残っていた果樹園が廃止され、家屋や店舗に代わった。しかし、サニーベール・コミュニティセンターに隣接する歴史遺産果樹園のように市が所有する果樹園が残っている。

1979年、歴史ある中心街ショッピング地区であった所に、サニーベール・タウンセンターと呼ばれる屋内型ショッピング・センターがオープンした。このショッピング・センターは数年間は成功したものの1990年代には衰退を始めた。店舗配置や経営者の入替などが行われた後、2007年には解体され、その跡地に新しい中心街ショッピング地区が建設されている。

地理[編集]

サニーベールは北緯37度22分7.56秒 西経122度2分13.4秒 / 北緯37.3687667度 西経122.037056度 / 37.3687667; -122.037056に位置する[4]アメリカ合衆国国勢調査局に拠れば、市域全面積は22.6平方マイル (58.6 km2)であり、このうち陸地は21.9平方マイル (55.8 km2)、水域は0.7平方マイル (1.8 km2)で水域率は3.05%である。標高は130フィート (40 m) である。

気候[編集]

サニーベールはサンフランシスコ・ベイエリアの大半と同様に地中海性気候にあり、温暖で雨の多い冬と、気持ちの良い暖かさと大変乾燥した夏があり、サッカーやフットボールなどスポーツに適している。夏の日中平均最高気温は70°F (21℃) 台後半であり、冬は50°F (10℃) を下回ることは希である。


サニーベールの気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C (°F) 24
(75)
29
(84)
29
(85)
34
(94)
38
(100)
42
(107)
41
(105)
38
(101)
41
(105)
38
(100)
32
(89)
24
(75)
42
(107)
平均最高気温 °C (°F) 14
(58)
17
(62)
18
(64)
21
(69)
23
(73)
25
(77)
26
(79)
26
(79)
26
(78)
23
(73)
18
(64)
14
(58)
20.8
(69.5)
平均最低気温 °C (°F) 4
(40)
6
(43)
8
(46)
8
(47)
11
(51)
13
(55)
14
(57)
14
(57)
13
(55)
10
(50)
7
(44)
4
(39)
9.3
(48.7)
最低気温記録 °C (°F) −6
(21)
−4
(24)
−6
(22)
−1
(31)
1
(33)
4
(40)
5
(41)
7
(44)
5
(41)
1
(34)
−9
(15)
−7
(20)
−9
(15)
降水量 mm (inch) 82.3
(3.24)
80.8
(3.18)
67.3
(2.65)
22.6
(0.89)
8.9
(.35)
2.8
(.11)
0.8
(.03)
2
(.08)
2.5
(.10)
21.6
(0.85)
46.5
(1.83)
58.7
(2.31)
399
(15.71)
出典: National Weather Service[5] August 2010

1998年5月4日、いつになく激しい雷雨の中で、サニーベールと隣接するロスアルトスは、藤田スケールで強度F2に近い2個の竜巻に襲われ、被害総額400万ドルの被害を受けた。重傷者はいなかった。サンフランシスコ・ベイエリアでは竜巻が希であり、高気圧性回転をしていたのも特に異常だった[6][7]。竜巻を伴う高気圧性スーパーセル雷雨について高品質の気象レーダー・データが集められたのもこの時が初めてだった[8]。もっと小さな竜巻はこの地域でも無いわけではなかった。これに先立つ2か月前にモフェット連邦飛行場のロッキード・マーティンの施設で別の小さな竜巻が観測されていた[9]

1962年1月21日と1976年2月5日、サニーベールおよびサンフランシスコ・ベイエリアの大半でで測定可能な降雪があった。

人口動態[編集]

人口推移
年度 人口 変動率
1920 1,675
1930 3,094 84.7%
1940 4,373 41.3%
1950 9,829 124.8%
1960 52,898 438.2%
1970 95,976 81.4%
1980 106,618 11.1%
1990 117,229 10.0%
2000 131,760 12.4%
2010 140,081 6.3%

以下は2000年の人口統計データである。

基礎データ

  • 人口: 131,760人
  • 世帯数: 52,539世帯
  • 家族数: 32,679家族
  • 人口密度: 2,318.7人/km2(6,006.5人/mi2
  • 住居数: 53,753軒
  • 住居密度: 946.0軒/km2(2,450.4軒/mi2

人種別人口構成

年齢別人口構成

  • 18歳未満: 20.4%
  • 18-24歳: 7.7%
  • 25-44歳: 41.3%
  • 45-64歳: 19.9%
  • 65歳以上: 10.6%
  • 年齢の中央値: 34歳
  • 性比(女性100人あたり男性の人口)
    • 総人口: 105.9
    • 18歳以上: 106.5

世帯と家族(対世帯数)

  • 18歳未満の子供がいる: 27.6%
  • 結婚・同居している夫婦: 50.0%
  • 未婚・離婚・死別女性が世帯主: 8.2%
  • 非家族世帯: 37.8%
  • 単身世帯: 27.1%
  • 65歳以上の老人1人暮らし: 6.4%
  • 平均構成人数
    • 世帯: 2.49人
    • 家族: 3.06人

収入[編集]

収入と家計(括弧内は2008年推計)

  • 収入の中央値
    • 世帯: 74,409米ドル(88,297ドル)
    • 家族: 81,634米ドル(105,492ドル[10]
    • 性別
      • 男性: 65,165米ドル
      • 女性: 43,051米ドル
  • 人口1人あたり収入: 36,524米ドル
  • 貧困線以下
    • 対人口: 5.4%
    • 対家族数: 3.7%
    • 18歳未満: 5.5%
    • 65歳以上: 5.2%

経済[編集]

2009年包括的年次財政報告書に拠れば、サニーベール市の雇用主トップ10は下表の通りである[11]

順位 雇用主 従業員数
1 ロッキード・マーティン 7,296
2 ヤフー! 4,906
3 ネットアップ 2,620
4 ジュニパーネットワークス 2,187
5 スパンション 1,256
6 ノースロップ・グラマン海洋システム 1,200
7 アプライド・マテリアルズ 1,140
8 ウェストバレー・エンジニアリング 1,088
9 マキシム・インテグレーテッド 946
10 パーム 849

政治[編集]

カリフォルニア州議会では、上院の第13および下院の第22選挙区に属している。連邦議会下院ではカリフォルニア州第14選挙区に属し、クック投票動向指数では民主党+21となっている[12]2010年時点ですべて民主党議員が務めている。2009年3月20日時点で、市内の有権者は56,466人おり、このうち25,677人は民主党、12,716が共和党である。残り18,073人はどちらの二大政党にも属していない[13]。サニーベール市の市長副市長直接選挙で選出されない。その代わりに市政委員会の委員の互選で選出され、それぞれ任期は2年と1年である。

地区[編集]

サニーベール市には幾つかの地区があり、それらは公式のものではないが、地図には掲載されている基本的な地名であり、市によって認められている多くの地区協議会が使っている。

  • サンミゲル - 市北部の住宅地区、フェアオークスパークを含む、レイクウッドビレッジから南とスネイル地区の東
  • バードランド - 通りが鳥の名前になっている住宅地区、主に一戸建て住宅であり、市の南東端を占める
  • レイクウッドビレッジ - レイクウッド公園を囲む市の北東にある住宅地区、主に一戸建て住宅と移動住宅が占めている
  • ヘリテージ地区 - 市中心部の住宅と商業地区、通常タウンセンターと呼ばれる中心街ショッピング地区を含む
  • チェリーチェイス - 市西部の一戸建て住宅が多い住宅地区、チェリーチェイス小学校を中心にしている、エル・カミノから南、ニッカーボッカーと85号線から東、レミントンから北、メアリーからにしである。ここはチェリーとアプリコットの果樹園があった所に造られた。多くの家屋の裏庭には住宅開発業者が果樹を残している。

サニーベール市は地区協議会の登録簿を維持している。 The City of Sunnyvale maintains a neighborhood association registry. サニーベール市の南半分は圧倒的に住宅地区であり、州道237号線より北は大半が工業用途に使われている。

サニーベール市を通るエル・カミノ・レアルの東端は南インド移民が所有する企業が集中している[14]

南はフレモント・アベニューとクパティーノ、西はロスアルトスで区切られる地域は、住宅価値から判断して住みやすい地域と考えられている。

サニーベール市のある地域には多くの公園がある。その中にはラス・パルマス公園、オルテガ公園[15]、中心街に近いワシントン公園、2つのゴルフコース、および毎年リナックス・ピクニックが開催されるベイランズ公園がある。

中心街再開発[編集]

2009年11月、サニーベール中心街のメインストリートで以前は閉鎖されていた部分が進行中の再開発に併せて再開され、この通りが自動車や歩行者の通行に開放されたのは30年ぶりとなった。12月、マッキンリー・アベニューとワシントン・アベニューの住宅ビルやマチルダ・アベニューの2棟のオフィスタワー外構の仕上げが始まり、このプロジェクトの結論が出るまで残っている部分的に完成したレッドウッド広場の建物に風を通すことになった。

2010年5月、ノキアがワシントン・アベニューとマチルダ・アベニューのオフィスタワーを占有する賃貸契約にサインし、サニーベールを北カリフォルニアの本部にすることになった。このことは再開発プロジェクトの市場性を可能性のある買い主に訴える大きな一歩になった。

交通[編集]

サニーベール市にはサンタクララバレー交通局ライトレールバス、およびカルトレイン通勤列車が運行されている。高速道路では州道85号線、アメリカ国道101号線、州道237号線および州間高速道路280号線が通っている。州道82号線の一部が市中心部を通り、歴史あるエル・カミノ・レアルの通りに通じている。またアメリカ自転車利用者同盟からは、自転車に優しい社会の第3水準に上げられるように、通りや通りを外れた自転車専用レーン、自転車の動きに合わせられる交通信号、さらにはサンタクララバレー交通局とカルトレイン双方に駐輪場がある。自転車歩行者諮問委員会が市政委員会に市内自転車計画の継続する発展を助言している。

飛行機の商業便では近くの3つの国際空港を利用できる。一番近いのがノーマン・Y・ミネタ・サンノゼ国際空港であり、中心街からは9.5マイル (15 km) の距離にある。カルトレインやサンタクララ・バレー交通局のライトレールやバスでも行くことができる。カルトレインとライトレールの駅からは空港ターミナルに行くときに無料シャトルバスに乗り換える必要がある。次に近いのがサンフランシスコ国際空港であり、27.7マイル (44 km) である。こちらもカルトレインやベイエリア高速鉄道で行くことができる。メトロポリタン・オークランド国際空港は37.5マイル (60 km) の距離にある。この空港へは多くの公共輸送機関を利用できる。

犯罪[編集]

FBIの犯罪報告書に拠れば、サニーベール市はアメリカ合衆国の同規模都市の中で最も安全な都市10傑に入っている。1966年から少なくとも2004年まで、この10傑の5位より下になることはなかった。2005年のモーガン・クイント賞に拠れば、サニーベール市は全米の都市の中で安全な方から18位にランクされた[16]。2009年の雑誌フォーブスによるアメリカの安全な都市リストでは7位になった[17][18]

民間伝承[編集]

サニーベールに長く伝わっている伝承には市内にあるトイザらスの店舗に出てくる幽霊に関するものがある。霊能者とされるシルビア・ブラウンが1978年のテレビ番組『That's Incredible』で幽霊と接触したと主張し、その幽霊をジョニ・ジョンソンと名付けた。この話は1991年の番組『Haunted Lives: True Ghost Stories』でも取り上げられた。さらにブラウンは、ジョンソンがこのおもちゃ屋が現在建っている場所にあった果樹園で働いていた農業労働者であり、事故で自分の足を斧で傷つけて、出血多量で死んだとも述べた[19][20]

著名な出身者と住人[編集]

大衆文化の中のサニーベール[編集]

  • テレビ番組バフィー 〜恋する十字架〜エンジェルではサニーベールが興味の対象になっており、"Sunnydale"が架空の町の名前になっている。脚本家の一人がサニーベール市と同じ郵便番号のサニーデールを載せた仮想ウェブサイトまで作った。
  • 1980年代の映画ウォー・ゲームで、ゲーム会社Protovision北アメリカ航空宇宙防衛司令部の宇宙部門はサニーベールにあることになっている。
  • Gap Girlsサタデー・ナイト・ライブの話では、サニーベールがGAP店のある場所になっている。この番組にはクリス・ファーレイアダム・サンドラーおよびデヴィッド・スペードが出演した。
  • 映画Life-Sizeでは、サニーベールという名前が使われた。
  • 1993年のテレビ映画I Can Make You Love Meではサニーベールが舞台になっている。出演はブルック・シールズとリチャード・トーマスだった。この映画は1988年2月17日にサニーベールの防衛産業ESLで起こったオフィス乱射事件に基づいている。同僚のローラ・ブラックのことを思い詰めて不満を抱いた元従業員リチャード・ファーレイが、従業員7人を殺し、4人以上を負傷させた後に警察に降伏した。
  • テレビ局G4のアニメ番組Code Monkeysではサニーベールが舞台になっている。
  • 映画ターミネーターシリーズのサイバーダイン・システムズ・コーポレーションはサニーベールにある。
  • 1978年の映画アタック・オブ・ザ・キラー・トマトではサニーベール市内の家具屋がオープニングのクレジットに加えられた。撮影は南カリフォルニアで行われた。

脚注[編集]

  1. ^ State & County QuickFacts”. US Census Bureau. 2011年12月24日閲覧。
  2. ^ Pong, video game at arcade-history.com
  3. ^ Scott Cohen, Zap! The Rise and Fall of Atari, ISBN 0-07-011543-5 (McGraw-Hill, 1984)
  4. ^ US Gazetteer files: 2010, 2000, and 1990, United States Census Bureau, (2011-02-12), http://www.census.gov/geo/www/gazetteer/gazette.html 2011年4月23日閲覧。 
  5. ^ Vacation Planner”. Weather Channel. 2009年5月22日閲覧。
  6. ^ Sunnyvale and Los Altos, CA Tornadoes, San Francisco State University, Department of Geosciences
  7. ^ Hit and Run: Freak tornado injures no one, but leaves behind costly damage,, The Sun (Sunnyvale's Newspaper), May 6, 1998
  8. ^ Monteverdi, John P.; Warren Blier, Greg Stumpf, Wilfred Pi and Karl Anderson (November 2001). “First WSR-88D Documentation of an Anticyclonic Supercell with Anticyclonic Tornadoes: The Sunnyvale–Los Altos, California, Tornadoes of 4 May 1998”. AMS Journal (American Meteorological Society) 129 (11): 2805. doi:10.1175/1520-0493(2001)129<2805:FWDOAA>2.0.CO;2. http://ams.allenpress.com/perlserv/?request=get-document&doi=10.1175%2F1520-0493(2001)129%3C2805%3AFWDOAA%3E2.0.CO%3B2&ct=1 2008年12月15日閲覧。. 
  9. ^ Coile, Zachary; Emily Gurnon (1998年2月6日). “Storm knocks out power to thousands in Bay Area; Marin commuters cut off by U.S. 101 closure”. THE STORMS OF '98 (San Francisco Chronicle). http://www.sfgate.com/cgi-bin/article.cgi?file=/examiner/archive/1998/02/06/NEWS397.dtl 2008年12月15日閲覧。 
  10. ^ Sunnyvale city, California: 2008 American Community Survey (U.S. Census Bureau)
  11. ^ City of Sunnyvale CAFR
  12. ^ Cook Partisan Voting Index
  13. ^ http://www.sos.ca.gov/elections/ror/ror-pages/60day-stwdsp-09/politicalsub.pdf
  14. ^ A `Little Madras' here too ...., The Hindu, Online edition of India's National Newspaper, May 2, 2004 (article about the South Indian business district along El Camino Real in Sunnyvale)
  15. ^ Sunnyvale Department of Parks and Recreation, Ortega Park
  16. ^ Morgan Quitno Awards, 11th Annual America's Safest (and Most Dangerous) Cities (undated)
  17. ^ Forbes Magazine, America's Safest Cities
  18. ^ Per Forbes, Bay Area Indo American, America's Safest Cities
  19. ^ Haunted Toys 'R' Us, snopes.com, January 16, 2007, citing Gina Boubion, Ghost Lets Playful Side Show in Pranks at Haunted Toy Store, The Houston Chronicle, April 26, 1993, p. A2; and Dan Koeppel, Ghost Sightings Aren't Spooking Sales at Toys 'R' Us, Chicago Tribune, June 23, 1991, p. C8
  20. ^ Ghost Research Society, Toys 'R Us Ghost

外部リンク[編集]