ひたちなか海浜鉄道湊線

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ひたちなか海浜鉄道湊線
湊線の主力車両、キハ3710形気動車(2007年)
湊線の主力車両、キハ3710形気動車(2007年)
路線総延長 14.3 km
軌間 1067 mm
最大勾配 10 パーミル
最小半径 200 m
停車場・施設・接続路線
STRq
JR東常磐線
STRrg
0.0 勝田駅
BHF
0.6 日工前駅
BHF
1.8 金上駅
BHF
4.8 中根駅
BHF
8.2 那珂湊駅
BHF
9.6 殿山駅
BHF
10.8 平磯駅
BHF
13.3 磯崎駅
KBHFe
14.3 阿字ヶ浦駅

湊線(みなとせん)は、茨城県ひたちなか市勝田駅から旧那珂湊市街を経由して阿字ヶ浦駅とを結ぶ、ひたちなか海浜鉄道鉄道路線である。旧称の湊鉄道湊鉄道線と案内されることがある。

目次

[編集] 概要

全駅がひたちなか市内にある。那珂湊駅までは、那珂川北岸から少し離れた所を通り、那珂湊駅から阿字ヶ浦駅までは海岸沿いを通る。 1990年度までは海水浴シーズンに東日本旅客鉄道(JR東日本)常磐線上野駅から急行列車「あじがうら」(後にJR東日本水戸線小山駅からの快速「あじがうら」になる)が阿字ヶ浦駅まで乗り入れていた。

2008年3月31日までは茨城交通の路線であった。2005年12月に、茨城交通は地元ひたちなか市に対して、赤字で経営状況が厳しいため2008年3月で廃線にする意向を示し、ひたちなか市は、財政支援も視野に存続を目指すと、2006年9月に報道がなされた。茨城交通は支援を受ければ赤字の解消や老朽化した施設の改善が可能として2007年3月31日に廃止届の提出を当面見合わせると発表した。設備更新には国の鉄道軌道近代化設備整備補助制度を利用し、その事業者負担分も市が負担する方針が示され、茨城交通の鉄道部門を別会社に分離することになった。当初市は茨城交通100%出資の子会社の設立を求めていたが、過半数の株式を保有することで連結子会社となると不採算部門から撤退することにならず茨城交通が難色を示したため、運営会社は第三セクター会社として市も出資して経営に参画することになり[1]、同年9月27日に最終合意した[2][3]。 2008年4月1日、湊線はその運営会社として設立されたひたちなか海浜鉄道に移管された。地元の支援も手厚く、2008年度はひたちなか市が湊鉄道線存続支援事業として199,521千円(内訳:出資金90,000 千円 貸付金40,000 千円 鉄道近代化等補助金57,218 千円 基金積立金11,000 千円)を支出している[4]

[編集] 路線データ

[編集] 歴史

[編集] 運行形態

勝田 - 阿字ヶ浦間の直通運転が約30 - 40分間隔で、阿字ヶ浦駅の平日の始発は4時台と早い。勝田 - 那珂湊間の区間運転が平日朝夕に6往復と土曜・休日の5時台の始発列車・23時台の最終列車として各1本ある。朝5時台の下り始発は那珂湊→阿字ヶ浦間の運行である。

全列車が各駅停車である。朝のラッシュ時は2両または3両編成(学校が休みの期間は1両で運行)、それ以外の時間は1両編成となる。2010年4月6日から全列車がワンマン運転となった。

1963年までは水戸駅までの直通運転もあった[6]。1990年度まで夏季に国鉄・JR東日本常磐線上野駅からの直通運転もあったため、各駅のホームは、国鉄・JRからの長大編成の列車が停車できる長さになっている。

夜間滞泊は那珂湊駅のみで行っている。早朝・深夜には那珂湊 - 阿字ヶ浦間の回送列車が運行されている。列車交換は通常那珂湊駅のみだが、2010年9月1日のダイヤ改正で増発された勝田 - 那珂湊間の区間列車(同年12月4日より平日のみの運転に変更)との交換は金上駅でも行われている。

2009年3月14日のダイヤ改正以前は、最終列車が早く、阿字ヶ浦発勝田行きが21時台、折り返しの勝田発阿字ヶ浦行きが22時台で、ほかに22時台に阿字ヶ浦発那珂湊行きの列車が設定されていた。また、2010年3月13日のダイヤ改正以前は始発の1往復が土曜日・休日は運休であった。この改正で全日同一のダイヤとなったが、同年12月4日のダイヤ改正で、土曜日・休日に運転しない列車が再び設定されることとなった。

[編集] 利用状況

[編集] 輸送実績

[編集] 収入実績

[編集] 営業成績

[編集] 車両

茨城交通は「性能が安定し長寿命で故障が少ない」としてコピー品も含め日本全国からキハ20系気動車をかき集めてきた。1990年代後半に入ると同系で状態の良い稼働車が出ることがほとんどなくなったため、新製車の導入に移行した。原則として、平日と日曜は旧型と新型1編成ずつ、土曜日は新型のみでの運行となっていたが、2009年8月のミキ300形導入以降、日曜日でも新型のキハ3710形・キハ37100形およびミキ300形のみで運行されることが多くなり、キハ20タイプの旧型気動車は徐々にではあるが一般運用の機会が減少し、イベントを中心に稼働するようになっている。なお、土曜・日曜の車両運用は、ホームページに掲載されている。

[編集] 現在の車両

キハ22形 (222)
羽幌炭礦鉄道の廃線に伴い1970年から1971年にかけてキハ221, 222, 223の3両が同鉄道から移籍。国鉄キハ22形の類似車。塗色は当初、羽幌炭礦鉄道色の臙脂地に白帯であったがキハ222は茨城交通色を経て旧国鉄気動車標準色に近い藍色地に窓周りベージュの2色塗装、キハ223は白地に赤・青帯の茨城交通色となった。キハ221, 223は廃車となっており、キハ222のみが車籍を有している。廃車後キハ221は阿字ヶ浦駅に留置されていたが2009年に撤去された。またキハ223は羽幌炭礦鉄道色に変更の上、埼玉県さいたま市緑区にある「ほしあい眼科」にて保存のため、2009年12月17日に搬出されている[7]
現存するキハ222は、羽幌炭礦鉄道のキハ22最後の1両であり、旅客営業車として旋回窓を有する唯一の現存車両でもある。
キハ20形 (205)
1965年帝国車輛にて製造。国鉄の元キハ20形で、西日本旅客鉄道(JR西日本)から水島臨海鉄道を経て、1996年1月28日に入線し、同年8月にワンマン改造を実施している。水島臨海鉄道時代にトイレの撤去と共に冷房化(デンソー製、サブエンジン式)もされている。塗色は国鉄気動車標準色の朱色地に窓周り肌色の2色塗装だが、朱色部分は国鉄色よりややオレンジがかっている。
キハ2000形 (2004, 2005)
キハ2004は留萠鉄道の廃線に伴い1970年に同鉄道から湊線に移籍、キハ2005は1969年に同じく同鉄道から移籍した。国鉄キハ22形の類似車。キハ2005は1966年東急車輛製造にて製造された車両で、ベンチレーターの形状がキハ2004と異なっている。塗色は2004が国鉄準急色の淡黄色地に帯、キハ2005は茨城交通色だったが、帯の配置が他車と違っていた(キハ3710形に近い)。キハ2005は2010年に国鉄急行色の肌色地に窓周りスカーレットの2色塗りに変更された。
キハ3710形 (3710-01, 02)
新製車両。1995年11月1日、1998年7月1日に1両ずつ入線。湊線の主力車両である。全長は18.5mでエンジンは、DMF13HZ (330PS/2000rpm) を1基搭載している。形式名称は3710(みなと)の語呂合わせ。塗色は当初茨城交通色だったが、2010年に2両とも公募によるデザインコンテストにより決定した「曙光の大地」をテーマとした下部に濃緑色・上部にクリーム色・その境界部に金帯・扉に黄色を配した新塗色に変更された。
キハ37100形 (37100-03)
新製車両。2002年入線。キハ3710形とほぼ同じだがブレーキの二重化など一部仕様が異なるため形式が変更された。現在はひたちなか海浜鉄道2周年を記念して塗装を変更したアニマルトレインである。
ミキ300形 (300-103)
2008年に廃止された三木鉄道から、旧型車両を更新する目的で2009年にミキ300形(ミキ300-103)を購入、同年6月11日に那珂湊駅構内に搬入し、そのままの形式名・車番・塗色で同年8月30日から運行を開始した。

[編集] 過去の車両

キハ200形 (201 - 204)
元国鉄キハ20形で、国鉄から鹿島臨海鉄道を経て譲り受けた車両である。キハ201 - 204の4両が在籍したが、冷房が取り付けられていないこととワンマン化改造がなされていないため2006年までにすべて廃車になっている。キハ201はキハ221とともに阿字ヶ浦駅に留置され、海水浴客の臨時更衣室になっていたが、2009年3月に撤去・解体された。キハ202 - 204 は、那珂湊駅に放置されているが、203については展示車両として2009年に塗色が国鉄首都圏色の柿色一色塗りに変更されている。
キハ11形 (111 - 113)
元国鉄キハ11。1956年・東急車輌製の個体が集められていた。キハ111は映画『鉄道員(ぽっぽや)』の撮影に用いられた後に解体され、113は佐久間レールパークに保存された後、同所廃止以降はリニア・鉄道館に移動して収蔵・保存されている。112は2004年まで使用され、最後の営業用のキハ10系列となった。その後112は鉄道博物館に収蔵・保存されている。
キハ1000形 (1001, 1002)
元留萠鉄道キハ1001, 1002で、1955年日立製作所製。国鉄キハ10を基本とした設計で、側窓の形状はキハ10系と酷似している。ただし乗務員扉を持たない。全体に、北海道の酷寒地での運転を前提とした試験的な特殊装備を多用していた。台車はキハ10のDT19とは異なる菱枠形で、留萠鉄道時代は駆動力確保のため2軸駆動仕様であったが、茨城交通譲渡時に通常の1軸駆動となっている。正面2枚窓のいわゆる湘南型と呼ばれる前面を持ち、北国の激しい降雪下の走行での視界確保を目的とした腰部の大型前照灯「ヘソライト」が特徴的であった。これは路面電車風であるが、光束をカーブで軌道中心方向に合わせるため手動回転が可能な構造であった。吹雪などまず考えられない当線では無用な装備ではあるものの、最後まで撤去されることはなかった。
キハ1100形 (1103)
元留萠鉄道キハ1103で1959年・東急車輌製。キハ1000の後継モデルとして登場した。国鉄キハ20系列を基本とした設計だが、前面は湘南型である。キハ1000で装備されていた「ヘソライト」は省略され、2軸駆動も廃止されるなど、各部位の設計は国鉄気動車と共通する一般的な構造となった。茨城交通では廃車後もしばらく那珂湊駅に放置されていた(現存せず)。
ケハ600形 (601)
1960年・新潟鐵工所製。日本初のステンレス製気動車で、新潟鐵工所が試作的に開発し、海浜に近い条件の湊線に入線したものである。正面は湘南型だが、上部に明かり取り窓がある変わったスタイルだった。登場時より液体式であるが総括制御不能であり、連結運転時に付随車として使用するためのジャンパ線が新設されたものの不便が多かったこともあり、鹿島臨海鉄道からの譲渡車などに押され後年はほとんど稼動しなかった。1992年廃車。1963年6月20日までは水戸駅への直通運転にも使用されていた。車体のみ那珂湊機関区に現存し倉庫となっていたが市民団体「おらが湊鉄道応援団」の手により整備され、現在はギャラリーになっている(当初は動態復元をする計画があったが、車体の老朽化が激しく断念されたという)。
ケハ400形 (401)
1955年・新潟鐵工所製。元は山鹿温泉鉄道が発注した車両だったが同社が水害被災し注文流れになったため茨城交通に回されたもので、有田鉄道キハ250とほぼ同型。窓はシル・ヘッダー付きの2段窓である。山鹿温泉鉄道車特有の低い2段ステップ付きである。茨城線から転属。
ケハ402形 (402)
1957年の新潟鐵工製で、ケハ401を基本に増備車として自社発注した車両。窓はシル・ヘッダーがなくなり、バス窓になった。ステップも1段になった。
ケハ45形 (45, 46)
元国鉄キハ41000で、46は東野鉄道を経由して入線、後に付随車化され、ハフ46となった。
ハフ13形 (13,14)
大沼電鉄の半鋼製4輪単車フ1・2で、茨城交通移籍後はハフ13・14となり湊線で使用された。ハフ13・14は1963年(昭和38年)3月に廃車となった。
ケキ100形 (101,102,103,104)
ケキ101は、1953年に新潟鐵工所で製造されたL形20t機関車で、湊線で使用された。1980年10月8日付けで廃車となった。
ケキ102は1957年に新潟鐵工所で製造された35t凸形機関車で、茨城線に配属された。同線廃止後は湊線に移り、貨物(気動車と貨車を牽引する混合列車も存在した)や勝田駅での貨車の入換え作業のほか、多客時は客車列車を牽引したこともある。貨物廃止後、使用されることが減り2005年に廃車になり、那珂湊機関区に留置されていたが、2009年に搬出された[7]。同車は富山県日本貨物鉄道(JR貨物)伏木駅貨物側線に移送され、2010年8月現在、同所にて修復作業が行われている。
ケキ103はケキ102の運行成績が好調であったことから1953年7月に製造された機関車。ケキ102が転属してくると主役の座を明け渡し、1990年3月6日付けで廃車となった。
ケキ104は1956年に川崎車両で製造された30tL形機関車で、倉敷市交通局(現水島臨海鉄道)DC502として登場した。1966年に茨城交通に転じた。1971年度中に廃車となった。
トラ1形 (15,16)
東武鉄道無蓋貨車トラ1形で貨物廃止後はイベントなどで使用されたがほとんど動くことは無く阿字ヶ浦駅などに長期間留置されていた。2008年末現在、車籍は無いが現存しており那珂湊機関区でカバーをかけられ倉庫代わりとなっている。
ト1形 (5,7)

[編集] 駅一覧

駅名 駅間キロ 累計キロ 乗車人員
人/年
接続路線 線路
勝田駅 - 0.0 162,444 東日本旅客鉄道:常磐線
日工前駅 0.6 0.6 1,021  
金上駅 1.2 1.8 42,131  
中根駅 3.0 4.8 2,515  
那珂湊駅 3.4 8.2 182,162  
殿山駅 1.4 9.6 62,228  
平磯駅 1.2 10.8 52,267  
磯崎駅 2.5 13.3 34,646  
阿字ヶ浦駅 1.0 14.3 15,289  

[編集] 運賃

[編集] その他

  • 湊線はストアードフェアシステムを導入していないので、PASMOSuicaなどのICカードは利用できないが、JRと共同使用の勝田駅ではJRの自動券売機で湊線の切符を発売しているため、Suica、TOICAICOCA、PASMO(以下、ICカード)を利用して乗車券を購入することができる。ただし、改札内のひたちなか海浜鉄道出札口では現金のみでの購入となるため、JRから乗り換えてICカードを利用し、乗車券を購入する場合は、一旦改札を出てひたちなか海浜鉄道の乗車券を購入することになる。
  • 駅の自動券売機は、タッチパネル式の新型に更新されている。
  • 常磐線の車内放送では、「湊線」と案内される。
  • 勝田駅構内の乗り換え案内表示は、転換前だと「茨城交通湊線」だったが、転換後は社名が長いため、「湊線」とシンプルに書き換えられている。
  • CMやバラエティー番組などでよく使われ、特に阿字ヶ浦駅や中根駅に近い所でよく撮影が行われる。近年は映画『フラガール』や、「チオビタドリンク」のCMなどのロケにも使用されており、テレビアニメでは、『サザエさん』(フジテレビ系放送)で2010年2月にオープニング映像で中根駅とキハ205らしき気動車が登場した。また2010年9月には『奇跡体験!アンビリバボー』で放送された1993年(平成5年)に起きた8.6豪雨での鹿児島県竜ヶ水地区での土石流被害の再現VTRで、JR竜ヶ水駅で大雨と土石流で立ち往生した列車と車内にいた乗客の撮影でキハ222が登場している。
  • 阿字ヶ浦からは国営ひたち海浜公園までの延伸要望もある[8]。かつて海浜公園の建設が決まった1979年頃には延伸が内定していたことがあり、それに向けて車両を増備する予定であった。
  • 駅名標は文字をイラスト化したロゴタイプのものを使用している。

[編集] 脚注

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  1. ^ 「湊線存廃問題協議大詰め ひたちなか市、三セク設立へ」東京新聞 TOKYO Web 2007年9月18日
  2. ^ 「湊線、三セクで存続決定 ひたちなか市と茨城交通が共同出資」東京新聞 TOKYO Web 2007年9月28日
  3. ^ 湊線、3セクで存続へ」朝日新聞 asahi.com 2007年09月28日
  4. ^ 平成20年度 ひたちなか市予算重点施策の予算措置状況」市報ひたちなか4月10日第320号
  5. ^ 速度向上 最高速度時速60キロになりました」ひたちなか海浜鉄道の社長ブログ「海浜鉄道日誌」
  6. ^ 寺田裕一『データブック日本の私鉄』ネコ・パブリッシング、2002年 p.189
  7. ^ a b 【ひたちなか海浜鉄道】キハ223・ケキ102搬出」 鉄道ホビダス『RM News』2009年12月18日、ネコ・パブリッシング
  8. ^ 湊鉄道線 新会社名及び社長が決まりました。」ひたちなか市企画調整課

[編集] 参考文献

  • 白土貞夫 (1965). “茨城交通・湊・茨城線”. 鉄道ピクトリアル No. 173 (1965年7月臨時増刊号:私鉄車両めぐり6): pp. 6-7, 30-42. (再録:『私鉄車両めぐり特輯』2、鉄道ピクトリアル編集部、鉄道図書刊行会、東京、1977年

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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