水島臨海鉄道

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水島臨海鉄道株式会社
水島臨海鉄道本店
水島臨海鉄道本店(2007年7月25日)
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 日本の旗 日本
〒712-8033
岡山県倉敷市水島東栄町12番46号
設立 1970年2月2日
業種 陸運業
事業内容 貨物及び旅客の運輸業
不動産の賃貸及び管理業
広告業
代表者 代表取締役社長 伊東香織
資本金 8億5,000万円
従業員数 47人(2003年度)
主要株主 日本貨物鉄道 35.3%
倉敷市 35.3%、岡山県 11.8%
外部リンク www.mizurin.co.jp/
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倉敷貨物ターミナル(1986年頃)

水島臨海鉄道株式会社(みずしまりんかいてつどう)は、岡山県倉敷市で鉄道路線を運営している鉄道事業者。略称はMR、通称「水臨」「臨鉄」「臨海」「ピーポー」[1]など。

日本貨物鉄道(JR貨物)・倉敷市などが出資する第三セクター方式の臨海鉄道である。旅客鉄道事業と貨物鉄道事業などを行っている。中国運輸局管内の民鉄(JR除く)では唯一、貨物鉄道事業を行っている。旅客収入は約2.6億円、貨物収入は約4.2億円と、客貨は3:5程度の比率である(数字はいずれも2005年度の統計)[2]

目次

[編集] 歴史

  • 1970年(昭和45年)2月2日 - 日本国有鉄道(国鉄)および倉敷市などの出資により設立。
  • 1970年(昭和45年)4月1日 - 倉敷市交通局から市営鉄道全線を譲り受け、営業開始。
  • 1972年(昭和47年)9月18日 - 水島 - 三菱自工前間の旅客営業を開始。
  • 1983年(昭和58年)4月1日 - 倉敷市 - 倉敷貨物ターミナル間を水島本線、三菱自工前 - 西埠頭間を西埠頭線に改称。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、国鉄保有の株式がJR貨物に譲渡される。
  • 1992年(平成4年)9月7日 - 水島地区の交通量増加により、水島本線の浦田 - 三菱自工前間、港東線の一部を高架化。

[編集] 路線

  • 水島本線 - 倉敷市 - 三菱自工前 - 倉敷貨物ターミナル 11.2km
  • 港東線 - 水島 - 東水島 3.6km(貨物線)
  • 西埠頭線 - 三菱自工前 - 西埠頭 0.8km(貨物線)

[編集] 車両

気動車2形式10両、ディーゼル機関車2形式4両の計14両が在籍する。

[編集] 現有車両

[編集] 気動車

現有気動車として、以下の2車種が在籍している。車両の詳細は各記事も合わせて参照のこと。

このうち、MRT300形は同社のオリジナル車両であり、一部車両は青色の車体にひまわりの絵がラッピングされ、「ひまわり号」と呼ばれている。

一方、キハ20形はキハ35形の老朽化が進んでいたため、1986年から1991年にかけて、日本国有鉄道(国鉄)・四国旅客鉄道(JR四国)より購入した車両である。乗降する際は手で開けて乗り降りをする。購入時は冷房化されていなかったが、203,204,205が1988年6月、208が1989年6月にトイレの撤去と共に冷房化(日本電装製、サブエンジン式)された。また、旧国鉄色だったものを水島色に塗り替えた。203は2002年10月赤穂線開業40周年事業でJRに貸し出す際に、205は2003年夏に国鉄色に塗り替えられ、現在は203・205が国鉄色となっている(ただし205は明るめの色になっている)。全列車ワンマン設備は設置されていない。また、国鉄・JR四国から購入したときに、以下のとおり改番を受けている。

  • キハ20 338 → キハ203
  • キハ20 340 → キハ204
  • キハ20 321 → キハ205
  • キハ20 318 → キハ208

[編集] ディーゼル機関車

DE70形 (701)
1971年4月に川崎車輌で新造されたディーゼル機関車(70t機)である。国鉄DE11形と同形であり、エンジンはDML61ZA(1250PS)を一基搭載している。液体変速機はDE11形同様、高速段・低速段に切り替えることが可能。JR線に乗り入れて山陽本線西岡山駅までの運用があるために、運転席には水臨用列車無線機とJR用のCタイプ列車無線機・防護無線装置が、運転席屋根上にはJR用広帯域アンテナが設置されている。当機の全般検査は国鉄・JRの工場に委託されており、国鉄時代は鷹取工場で、JR発足後はJR貨物広島車両所で施行されている。
DD50形 (501, 505, 506)
川崎車輌・日立製作所で製作されたディーゼル機関車(50t機)である。505は1962年2月川崎車輛製で、506は1966年6月、501は1968年2月の日立製作所製である。東水島 - 倉敷貨物ターミナル間の区間列車や駅構内の入換に充当されている[3]

[編集] 過去の車両

[編集] 気動車

キハ305形 (305)
1951年11月に、国鉄よりキハニ181を譲り受け、キハ305とした。エンジンは1952年11月に川崎車輌でDMF13(120PS)を1基換装し、ディーゼルカーとした。台車は菱枠型であった。1973年に廃車となり、形式消滅した。
  • キハニ181 → キハ305
キハ300形 (301 - 304)
301・302は1968年10月4日、303・304は1972年3月8日に夕張鉄道より入線。エンジンは、301・302はDMH17BX(180PS/1600rpm)、303・304はDMH17C(180PS/1600rpm)を1基搭載し、台車はNH38(菱枠式1軸駆動台車)であった。302は1975年4月の踏切事故により大破し、廃車。残る3両は1978年に、岡山臨港鉄道に移籍した。
  • 夕張キハ301・302・夕張キハ252・253 → キハ301・302・303・304
キハ310形 (311, 312)
1958年に、国鉄より、キハ04 11,32を譲り受け、キハ311,312とした。1974年に全車廃車となり、形式消滅した。
  • キハ04 11・32 → キハ310 311・312
キハ320形 (320, 321)
1969年に、国鉄よりキハ07 202を譲り受け、キハ320とした。また、1973年に同和鉱業より、キハ701を譲り受け、キハ321とした。キハ35形の入線に伴い、1980年に全車廃車となり、形式消滅した。
  • キハ07 202・キハ701 → キハ320 320・321
キハ35形 (351 - 357)
1976年から1980年にかけて、国鉄よりキハ10系を7両譲り受けた車両である(導入当時、非電化通勤路線で使用されていた国鉄キハ35系気動車とは無関係)。キハ20形の購入により、351が1987年5月、353,357が1988年6月、352が1989年2月、356が1989年5月、354が1989年11月、355が1989年12月に廃車となり、形式消滅した。
  • キハ10 3・7・4・5・53・58・60 → キハ351・352・353・354・355・356・357
キハ20形 (201, 202, 206, 207, 209, 210, 211, 212)
キハ35形の老朽化が進んでいたため、国鉄・JR四国・JR西日本より譲り受けた車両である。MRT300形の新造や、朝・夕のラッシュ時の連結両数を減らしたことから、201,209が1995年3月、207が1996年3月、206が2001年4月、202が2002年9月で廃車となったほか、1996年1月に210が茨城交通に、1997年に211,212が島原鉄道に移籍した。
  • キハ20 342・465・314・310・521・522・413・322 → キハ201・202・206・207・209・210・211・212

[編集] ディーゼル機関車

DD50形 (503, 504)
改良前の西岡山駅の入換業務を当社が受託していたため、同駅に常駐して使用されていた。受託解除に伴い、1991年に廃車[4]
DE10形1000番台 (1086)
DE701の部品取り用として、JR四国より購入した車両である。

上記の2両は倉敷貨物ターミナル駅の最も北側の線路に留置されている。尾灯やナンバープレートの欠落、各所の錆など荒廃が激しい。

[編集] 運賃

大人普通旅客運賃(小児半額・10円未満切り捨て)。2004年12月1日現在。

キロ程 運賃(円)
初乗り1 - 4km 180
5 - 7 240
8 - 10 310
11 330

[編集] その他

インプレスTV週刊★ロマン鉄道「倉敷の工業地帯を走る - 水島臨海鉄道」で紹介された。 [1][リンク切れ]

[編集] 脚注

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  1. ^くらしき百景36」(山陽新聞)によると前身の専用線時代に使用された蒸気機関車の汽笛の音から。
  2. ^ 国土交通省中国運輸局「管内鉄軌道事業者の運輸成績」
  3. ^ 寺田 裕一「ローカル私鉄を訪ねて 水島臨海鉄道」、『鉄道ジャーナル』、株式会社 鉄道ジャーナル社、2009年5月。
  4. ^ 藤岡雄一「臨海鉄道を楽しむ」 『鉄道ピクトリアル』1993年3月号(通巻572号)p.19、株式会社電気車研究会

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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