三木鉄道
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| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 本社所在地 | 673-0433 兵庫県三木市福井二丁目12番43号 |
| 電話番号 | 0794-82-4722 |
| 設立 | 1984年10月18日 |
| 業種 | 陸運業 |
| 事業内容 | 旅客鉄道事業 他 |
| 代表者 | 代表取締役社長 薮本吉秀(三木市長) |
| 資本金 | 2億5,000万円 |
| 主要株主 | 三木市 51.66% 兵庫県 14.33% 加古川市 5.00% 神姫バス 5.00% 三井住友銀行 4.80% 他(2006年3月31日現在) |
三木鉄道株式会社(みきてつどう)は、兵庫県で旧国鉄特定地方交通線の鉄道路線三木線を2008年3月まで運営していた三木市・兵庫県などが出資の第三セクター方式の鉄道会社である。本社は兵庫県三木市福井二丁目12番43号。三木線廃止後、清算会社となっている。
目次 |
[編集] 概要
三木鉄道が運営していた三木線は、2002年に芝山鉄道が開業するまで、広義の第三セクター鉄道の中では、営業距離が日本で最も短い鉄道であった。
三木市から神戸市内へ向かう旅客は神戸電鉄粟生線を利用し、加古川線に接続している三木線は旅客の動きに合っていないことから、第三セクター転換後も乗客の減少が続き慢性的な赤字に陥っていた。経営改善を図るため、約800m離れている三木鉄道の三木駅と神戸電鉄三木駅との間にJR北海道が開発中の線路と道路の両方を走行可能なデュアル・モード・ビークル (DMV) の導入を検討事項の一つに挙げていた。しかし、経営支援を行っている三木市で2006年1月に行われた市長選挙の争点となり、市の財政再建のため「三木鉄道の廃止」を公約の一つに掲げて当選した薮本吉秀新市長が社長に就任した。その後9月から10月にかけて行われた市民アンケートでも廃止賛成が70%に対して、存続が11%の結果が出た。また外部監査の結果でも経営の継続は困難であり、今後20年間の存続に必要な支援額が20億円に上るとの試算が11月29日に出された。これらを受け対策協議会が最終会合で「廃止してバスで代替すべき」との結論を確認。オブザーバーとして参加した県や加古川市は12月21日、「結論はやむを得ない。」とコメントしている。なお、2006年度には5400万円の経常赤字を出している。
2007年3月1日の市議会および4月26日の三木鉄道の取締役会で三木線全線の廃止を正式に決定。7月23日、市長が廃止届けを提出し、2008年4月1日に全線が廃止された[1]。最終日には多くの人々が詰め掛けた。
[編集] 歴史
三木線の歴史については三木鉄道三木線を参照。
- 1984年(昭和59年)10月18日 三木鉄道株式会社設立。
- 1985年(昭和60年)4月1日 国鉄から承継し三木線開業。
- 2007年(平成19年)7月23日 三木市長が三木線を翌年4月1日をもって廃止することを表明。
- 2008年(平成20年)4月1日 三木線廃止。会社を解散し清算会社に移行。
[編集] 路線
[編集] 車両
- ミキ180形 - 101, 102の2両。転換時に導入された、富士重工業製のLE-Car IIシリーズ二軸車タイプ。北条鉄道のフラワ1985形と側面窓以外は同型の車両で、フラワ1985形の観光バスタイプに対し、本形式は路線バスタイプのアルミサッシの上段固定下段上昇窓であった。ミキ300形に代替され、2002年までに廃車された。廃車体のうち1両は加西市の飲食店に設置されている。
- ミキ300形 - 103, 104, 105の3両。1998年に103、1999年に104、2002年に105を導入。三木市では三木鉄道廃止後、2両を競売に付し2008年に105を樽見鉄道が、104を北条鉄道が落札した。保存前提で保管されていた103は2009年6月にひたちなか海浜鉄道へ譲渡された[2]。
[編集] 脚注
- ^ 鉄道事業法では廃止予定日1年前までに届け出ることになっているため、2007年7月23日に提出された廃止届けも廃止予定日は2008年8月1日となっていたが、関係自治体などへの意見聴取で反対がなければ廃止予定日を繰り上げてもよいことになっており、三木鉄道でも廃止日が2008年4月1日に繰り上げられた。
- 「三木鉄道株式会社の鉄道事業(三木線)の廃止について」(pdf) 国土交通省近畿運輸局 2007年7月23日
- 「三木鉄道株式会社の鉄道事業の廃止予定日の繰上げについて」(pdf) 国土交通省近畿運輸局 2007年10月31日
- ^ 旧三木鉄道の最後の車両、今日「再就職」 asahi.com 2009年6月11日付

