Johnny
| Johnny | |
|---|---|
| 出生名 |
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| 生誕 | 1958年5月9日(67歳) |
| 出身地 |
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| 学歴 | 神奈川大学工学部卒 |
| ジャンル | ロック |
| 職業 | ギタリスト、歌手、実業家 |
| 担当楽器 | エレクトリック・ギター、ボーカル |
| 活動期間 | |
| レーベル | キングレコード |
| 共同作業者 | 横浜銀蝿 |
Johnny(ジョニー、本名:浅沼 正人、1958年5月9日 - )は、キングレコード上席執行役員。第2クリエイティブ本部長[1]。ロックバンド「TCR横浜銀蝿RS」のギタリスト、シンガー。
来歴・人物
[編集]子どもの頃は野球やサッカーが得意なスポーツ少年だった[2][3]。しかし、小学5年のとき、溶連菌感染症で約3カ月間の入院を余儀なくされる大病を患う[2][3]。中学卒業まで体育の授業は見学だったという[3]。病室のベッドのラジオで『American Top 40』(当時のFEN)や『全米トップ40』(ラジオ関東)を聴き、キャロル・キングやカーリー・サイモン、ビリー・ジョエルといった洋楽と出会う[2][4]。病気がなかったら、音楽と巡り合わなかったかもしれないと述べている[4]。退院後は当時世に出始めだった吉田拓郎や泉谷しげるを聴き[4]、フォークギターを手にする[2][4]。中学2年のとき、『リブ・ヤング!』(フジテレビ)で演奏する矢沢永吉率いるキャロルをテレビで見て、「俺もこういうバンドをやりたい!」と夢を抱き[2][4]、神奈川県立柏陽高等学校進学後、アルバイトでお金をためて中古のエレキギターを買い、同じクラスだった翔と1974年にロックバンドを結成[4]。これが横浜銀蠅の大元で[4]、神奈川大学進学後に横浜銀蠅を結成[2]。
1979年、大学在学中の20歳の時に、TCR横浜銀蝿RSにリードギター担当の「Johnny」という芸名で参加する。1981年、自ら作詞・作曲した『ジェームス・ディーンのように』でソロデビュー。この曲は、ドラマ『茜さんのお弁当』(TBS系列)の主題歌となり、オリコン年間チャート16位となった。いわゆる「ツッパリ」スタイルの横浜銀蝿は、リートボーカルの翔のハスキーで荒々しい〝ダミ声〟が特長だったが、Johnnyは優しく〝甘い声〟で歌い、メンバーの中で唯一口髭も生やしていなかった。このため女性からの人気が高かった[2]。その後、ソロで『$百萬BABY』などもヒットする。1983年末に横浜銀蝿が解散した後も、横山みゆきとのデュエットで『太陽のツイスト』などを発売してソロ活動を続けるが、銀蝿時代ほどのヒットにはならなかった[2]。
1988年に、ミュージシャンとしての活動に終止符を打ち、キングレコードに制作者として入社[2]。ディレクターとして、中山美穂、的場浩司、高橋良明、HOT LEGSらの作品作りを支える。2002年からベルウッドレコードのプロデューサーとなり、フォークソング創成期のEP版レコードのCD-BOX化などの他、Sound Horizonの後見人としてメジャーデビューを手掛ける。その後、キングレコードのJ-popセクションの制作宣伝部部長などを経て、2009年1月、キングレコード執行役員に就任。2013年7月キングレコード上席執行役員と兼務で関連会社のベルウッドレコード代表取締役社長に就任した[2]。
キングレコード入社後は、実質的にミュージシャンとしての活動はしていない。1998年に銀蝿が再結成した際には、復活第一弾アルバム『ぶっちぎりVII』のレコーディングとCD・ライヴパンフレット用の写真撮影には参加したものの、ライブ活動は本業が多忙なために加わらなかった。以後は銀蝿の活動には参加していなかったが、2019年に「THE CRAZY RIDER 横浜銀蝿 ROLLING SPECIAL 40th」で、オリジナルメンバー4人揃って、2020年までの期間限定でメンバーとして復帰することを発表した。一方、2007年1月までインディーズバンドを支援する『YOKOHAMA FACTORY』を展開していた。
エピソード
[編集]植村花菜の「トイレの神様」の宣伝会議で、「9分52秒ではどのメディアでも流してもらえない」「4分ぐらいに縮められないのか」といった意見が出る中、この曲は最後まで聴いて初めて伝わる曲でこの長さが必要だと主張した[1]。
横浜銀蝿時代にはバレンタインデーに4トン車いっぱいのチョコレートが届いたという[4]。
ディスコグラフィ
[編集]シングル
[編集]| # | 発売日 | タイトル | B面 | 規格 | 規格品番 |
|---|---|---|---|---|---|
| キングレコード / Johnny Johnny 名義 | |||||
| 1st | 1981年11月18日 | ジェームス・ディーンのように | 人生をかたるには | EP | K07S-248 |
| 2nd | 1982年6月23日 | $百萬BABY | 土曜の夜はHighwayDanceで | K07S-305 | |
| 3rd | 1983年5月18日 | みにくいアヒルの子 | 恋のOne Scene | K07S-404 | |
| キングレコード / Johnny Johnny & みゆき 名義 | |||||
| 4th | 1983年12月21日 | 太陽のツイスト | たそがれ | EP | K07S-490 |
| キングレコード / Johnny Johnny 名義 | |||||
| 5th | 1985年4月23日 | ジュリエットの幻影 | 魅惑のカーチェイス | EP | K07S-10010 |
| 6th | 1985年9月21日 | いろあせて蜃気楼 | 鏡の中自分(おまえ) | K07S-10050 | |
アルバム
[編集]オリジナルアルバム
[編集]| # | 発売日 | タイトル | 規格 | 規格品番 |
|---|---|---|---|---|
| キングレコード / Johnny | ||||
| 1st | 1983年5月18日 | Highway Dancer | LP | K28A-395 |
| 2nd | 1985年5月21日 | 横浜からI LOVE YOU | K28A-642 | |
ベストアルバム
[編集]| # | 発売日 | タイトル | 規格 | 規格品番 |
|---|---|---|---|---|
| キングレコード / Johnny | ||||
| 1st | 1985年12月5日 | Johnny | LP | K20A-722 |
| キングレコード | ||||
| 2nd | 1997年5月21日 | Johnnyスペシャル 〜ジェームスディーンのように〜 | CD | KICS-617 |
| 3rd | 2003年3月5日 | Johnny FINAL LEGEND | KICS-1013 | |
| 4th | 2010年7月7日 | Johnny パーフェクト・ベスト | KICS-1589 | |
その他アルバム
[編集]| 発売日 | タイトル | 規格 | 規格品番 |
|---|---|---|---|
| キングレコード | |||
| 1984年11月21日 | Johnny vs 横浜銀蝿 | LP | K25A-606 |
参加アルバム
[編集]- YOKOHAMA FACTORY (2001年11月25日)
ビデオ
[編集]| 発売日 | タイトル | 規格 | 規格品番 |
|---|---|---|---|
| TOHO VIDEO | |||
| 1985年 | 横浜からI LOVE YOU | VHS | TE-1072 |
| βベータ | |||
タイアップ一覧
[編集]| 曲名 | タイアップ | 収録作品 |
|---|---|---|
| ジェームス・ディーンのように | TBS系ドラマ『茜さんのお弁当』主題歌[5] | シングル「ジェームス・ディーンのように」 |
楽曲提供
[編集]- 嶋大輔
- 紅麗威甦
- めちゃんこ愛してRock'n Roll(1982年1月20日)- 作詞/作曲:Johnny/編曲:Johnny、若草恵
- HIGHWAY STAR(1982年9月21日)- 作詞:嵐ヨシユキ/作曲:Johnny/編曲:横浜銀蝿
- YUKIKO(1982年9月21日)- 作詞:嵐ヨシユキ/作曲:Johnny/編曲:横浜銀蝿
- 杉本哲太& LONELY-RIDERS
- On The Machine (翔と桃子のロックンロール)(1982年5月21日)- 作詞:牧野和子/作曲:Johnny/編曲:横浜銀蝿
- 麗灑
- Saturday Night(1982年9月21日)- 作詞:嵐ヨシユキ/作曲:Johnny/編曲:後藤次利
- あんたにOK(1982年9月21日)- 作詞:嵐ヨシユキ/作曲:Johnny/編曲:後藤次利
- 岩井小百合
- 矢吹薫
- 渚より愛をこめて(1983年11月1日)- 作詞:翔/作曲:Johnny/編曲:アキ&イサオ
- アキ&イサオ
- 宗谷物語(1984年5月)- 作詞:翔/作曲:Johnny/編曲:若草恵
- BLACK SATAN
- 夏のままサンセット(1985年10月)- 作詞:桃太郎/作曲:Johnny/編曲:田口オサム
- 別れのベイサイドストリート(1985年10月)- 作詞:高橋研/作曲/編曲:Johnny
- 杉本哲太
- 九鬼谷温泉(1986年2月)- 作詞:畑中純/作曲/編曲:Johnny
- WALTHER
- KICK AND RUSH(1986年)- 作詞:今村未仁/作曲:Johnny/編曲:上村イサオ
- 山瀬まみ
- 桃太郎
- SHONAN FEELING(1987年4月)- 作詞:今村未仁/作曲:Johnny/編曲:上村イサオ
- 麻生真美子
- 翔
- YOKOHAMA(1994年1月21日)- 作詞:翔/作曲:Johnny/編曲:板倉雅一
出演(浅沼正人名義を含む)
[編集]映画
[編集]- 微熱少年(1987年) - カミナリ族のリーダー役
音楽番組・バラエティ
[編集]- ザ・ベストテン
- ザ・トップテン
- 夜のヒットスタジオ
- 天才・たけしの元気が出るテレビ!! - 横浜グリース物語
- 速報!歌の大辞テン
- Melodix!(2002年1月15日、テレビ東京)
- 決定!日本のベスト30(2003年4月27日、テレビ朝日)
- ウチくる!?(2006年1月8日、フジテレビ)
- 2時っチャオ!(2007年10月19日、TBS)
- 解禁!(秘)ストーリー 〜知られざる真実〜(2010年12月7日、TBS)
ラジオ
[編集]- セイ!ヤング21スペシャル(2002年1月19日、文化放送)
- YOKOHAMA MUSIC AWARD(2002年1月25日、FMヨコハマ)
脚注
[編集]- ^ a b 解禁!(秘)ストーリー 〜知られざる真実〜(2010年12月7日放送)[出典無効]
- ^ a b c d e f g h i j 坂本真子 (2020年6月6日). “横浜銀蠅のJohnny、37年ぶり復帰 ファンが憧れる等身大のスター 会社員として実績、経営者になっても失わない情熱”. withnews. 朝日新聞社. 2025年10月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年2月25日閲覧。
- ^ a b c “小5で大病を患い、音楽に出会った 横浜銀蝿のJohnnyが辿った3度の“リボーン””. デイリー新潮. 新潮社 (2026年2月14日). 2026年2月25日閲覧。
- ^ a b c d e f g h 土屋恵介 (2026年1月28日). “横浜銀蝿、会社員時代、大切な“先輩”との別れ――Johnnyが語る、ソロデビュー45周年に至る努力と継続の日々”. リアルサウンド. blueprint. 2026年1月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年2月25日閲覧。
- ^ “茜さんのお弁当”. テレビドラマデータベース. 2020年11月16日閲覧。
関連項目
[編集]- 1981年の音楽#デビュー - (ソロデビュー)同じ年にデビューした歌手
外部リンク
[編集]- 元銀蝿ジョニーが街頭ライブ - ウェイバックマシン(2005年3月7日アーカイブ分) - スポニチ
- Highway Dancer Johnny - ディスコグラフィ
- 横浜銀蝿Johnnyさん 優等生とは真逆でも、母は夢や人格を一度も否定しなかった - 東京新聞 2021/05/10