鏡五郎

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鏡 五郎
出生名 山中 詔二
生誕 (1944-06-08) 1944年6月8日(75歳)
出身地 日本の旗 日本大阪府豊中市
学歴 大阪府立園芸高等学校卒業
ジャンル 演歌
職業 演歌歌手
担当楽器
活動期間 1967年 -
レーベル キングレコード1985年 - )
公式サイト 鏡五郎オフィシャルサイト

鏡 五郎(かがみ ごろう、本名:山中 詔二1944年6月8日 - )は、日本演歌歌手大阪府豊中市出身。大阪府立園芸高等学校卒業

作曲家の山中孝真は長男。

来歴[編集]

1967年に「嫌んなっちゃった東京」で日本コロムビアからレコードデビュー。この曲は「そこそこ売れた」という[1]。以後長い間下積み生活が続く。その間、俳優として暴れん坊将軍などの時代劇で得意の殺陣も披露した。所属レコード会社は東芝ビクタートリオを経て、1985年キングレコードに移籍[1]

1988年に『鴻上尚史のオールナイトニッポン』(ニッポン放送)で自身や家族が話題となり(詳細は後述)、同年に発売した「おしどり人生」(作詞:水木れいじ、作曲:久保進一)は、5人の歌手の競作だったが、ラジオ出演により広い世代に名を知られるようになったため、鏡の曲が最もヒットし、ようやく一般的な知名度を獲得するようになった。以後演歌界の中堅どころの歌手として活躍。

近年はCDセールスの全般的な低迷から、著名な演歌歌手でもレコード会社との所属契約を解消されてしまうケースが少なくない中で、現在もキングレコードからコンスタントに新曲をリリースし続けている。 独特の節回しで夫婦ものから、忠臣蔵などの歌謡浪曲ものまで幅広い作品を歌い上げる。

鏡五郎の息子[編集]

1988年に『鴻上尚史のオールナイトニッポン』で、当時のいわゆる「二世ブーム」のパロディとして「Jr.からの手紙」というネタコーナーが放送されていた際、パーソナリティ鴻上尚史が「売れない演歌歌手のJr.」からのハガキを(半分冗談で)募集したところ、当時中学生だった息子・孝真が反応してハガキを投稿、以後、孝真は番組に定期的に電話出演するなど、同コーナーの名物的な存在となった。

この結果、孝真は翌1989年に「鏡五郎の息子」の芸名でキングレコードからCDデビューを果たすことになるが(題名は「Jr.からの手紙」。オリコンシングルチャート最高73位)、それに伴い父親の鏡五郎も何度となく同番組にゲスト出演するようになり(ちなみに番組中では「鏡五郎の息子の親父」という呼ばれ方をすることが多かった)、当時10〜20代が大半を占めていた『鴻上〜』のリスナーの間で鏡五郎の知名度が大きく上昇した。「鏡五郎の息子」の「Jr.からの手紙」は鏡五郎の「おしどり人生」とオリコンシングルチャートに同時チャートインし、北島三郎と1st BLOOD以来、オリコン史上2回目の「親子同時チャートイン」を記録した[2]
孝真の歌手活動はこの一曲で終わるが、その後、作曲家となり、現在も活動している。

エピソード[編集]

1980年代永六輔と共に刑務所を慰問した際、永から芸名の姓である「鏡」を「加賀見(かがみ)」に改名するよう勧められたが、その後も改名することなく「鏡」で通している[1]

代表的な曲[編集]

主なテレビ出演[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c 鏡五郎(キングレコード)  50周年記念曲「宇奈月の雨」 いつも一生懸命であった半生の想いを込めて歌う[インタビュー]、Music news jp、2016年8月2日 12:47。
  2. ^ オリコン・ウィークリー(編)『小池聡行のオリコンデータ私書箱』オリジナルコンフィデンス、1991年、102-103頁。ISBN 4871310272

外部リンク[編集]