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建部大社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
建部大社

拝殿と三本杉
所在地 滋賀県大津市神領1丁目16-1
位置 北緯34度58分24.60秒 東経135度54分48.62秒 / 北緯34.9735000度 東経135.9135056度 / 34.9735000; 135.9135056座標: 北緯34度58分24.60秒 東経135度54分48.62秒 / 北緯34.9735000度 東経135.9135056度 / 34.9735000; 135.9135056
主祭神 日本武尊
大己貴命
社格 式内社名神大
近江国一宮
官幣大社
別表神社
創建 伝・第12代景行天皇46年
本殿の様式 一間社流造
札所等 神仏霊場巡拝の道第145番(滋賀第13番)
例祭 4月15日
主な神事 船幸祭(8月17日
地図
建部神社の位置(滋賀県内)
建部神社
建部神社
地図
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全ての座標を示した地図 - OSM
一の鳥居

建部大社(たけべたいしゃ)は、滋賀県大津市神領にある神社式内社名神大社)、近江国一宮旧社格官幣大社で、現在は神社本庁別表神社。旧称は「建部神社」。

2015年平成27年)4月24日、「琵琶湖とその水辺景観- 祈りと暮らしの水遺産」の構成文化財として日本遺産に認定される[1]

祭神

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主祭神は次の通り。

歴史

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建部神社(東近江市

社伝によると、日本武尊の死後の景行天皇46年に、日本武尊の妃・布多遅比売命が神勅によって御子・建部稲依別命とともに住んでいた神崎郡建部郷千草嶽(現・東近江市五個荘伊野部町付近の箕作山)の地に日本武尊を「建部大神」として祀ったのが当社の始まりとされている。また、この時鈴鹿郡の能褒野の郷千草嶽にも日本武尊を祀っている[3]。建部郷の「建部」の名は日本武尊をしのんで名代として名付けられたことに因むといい、他にも各地に設けられている。

その後、瀬田大野山(所在不明)の山頂に遷された後、天武天皇4年(675年)に近江国の守護神として建部氏によって現在地の栗太郡瀬田へ遷座したという[3][4]。遷座後、元の千草嶽の麓には神護景雲2年(768年)に聖真大明神と建部大明神が設けられたとされ、現在は建部神社が建てられている。

天平勝宝7歳(755年)には、大己貴命大和国大神神社から勧請され、権殿に祀られたという[3][5]

平安時代中期の『延喜式神名帳には近江国栗太郡に「建部神社 名神大」と記載されて名神大社に列している。その後、近江国の一宮として崇敬された[3]

歴代の皇族や武士たちからの信仰を受けていたが、特に平治物語によると、源頼朝平治の乱に敗れて伊豆国に流される道中の永暦元年(1160年[6]、当社に立ち寄って源氏の再興を祈願したという。後に大願成就すると、頼朝は多くの神宝と神領を当社に寄進している。それ以来、当社は出世開運の神としても著名となった[3]

1871年明治4年)に近代社格制度において「建部神社」として県社に列格され、1885年(明治18年)に官幣中社、1899年(明治32年)に官幣大社に昇格した[6]

戦後の1948年昭和23年)に神社本庁別表神社に加列され、1977年(昭和52年)には社名を「建部大社」と改めた[6]

なお、1945年(昭和20年)8月17日、日本で初めて作られた千円紙幣甲号券)の図柄に日本武尊と当社本殿が使用された。しかし、わずか7か月間という短い通用期間であったため、幻の紙幣と呼ばれている[5]

神階

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境内

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本殿(左奥)と権殿(右手前)
  • 本殿 - 主神を祀る本殿と権殿は同形式の一間社流造で並列して鎮座する。
  • 権殿 - 一間社流造。
  • 拝所
  • 拝殿 - 本殿・権殿共用である。拝殿前に立つ三本杉は、大己貴命が権殿に祀られた際に一夜にして成長したと伝わる神木[5]、当社の神紋にもなっている。
  • 燈籠重要文化財) - 鎌倉時代文永7年(1270年)の造営[5]
  • 絵馬所
  • 神馬舎
  • 宝物殿
  • 庭園
  • 社務所
  • 美寿喜会館
  • 婚儀殿
  • 源頼朝公出世の水 - 源頼朝が平治の乱に敗れた後に伊豆国に流される途中で当社に立ち寄り、源氏の再興を祈願し、願いがかなったことから名付けられた[5]
  • 神門

摂末社

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摂社

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  • 聖宮神社(ひぢりのみやじんじゃ) - 祭神:景行天皇。第12代天皇。日本武尊の父[5]
  • 大政所神社(おおまんどころじんじゃ) - 祭神:播磨稲日大郎姫命。景行天皇皇后で日本武尊の母[5]
  • 藤宮神社 - 祭神:布多遅比売命。日本武尊の妃[5]
  • 若宮神社 - 祭神:建部稲依別命。日本武尊の子[5]
祭神の関係略図
社伝に従うもので、『古事記』『日本書紀』等とは若干異なる。
 
(12)景行天皇
(聖宮神社)
 
 
 
 
日本武尊
 
 
播磨稲日大郎姫
(大政所神社)
 
 
 
 
 
建部稲依別命
(若宮神社)
 
 
 
 
 
布多遅比売命
(藤宮神社)
 
 
(14)仲哀天皇
 
 
 

末社

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祭事

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年間祭事

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納涼船幸祭

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重さ1.5トンの大神輿を御座船に乗せ瀬田川を下る船幸祭が毎年8月17日に行われる。これは日本武尊の東征故事に拠るもので、日吉大社の「山王祭」(春)、天孫神社の「大津祭」(秋)と共に、大津三大祭の1つとされている[7]

文化財

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重要文化財

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  • 木造女神坐像 附:木造小女神坐像 2躯(彫刻) - 平安時代の作。1905年(明治38年)4月4日指定[8]
  • 石燈籠(工芸品) - 文永7年(1270年)庚午五月七日造立之の刻銘がある。1962年(昭和37年)6月21日指定[9]

前後の札所

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神仏霊場巡拝の道
144 御上神社 - 145 建部大社 - 146 石山寺

関係地

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所在地

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  • 滋賀県大津市神領1丁目16-1
付属施設
  • 宝物殿 - 正月元旦のみ終日公開(拝観無料)、その他は事前要予約(拝観料300円)[5]

アクセス

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周辺

脚注

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  1. 琵琶湖とその水辺景観-祈りと暮らしの水遺産”. 文化庁. 2020年9月20日閲覧。
  2. 天照皇大神:公式パンフレット、天明玉命:滋賀県神社庁。境内説明板ではどちらか一方を記載。
  3. 1 2 3 4 5 建部大社について.建部大社、2026年2月25日閲覧。
  4. 建部大社.滋賀・びわ湖 観光情報、2026年2月25日閲覧。
  5. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 境内案内.建部大社、2026年2月25日閲覧。
  6. 1 2 3 建部大社.滋賀県神社庁、2026年2月25日閲覧。
  7. 納涼船幸祭.建部大社、2026年2月25日閲覧。
  8. 木造女神坐像 - 国指定文化財等データベース(文化庁
  9. 石燈籠 - 国指定文化財等データベース(文化庁

参考文献

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関連図書

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外部リンク

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