箱根神社

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箱根神社
Hakonejinja -02.jpg
所在地 神奈川県足柄下郡箱根町元箱根80-1
位置 北緯35度12分17.1秒 東経139度1分31.3秒 / 北緯35.204750度 東経139.025361度 / 35.204750; 139.025361座標: 北緯35度12分17.1秒 東経139度1分31.3秒 / 北緯35.204750度 東経139.025361度 / 35.204750; 139.025361
主祭神 瓊瓊杵尊
木花咲耶姫命
彦火火出見尊
社格 国幣小社・別表神社
創建 (伝)孝昭天皇の治世
本殿の様式 権現造
例祭 8月1日
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箱根神社(はこねじんじゃ)は、神奈川県足柄下郡箱根町元箱根にある神社である。旧社格国幣小社。かつては箱根権現三所大権現とも称された。

祭神[編集]

  • 箱根大神
瓊瓊杵尊木花咲耶姫命彦火火出見尊の3神の総称。

なお、奥宮には以下の造化三神も祀られている。

歴史[編集]

六国史延喜式神名帳には見えないが、『筥根山縁起并序』(建久2年(1191年)、箱根権現別当・行実編纂)によると、古代から箱根山に対する山岳信仰は盛んで、特に神山への信仰は篤く、神山を遥拝できる駒ケ岳の山頂を磐境として祭祀が行われていた[1][2]

特に、孝昭天皇の時代に聖占(しょうせん)が駒ケ岳において神仙宮を開き、神山を神体山として祀ったことが、山岳信仰の隆盛に大きな影響を与えたとされる[1][3]。駒ケ岳の山頂では現在も10月24日に御神火祭が行われており、古代における神山への祭祀の名残を示しているという[2]

天平宝字元年(757年)、万巻上人が現在地に里宮を創建して僧・俗・女の三体の神を箱根三所権現として祀ったと伝える[1][2]。その後、伝承では、万巻が人々を苦しめていた芦ノ湖の九頭龍を調伏し、現在の九頭龍神社本宮を建立して、九頭龍を守護神として祀ったとされる[4][5]

社宝の『箱根権現絵巻』には、天竺斯羅奈(しらな)国・波羅奈国の姫君と王子が日本に来て箱根三所・伊豆二所両権現となったという伝承が掲載されている。

吾妻鏡』には石橋山の戦いで敗れた源頼朝を当社の権現別当が助けたとの記事があり、以降、関東の武家の崇敬を受けるようになった。豊臣秀吉小田原征伐の際に焼失したが、徳川家康が社領200石と社地不入の朱印状を寄せ、社殿を再建した。

長らく別当寺の金剛王院東福寺が箱根権現の中核であったが、明治の神仏分離の際に別当は還俗して神職となり、箱根神社に改称した。昭和3年に国幣小社に昇格した。

昭和39年(1964年)、堤康次郎の寄進によって駒ヶ岳山頂に箱根元宮が再建された。以来、奥宮として登拝者を集めている。

平成11年(1999年)、九頭龍神社の新宮が箱根神社の境内に建立された[2]

祭事[編集]

文化財[編集]

  • 紙本著色箱根権現縁起絵巻
  • 木造神像2躯(男神坐像、女神坐像)
  • 木造万巻上人坐像 
  • 赤木柄短刀 
  • 鉄湯釜 2口 文永5年(1268年)銘、弘安6年(1283年)銘

九頭龍神社[編集]

九頭龍神社(新宮)

九頭龍神社の本宮は箱根神社の境外社であるが、新宮は境内社として、箱根神社拝殿に隣接している[2][5]

本宮は、毎年6月13日が例大祭、毎月の13日が月次祭である[4][6]。毎年7月31日には「湖水祭」も行われている[7][5]。また、箱根神社の境内にある新宮の月次祭は、毎月15日に行われている[6]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 「箱根神社大系」(『かながわの歴史文献55-神奈川県関係基本史料解説目録-』、神奈川県立図書館、平成20年3月)
  2. ^ a b c d e 「箱根悠久 箱根神社」(「箱宝」ホームページ、小田原箱根商工会議所箱根青年部)
  3. ^ 「御祭神 由緒 例祭日」(箱根神社ホームページ)
  4. ^ a b 「九頭龍神社 本宮 由緒」(箱根神社公式ホームページ)
  5. ^ a b c 「箱根神社と九頭龍神社」(『箱宝WEB』、小田原箱根商工会議所箱根青年部、2015年3月3日)
  6. ^ a b 「九頭龍神社 本宮 月次祭」(箱根神社公式ホームページ)
  7. ^ 「祭典行事」(箱根神社公式ホームページ)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]