田島神社
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| 田島神社 | |
|---|---|
| 所在地 | 佐賀県唐津市呼子町加部島3965 |
| 位置 | 北緯33度33分21秒 東経129度53分26秒座標: 北緯33度33分21秒 東経129度53分26秒 |
| 主祭神 | 田心姫尊 市杵島姫尊 湍津姫尊 |
| 社格等 | 式内社(名神大) 旧国幣中社 別表神社 |
田島神社(たじまじんじゃ)は、佐賀県唐津市の加部島にある神社。式内社(名神大社)で、旧社格は国幣中社。現在は神社本庁の別表神社。
祭神[編集]
祭神は次の5柱。主祭神の3柱は宗像大社祭神の宗像三女神に同じで、田島神社では「田島三神」と総称される。
歴史[編集]
創建[編集]
創建は不詳。鎮座地の加部島はかつては「姫島」・「姫神島」と呼ばれていた。
『松浦古事記』では、天平3年(731年)に相殿に稚武王を配祀し、天平10年(738年)に聖武天皇より大伴古麻呂に詔命があり「田島大名神」の神号が贈られたとする。
概史[編集]
『新抄格勅符抄』大同元年(806年)牒によると、当時の「田島神(田嶋神)」には神戸として16戸が肥前国から充てられていた。
国史では、天安3年(859年)に「田島神(田嶋神)」の神階が従四位下に昇叙された旨が見える。その後も貞観2年(860年)に従四位上、貞観15年(873年)に正四位下、貞観18年(876年)に正四位下、元慶8年(884年)に正四位上への昇叙のことがあった。
延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳では肥前国松浦郡に「田島坐神社(田嶋坐神社) 名神大」と記載され、名神大社に列している。
明治維新後、明治4年に近代社格制度において国幣中社に列した。戦後は神社本庁の別表神社に列している。
神階[編集]
- 天安3年(859年)1月27日、従五位下から従四位下 (『日本三代実録』) - 表記は「田島神(田嶋神)」。
- 貞観2年(860年)2月8日、従四位下から従四位上 (『日本三代実録』) - 表記は「田島神(田嶋神)」。
- 貞観15年(873年)9月16日、従四位上から正四位下 (『日本三代実録』) - 表記は「田島神(田嶋神)」。
- 貞観18年(876年)6月8日、従四位上ママから正四位下ママ (『日本三代実録』) - 表記は「田島神(田嶋神)」。
- 元慶8年(884年)12月16日、正四位下から正四位上 (『日本三代実録』) - 表記は「田島神(田嶋神)」。
摂末社[編集]
境内社として、佐用姫伝説の松浦佐用姫を祀る佐與姫神社(佐用姫神社)が鎮座し、佐用姫が変じたとされる石(望夫石)が祀られている。
文化財[編集]
重要文化財(国指定)[編集]
- 太刀 銘 備中国住人吉次(工芸品) - 鎌倉時代の作。大正9年4月15日指定[1]。
佐賀県指定文化財[編集]
- 天然記念物
- 加部島暖地性植物群落 - 田島神社社林を含む加部島一帯で指定。昭和49年2月25日指定[2]。
脚注[編集]
- ^ 太刀〈銘備中国住人吉次/〉 - 国指定文化財等データベース(文化庁)
国指定(美術工芸品の部)01 > 太刀(銘 備中国住人吉次)(佐賀県ホームページ)。 - ^ 県指定(天然記念物の部)02 > 加部島暖地性植物群落(佐賀県ホームページ)
関連図書[編集]
- 安津素彦・梅田義彦編集兼監修者『神道辞典』神社新報社、1968年、37頁
- 白井永二・土岐昌訓編集『神社辞典』東京堂出版、1979年、216頁
外部リンク[編集]
- 田島坐神社 - 國學院大學21世紀COEプログラム「神道・神社史料集成」
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