伊奈波神社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
伊奈波神社
Inaba-Jinjya-Gifu01.JPG
所在地 岐阜県岐阜市伊奈波通り1-1
位置 北緯35度25分38.1秒
東経136度46分14.2秒
座標: 北緯35度25分38.1秒 東経136度46分14.2秒
主祭神 五十瓊敷入彦命
社格 式内社(小)・国幣小社・別表神社
創建 (伝)景行天皇14年
例祭 4月5日岐阜まつり
地図
伊奈波神社の位置(岐阜県内)
伊奈波神社
伊奈波神社
テンプレートを表示

伊奈波神社(いなばじんじゃ)は、岐阜県岐阜市にある神社である。美濃国三宮で、旧社格国幣小社式内社美濃国厚見郡 物部神社」の論社である。

祭神[編集]

垂仁天皇の第一皇子で、この地の開拓神である五十瓊敷入彦命(いにしきいりひこのみこと)を主祭神とし、妃の淳熨斗媛命(ぬのしひめのみこと)、母の日葉酢媛命(ひばすひめのみこと)、外祖父の彦多都彦命(ひこたつひこのみこと)、臣下の物部十千根命(もののべのとちねのみこと)を配祀する。これらの神を伊奈波大神と総称する。

社伝によれば、五十瓊敷入彦命は朝廷の命により奥州を平定したが、五十瓊敷入彦命の成功を妬んだ陸奥守豊益の讒言により、朝敵とされて現在の伊奈波神社の地で討たれたという。

歴史[編集]

社伝によれば、景行天皇14年、武内宿禰稲葉山北西の椿原(現在の岐阜公園内の丸山)に五十瓊敷入彦命を祀ったのに始まるとされる。壬申の乱の際に天武天皇が当社に戦勝を祈願したという。

天文8年(1539年)、斎藤道三が稲葉山に稲葉山城を築城するにあたり、現在地に遷座した。この際、その地にあった物部十千根命を祀る物部神社を合祀し、稲葉山城の鎮守とした。以降も、岐阜の総産土神として篤い崇敬を受けた。明治6年に県社に列格し、昭和14年に国幣小社に昇格した。

延喜式神名帳』では、美濃国厚見郡の神社として「伊奈波神社」の社名は記されていないが小社として「物部神社」の社名があり、これが当社に合祀された物部神社であるとされる。あるいは、当社自体が式内・物部神社であるとする説もある。『美濃国神名帳』には「正一位 伊奈波大神」「従五位下 物部明神」と記載されている。

施設[編集]

  • 鳥居(一の鳥居、二の鳥居)、遥拝所
  • 神橋
  • 楼門、神門
  • 拝殿 幣殿、本殿
  • 社務所、参集殿、西館
  • 水月亭(茶室)
  • 境内社
    • 黒龍神社
    • 須佐之男神社(津島神社)
    • 東照宮
    • 和歌三神社
    • 松尾神社
  • 境外摂社
    • 丸山神社(丸山)

祭礼[編集]

  • 2月3日 - 節分祭。9時から20時に節分特別祈祷、18時から節分手筒煙火奉納(約110本の手筒煙火による厄払い)。
  • 4月5日[1] - 同市内の金神社(妃神・淳熨斗媛命を祀る)・橿森神社(子神・市隼雄命を祀る)と共同で行われ、岐阜まつりと呼ばれている。

文化財[編集]

重要文化財(国指定)
  • 太刀 銘景依造[2]
岐阜県指定重要文化財
  • 石造狛犬[3]
  • 獅子頭[4]
  • 美濃国第三宮因幡社本縁起[5]
岐阜市指定有形民俗文化財

関連項目[編集]

アクセス[編集]

  • 公共交通機関(路線バス)

JR岐阜駅または名鉄岐阜駅から、岐阜バス「N80高富」行 他、行先番号「N32」~「N86」の岐阜公園・高富方面行き及び「市内ループ左回り」で約10分『伊奈波通り』下車後、徒歩約7分。バスの運賃は片道200円。

  • その他

JR岐阜駅より自転車で約20分。JR岐阜駅にて、レンタルサイクルの利用が可能。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 「年中行事事典」p56 1958年(昭和33年)5月23日初版発行 西角井正慶編 東京堂出版
  2. ^ a b 岐阜市内の指定等文化財一覧”. 岐阜市 (2012年4月6日). 2013年4月26日閲覧。
  3. ^ 石造狛犬”. 岐阜県. 2013年4月26日閲覧。
  4. ^ 獅子頭”. 岐阜県. 2013年4月26日閲覧。
  5. ^ 美濃国第三宮因幡社本縁起”. 岐阜県. 2013年4月26日閲覧。

関連図書[編集]

外部リンク[編集]