御上神社

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御上神社
Mikami-jinja honden-1.JPG
本殿(国宝
所在地 滋賀県野洲市三上838
位置 北緯35度03分00秒
東経136度01分38.5秒
座標: 北緯35度03分00秒 東経136度01分38.5秒
主祭神 天之御影命
神体 三上山神体山
社格 式内社名神大
官幣中社
別表神社
創建 神武天皇即位以前(推定)
(伝)第7代孝霊天皇年間
本殿の様式 入母屋造
札所等 神仏霊場巡拝の道第144番(滋賀第12番)
例祭 5月14日
主な神事 秋季古例祭(ずいき祭、10月14日
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神体とする三上山(近江富士)
野洲川対岸より。
鳥居

御上神社(みかみじんじゃ)は、滋賀県野洲市三上にある神社式内社名神大社)、旧社格官幣中社で、現在は神社本庁別表神社

概要[編集]

琵琶湖南岸、「近江富士」の別名もある三上山(標高432メートル)の山麓に鎮座し、三上山を神体山として祀る神社である。三上山は藤原秀郷(俵藤太)のムカデ退治伝説でも知られる。

境内には国宝の本殿のほか、拝殿・楼門・摂社若宮神社(いずれも国の重要文化財)を始めとする社殿が残る。また、国の重要文化財指定の木造狛犬(京都国立博物館寄託)を伝えるほか、秋季古例祭(ずいき祭り)は国の重要無形民俗文化財に指定されている。

祭神[編集]

祭神は次の1柱[1]

歴史[編集]

創建[編集]

饒速日命のほか、天児屋命ら32神で天孫降臨した際、天之御影命三上山の山頂に降臨した後、天之御影命の子孫である御上祝が三上山を神体神奈備)として祀ったのに始まる(孝霊天皇年間に創建とも言われているが、天孫降臨は初代天皇の神武天皇が即位する以前(神武天皇が即位するために神武東征を行ったのが45歳の時)であり、続柄としても天之御影命は神武天皇の3代先祖、瓊瓊杵尊の従兄弟である)[2][3][4][5]。御上祝は、天之御影命の嫡流三上氏であり、御上神社の祭祀は三上氏が執り行ったとされ、山背国造凡河内国造菅田神社菅田首竹田神社近江蒲生氏(蒲生稲置)多度大社桑名首他、天津彦根命天之御影命後裔氏族は三上氏から別れた庶流氏族であるが、広義で三上氏に含む表記をする場合もある[2][3][4]。明治から昭和にかけての発掘調査では三上山ふもとの大岩山から24個の銅鐸が発見されており、三上山周辺では古来から祭祀が行われていたと考えられている。

概史[編集]

養老2年(718年)、藤原不比等によって神武天皇遥拝所のあった三上山麓の現在地に社殿が造営されたという。

平安時代中期の『延喜式神名帳』では「近江国野洲郡 御上神社 名神大 月次新嘗」と記載され、名神大社に列している。

古代から中世にかけては、三上山山麓に東光寺があったとされる。数多くの伽藍・堂舎があったと伝えられ、「三上古跡図」にその様子が描かれている。

明治9年(1876年)に近代社格制度において郷社に列し、大正2年(1913年)に県社、次いで大正13年(1924年)に官幣中社に昇格した。戦後は神社本庁別表神社に列している。

神階[編集]

  • 六国史時代における神階奉叙の記録
    • 天安3年(859年)1月27日、従五位下から従五位上 (『日本三代実録』) - 表記は「三上神」。
    • 貞観7年(865年)8月28日、従五位上から正四位下 (『日本三代実録』) - 表記は「三上神」。
    • 貞観17年(875年)3月29日、正四位下から従三位 (『日本三代実録』) - 表記は「三上神」。
  • 六国史以後

誤植[編集]

御上祝(みかみのはふり、御上神社神職家系)は彦坐王の後裔、安国造近淡海之安直)の一族という話があるが、これは誤植である。
厳密には、安国造の祖、水之穂真若王(みずのほまわかのみこ)の母親(息長水依比売命{おきながのみずよりひめのみこと}、三上氏から息長氏に養女に出された)の出身家系、三上氏が御上祝であり、その後世まで三上氏が御上祝を続ける。御上祝(三上氏)は磐余彦(いわれひこ、即位以前の神武天皇の名前または、本名)が生まれる以前からの歴史があり、山背国造(山背氏・山代氏)凡河内国造(凡河内氏・大河内氏・広峯氏)などを庶流として排出した天津彦根命天照大神の3男)家系の嫡流神別氏族天孫族(天照大神の後裔且つ皇別氏族皇室から臣籍降下で身分を落とした家系}を除く家系で、天孫族天神族がいる天津神天孫降臨した神々}の中でも高貴とされる家系)である。天孫族の嫡流は三上氏の他に、天照大神の長男・天之忍穂耳命の嫡流である皇室と、天照大神の次男・天穂日命の嫡流の出雲国造の3系統がおり、身分上、最上位とされる[2][4]皇別氏族は神武天皇以降に皇室から別れた家系であり、彦坐王安国造皇別である。神武天皇以前は皇室家系と同じく天孫族である[6]
なお、三上氏は天津彦根命の御子神(一人息子)の天之御影命天照国照彦火明櫛玉饒速日命[7]天孫降臨時に随伴した32神のうちの1神)が近江国野洲郡三上郷の三上山(旧称・御影山)に天孫降臨したことにはじまり、御上祝とは、天之御影命の御孫神、彦伊賀都命(ひこいがつのみこと、第一子且つ長男)が天之御影命を御上神社の前身として、三上山古神道様式で祀ったことにはじまる。山背国造(山背氏・山代氏)凡河内国造(凡河内氏・大河内氏・広峯氏)などは、この彦伊賀都命の弟神(次男・阿多根命{山背国造家系}、三男・彦己曽根命{凡河内国造家系})から別れた庶流氏族である。また続柄上、彦伊賀都命の御子神、天夷沙比止命磐余彦(神武天皇)が同位となる[2][4][5]

境内[編集]

本宮[編集]

拝殿(国の重要文化財
楼門(国の重要文化財)

本殿は鎌倉時代後期の造営。桁行三間、梁間三間、一重、入母屋造、向拝一間、檜皮葺。神社・寺院・殿舎の様式を混合させたような形になっており、その独特な構造から「御上造」と呼ばれることもある。裏側には扉・庇があるが、三上山の遥拝所であった名残とする説があるほか、神宝庫・祭器庫としての建築とする説[8]がある。国宝に指定されている。

拝殿は桁行三間、梁間三間、一重、入母屋造、向拝一間、檜皮葺で本殿と似た構造である。かつての本殿を移築・改造したものと伝えられている。国の重要文化財に指定されている。

楼門は鎌倉時代後期の造営。三間一戸、入母屋造、檜皮葺。国の重要文化財に指定されている。

境内前には「悠紀斎田」と呼ばれる斎田が広がっている。昭和天皇即位時、大嘗祭に供える献上米の栽培地として指定された。以来毎年5月には御田植祭として、昔ながらの服装で田植えが行われる。

境内には神武天皇遥拝所があり、神武天皇が生前、参拝(遥拝)または、寄進していたことがうかがえる[9]

奥宮[編集]

三上山山頂には奥宮が鎮座し、奥宮前には磐座が残っている。

摂末社[編集]

摂社[編集]

若宮神社(国の重要文化財)
  • 若宮神社
    本殿向かって左手に鎮座。社殿は鎌倉時代後期の造営。一間社流造で、屋根は檜皮葺。国の重要文化財に指定されている。

末社[編集]

祭事[編集]

年間祭事[編集]

ずいき祭り[編集]

10月14日に行われる秋季古例祭は、「ずいき祭り」と通称される。古くは「若宮殿相撲御神事」と呼ばれていたという。

秋の収穫感謝と子孫繁栄を祈念する祭りで、鎌倉時代以前に始まったとされる。ずいきで作った神輿(ずいき神輿)が5基奉納されるほか、芝原式として子供相撲が奉納される。中世の宮座の祭祀組織や神事を伝えていることから、国の重要無形民俗文化財に指定されている。

文化財[編集]

国宝[編集]

  • 本殿(附 厨子1基)(建造物)
    鎌倉時代後期の造営。明治32年(1899年)4月5日に当時の古社寺保存法に基づき特別保護建造物に指定。昭和27年(1952年)11月22日に文化財保護法に基づき国宝に指定。附(つけたり)の厨子は昭和27年に追加指定[10]

重要文化財(国指定)[編集]

  • 拝殿(建造物) - 鎌倉時代後期の造営。明治32年4月5日指定[11]
  • 楼門(建造物) - 室町時代の造営。明治32年4月5日指定[12]
  • 摂社若宮神社本殿(建造物) - 鎌倉時代後期の造営。昭和6年1月19日指定[13]
  • 木造狛犬(彫刻) - 平安時代の作。京都国立博物館寄託。明治42年4月5日指定[14]

重要無形民俗文化財(国指定)[編集]

  • 三上のずいき祭 - 平成17年2月21日指定[15]

滋賀県指定文化財[編集]

  • 有形文化財[16]
    • 摂社三宮神社本殿(建造物) - 室町時代の造営。昭和35年1月20日指定。
    • 絹本著色両界曼荼羅図 2幅(絵画) - 南北朝時代の作。銅鐸博物館(野洲市歴史民俗博物館)寄託。平成4年3月31日指定。
    • 木造相撲人形 1組(力士2、行司1)(工芸品) - 鎌倉時代の作。滋賀県立琵琶湖文化館寄託。昭和32年指定。
    • 御上神社文書 265点(書跡) - 室町時代から明治期にかけての文書。銅鐸博物館(野洲市歴史民俗博物館)寄託。平成13年3月19日指定。

現地情報[編集]

所在地

交通アクセス

脚注[編集]

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  1. ^ 神社由緒書。
  2. ^ a b c d e 御上祝家系図(三上氏)(コマ番号84-97)/諸系譜. 第28冊 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  3. ^ a b c 天津彦根命庶流 三枝部造 甲斐野呂氏後裔 輿石氏家系図(コマ番号84-92) /諸系譜. 第6冊 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  4. ^ a b c d 御上神社沿革考(国立国会図書館デジタルコレクション)参照
  5. ^ a b 天神本記(先代旧事本記巻第三)P208-228(コマ番号118-128)/国史大系. 第7巻 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  6. ^ 詳細は各リンクを参照のこと。
  7. ^ 天火明命饒速日命は、同一神と言われている。
  8. ^ 三浦正幸 『神社の本殿 -建築にみる神の空間-』 吉川弘文館、2013年、pp. 202-205。
  9. ^ 御上神社 神武天皇遥拝所(グーグルマップストリートビュー)
  10. ^ 御上神社本殿 - 国指定文化財等データベース(文化庁
  11. ^ 御上神社拝殿 - 国指定文化財等データベース(文化庁
  12. ^ 御上神社楼門 - 国指定文化財等データベース(文化庁
  13. ^ 御上神社摂社若宮神社本殿 - 国指定文化財等データベース(文化庁
  14. ^ 木造狛犬 - 国指定文化財等データベース(文化庁
  15. ^ 三上のずいき祭 - 国指定文化財等データベース(文化庁
  16. ^ 指定文化財一覧(野洲市ホームページ)。

参考文献[編集]

関連図書[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]