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結城神社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
結城神社

拝殿
所在地 三重県津市藤方2341
位置 北緯34度41分51.9秒 東経136度30分54.8秒 / 北緯34.697750度 東経136.515222度 / 34.697750; 136.515222
主祭神 結城宗広
社格 別格官幣社別表神社
例祭 5月1日・2日・3日
地図
結城神社の位置(三重県内)
結城神社
結城神社
地図
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結城神社(ゆうきじんじゃ)は、三重県津市にある神社である。白河結城氏結城宗広を祀る建武中興十五社の一社にあたる。

歴史

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結城宗広後醍醐天皇鎌倉幕府討幕運動に参加し、建武の新政以後の南北朝時代にも南朝方で戦った。北畠顕家親子に従って二度陸奥から京に向けて攻め上ったが、帰国の途中で難破し、伊勢国で没した。その墓と伝えられる場所には、塚の上に六体地蔵が置かれ、結城塚と呼ばれていた。

1824年文政7年)、津藩の藩主藤堂高兌により社殿が造営され結城神社と呼ばれるようになった。

1879年明治12年)に村社になった[1]。翌年三重県を訪れた明治天皇が、200円を祭祀料として寄付した。これを機に結城神社の社殿改築、昇格の議論がおこり、県が内務省に願い出て、1882年(明治15年)に別格官幣社に列せられた。

1937年(昭和12年)5月、結城宗広六百年祭を挙行。昭和天皇より祭粢料が下賜された[2]1945年昭和20年)7月に津大空襲によって灰燼に帰す。昭和30年代に復興した。[要出典]

文化財

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三重県指定文化財

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  • 紙本墨書結城神社文書46通

その他

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  • 後醍醐天皇の綸旨などの史料が所蔵されている。
  • 結城神社はしだれ梅の名所として有名であり、2月から3月のしだれ梅祭の間は多くの観光客で賑わう[3]。なおこの間は、梅園は有料となる。梅園の中に存在する結城宗広の墓を参拝する場合も拝観料が必要。
  • 神社内には剣道場「結武館」があり、小中学生から一般まで剣道の稽古が行われている。結城神社は三重県剣道連盟の本部道場とされ、三重県剣道界の中心地としての役割を果たしている。境内には2005年に三重県剣道連盟設立50周年を記念して設けられた「剣理通万法」の石碑がある。なお、この字は結武館設立時に、初代法務大臣全日本剣道連盟会長などを務めた木村篤太郎によって揮毫された書の字である。
  • 東遊(あづまあそび)が三重県下の特殊神事に掲載されている。

脚注

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  1. 松山能夫・編『明治維新神道百年史』第2巻、神道文化会、1966年、50頁。
  2. 宮内庁『昭和天皇実録第七』東京書籍、2016年3月30日、332頁。ISBN 978-4-487-74407-7
  3. 結城神社観光三重 2020年2月23日閲覧

関連図書

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