ヤマハ・YZR-M1

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
ヤマハ・YZR-M1
2009 Yamaha YZR-M1.jpg
2009年型YZR-M1
基本情報
エンジン 1,000 cc (1.0 L; 61.0 cu in)cm3 4ストローク
      詳細情報
製造国 日本の旗 日本
製造期間 2002年-
タイプ
設計統括
デザイン
フレーム アルミ製デルタボックス
全長x全幅x全高 2,060 mm (81 in)mm x 650 mm (26 in)mm x 1,150 mm (45 in)mm
ホイールベース 1,450 mm (57 in)mm
最低地上高
シート高
燃料供給装置
始動方式
潤滑方式
駆動方式
変速機
サスペンション
キャスター / トレール
ブレーキ
タイヤサイズ
最高速度
乗車定員
燃料タンク容量
燃費
カラーバリエーション
本体価格
備考
先代 ヤマハ・YZR500
後継
姉妹車 / OEM
同クラスの車
テンプレートを表示

YZR-M1(ワイゼットアール-エムワン)は、ヤマハ発動機ロードレース世界選手権のMotoGPクラスに参戦するために開発した競技専用オートバイ[1]2002年YZR500の後継として開発され、当初は990 cc (60 cu in)のエンジンを搭載した。それ以来、YZR-M1は990cc時代、800cc時代、1000cc時代とコンスタントに開発され続けている。

M1のMとは、英単語のMissionの頭文字であり、「開発技術を市販車開発へ」と「MotoGPのチャンピオンマシン」という二つの使命を表している。

2002-2003[編集]

2002年シーズンは990cc4ストロークマシンと500cc2ストロークマシンの混走が許された初めての年であった。ヤマハは2ストロークV型4気筒エンジンのYZR500から、4ストローク並列4気筒のYZR-M1への切り替えを決定した。その理由はフレームとエンジンのバランスを考慮したためであった[2]。ヤマハはまた、YZR500の良好な操縦性の維持を求め、M1のエンジンをYZR500の車体構造にはめ込むように設計した[2]。M1は4ストロークエンジン特有のエンジンブレーキを制御する電子エンジン管理システムを装備した[1]。新型エンジンは5バルブを装備し、キャブレターによるガソリン供給、排気量は942ccであった。シーズン後半までにはレギュレーション上限の990ccまで発展した[2]。フレームもシーズン中に開発が進み、エンジンマウントポジションと燃料タンク形状が変化した[2]

M1は2001年を通して、マックス・ビアッジジョン・コシンスキー藤原儀彦難波恭司の手によって開発が進められた[3]2002年シーズンはビアッジとカルロス・チェカがファクトリー・チームでM1を走らせ、シーズン終盤には阿部典史オリビエ・ジャック中野真矢にも提供された。ビアッジは2勝を記録しランキング2位となり、ヤマハもマニファクチャラーズランキングで2位となった。

2003年シーズン、エンジンはキャブレターからフューエルインジェクションに変更となり、エンジンブレーキ制御も安定性を改善するために4つのシリンダーのうち2つに通ずるスロットルバルブを自動的に調節したアイドリング制御システムと交換された[4]。M1のライダーはチェカ、アレックス・バロスオリビエ・ジャックマルコ・メランドリ中野真矢阿部典史で、このシーズンは1勝もできずヤマハはマニファクチャラーズランキングで3位となった。

2004/2005[編集]

バレンティーノ・ロッシがヤマハと2年契約を結ぶ。伝えられるところに依ると、1シーズン600万ドルの契約であり、この移籍はプレスによって「彼が噛むことができた物より多くのものを噛み切る」と表現された。ロッシがYZR-M1をホンダ・RC211Vのレベルに引き上げることは、批評家やメディア専門家ばかりでなく多くのファンも至難の業と考えた。冬の間にホンダのマシン開発は好調に進み、マックス・ビアッジセテ・ジベルナウがホンダに世界タイトルをもたらすのに障害は無いと考えられた。

一方、ロッシとジェレミー・バージェスだけがホンダと戦う抵抗勢力であった。バージェスはロッシのホンダ時代のチーフメカニックで、ロッシの移籍に伴って長年共に働いたクルーと共にヤマハに移籍した。これは注意すべき移籍で、ロッシは自身の自叙伝で、YZR-M1でチャンピオンシップに挑むために必要な強固な基盤を提供してくれると書き表している。

2003年から2004年の冬のテストの間に、ヤマハはロッシとバージェスと共同して最大限の努力を払い、大きな進歩を遂げた。組織的な革新とテストで、彼らはブレーキングやクイックな操縦性と言ったM1の伝統的な利点をリファインし、パワーとバランスでまとめ上げた。YZR-M1プロジェクト・リーダーの辻幸一はロッシやバージェスと密接に働き、パワー伝達の改良のため何度もエンジンを修正して実験した。最終的にシリンダーヘッドのバルブは初期型の5から4に変更された。並列4気筒エンジンは伝統的な「スクリーマー」エンジンで、クロスプレーンクランク、90度位相で270-180-90-180の不等間隔爆発であった。この点火順序はV4エンジンの恒常的な運動エネルギーを模倣し、これによってエンジンのトルク特性を大幅に向上させ、フレームとエンジンは接続位置が僅かに変更された。これによってM1はコントロールしやすいマシンとなり、コーナー脱出速度も向上した。冬の間の必死な開発とテストの後、カタルーニャで行われたIRTAのテストでロッシとM1はBMWの車に勝ち、チームは正しい方向への重要な一歩を踏み出したことを世界に示した。

恒例となっていた鈴鹿での日本GPが安全性の問題のためツインリンクもてぎで行われることとなり、2004年シーズンの開幕戦は南アフリカウェルコムで行われることとなった。注目に値するこのレースで、ロッシは優勝を遂げ、批判者達を沈黙させるだけではなく、2つの異なるマニファクチャラーで連勝を遂げた初のライダーとなった。ロッシはこのシーズン9勝を挙げ304ポイントを得、タイトルを獲得した。ホンダのセテ・ジベルナウは257ポイントでランキング2位、マックス・ビアッジは217ポイントで3位となった。

したがって、2004年シーズンはロッシがバイクの性能では無く自身の才能でタイトルを獲得したことを証明した。彼はGPレース史上で大きな業績を成し遂げた。

YZR-M1とロッシのコンビは2005年もシーズンを支配し、ロッシはホンダのマルコ・メランドリに147ポイント差を付けてタイトルを獲得した。ロッシは後に、2005年型のM1はこれまで乗ったマシンの中で最高傑作であると語っている。

2006[編集]

M1はシーズン開幕戦からチャタリングで悩まされ、2006年シーズンはヤマハにとって問題含みであることが判明した。開幕から3戦連続で全てのヤマハライダーが苦しめられ、それはウィンターシーズンの内に開発された3つの大きな機能が原因であると考えられた。すなわち、大幅なエンジンパワーの引き上げと、新たなより固いフレーム、粘着性のコンパウンドと改訂版のプロファイルを持つ新しいミシュランタイヤが絡み合ったものであった。3つの開発がほぼ同時に行われたため、通常であれば1つの開発につき細心のテストが行われるが、それがおろそかにされた。そして、この問題を理解し解決するためシーズン序盤の多くの労力が費やされた。

ヤマハとYZR-M1の開発の遅れは、バレンティーノ・ロッシのシーズンスタートの不調の原因となった。予選における低いパフォーマンスと不運のため、ロッシはシーズン半ばに手首を負傷し、その苦難は増していった。しかしながらシーズン後半にM1の問題は実質的に根絶された。そしてロッシはポイントリーダーのニッキー・ヘイデンとの間にあった大きなポイント差を削減し、第16戦には逆転しついにポイントリーダーとなった。最終戦のバレンシアGPでロッシはスタートに失敗、5周目に転倒して最下位まで沈む。一方のヘイデンは安定した走りで3位に入賞、ロッシは追い上げたものの13位でフィニッシュし、ヘイデンが逆転でタイトルを獲得した。ロッシは5勝を挙げ、ヘイデンは2勝しか挙げなかったものの、ロッシにとっては最後まで不運に見舞われたシーズンとなった。

2007[編集]

2007年に再びレギュレーションが改定され、MotoGPマシンの排気量は800ccに縮小された。990ccマシンの最高速度は210 mph (340 km/h)にも達しており、この改定は増加する速度を減らす目的であった。したがってYZR-M1は800ccで開発が続けられることとなった。2007年のプレシーズンテストで、800ccエンジンを搭載した新型YZR-M1は、990ccを搭載した旧型よりもストレートにおいて逆説的に速かった。YZR-M1はよりハードなブレーキング、クイックなハンドリング、コーナースピードの高速化およびより扱いやすいトラクションと、2007年も正常な進化を遂げ、前年型より発展していった。

2006年前半にYZR-M1を苦しめたチャタリングは800ccへの切り替えで取り除かれた[5]。ヤマハファクトリーチームのメインスポンサーはキャメルに代わってイタリアの自動車メーカーであるフィアットとなり、車体の色も特徴的な黄色から青へと変わった。チームは青と白のカラーで走らせ、シーズンを通していろいろなカラーリングを採用することをほのめかした。

2007年シーズンはファクトリードゥカティを走らせたケーシー・ストーナーが獲得した。

2008[編集]

2008型YZR-M1は、MotoGPで最高のオールラウンドマシンと見なされた。ロッシは2位に記録的な差を付けて2008年の世界タイトルを獲得[6]、シーズンを通して表彰台を支配した。チームメイトのホルヘ・ロレンソはポルトガルGPでルーキーとして初めてのM1による勝利を成し遂げ[7]、シーズンでは6度の表彰台を獲得した。ロッシを初めとする多くの人々が、YZR-M1は2008年シーズンにおいてケーシー・ストーナードゥカティとの熱い戦いで最高のマシンであることを証明したと述べている。

タイヤ[編集]

2002年から2007年までは、ワークス・チームミシュランタイヤ、サテライトチームダンロップタイヤを使用していた。しかし、2006年及び2007年シーズンでのミシュランの開発力不足から、ワークスチームエースライダーのバレンティーノ・ロッシは、ブリヂストンタイヤを使用すること決定し、またサテライトであったテック3・ヤマハチームは2008年よりセミ・ワークス扱いとなり、長年開発を行ってきたダンロップからミシュランにタイヤメーカーを変更すると発表した。

これにより2008年はフィアット・ヤマハのロレンソとテック3・ヤマハエドワーズトスランドの3名がミシュランを、そしてフィアット・ヤマハのバレンティーノ・ロッシ1名がブリヂストンを使用。このため同じフィアット・ヤマハのロッシとロレンソは、互いにタイヤメーカーの情報漏洩を防ぐためにチームメイトでありながら別々のピットを使う体制でMotoGPに臨み、結果的にはブリヂストン・ミシュランの両方で勝利を挙げYZR-M1のポテンシャルを証明した。

2009年はタイヤのワンメイク化があったが、2008年のシステムが上手くいったこともあり、以降もピットをパーティションで分割し使用し続けている。

ブリヂストンは2015年シーズンをもって撤退、2016年シーズンからはミシュランのワンメイクとなっている。

主な戦績[編集]

世界タイトル獲得回数:7:
バレンティーノ・ロッシ:2004, 2005, 2008, 2009
ホルヘ・ロレンソ:2010, 2012, 2015

優勝回数:101:
2002 ビアッジ:2
2004 ロッシ:9
2005 ロッシ:11
2006 ロッシ:5
2007 ロッシ:4
2008 ロッシ:9, ロレンソ:1
2009 ロッシ:6, ロレンソ:4
2010 ロレンソ:9, ロッシ:2
2011 ロレンソ:3, スピーズ:1
2012 ロレンソ:6
2013 ロレンソ:8, ロッシ:1
2014 ロッシ:2, ロレンソ:2
2015 ロレンソ:7, ロッシ:4
2016 ロレンソ:3, ロッシ:2

主要諸元[編集]

ヤマハ・YZR-M1 (2016) 主要諸元
エンジン
エンジン形式: 水冷, 並列4気筒, 4ストローク 16バルブ DOHC クロスプレーン・クランクシャフト (fires at 180° flat-plane crank).
排気量: 1,000 cc (1.0 L; 61.0 cu in)
イグニッション: マニエッティ・マレリ製 アジャスタブルマッピング - NGKスパークプラグ
燃料システム: フューエルインジェクション
潤滑システム: ウェットサンプ - JX-ENEOS
データレコーディング: 2D
最大出力: 約 245 hp (183 kW)
最高速: 約 340 km/h (211 mph)
排気システム: アクラポビッチ
トランスミッション
形式: 6速 カセットタイプギアボックス, with alternative gear ratios available
プライマリードライブ: Gear
クラッチ: Dry multi-plate slipper clutch
ファイナルドライブ: チェーン
シャシーおよび駆動系
フレーム形式: ツインチューブアルミニウム製デルタボックスフレーム, multi-adjustable steering geometry, wheelbase, ride height, with aluminium swingarm
フロントサスペンション: オーリンズ製フルアジャスタブルテレスコピックフォーク
リアサスペンション: Braced aluminium swingarm with single Ohlins shock and rising-rate linkage
フロント/リアホイール: MFR 鋳造マグネシウム製 17インチ
フロント/リアタイヤ: ミシュラン 17インチ
フロントブレーキ: 320 mm または 340 mm ダブルディスク カーボン製 ブレンボ製ラジアルマウント4ピストンキャリパー
リアブレーキ: 220 mm シングルディスク ベンチレーテッド ステンレススチール製 ブレンボ製2ピストンキャリパー
重量: 最低 157 kg (346 lb)(ライダーを除く), 200 kg (441 lb)(ライダーを含む)(FIMのレギュレーションによる)
タンク容量: 21 L (6 US gal; 5 imp gal),(FIMのレギュレーションによる)

MotoGP成績[編集]

(key) (太字ポールポジション斜体ファステストラップ

タイヤ チーム No. ライダー 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 ポイント 順位
2002年 M JPN RSA SPA FRA ITA CAT NED GBR GER CZE POR RIO PAC MAL AUS VAL
マールボロ・ヤマハチーム 3 マックス・ビアッジ Ret 9 DSQ 3 2 4 4 2 2 1 6 2 Ret 1 6 3 215 2位
7 カルロス・チェカ 3 5 Ret Ret 4 3 3 Ret 4 5 2 Ret 5 7 11 Ret 141 5位
アンテナ3 ヤマハ・ダンティン 6 阿部典史 DNS 10 6 (129)[注釈 1] 6位
ゴロワーズ・ヤマハ・テック3 19 オリビエ・ジャック Ret 8 9 15 (81)[注釈 1] 10位
56 中野真矢 6 13 6 23 (68)[注釈 1] 11位
2003年 M JPN RSA SPA FRA ITA CAT NED GBR GER CZE POR RIO PAC MAL AUS VAL
ゴロワーズ・ヤマハチーム 4 アレックス・バロス 8 5 5 3 Ret 8 8 DNS Ret 7 11 12 6 15 Ret 6 101 9位
19 オリビエ・ジャック 15 10 10 4 10 Ret 5 Ret 9 11 13 Ret 13 DNS 6 Ret 71 12位
フォルトゥナ・ヤマハチーム 7 カルロス・チェカ 10 9 Ret Ret 8 4 4 6 8 4 8 9 Ret 5 8 5 123 7位
33 マルコ・メランドリ WD 17 15 11 13 Ret Ret Ret 10 7 11 5 11 Ret 45 15位
17 阿部典史 11 8 9 31 16位
ヤマハ・レーシングチーム 11 10
ダンティン・ヤマハチーム 56 中野真矢 9 11 8 14 5 5 13 9 7 14 12 8 9 8 7 Ret 101 10位
2004年 M RSA SPA FRA ITA CAT NED RIO GER GBR CZE POR JPN QAT MAL AUS VAL
ゴロワーズ・フォルトゥナ・ヤマハ 7 カルロス・チェカ 10 6 2 Ret 4 9 10 Ret 6 6 5 7 Ret 9 10 4 117 7位
46 バレンティーノ・ロッシ 1 4 4 1 1 1 Ret 4 1 2 1 2 Ret 1 1 1 304 1位
フォルトゥナ・ゴロワーズ・テック3 17 阿部典史 9 11 Ret 7 9 11 8 Ret Ret 8 10 Ret 7 12 17 10 74 13位
33 マルコ・メランドリ 11 Ret 6 9 3 3 13 Ret 9 Ret 5 Ret Ret Ret Ret 75 12位
2005年 M SPA POR CHN FRA ITA CAT NED USA GBR GER CZE JPN MAL QAT AUS TUR VAL
ゴロワーズ・ヤマハチーム[注釈 2] 5 コーリン・エドワーズ 9 6 8 3 9 7 3 2 4 8 7 6 10 4 6 7 8 179 4位
46 バレンティーノ・ロッシ 1 2 1 1 1 1 1 3 1 1 1 Ret 2 1 1 2 3 367 1位
フォルトゥナ・ヤマハチーム 11 ルーベン・チャウス 18 10 10 12 14 10 12 11 Ret 13 18 10 15 14 12 14 15 52 16位
24 トニ・エリアス 12 14 14 9 13 9 12 14 9 11 8 9 6 10 74 12位
94 ダビド・チェカ 19 13 15 4 26位
2006年 SPA QAT TUR CHN FRA ITA CAT NED GBR GER USA CZE MAL AUS JPN POR VAL
M キャメル・ヤマハチーム 5 コーリン・エドワーズ 11 9 9 3 6 12 5 13 6 12 9 10 10 Ret 8 4 9 124 7位
46 バレンティーノ・ロッシ 14 1 4 Ret Ret 1 1 8 2 1 Ret 2 1 3 2 2 13 247 2位
D テック3・ヤマハ 7 カルロス・チェカ 13 12 15 14 11 15 8 9 10 9 7 15 12 Ret 14 7 10 75 15位
77 ジェームス・エリソン 16 13 18 16 14 16 9 Ret 14 13 13 17 16 16 15 13 14 26 18位
2007年 QAT SPA TUR CHN FRA ITA CAT GBR NED GER USA CZE RSM POR JPN AUS MAL VAL
M フィアット・ヤマハチーム 5 コーリン・エドワーズ 6 3 Ret 11 12 12 10 2 6 4 11 Ret 9 10 14 9 10 13 124 9位
46 バレンティーノ・ロッシ 2 1 10 2 6 1 2 4 1 Ret 4 7 Ret 1 13 3 5 Ret 241 3位
D ダンロップ・ヤマハ・テック3 6 玉田誠 16 14 14 Ret 9 15 12 15 13 13 8 17 14 Ret 12 16 18 15 38 18位
50 シルバン・ギュントーリ 15 15 15 13 10 14 14 16 14 Ret 13 13 12 14 4 14 19 11 50 16位
2008年 QAT ESP POR CHN FRA ITA CAT GBR NED GER USA CZE RSM IND JPN AUS MAL VAL
M テック3・ヤマハ 5 コーリン・エドワーズ 7 Ret 4 7 3 5 5 4 3 Ret 14 14 10 15 7 8 8 6 144 7位
52 ジェームス・トスランド 6 6 7 12 Ret 6 6 17 9 11 9 13 6 18 11 6 Ret 11 105 11位
B フィアット・ヤマハチーム 46 バレンティーノ・ロッシ 5 2 3 1 1 1 2 2 11 2 1 1 1 1 1 2 1 3 373 1位
M 48 ホルヘ・ロレンソ 2 3 1 4 2 Ret 6 6 Ret Ret 10 2 3 4 4 Ret 8 190 4位
2009年 B QAT JPN SPA FRA ITA CAT NED USA GER GBR CZE IND RSM POR AUS MAL VAL
モンスターヤマハ・テック3 5 コーリン・エドワーズ 4 12 7 7 6 7 4 7 9 2 7 5 Ret 5 5 13 4 161 5位
52 ジェームス・トスランド 16 9 13 9 7 13 6 DSQ 10 6 9 6 10 9 14 15 12 92 14th
ステリルガルダ・ヤマハチーム 11 ベン・スピーズ 7 9 20位
フィアット・ヤマハチーム 46 バレンティーノ・ロッシ 2 2 1 16 3 1 1 2 1 5 1 Ret 1 4 2 3 2 306 1位
99 ホルヘ・ロレンソ 3 1 Ret 1 2 2 2 3 2 Ret Ret 1 2 1 Ret 4 3 261 2位
2010年 B QAT ESP FRA ITA GBR NED CAT GER USA CZE IND RSM ARA JPN MAL AUS POR VAL
モンスターヤマハ・テック3 5 コーリン・エドワーズ 8 12 12 13 9 8 11 Ret 7 7 Ret 7 12 5 NC 7 7 12 103 11位
11 ベン・スピーズ 5 Ret Ret 7 3 4 6 8 6 4 2 6 5 8 4 5 DNS 4 176 6位
フィアット・ヤマハチーム 8 吉川和多留 15 1 22位
46 バレンティーノ・ロッシ 1 3 2 DNS 4 3 5 4 3 6 3 1 3 2 3 233 3位
99 ホルヘ・ロレンソ 2 1 1 2 1 1 1 2 1 1 3 2 4 4 3 2 1 1 383 1位
2011年 B QAT ESP POR FRA CAT GBR NED ITA GER USA CZE IND RSM ARA JPN AUS MAL VAL
ヤマハファクトリー・レーシング 1 ホルヘ・ロレンソ 2 1 2 4 2 Ret 6 1 2 2 4 4 1 3 2 DNS 260 2位
11 ベン・スピーズ 6 Ret Ret 6 3 Ret 1 4 5 4 5 3 6 5 6 DNS C 2 176 5位
89 中須賀克行 C 6 10 18位
モンスターヤマハ・テック3 5 コーリン・エドワーズ 8 Ret 6 13 DNS 3 7 9 10 8 8 7 13 13 8 5 C 109 9位
35 カル・クラッチロー 11 8 8 Ret 7 DNS 14 Ret 14 Ret Ret 11 10 9 11 Ret C 4 70 12位
41 ジョシュ・ヘイズ 7 9 19位
2012年 B QAT ESP POR FRA CAT GBR NED GER ITA USA IND CZE RSM ARA JPN MAL AUS VAL
モンスターヤマハ・テック3 4 アンドレア・ドヴィツィオーゾ 5 5 4 7 3 19 3 3 3 4 3 4 4 3 4 13 4 6 218 4位
35 カル・クラッチロー 4 4 5 8 5 6 5 8 6 5 Ret 3 Ret 4 Ret Ret 3 Ret 151 7位
ヤマハファクトリー・レーシング 11 ベン・スピーズ 11 11 8 16 10 5 4 4 11 Ret Ret Ret 5 5 Ret Ret 88 10位
99 ホルヘ・ロレンソ 1 2 2 1 1 1 Ret 2 1 2 2 2 1 2 2 2 2 Ret 350 1位
21 中須賀克行 2 27 18位
ヤマハYSPレーシングチーム 9
2013年 B QAT AME ESP FRA ITA CAT NED GER USA IND CZE GBR RSM ARA MAL AUS JPN VAL
ヤマハYSPレーシングチーム 21 中須賀克行 11 5 22位
モンスターヤマハ・テック3 35 カル・クラッチロー 5 4 5 2 3 Ret 3 2 7 5 17 7 6 6 6 4 7 Ret 188 5位
38 ブラッドリー・スミス Ret 12 10 9 9 6 9 6 Ret 8 Ret 9 11 7 7 6 8 7 116 10位
ヤマハファクトリー・レーシング 46 バレンティーノ・ロッシ 2 6 4 12 Ret 4 1 3 3 4 4 4 4 3 4 3 6 4 237 4位
99 ホルヘ・ロレンソ 1 3 3 7 1 1 5 DNS 6 3 3 1 1 2 3 1 1 1 330 2位
2014年 B QAT AME ARG ESP FRA ITA CAT NED GER IND CZE GBR RSM ARA JPN AUS MAL VAL
YAMALUBE レーシングチーム with YSP 21 中須賀克行 12 4 26位
モンスターヤマハ・テック3 38 ブラッドリー・スミス Ret 5 7 8 10 Ret 10 8 19 6 9 22 7 5 9 3 5 14 121 8位
44 ポル・エスパルガロ Ret 6 8 9 4 5 7 Ret 7 5 Ret 6 6 6 8 Ret 6 6 136 6位
モビスター・ヤマハ MotoGP 46 バレンティーノ・ロッシ 2 8 4 2 2 3 2 5 4 3 3 3 1 Ret 3 1 2 2 295 2位
99 ホルヘ・ロレンソ Ret 10 3 4 6 2 4 13 3 2 2 2 2 1 1 2 3 Ret 263 3位
2015年 B QAT AME ARG SPA FRA ITA CAT NED GER IND CZE GBR RSM ARA JPN AUS MAL VAL
ヤマハファクトリー・レーシングチーム 21 中須賀克行 8 8 23位
モンスターヤマハ・テック3 38 ブラッドリー・スミス 8 6 6 8 6 5 5 7 6 6 7 7 2 8 7 10 4 6 181 6位
44 ポル・エスパルガロ 9 Ret 8 5 7 6 Ret 5 8 7 8 Ret Ret 9 Ret 8 9 5 114 9位
モビスター・ヤマハ MotoGP 46 バレンティーノ・ロッシ 1 3 1 3 2 3 2 1 3 3 3 1 5 3 2 4 3 4 325 2位
99 ホルヘ・ロレンソ 4 4 5 1 1 1 1 3 4 2 1 4 Ret 1 3 2 2 1 330 1位
2016年 M QAT ARG USA ESP FRA ITA CAT NED GER GBR AUT CZE RSM ARA MAL JPN AUS VAL
モンスターヤマハ・テック3 38 ブラッドリー・スミス 8 8 17 12 Ret 7 Ret 13 32* 15位*
44 ポル・エスパルガロ 7 6 7 8 5 15 5 4 72* 6位*
モビスター・ヤマハ MotoGP 46 バレンティーノ・ロッシ 4 2 Ret 1 2 Ret 1 Ret 103* 3位*
99 ホルヘ・ロレンソ 1 Ret 2 2 1 1 Ret 10 121* 2位*

* 現在進行中

関連項目[編集]

[編集]

  1. ^ a b c 括弧無しはYZR-M1で獲得したポイント。括弧付きはシーズンで獲得した総ポイント。
  2. ^ タバコ広告禁止のため、アメリカおよびバレンシアではチーム名をヤマハファクトリー・レーシングとした。

参照[編集]

  1. ^ a b History of 990cc”. Yamaha Racing. Yamaha Motor Company. 2008年3月21日閲覧。
  2. ^ a b c d YZR-M1(0WM1)”. Yamaha Motor Co.. 2015年12月15日閲覧。
  3. ^ “Mission One: Introducing Yamaha's awesome YZR-M1”. Crash.net. (2001年5月14日). http://www.crash.net/motorsport/motogp/feature/715-0/mission_one_introducing_yamahas_awesome_yzr-m1.html 2008年4月16日閲覧。 
  4. ^ “Evolution of the YZR-M1 - part one”. Crash.net. (2006年11月19日). http://www.crash.net/motorsport/motogp/news/140453-0/evolution_of_the_yzr-m1_-_part_one.html 2008年4月16日閲覧。 
  5. ^ Birt, M.: Yamaha chatter finished motorcyclenews.com, 2007-02-21.
  6. ^ “Rossi wins Motegi, MotoGP championship”. Crash.net (Crash Media Group). (2008年9月28日). http://www.crash.net/motogp/news/81374/1/rossi-wins-motegi-2008-motogp-title.html 2016年1月19日閲覧。 
  7. ^ Irish, Oliver (2008年4月14日). “Thrilling Lorenzo maintains his upward trajectory”. The Guardian (Guardian Media Group). http://www.theguardian.com/sport/2008/apr/14/motorsports.motogp 2016年1月19日閲覧。 

外部リンク[編集]