ヤマハ・YA-1

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
ヤマハ・YA-1

ヤマハ・YA-1(ワイエー-ワン)は、日本楽器(現ヤマハ)が開発・製造・発売したオートバイである。

概要[編集]

ヤマハ・YA-1(左)とDKW・RT125(右)。両車の酷似がわかる

オートバイ部門を分社化(現在のヤマハ発動機)する直前の日本楽器製造株式会社(現ヤマハ)が、最初にオートバイの製造に乗り出して発売したオートバイであり、ヤマハ発動機のオートバイのルーツである。排気量は125cc、最高出力5.6馬力、最大トルク0.96kgm。愛称は赤トンボ

その設計は、ドイツ・DKW(デーカーヴェー)社が開発した小型オートバイの代表的モデル・RT125[1]に範をとった、同時代に多く見られた設計の一つであるが[2]、スタイリングにはGKデザイングループが関与している[3]。1954年10月に発表。翌1955年1月より生産開始、2月発売。

まだ黎明期であった日本のモータースポーツにおいて活躍を残しており、発売された1955年7月10日の第3回富士登山レースではウルトラライト級の優勝を果たす。これはヤマハ発動機創立から10日目のことであった。さらに3ヵ月後、第1回浅間火山レースでは125ccクラスにおいて1位から4位までを独占するという成果を収めた。これにより、楽器メーカーとしてのイメージしかなかった「ヤマハ」の名を、モーターサイクルファンの間にも定着させるきっかけを作った。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 1939年発売。2ストローク単気筒エンジン搭載の、軽量で機動性の高い小型オートバイで、第二次世界大戦中にはドイツ軍の連絡用バイクにも使われ、戦後は西ドイツのDKWで1958年まで、東ドイツでDKW系工場を引き継いだMZで1965年まで生産が続いた。性能の優秀さから、ロイヤルエンフィールドBSAハーレーダビッドソンなどの著名メーカーでもコピー製品が作られ、ソ連や東ヨーロッパでもコピー品や東ドイツからのライセンス生産品が広く生産されるなどで、類似車は世界中で膨大な生産台数に達した。
  2. ^ ヤマハ発動機、「YA-1」開発ストーリー
  3. ^ http://www.gk-design.co.jp/ja/gk_group/project.html#1952