田野畑駅

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田野畑駅
駅舎(2010年5月)
駅舎(2010年5月)
たのはた - TANOHATA
島越 (2.2km)
(9.3km) 普代
岩手県下閉伊郡田野畑村和野第2地割46-16
所属事業者 三陸鉄道
所属路線 三陸鉄道北リアス線
キロ程 35.6km(宮古起点)
電報略号 タハ
駅構造 地上駅
ホーム 1面2線
開業年月日 1984年(昭和59年)4月1日
ホーム(2010年5月4日)
「キット、ずっとカンパネルラ田野畑駅」(2013年5月10日)
列車の運行再開まで店舗として使用されていた駅舎
(2011年6月29日)

田野畑駅(たのはたえき)は、岩手県下閉伊郡田野畑村和野にある三陸鉄道北リアス線である。

カンパネルラ田野畑というニックネームがつけられている。カンパネルラとは、宮沢賢治の童話「銀河鉄道の夜」に登場する人物に由来する(実際、作中ではの文字がとなっているが発音は変わらない)。

開業前、1982年当時の仮の駅名は平井賀。(鉄道ジャーナルNO.188、1982年10月号P68、久慈線配線略図)

駅構造[編集]

島式ホーム1面2線の地上駅である。

のりば
1 北リアス線 小本宮古方面
2 北リアス線 普代久慈方面

田野畑村が受託する簡易委託駅。駅舎には出札窓口のほか、売店・食堂もある。

歴史[編集]

  • 1984年昭和59年)4月1日 - 開業。
  • 2002年平成14年) - 東北の駅百選に選定される。
  • 2011年(平成23年)
    • 3月11日 - 東北地方太平洋沖地震による津波を受け、駅周辺が壊滅的被害を受けた。津波は海抜20m以上の位置にある駅舎手前まで迫ったが、駅施設は大きな被害を免れた。しかし三陸鉄道北リアス線は線路が寸断され、当駅へ列車が運行できない状態となった。
    • 6月1日 - 地域住民の強い要望を受け、津波で店舗を失った田野畑村羅賀の店主2人が駅舎を店舗として営業を開始した[1]
  • 2012年(平成24年)4月1日 - 北リアス線陸中野田駅 - 当駅間復旧により営業再開[2]。その際にネスレ日本キットカット)協賛で「キット、ずっとカンパネルラ田野畑駅」として前面の壁面いっぱいに桜の花が描かれた。当初は同年6月末までの予定であったが、その後2013年いっぱいまで延長、さらに2014年いっぱいまで再延長されている。
  • 2014年(平成26年)4月6日 - 北リアス線小本駅 - 当駅間が復旧し、北リアス線の全線が運転再開[3]

バス[編集]

田野畑駅前バス停

  • 田野畑村営バス - 北山崎方面、田野畑方面。
  • 岩手県北バス - 田野畑、小本方面。
    • 東日本大震災による北リアス線の運休に対応するため、岩手県北バスによる代替輸送が実施されていた。2012年4月1日に北リアス線の田野畑駅 - 陸中野田駅が運転再開したため、代替バスも同日より小本駅前-田野畑駅前に短縮されている。
  • 上記の「田野畑」とは田野畑地区、つまり村役場や小学校が所在する田野畑の中心街のことである。上記どちらのバスでも田野畑駅から田野畑地区に行くことができる。田野畑駅周辺は羅賀、平井賀地区という。

駅周辺[編集]

田野畑駅近くにある三陸鉄道の車両と同じ塗装の平井賀川の水門
  • 田野畑村立羅賀小学校
  • 平井賀海水浴場
  • 平井賀郵便局
  • ホテル羅賀荘
  • 羅賀漁港(北山崎サッパ船アドベンチャーズのりば)
  • 北山崎三陸海岸屈指の断崖絶壁の自然景勝地。観光乗合タクシー連絡)


その他[編集]

隣の駅[編集]

三陸鉄道
北リアス線
快速(当駅始発)
田野畑駅普代駅
普通
島越駅 - 田野畑駅 - 普代駅

脚注[編集]

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  1. ^ 憩いの駅へ2商店再出発 運行絶えた三鉄田野畑駅”. 岩手日報 (2011年6月1日). 2011年8月1日閲覧。
  2. ^ “三陸鉄道:陸中野田-田野畑で運転再開”. 毎日新聞. (2012年4月1日). http://mainichi.jp/norimai/train/trainflash/news/20120401mog00m040002000c.html 2012年4月1日閲覧。 
  3. ^ “三鉄が4月全線再開 南リアス線5日、北リアス線6日”. 岩手日報. (2014年1月2日). http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20140102_2 2014年1月11日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]