細倉マインパーク前駅

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細倉マインパーク前駅
駅舎(2006年5月)
駅舎(2006年5月)
ほそくらマインパークまえ
- HOSOKURA MINE PARK MAE -
所在地 宮城県栗原市鶯沢南郷原
所属事業者 くりはら田園鉄道
所属路線 くりはら田園鉄道線
キロ程 25.7km(石越起点)
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
開業年月日 1942年(昭和17年)12月1日*
廃止年月日 2007年(平成19年)4月1日
備考 *1990年に駅名改称と同時に駅移転
路線廃止にともなう駅廃止
細倉駅(手前)と細倉マインパーク前駅(奥)(2006年4月)
細倉駅当時と付近の空中写真 (1976年撮影 国土画像情報オルソ化空中写真(国土交通省)より) 多数住居があって街が賑わっていたことが伺える
細倉駅駅舎(1986年頃)

細倉マインパーク前駅(ほそくらマインパークまええき)は、宮城県栗原市鶯沢南郷原に1990年から2007年まであったくりはら田園鉄道くりはら田園鉄道線である。路線の廃止に伴い廃駅となった。

本項では、当駅の前身で1942年に開業した細倉駅についても解説する。

概要[編集]

1944年細倉鉱山から鉱石を輸送するために栗原鉄道の路線が延長され、細倉駅もその時に開業した。旅客列車の終点であったが、貨物廃止までレールは貨物駅である細倉鉱山駅まで伸びていた。

1988年に貨物輸送が廃止されると細倉駅 - 細倉鉱山駅間が廃止となったが、1990年に鉱山テーマパークである細倉マインパークがオープンすると、細倉鉱山駅までの廃線跡を活用して0.2km鉱山側に移転し、駅名も細倉マインパーク前に改めて観光利用を狙った[1]。しかしながら、路線廃止まで細倉駅の駅舎は残されており、細倉マインパーク前を発車する列車からも確認することができた。

当初は鉱山の、後にはレジャー施設の玄関口であったことが評価され、2002年(平成14年)に東北の駅百選に選定された。

駅構造[編集]

単式ホーム1面1線を有する地上駅。斜面にあり、駅舎から少し降りたところにホームがあった。夜間滞泊も設定されていた。なお廃止後、ホームの駅名表は撤去されたものの、末期の姿ほぼそのままの形で残っている(ただし駅舎は閉鎖)。

なお、廃止された旧細倉駅は当駅の石越方(北緯38度48分11.5秒 東経140度54分29.1秒 / 北緯38.803194度 東経140.908083度 / 38.803194; 140.908083)にあった。廃止前は1面3線(旅客ホームは1線のみ)で、廃止後は本線のみ使用され、旅客ホームは横取線として当駅側のポイントが残されていた。駅舎は会社の事務所として使用され、駅名標も残っていたが、現在はホームが残っているだけである。

駅周辺[編集]

食堂が駅前にあるほかは店舗は少ない。駅ホーム脇には、電気機関車ED202と、木造の有蓋緩急貨車ワフ71が保存されている。

路線バス[編集]

ミヤコーバス
  • くりはら田園線:石越駅~金成総合支所前~栗駒マインパーク入口~細倉荒町

歴史[編集]

  • 1942年昭和17年)12月1日 - 栗原鉄道の細倉駅として開業。
  • 1955年(昭和30年)11月29日 - 社名変更により栗原電鉄の駅となる。
  • 1964年(昭和39年)6月1日 - 会社合併により宮城中央交通の駅となる。
  • 1969年(昭和44年)2月25日 - 鉄道部門分社化により再度栗原電鉄の駅となる。
  • 1987年(昭和62年)3月31日 - 貨物取扱廃止[2]
  • 1990年平成2年)6月16日 - 旧細倉鉱山方に0.2km移転、細倉マインパーク前駅に改称。
  • 1995年(平成7年)4月1日 - 社名変更によりくりはら田園鉄道の駅となる。
  • 2002年(平成14年)- 東北の駅百選に選定される。
  • 2007年(平成19年)4月1日 - 廃止。

隣の駅[編集]

廃止時点[編集]

くりはら田園鉄道
くりはら田園鉄道線
鶯沢工業高校前駅 - 細倉マインパーク前駅

1988年10月以前[編集]

栗原電鉄
栗原電鉄線
駒場駅 - 細倉駅 - 細倉鉱山駅

脚注[編集]

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  1. ^ a b MGブックス企画・編集『サヨナラ! くりでん 「くりはら田園鉄道」公式メモリアル・ブックス』、エムジー・コーポレーショュン、2007年、72頁。
  2. ^ 寺田裕一『私鉄の廃線跡を歩くI 北海道・東北編』、JTBパブリッシング、2007年、168p。ISBN 978-4-533-06847-8

脚注[編集]

外部リンク[編集]