くりはら田園鉄道線

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くりはら田園鉄道線
細倉マインパーク前付近(2006年)
細倉マインパーク前付近(2006年)
くりはら田園鉄道線の路線図
路線総延長 25.7 km
軌間 1067 mm
停車場・施設・接続路線
STRq
JR東東北本線
exSTRrg
0.0 石越駅
exBHF exSTR
1.6 荒町駅
exSTR exBHF
片町駅 -1942
exSTRlf exABZ+lr exSTRrf
新線 / 旧線
exBHF
3.1 若柳駅
exBHF
4.6 谷地畑駅
exBHF
5.7 大岡小前駅
xKRZh
←JR東:東北新幹線
exBHF
7.2 大岡駅
exAKRZu
東北自動車道
exBHF
9.3 沢辺駅
exBHF
12.8 津久毛駅
exBHF
14.4 杉橋駅
exBHF
15.4 鳥矢崎駅
exBHF
17.1 栗駒駅
exWBRÜCKE1
三迫川
exBHF
17.9 栗原田町駅
exBS2c2 exBS2lr exBS2c3
旧線 / 新線
exTUNNEL1 exSTR
赤坂山トンネル
exBS2c1 exBS2+lr exBS2c4
exBHF
19.1 尾松駅
exBHF
21.6 鶯沢駅
exWBRÜCKE1
二迫川
exBHF
23.8 鶯沢工業高校前駅
exTUNNEL1
秋法トンネル
exBHF
25.5 細倉駅 -1990
exBHF
25.7 細倉マインパーク前駅
exKDSTe
26.2 細倉鉱山駅 -1988

廃止年の特記無い限り2007年廃止

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くりはら田園鉄道線
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くりはら田園鉄道線(くりはらでんえんてつどうせん)は、宮城県登米市石越駅と宮城県栗原市細倉マインパーク前駅まで結んでいた、くりはら田園鉄道鉄道路線である。

概要[編集]

1921年に762mm軌間の軽便規格路線[1]として開通した。その後会社は二度社名を変えつつ、細倉鉱山までの延長、直流電化および1,067mmへの改軌を相次いで実行し、東北随一の近代的な路線へと成長した。しかし、乗客・貨物の減少により1970年から赤字経営に陥り、1988年細倉鉱山が閉山となると収入の柱であった貨物輸送が廃止され、経営悪化に拍車をかけた。

欠損補助打ち切りを契機として、1993年には三セク化により路線が沿線自治体の手に委ねられることとなり、さらに1995年には設備の老朽化により電化を廃し、社名もくりはら田園鉄道と改めて廃止までの10年余りを運行した。なお、電化廃止により新造した気動車(ディーゼルカー)による運行となったが、架線柱などは存置され、また旧来のタブレット腕木式信号機などの信号設備が引き続き使用されたため、電化時代の面影を廃線時まで色濃く残していた。しかし、その後も乗客の減少は続き、赤字の大半を補填していた宮城県2003年に支援打ち切りを表明し、以降も状況が好転しなかったことから、2007年にやむなく廃線となった。

路線データ (廃止時)[編集]

  • 路線距離(営業キロ):25.7km
  • 軌間:1067mm
  • 駅数:16駅(起終点駅含む)
  • 複線区間:なし(全線単線
  • 電化区間:なし(全線非電化
  • 閉塞方式
    • スタフ閉塞式(石越 - 若柳間、栗駒 - 細倉マインパーク前間)
    • タブレット閉塞式(若柳 - 栗駒間)

運行形態[編集]

1 - 2時間に1本程度の運転であった。土曜日休日には朝と夜の2往復が運行されず、代わりに午前中に1往復が運行されていた。全列車が1両単行によるワンマン運転を行っていた。沿線には高校が数校あり、学生が利用するため朝の1往復をKD10の2両編成で運行していたこともある。車両の夜間滞泊若柳駅細倉マインパーク前駅で行っていた。

栗原電鉄時代の最盛期には、「栗駒フラワー」「栗駒もみじ」といった日本国有鉄道(国鉄)仙台駅から東北本線を経由して、石越駅から当線に乗り入れて細倉駅まで直通する臨時旅客列車も設定されていた[2]

歴史[編集]

開業から戦後までは762mmの非電化路線であった。石炭価格の高騰・低質炭の流通から、1950年に電化を行ったが、従来に比べ列車最高速度は2倍、運転時分は40%短縮、列車回数は50%増となり運輸収入は25%増となった[3]。さらにその5年後には石越駅における貨物の積み替えの手間を省くため、1,067mmに改軌し、それに伴う車両の入れ替えなどで二度手間を踏むことになった。

  • 1918年(大正7年)6月22日 - 栗原軌道に対し馬車軌道敷設特許状下付(登米郡石越村-栗原郡鶯澤村間、同郡若柳町-同郡一迫村間、同郡築館町-同郡澤邊村間、同郡同村-金成村間 )[4]
  • 1921年大正10年)12月20日 - 石越 - 沢辺間(8.85km)開業[5]。石越駅、若柳駅、大岡駅、沢辺駅が開業。
  • 1922年(大正11年)12月17日 - 沢辺 - 岩ヶ崎間(7.73km)開業[5]。岩ヶ崎駅が開業。
  • 1924年(大正13年)
    • 1月15日 - 津久毛駅、杉橋駅が開業。
    • 7月12日 - 軌道特許失効(1918年6月22日免許 栗原郡岩ヶ先町-同郡鶯澤村間、同郡若柳町-同郡一迫村間、同郡築館町-同郡澤邊村間、指定ノ期限マテニ工事施工認可申請ヲ為ササルタメ)[6]
    • 12月2日 - 軌道特許失効(1918年6月22日免許 栗原郡澤邊村-金成村間、指定ノ期限内ニ工事竣功セサルタメ)[7]
  • 1926年(大正15年)10月10日 - 谷地畑駅が開業。
  • 1930年昭和5年)2月13日 - 鳥矢崎駅が開業。
  • 1940年(昭和15年)10月8日 - 鉄道免許状下付(栗原郡岩ヶ先町-同郡鶯澤村間)[8]
  • 1941年(昭和16年)12月3日 - 栗原鉄道に社名変更。
  • 1942年(昭和17年)
    • 月日不詳 - 石越 - 若柳間の経路を変更[9]
    • 8月20日 - 軌道法による軌道から地方鉄道法による鉄道に変更[10][11]
    • 12月1日 - 岩ヶ崎 - 細倉鉱山間(9.1km)開業。全線で26.2km。尾松駅、鶯沢駅、細倉駅、細倉鉱山駅が開業[12]
  • 1950年(昭和25年)9月21日 - 電気運転開始(直流750V)。
  • 1951年(昭和26年)11月1日 - 田町駅が開業。
  • 1952年(昭和27年)4月1日 - 駒場駅が開業。
  • 1953年(昭和28年)5月10日 - 荒町駅が開業。
  • 1955年(昭和30年)
    • 9月26日 - 軌間を762mmから1067mmに変更。
    • 11月29日 - 栗原電鉄に社名変更。
  • 1958年(昭和33年)10月31日 - 田町駅を栗原田町駅に改称。
  • 1963年(昭和38年)7月1日 - 岩ヶ崎駅を栗駒駅に改称。
  • 1964年(昭和39年)6月1日 - 会社合併により宮城中央交通の路線となる。
  • 1966年(昭和41年)10月1日 - 大岡駅の交換設備を撤去。
  • 1969年(昭和44年)2月25日 - 再度、栗原電鉄に社名変更。
  • 1975年(昭和50年)11月1日 - 津久毛駅の交換設備を撤去。
  • 1982年(昭和57年)11月15日 - 鶯沢駅の閉塞取扱いを廃止[13]
  • 1987年(昭和62年)
  • 1988年(昭和63年)
    • 7月1日 - 石越 - 若柳間をスタフ閉塞式に変更[13]
    • 11月1日 - 細倉 - 細倉鉱山間(0.7km)廃止[10](10月17日または10月27日とする文献あり)。
  • 1990年平成2年)6月16日 - 細倉 - 細倉マインパーク前間(0.2km)開業。細倉駅廃止。
  • 1993年(平成5年)12月15日 - 親会社の三菱マテリアルが株式を沿線5市町村(当時)に譲渡、第三セクター鉄道となる。
  • 1995年(平成7年)
    • 4月1日 - くりはら田園鉄道に社名変更。電化廃止。ワンマン運転開始。駒場駅を鶯沢工業高校前駅に改称。
    • 12月25日 - 大岡小前駅が開業。
  • 2007年(平成19年)4月1日 - 鉄道全線廃止。バス輸送(ミヤコーバス)へ転換。

車両[編集]

762mm時代[編集]

気動車

  • キハ1形(1・2)

電車

  • モハ2400形(2401 - 2403)
    • 電化時に新造した電車。日本鉄道自動車製 台車、主電動機は東京都交通局からの譲受け品を改装[15]。2401・2402と2403の差異は1950年製、1951年製。定員88人、94人。正面2枚窓、3枚窓。側面の窓配置。全長など。改軌後は下津井電鉄に移籍し付随車(サハ1 - 3)として使用された。

機関車

  • ED18形(ED181 - 183)
    • 電化に際して新造した電気機関車。改軌後もED20形に改造されて使用された。

栗原電鉄時代[編集]

電車 (Mは電動車、Cは制御車を表し、その後の数字は車体長を表している)

  • M15形(M151 - 153)
    • 改軌の際にナニワ工機で新造した車両。当時の地方私鉄向け車両としては優れた車内設備を持っていた。電化廃止まで使用された[16]。チャチャワールドいしこしにM152が、旧若柳駅にM153が保存されている。
  • C15形(C151・152)
    • 阪急51形81・86の車体と、西武鉄道からの台車 (TR14) とを組み合わせたC14形(C141・142)として登場したが、老朽化により1960年1961年に車体が鋼体化改造されてM15形と同等のものとなり、この際に形式もC15形(C151・152)となった。ラッシュ時の旅客の減少により、電化廃止前にはほとんど使用されていなかった[16]。C152がチャチャワールドいしこしにて保存されている。
  • M18形(M181)
    • 西武モハ204。M161として入線したが、1959年の鋼体化改造により車体長が伸びたため、M181に改められた[16]
  • M17形(M171)・C17形(C171)
    • 元西武クモハ375・376。元を正せば国鉄50系電車として落成した車両である。1977年に入線したが、あまり活躍せず1987年に廃車となっている[16]
  • M18形(M182・183)
    • 福島交通モハ5318・5319。飯坂線の昇圧により1991年に当線に転入した。福島交通では2両一組で使用されていたが[17]、栗原電鉄では両運転台を生かして単行運転に使用された[16]

機関車

ED202とワフ71
  • ED20形(ED201 - 203)
    • 改軌前のED18形の台車を交換したもの。軽便サイズの機関車が改造されて車両の大型化後も使用された希有な例である。チャチャワールドいしこしにED201が、細倉マインパーク前駅跡にED202が、若柳駅跡にED203が保存されている。
  • ED35形(初代)(ED351)
    • 西武1形1。改軌に伴って1955年に導入された東芝戦時形35t機。1969年に2代目ED351に代替され廃車[18]
  • ED35形(2代)(ED351)
    • 東武ED610形ED611。初代ED351の代替を目的として1969年に入線し、以後貨物輸送の主力となった。1987年廃車[19]
  • DB10型機関車(DB101・102)
    • 石越駅構内の入れ替え用に使用された。DB102は貨物廃止時に廃車され、DB101は電化廃止後の2005年に除籍された[19]。DB101が旧若柳駅にて保存されている。

貨車

ワフ74号車とト102・103号車
  • ワフ7形(71 - 74)
    • 元は1914年武蔵野鉄道向けに造られた緩急車。末期は除草剤の散布用となっていた[16]。細倉マインパーク前駅跡にワフ71が、若柳駅跡にワフ74が保存されている。
  • ト10形(101 - 103)
    • 1907年日本車輌製。播丹鉄道から鉄道省、西武を経て当線に入線。空気ブレーキを持たない古典的な貨車として貴重な存在である。砂利散布に使用された[16]。旧若柳駅にてト102・103が保存されている。


電化廃止後[編集]

KD95形気動車
KD10形気動車
  • KD95形気動車(KD951 - 953)
    • 電化を廃止し内燃化に移行した際に3台が新製された富士重工業製の車体長16m級の軽快気動車 (LE-DC) 。同じく鉱山鉄道を前身に持つわたらせ渓谷鉄道のわ89-300を参考にして設計された[14]。三セク化の際に嵩上げされたホーム高にあわせた車体設計のため、乗降扉の足元の位置はやや高めで、逆に扉下段差(ステップ)の高さは極力抑えられている。内装に宮城県産木材を多用するなど凝った作りである。ワンマン対応。3両共に現存し、951と953は定期的に動態保存活動を行っていて、952は線路が分断された旧車庫内に静態保存されている。(#動態保存を参照)
  • KD10形気動車(KD11・12)
    • 名鉄キハ10形15・16。朝の通学客対策のため1995年に名古屋鉄道から転入したが、晩年にはその通学客も激減して2両で運行する必要性が無くなったため、2005年春以降は定期運用を失った[14]。ワンマン対応工事は最後まで行われなかった。ちなみにこの気動車は、名鉄の閑散線区の電化を廃してコストダウンを図るために製造されたもので、その意味ではKD95形と似た生い立ちを持つと言える。KD11が若柳駅にて保存され、動態保存活動に使用されている。


利用状況[編集]

輸送実績[編集]

くりはら田園鉄道線の近年の輸送実績を下表に記す。輸送量は、ほぼ一貫して減少し、回復をみないまま廃線となった。 表中、輸送人員の単位は万人。輸送人員は年度での値。表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。

年 度 輸送実績(乗車人員):万人/年度 輸送密度
人/1日
貨物輸送量
万t/年度
特 記 事 項
通勤定期 通学定期 定 期 外 合  計
1965年(昭和40年)       183.5     旅客輸送実績最高値を記録
1975年(昭和50年) 12.9 29.5 53.3 95.7 891 16.1  
1976年(昭和51年) 11.0 28.2 53.0 92.2 860 17.7  
1977年(昭和52年) 9.1 29.0 52.0 90.2 839 13.3  
1978年(昭和53年) 7.9 29.5 45.3 82.9 733 9.6  
1979年(昭和54年) 7.0 25.9 44.2 77.2 680 11.1  
1980年(昭和55年) 6.1 23.7 42.9 72.8 617 9.3  
1981年(昭和56年) 6.0 22.6 41.8 70.5 580 7.7  
1982年(昭和57年) 5.3 20.8 37.5 63.6 522 7.3  
1983年(昭和58年) 5.4 19.4 35.4 60.2 502 6.7  
1984年(昭和59年) 5.0 18.0 33.1 56.1 450 5.1  
1985年(昭和60年) 4.5 18.4 29.8 52.7 413 4.6  
1986年(昭和61年) 4.6 14.3 25.2 44.1 369 3.0 細倉-細倉鉱山間休止 貨物営業廃止
1987年(昭和62年) 4.4 12.5 23.4 40.3 354 0.0  
1988年(昭和63年) 3.0 12.0 22.6 37.6 327 0.0 細倉-細倉鉱山間 (0.7km) 廃止
1989年(平成元年) 2.2 12.2 21.9 36.3 317 0.0  
1990年(平成2年) 1.9 11.6 20.7 34.2 320 0.0 細倉-細倉マインパーク前間開業
1991年(平成3年) 2.4 13.8 19.2 35.4 348 0.0  
1992年(平成4年) 2.0 14.1 17.5 33.6 356 0.0  
1993年(平成5年) 1.5 14.0 17.2 32.7 360 0.0 沿線5市町村による第三セクターとなる
1994年(平成6年) 1.4 13.4 20.0 34.8 398 0.0  
1995年(平成7年) 1.2 14.2 17.0 32.4 369 0.0 電化廃止 ワンマン運転開始
1996年(平成8年) 1.0 14.6 15.0 30.6 340 0.0  
1997年(平成9年) 0.7 12.9 14.0 27.6 309 0.0  
1998年(平成10年) 0.6 13.6 13.5 27.7 304 0.0  
1999年(平成11年) 0.4 13.3 12.4 26.1 284 0.0  
2000年(平成12年) 0.2 11.6 12.0 23.8 256 0.0  
2001年(平成13年) 0.3 10.3 11.9 22.5 252 0.0  
2002年(平成14年) 0.3 9.9 11.6 21.8 248 0.0  
2003年(平成15年) 0.2 8.5 12.7 21.4 227 0.0  
2004年(平成16年) 0.3 6.6 11.9 18.8 198 0.0  
2005年(平成17年) 0.2 5.7 11.4 17.3 178 0.0  
2006年(平成18年) 0.2 5.7 28.6 34.5 452 0.0  
2007年(平成19年) 0.0 0.0 0.0 0.0 0 0.0 鉄道線の廃止、バスへの転換

鉄道統計年報(国土交通省鉄道局監修)より抜粋

収入実績[編集]

くりはら田園鉄道線の近年の収入実績を下表に記す。

表中、収入の単位は千円。数値は年度での値。表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で、その他の極値を黄色で表記している。

年  度 旅客運賃収入:千円/年度 貨物運輸
収入
千円/年度
運輸雑収
千円/年度
総合計
千円/年度
通勤定期 通学定期 定 期 外 手小荷物 合  計
1975年(昭和50年) 28,096 ←←←← 83,666 10,988 122,750 119,568 1,954 244,272
1976年(昭和51年) 30,648 ←←←← 91,646 14,586 136,880 156,463 4,933 298,276
1977年(昭和52年) 32,441 ←←←← 93,242 16,411 142,094 147,859 5,493 295,448
1978年(昭和53年) 36,561 ←←←← 97,637 15,131 149,329 107,326 6,747 263,404
1979年(昭和54年) 33,255 ←←←← 94,156 10,456 137,868 131,682 7,555 277,106
1980年(昭和55年) 33,301 ←←←← 97,757 6,267 137,325 133,945 7,405 278,677
1981年(昭和56年) 29,053 ←←←← 93,958 4,222 127,233 125,694 7,541 260,469
1982年(昭和57年) 28,074 ←←←← 91,515 2,923 122,512 124,762 8,039 255,312
1983年(昭和58年) 26,228 ←←←← 85,695 1,656 113,579 103,796 7,529 224,904
1984年(昭和59年) 26,573 ←←←← 91,257 379 118,209 97,953 7,693 223,855
1985年(昭和60年) 25,857 ←←←← 85,513 6 111,376 95,448 7,476 214,300
1986年(昭和61年) 24,022 ←←←← 82,965 11 106,998 59,253 7,929 174,180
1987年(昭和62年) 5,949 16,684 78,471 5 101,109 0 8,845 109,954
1988年(昭和63年) 4,663 15,364 75,371 1 95,399 0 10,441 105,840
1989年(平成元年) 4,207 16,907 70,678 1 91,793 0 9,489 101,282
1990年(平成2年) 3,970 17,844 70,945 2 92,761 0 10,260 103,021
1991年(平成3年) 4,748 24,151 66,199 1 95,099 0 12,588 107,687
1992年(平成4年) 3,970 26,467 62,576 1 93,014 0 13,199 106,213
1993年(平成5年) 3,172 26,981 63,896 3 94,052 0 14,467 108,519
1994年(平成6年) 2,714 25,148 75,051 0 102,913 0 16,207 119,120
1995年(平成7年) 2,107 25,951 65,502 1 93,561 0 18,558 112,119
1996年(平成8年) 1,621 28,013 54,236 1 83,871 0 16,614 100,485
1997年(平成9年) 1,366 28,500 54,674 0 84,540 0 14,503 99,043
1998年(平成10年) 1,063 30,563 51,006 0 82,632 0 14,871 97,503
1999年(平成11年) 885 29,313 44,865 0 75,063 0 12,947 88,011
2000年(平成12年) 493 25,828 41,372 0 67,693 0 12,904 80,597
2001年(平成13年) 851 23,621 37,337 0 61,809 0 12,947 74,756
2002年(平成14年) 842 23,371 35,646 0 59,859 0 12,246 72,105
2003年(平成15年) 690 18,529 34,835 0 54,054 0 12,480 66,534
2004年(平成16年) 797 14,630 35,931 0 51,358 0 13,596 64,954
2005年(平成17年) 400 13,308 32,751 0 46,459 0 13,700 60,159
2006年(平成18年) 319 14,044 106,309 0 120,672 0 29,235 149,907
2007年(平成19年) 0 0 0 0 0 0 0 0

鉄道統計年報(国土交通省鉄道局監修)より抜粋

営業成績[編集]

くりはら田園鉄道線の近年の営業成績を下表に記す。 表中、収入の単位は千円。数値は年度での値。表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。

年  度 営業収益
千円/年度
営業経費:千円/年度 営業損益
千円/年度
営業
係数
人件費 修繕費 経 費 諸 税 減 価
償却費
一 般
管理費
合  計
2005年(平成17年)                    
2006年(平成18年) 149,907 109,177 9,695 27,484 80 6,116 28,649 181,201 △31,294 120.9
2007年(平成19年) 0 0 0 0 0 0 0 0 0  

鉄道統計年報(国土交通省鉄道局監修)より抜粋

駅一覧[編集]

  • 全駅宮城県に所在。
  • 駅員のいる駅は、若柳駅沢辺駅栗駒駅となっていた。ただし3月18日から3月31日の廃止までは石越駅にも駅員が配置されていた。


駅名 よみがな 駅間キロ 営業キロ 接続路線 所在地 位置
石越駅 いしこし - 0.0 JR東日本東北本線 登米市 地図
荒町駅 あらまち 1.6 1.6   栗原市 地図
若柳駅 わかやなぎ 1.5 3.1 地図
谷地畑駅 やちはた 1.5 4.6 地図
大岡小前駅 おおおかしょうまえ 1.1 5.7 地図
大岡駅 おおおか 1.5 7.2 地図
沢辺駅 さわべ 2.1 9.3 地図
津久毛駅 つくも 3.5 12.8 地図
杉橋駅 すぎはし 1.6 14.4 地図
鳥矢崎駅 とやさき 1.0 15.4 地図
栗駒駅 くりこま 1.7 17.1 地図
栗原田町駅 くりはらたまち 0.8 17.9 地図
尾松駅 おまつ 1.2 19.1 地図
鶯沢駅 うぐいすざわ 2.5 21.6 地図
鶯沢工業高校前駅 うぐいすざわこうぎょうこうこうまえ 2.2 23.8 地図
細倉マインパーク前駅 ほそくらまいんぱーくまえ 1.9 25.7 地図

未成線[編集]

栗原軌道は若柳から一迫村への支線や沢辺から金成への支線、築館から金田への支線、栗駒駅から鶯沢町内への支線の特許を取得していたが、その全てが1924年に失効している[20]

廃線跡の状況[編集]

清算法人に移行したくりはら田園鉄道は、順次関連施設の撤去、取り壊しを進めた。道路交通法に関係する踏切を構成する設備、栗原電鉄時代の名残だった架線および架線柱は廃止から比較的早い段階で撤去された。また、津久毛駅と栗原田町駅周辺にあった津久毛変電所・田町変電所は2009年に解体された。有人駅だった沢辺、栗駒を含む大半の駅も2010年までに解体されている。

線路に関しては多くが存置されており、鉄橋等もバリケードが築かれた程度で撤去は進んでいない。これには栗原電鉄が重金属を輸送していたため、路盤が汚染されていることも影響しているとされる[21]

動態保存[編集]

廃止となった2007年には、「くりでん自作トロッコ全国交流フォーラム」のほか、11月10 - 11日にかけて栗駒駅を会場に「くりでん体験乗車会」が開かれた。体験乗車会には、かつての営業車両を使用するため、11月8日に若柳 - 栗駒間をDB10形 (DB101) 機関車に牽引されたKD95形 (KD953) 気動車を回送。同月12日に返却回送が行われている。

旧くりはら田園鉄道若柳駅構内で一般乗車用に使われる4人乗り軌道自転車「くりでんレールバイク」。宮田工業栗原工場製。

栗原市は2010年に若柳駅に鉄道公園を整備し、若柳駅から石越駅側へ約500mの区間を往復運転する動態保存を開始した。原則、毎月第2日曜日を運転日としている。石越駅側の折り返し地点には、動態保存事業に際して新設した「片町裏信号所」がある。行き違い施設はないものの信号扱所があり、若柳駅との間でタブレット閉塞や電話連絡、腕木式信号機の操作を再現している。 2014年4月から列車の運行がない週の日曜日等に同じ区間で4人乗り軌道自転車宮田工業栗原工場製)による「くりでんレールバイク乗車会」が行なわれている。いずれも運営は、市のほかOB社員や鉄道ファンらで組織する「くりでん保存愛好会」が行っている。

くりはら田園鉄道線に関する楽曲[編集]

  • 「windy train」(樋口了一、いずれも2006年発売のマキシシングル「windy train」、「風の呼び声/windy train」に収録)
  • 「鉄路にさよならを」(SUPER BELL"Z、2007年発売のアルバム「MOTO(e)R MAN 鉄子の旅」に収録)
  • 「風のうた」(姫神、くりはら田園鉄道のイメージ曲で、この曲のみ収録したオリジナルのシングルCD「風のうた くりはら田園鉄道に想いを寄せて」がグッズとして販売されていた。アルバム「マヨヒガ」に収録)

脚注[編集]

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  1. ^ ただし軽便鉄道法ではなく軌道法に準拠している
  2. ^ 今尾恵介・原武史監修『日本鉄道旅行歴史地図帳 2号 東北』新潮社、2010年、p.57
  3. ^ 中川浩一「私鉄高速電車発達史」『鉄道ピクトリアル』No.209、38頁
  4. ^ 「軌道特許状下付」『官報』1918年6月25日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  5. ^ a b 『 地方鉄道及軌道一覧. 昭和15年11月1日現在』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)
  6. ^ 「軌道特許失効」『官報』1924年7月12日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  7. ^ 「軌道特許失効」『官報』1924年12月2日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  8. ^ 「鉄道免許状下付」『官報』1940年10月14日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  9. ^ 今尾恵介監修『日本鉄道旅行地図帳 2号 東北』新潮社、2008年、p.17,34
  10. ^ a b 和久田康雄『私鉄史ハンドブック』電気車研究会、1993年、pp.33-34
  11. ^ 1941年12月3日許可「軌道ヲ地方鉄道ニ変更許可」『官報』1941年12月18日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  12. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1942年12月9日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  13. ^ a b c 寺田裕一『ローカル私鉄列車ダイヤ25年 東日本編』、JTB、2004年、p41。ISBN 4-533-05484-6
  14. ^ a b c 寺田裕一『私鉄気動車30年』、JTBパブリッシング、2006年 p.42。ISBN 4-533-06532-5
  15. ^ 中川浩一「私鉄高速電車発達史」『鉄道ピクトリアル』No.211、40頁
  16. ^ a b c d e f g 寺田裕一『ローカル私鉄車輌20年 東日本編』、 JTB、2001年、43 - 45頁。ISBN 4-533-03982-0
  17. ^ 『ローカル私鉄車輌20年 東日本編』、 47頁。
  18. ^ 杉田肇 「西武鉄道の電気機関車」 『鉄道ピクトリアル』 鉄道図書刊行会 1992年5月号(通巻560号) pp.240 - 241
  19. ^ a b 寺田裕一『私鉄機関車30年』、JTBパブリッシング、2005年、p.36, 37, 165。ISBN 4-533-06149-4
  20. ^ 森口誠之著『鉄道未成線を歩く』JTB、2001年、P.189
  21. ^ 堀内重人『鉄道・路線廃止と代替バス』、東京堂出版、2010年、205頁。ISBN 978-4-490-20696-8

参考文献[編集]

  • 寺田裕一『私鉄の廃線跡を歩くI 北海道・東北編』、JTBパブリッシング、2007年、p160, 161, 168。ISBN 978-4-533-06847-8

関連項目[編集]