印象派

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

印象主義 から転送)
印象、日の出(Impression, soleil levant)
印象、日の出(Impression, soleil levant)

印象派(いんしょうは、仏:Impressionnistes)または印象主義(いんしょうしゅぎ、仏:Impressionnisme)は、19世紀後半のフランスに発し、ヨーロッパやアメリカのみならず日本にまで波及した美術及び芸術の一大運動である。1874年にパリで行われたグループ展を契機に、多くの画家がこれに賛同して広まった。また、「印象派」・「印象主義」の概念は、音楽の世界にも適用される。

目次

[編集] 歴史

ルネサンス以降、ヨーロッパではありのままの現実を直視するリアリズムの考え方が徐々に広がっていく。またそれに伴い宗教改革が興り、形式主義が後退し、絵画の世界でも形式にとらわれない表現が試みられるようになった。当時のヨーロッパでは肖像画を描くことが一つのステータシーであり、正確に対象を描写することが重要であった。肖像画は大きな需要があったため産業として確立し、遠近法などの技法が工夫され、写実主義が大いに流行った。 しかし、1827年に写真が発明され、それが普及し始めると画家たちが職にあぶれるようになる。正確に描写するだけなら写真の方がはるかに正確で安価だったからである。

その一方で画材道具の発達があり、屋外で絵を描くことが可能になった。しかし屋外は部屋の中と違って、日差しが刻々と傾き、天候が変化したりするので、室内のように同じ条件下でゆっくり絵を描くというわけには行かない。細部を省略し、すばやく絵を描く技法が生まれた。この頃の屋外を多く書いた画家たちはバルビゾン派などと呼ばれる。

多くの画家が表現方法を模索する中、1867年パリ万博が行われる。これには日本の幕府薩摩藩佐賀藩が万博に出展し、日本の工芸品の珍奇な表現方法が大いに人気を集めた。次の1878年のパリ万博のときには既にジャポニズムは一大ムーブメントになっていた。日本画の自由な平面構成による空間表現や、浮世絵の鮮やかな色使いは当時の画家に強烈なインスピレーションを与えた。そして何よりも、絵画は写実的でなければならない、とする制約から画家たちを開放させる大きな後押しとなった。

写真の発明による肖像画産業の低迷と、「見た感じ」の面白さに気付いたヨーロッパの画家たちは、写実主義から離脱し、絵画独特の表現方法を探索し始めた。 そのような中で、細部やタッチにこだわらず、新たな空間表現と明るい色使いを多用した印象主義が発生した。

それまで、どちらかと言えば暗く重苦しい絵画が多かったヨーロッパで、明るい印象派の絵画は主流と言えるほどに流行った。この運動以降の絵画は写実主義から開放され、芸術性やメッセージ性のより強いものに変化し、キュビズムシュールレアリスムなどのヨーロッパにおけるさまざまな芸術運動が生まれる契機となった。

[編集] 美術

1874年モネドガルノワールセザンヌピサロモリゾギヨマンシスレーらが私的に開催した展示会は、後に第1回印象派展と呼ばれるようになる。当時この展示会は社会に全く受け入れられず、印象派の名前はこのときモネが発表した『印象、日の出(Impression, soleil levant)』から新聞記者が揶揄してつけたものである。このときを印象派の成立としているが、これ以前にもウィリアム・ターナー(イギリス)の様に印象派に通じる画風や、バルビゾン派など屋外の風景を多く描いた印象派前夜と呼び得る画家達も存在している。また、後にはスーラゴッホポール・ゴーギャンなどのポスト印象派新印象派へと続くものとなった。

[編集] 印象派絵画の技法

印象派絵画の大きな特徴は、光の動き、変化の質感をいかに絵画で表現するかに重きを置いていることである。時にはある瞬間の変化を強調して表現することもあった。それまでの絵画と比べて絵全体が明るく、色彩に富んでいる。また当時主流だった写実主義などの細かいタッチと異なり、荒々しい筆致が多く、絵画中に明確な線が見られないことも大きな特徴である。また、それまでの画家たちが主にアトリエの中で絵を描いていたのとは対照的に、好んで屋外に出かけて絵を描いた。

[編集] 印象派画家の一覧

[編集] 音楽

音楽史論では、19世紀末から20世紀初頭にかけての、ドビュッシーラヴェルといった作曲家たちの音楽を「印象派」とすることが多い。

それまでにワーグナーリストによって展開されていた機能和声の崩壊を推し進め、また形式を崩し構造を断片化し、一方で全音音階教会旋法五音音階の多用による旋法性を基盤に、新たな音楽の確立を目指し、20世紀以降の音楽に多大な影響を与えた。対位法の欠如といった属性も特徴である。

しかし近年では、音楽という自然主義と相容れない芸術における「印象主義」の語の曖昧さが指摘されている。さらに代表的な「印象主義音楽」作曲家とされるドビュッシー自身が象徴主義思潮に強く影響を受けていたことより、むしろ象徴主義の流れで世紀末芸術の文脈の中で位置づけられるようになっている。内面の表現を志向する象徴主義は、外界を描写する印象主義とは相反する芸術態度である。なお、ドビュッシー自身は「印象主義」という範疇化を嫌悪しており、まして印象主義作曲家を自称したことは無い。

[編集] 印象派の作曲家

以下の作曲家の作品全てに「印象派」の分類が当てはまるわけではなく、むしろ一部作品の傾向にとどまっている者の方が多い。

[編集] 関連項目

ウィキメディア・コモンズ