ロシア・アヴァンギャルド
ロシア・アヴァンギャルド(ロシア語:Русский авангард、ルースキイ・アヴァンガールト)とは、19世紀末以来とりわけ1910年代から、ソビエト連邦誕生時を経て1930年代初頭までの、ロシア帝国・ソビエト連邦における各芸術運動の総称である。
第一次世界大戦前の初期においてはキュビスム、未来派、ネオ・プリミティヴィズムなど、同時代のモダニズム運動との共通性が顕著であった。しかし第一次大戦間において次第にカジミール・マレーヴィチに代表されるシュプレマティスムならびにウラジーミル・タトリン等に代表されるロシア構成主義が台頭。ロシア特有の芸術運動となる。1917年のロシア革命後は表現上の革新と政治革命が相互作用。干渉戦争=戦時共産主義期間には純粋芸術においてのみならず、プロパガンダ・アートの分野(ビラ、ポスター、宣伝列車等)で、1920年代ネップ期においては芸術と生活そして社会主義的な産業化のトリアーデの一致をめざす様々な分野(建築、プロダクトデザイン、写真、映画等)で、その可能性を開花させた。彼らは、近代における芸術が、すぐれて経済的・社会的・政治的な問題でもあることを先取りしていたと言える。
受容の側面に関して言えば、都市労働者を支持基盤とする当時のロシア共産党の実情ならびにネップ政策との関連で、モダニズムから派生したアヴァンギャルド芸術は当局からも支持された。しかし1929年の農業集団化にはじまる一連の上からの革命を契機とした、ヨシフ・スターリンの「文化革命」による政治的な抑圧(「フォルマリズム批判」)、難解さに起因する農民を中心とする一般大衆の社会的な支持の欠如、芸術運動そのものの内在的いきづまり等の諸要因の複合により、1930年代に終息した。
目次 |
[編集] 詩・文学
[編集] 音楽
帝政末期のスクリャービンに続いて、ニコライ・ロスラヴェッツ、アルトゥール・ルリエー、アレクサンドル・モソロフ、イワン・ヴィシネグラツキーなどが1920年代を通じて革新的な音楽語法を展開した。この時期はディミトリー・ショスタコーヴィチでさえ、実験的な作風を試みている。「スターリン文化革命」とともにロシア・アヴァンギャルドの音楽部門は終息を余儀なくされる。
[編集] 映画
[編集] 演劇
[編集] デザイン・美術
ロシア・アヴァンギャルドに含まれる芸術理念には、主に次の3つがある。いずれも過去の様式を断ち切り、革命以後の新たな生活様式をデザインしようとした。
[編集] 主な美術家
[編集] 関連する項目
[編集] 建築
[編集] 日本語文献の一部
- 亀山郁夫 『ロシア・アヴァンギャルド』(岩波新書、1996年)
- 桑野隆 『夢みる権利 ロシア・アヴァンギャルド再考』(東京大学出版会、1996年)
- 海野弘 『ロシア・アヴァンギャルドのデザイン』(新曜社、2000年)
- 『ロシア・アヴァンギャルドと20世紀の美的革命』
- ヴィーリ・ミリマノフ、桑野隆訳 (未來社、2001年)
- 『ロシア・アヴァンギャルド小百科』 (水声社、2008年)
- タチヤナ・ヴィクトロヴナ・コトヴィチ、桑野隆監訳
- 『ロシア・アヴァンギャルド芸術 理論と批評、1902-34年』
- 『ロシア・アヴァンギャルド作品集 革命と芸術の時代 ソヴィエト・アート1920-1930』
- ソヴィエツキー・フドージニク社編、IPC編集部訳、大石雅彦解説別冊、1989年