民衆を導く自由の女神

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『民衆を導く自由の女神』
フランス語: La Liberté guidant le peuple
作者 ウジェーヌ・ドラクロワ
制作年 1830年
素材 キャンバス油絵
寸法 259 cm × 325 cm (102 in × 128 in)
所蔵 ルーブル・ランスランス (パ=ド=カレー県)

民衆を導く自由の女神(みんしゅうをみちびくじゆうのめがみ、: La Liberté guidant le peuple)は、ウジェーヌ・ドラクロワによって描かれた絵画1830年に起きたフランス7月革命を主題としている。

解説[編集]

絵の中心に描かれている民衆を導く果敢な女性は、フランスシンボルである、マリアンヌの代表的な例の1つである。絵画としてのスタイル、フランス7月革命というテーマから、絵画におけるロマン主義の代表作と言える。

原題のLa Liberté guidant le peupleから分かるように、女性は自由を、乳房は母性すなわち祖国を、という具合に、ドラクロワはこの絵を様々な理念を比喩(アレゴリー)で表現している。一方で彼女がかぶるフリギア帽は、フランス革命の間に自由を象徴するようになった。女性の隣に立つ、マスケット銃を手にしたシルクハットの男性はドラクロワ自身であると説明される事が多い。

1831年5月のサロン展に出品され、フランス政府は同年に革命を記念するためとしてこの作品を3,000フランで買い上げたが、1832年六月暴動以降、あまりにも政治的で扇動的であるという理由から、1848年革命まで恒常的な展示は行われなかったという歴史を持つ。1874年ルーヴル美術館に収蔵された。フランス国外に出たのは、イギリス・アメリカ・日本に貸し出された時のみである。

2013年2月に来館者に黒のフェルトペンで落書きされてしまう被害に遭うが、翌日には修復されている[1]。表面にはワニスが塗ってあり、落書きが下の絵の具には浸透していなかったため、修復が可能だった。なお、落書きは「AE911」と書かれており、アメリカ同時多発テロ事件や、その陰謀説などが関わっている可能性が指摘されている[2]

日本との関わり[編集]

1999年に「日本におけるフランス年」の文化財海外交流展の一環として、この絵画がルーブルから東京国立博物館に1ヶ月間貸し出された。この際に日本からフランスに貸し出されたのが法隆寺百済観音像である。

日本でも「日本におけるフランス年」を記念してこの絵画の記念切手が発行されたが、フランス本国では、ドラクロワの肖像と共に、旧100フラン紙幣にその一部が描かれた。

なお、日本への運送には大型貨物機のエアバス ベルーガが使われた。

日本では慣習的に『民衆を導く自由の女神』と題されることが多いが、原題の La Liberté guidant le peuple は、正確には「民衆を導く自由」(自由 Libertéアレゴリー)という意味である。このためこの絵画を『民衆を導く自由』として紹介する文献も存在する。

大衆文化への影響[編集]

脚注[編集]

  1. ^ “ドラクロワ名画に女が落書き=「民衆を導く自由の女神」を修復-ルーブル美術館分館”. 時事通信. (2013年2月8日). http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2013020801085 2013年2月9日閲覧。 
  2. ^ Marie-Laure Michel (2013年2月8日). “巨匠ドラクロワの「自由の女神」、落書きされる フランス”. フランス通信社. http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/crime/2926715/10248579 2013年2月9日閲覧。 
  3. ^ Mould, Michael, The Routledge Dictionary of Cultural References in Modern French, Taylor & Francis, 2011, p.112.; . Berg, William, Imagery and Ideology: Fiction and Painting in Nineteenth-Century France, Associated University Presse, 2007, p.106.

関連項目[編集]