ピーチ・ジョン

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株式会社ピーチ・ジョン
PEACH JOHN CO.,LTD.
JPR Harajuku building Tokyo.JPG
本社が入居しているJPR原宿ビル
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 PJ
本社所在地 日本の旗 日本
〒150-0001
東京都渋谷区神宮前六丁目17番11号
設立 1994年平成6年)6月1日
業種 小売業
事業内容 婦人服等各種衣料繊維商品の通信販売及び直営店販売
代表者 川中英男
資本金 9000万円(2009年3月31日現在)
発行済株式総数 1800株
従業員数 170人(2009年2月末現在)
決算期 2月末日
主要株主 ワコールホールディングス 100%
関係する人物 野口美佳
外部リンク http://www.peachjohn.co.jp/
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ピーチ・ジョン(Peach John)は、日本の女性向け下着通信販売会社、および同社が発行する通販カタログの名称である。『ピーチ・ジョン・ザ・ストア』という店名で直営店も展開している。

目次

[編集] 概要

大手衣料品メーカー・ワコールの傘下にあり、若年女性を対象に、下着や衣服の通信販売を行っている[1]。販売商品は下着、衣服のほか、靴、バック、化粧品などに及び、それらの大部分は日本国外で製造され輸入されたものである[1]。毎年3月、8月、11月には通販カタログ「PJ」が約180万部発行され、主要書店やコンビニエンスストアで配布される[1]。この雑誌は、年齢20代の日本人女性の25%に閲覧されるという[1]。また、姉妹誌「GJ」は60,000部が発行され、衣服のほか美容・アクセサリーなどを掲載している[1]

会社名である「ピーチ・ジョン」とは「桃太郎」の意味(太郎=johnというのは意訳)。コンセプトは、『元気・ハッピィ・SEXY』。

女性の要望を重視した輸入下着販売で成功し、アメリカ合衆国を拠点とする下着・美容品販売大手「ヴィクトリアズ・シークレット」の日本版とも評される。

[編集] 沿革

1988年昭和63年)、株式会社セシールの成功に触発されて、野口正二が妻の野口美佳と共に女性用下着の通信販売事業を開始した[2]

1994年平成6年)、「ボムバストブラ」のヒットを受けて東京都文京区千駄木に通信販売会社の「ピーチ・ジョン」を設立し、野口美佳が社長に就任[2]。同年、カタログ名を『PJ』に統一し、カタログに掲載された商品を店頭販売する『ピーチ・ジョン・ザ・ストア』を本社に併設して開店した[3]。翌年にはSHIBUYA 109に直営店『ピーチ・ジョン・ザ・ストア』を出店し、以降、各地に出店していった[3]

2006年平成18年)からワコールホールディングスと資本提携が始まり、2008年平成20年)に完全子会社化されたが、その後もピーチ・ジョンの経営体制は維持され、ワコールHDは弱点だった若者向け市場を開拓すると同時に、仕入れの共同化で生産の効率化を図った。製品はアメリカ合衆国南米で生産していたが、1998年平成10年)頃に中国にシフトし、香港を拠点として中国国内100ヶ所以上の提携工場で生産をしている[3]

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震東日本大震災)で配送業務をしている仙台支社が被災し、約1ヶ月に渡って通販業務が停止した[4]。仙台支社の復旧作業と並行して、被災地に女性用の下着や衣類などを届けるボランティア活動を行っている[4]

[編集] 年表

  • 1994年平成6年)、「ピーチ・ジョン」設立。カタログ名を『PJ』に統一し、直営店『ピーチ・ジョン・ザ・ストア』を本社に併設して開店。
  • 1995年平成7年)、渋谷109に、直営店『ピーチ・ジョン・ザ・ストア』を当社初の店子の形式で出店。
  • 2006年平成18年)
  • 2008年平成20年)
    • 1月10日、ワコールHDは、野口美佳が保有するピーチ・ジョンの株式(発行済み株式の51%)に対して、ピーチ・ジョン株1株につきワコールHD株7,300株を割り当てる株式交換(当時の株価で約87億規模)を実施し、同社を完全子会社化した[6]。これにより、野口社長は、ワコールHDの4.55%を保有する第4位株主となった。
    • 12月5日、海外初の直営店「ピーチ・ジョン・ザ・ストア香港店」をオープン[7]
  • 2011年平成23年)
    • 3月11日、配送業務をしている仙台支社が東北地方太平洋沖地震東日本大震災)で被災し、通販サービスを休止[8]
    • 4月4日、通販サービスを再開[8]
    • 4月7日に発生した余震(参照1参照2)により、一部の通販サービスを停止[8]
    • 4月11日、通販サービスを再開[8]
    • 5月30日、業績不振を理由に、社長・野口美佳を取締役に降格することを発表[9]
    • 6月10日、野口美佳社長の退任を正式決定。後任は川中英男会長(ワコールHD副社長)が兼務[10]

[編集] 事業所

仙台市にはかつて仙台本社があり、東京と仙台の2本社体制だった時期がある[いつ?]

[編集] PJのブラジャー

ボムバスト
小胸をボリュームある胸に見せるブラジャーで、15年以上もカタログに掲載され人気がある。『中居正広の金曜日のスマたちへ』(TBS)で取り上げられ、注文が殺到。PJの名が全国区になるきっかけとなった。
サーキット
社長が「F1のコース、サーキットだ!」と突然思いつき命名した。「トライアングルサスペンション」というストラップの根を二股にし、更に三角形にした形で、綺麗な谷間が出来る。アメリカにも逆輸入され、「Kiss'n Bra(胸と胸がキスしてしまう谷間)」という名前で人気を博した。
エブエブスリークォーター
通称「エブスリ」。安定感があり、作り過ぎない自然なバストを作るブラジャー。
デコルタン
「デコルテ」をもじった造語。谷間ブラジャー全盛期の1999年に発売開始し、女性の胸を美しく見せるのは谷間だけではないということを知らしめたブラジャー。
マストアップ
大きな胸を上向きにし、着やせ効果もある機能的なブラジャー。名前は「必ず上る」の意味で、機能性をダイレクトに名前に反映したという。
ポンパドール
元々は全体のふくらみを持たせて前髪を高くしたロココ時代に流行した髪形を指す。フランス語でふわっとしたものに使う言葉。ベルギーの下着メーカーとコラボして誕生した「ボンボンブラ」が前身である。その後、オリジナルでリニューアルすると同時に、ふっくらとした丸い谷間とバストラインを想像しやすいと、現名前に改名。

[編集] PJが扱ったブランド

オンゴザーメ(OnGossamer)、XOXO、アリアンヌ、ホワイトスワン、エブエブ、マテリアルガール、リズ・ワティエ、フランゾーニ、ラ・ペルラ、ベッツィジョンソン、PJ、マイハニービーなどがある。

[編集] 歴代のモデル

カタログ表紙には専属モデルが出演するが、過去には歌手のファーギーディタ・フォン・ティースが登場したこともある。また、2008年夏号ではハローキティの表紙となり、同キャラクターとのコラボ商品が掲載された。

[編集] 脚注

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  1. ^ a b c d e Company Profile ピーチジョンのウェブサイト、平成23年5月17日閲覧
  2. ^ a b 第9回 株式会社ピーチ・ジョン 代表取締役社長 野口美佳 3(DREAMGATE「MY BEST LIFE 挑戦する生き方」)
  3. ^ a b c 第9回 株式会社ピーチ・ジョン 代表取締役社長 野口美佳 4(DREAMGATE「MY BEST LIFE 挑戦する生き方」)
  4. ^ a b 女性下着を被災地へ提供 仙台出身のピーチ・ジョン野口社長河北新報 2011年4月15日)
  5. ^ 株式会社ピーチ・ジョンとの資本業務提携に伴う株式取得に関するお知らせ (PDF)(株式会社ワコールホールディングス 2006年5月13日)
  6. ^ 株式交換による株式会社ピーチ・ジョンの完全子会社化に関するお知らせ (PDF)(株式会社ワコールホールディングス 2007年11月9日)
  7. ^ ピーチ・ジョンが海外進出、香港店オープンに行列(Fashionsnap.com 2008年12月18日)
  8. ^ a b c d 東北地方太平洋沖地震のお見舞いとサービスへの影響について(ピーチ・ジョン 2011年4月11日)
  9. ^ ピーチジョン社長降格 『日本経済新聞』 2011年5月14日
  10. ^ ピーチ・ジョンの野口社長が退任 後任に川中会長
  11. ^ a b 海外グループ企業(ワコール)

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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