アルマン・ギヨマン

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アルマン・ギヨマン『イブリーの落陽』(1873年)81 cm x 65 cm、油彩、カンヴァス、オルセー美術館
アルマン・ギヨマン『ヴァリュベール広場』(1875年

アルマン・ギヨマン1841年2月16日 - 1927年6月26日)は、フランス印象派画家リトグラフ版画家ギヨーマンギョーマンとも表記される。

本名はジャン=バティスト・アルマン・ギヨマンJean-Baptiste Armand Guillaumin)で、パリの生まれ。叔父の経営するランジェリー・ショップで働きながら、夜にスケッチのレッスンに通った。フランス政府鉄道でも働いていた。1861年、スイス・アカデミーで勉強をはじめるが、そこで終生の友となるポール・セザンヌカミーユ・ピサロと出逢った。ギヨマンがまだ何の名声も得ていなかった頃、彼らの作品にギヨマンが与えた影響は意義深いものがある。セザンヌはギヨマンの描いたセーヌ川のはしけの絵を元に、最初のエッチングを試みたのであった。

1863年、ギヨマンは落選展に出品し、後に友人となるフィンセント・ファン・ゴッホの弟テオがギヨマンの絵を数点購入した。

強烈な色彩で知られ、世界中の美術館がギヨマンの絵を展示している。パリやクルーズ県プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏の地中海沿岸に近いアドレ・ドゥ・レストゥレル周辺を描いた風景画で、とくにその名を残している。

1927年、パリの真南にあるヴァル=ド=マルヌ県オルリーでギヨマンは亡くなった。

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