アウトサイダー・アート

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
アドルフ・ヴェルフリ 『Irren-Anstalt Band-Hain』 1910年

アウトサイダー・アート: outsider art)とは、特に芸術の伝統的な訓練を受けておらず、名声を目指すでもなく、既成の芸術の流派や傾向・モードに一切とらわれることなく自然に表現した作品のことをいう。アウトサイダー・アートを作る芸術家をアウトサイダー・アーティストという。

概要[編集]

フランス人画家ジャン・デュビュッフェがつくったフランス語アール・ブリュット(Art Brut、「生(なま、き)の芸術」)」を、イギリス人著述家ロジャー・カーディナルが「アウトサイダー・アート: outsider art)」と英語表現に訳し替えた。

特に、子どもや、正式な美術教育を受けずに発表する当てもないまま独自に作品を制作しつづけている者などの芸術も含む。なお、デュビュッフェの作品をアール・ブリュットに含める場合もある。

アウトサイダー・アートは絵画彫刻だけでなく、服飾映像文学音楽などとしても現れる。また、ある種のインスタレーション建築庭園など作品というより空間の形態を取ることもある(visionary environment、ヴィジョナリー・エンヴァイアランメント、幻視的空間)。

デュビュッフェが1949年に開催した「文化的芸術よりも、生(き)の芸術を」のパンフレットには、「アール・ブリュット(生の芸術)は、芸術的訓練や芸術家として受け入れた知識に汚されていない、古典芸術や流行のパターンを借りるのでない、創造性の源泉からほとばしる真に自発的な表現」と書かれている。

評価[編集]

シュヴァルの理想宮、ヴィジョナリー・エンヴァイアランメントの例

デュビュッフェ自身は知的障害者が描いたものとは一切言っていないが、狭義にはそういった障害者の作品を指していうことがままあり、一般的にもアウトサイダーアートというと知的障害者精神障害者あるいは精神病患者が精神病院内におけるアートセラピー芸術療法クリエイティヴ・セラピーの一種)などで描いた絵画と思われがちである。しかし必ずしもそうではなく、芸術作品で生計を立てたり、既存の団体に発表することなく、独学で孤独に作品を作り続けた人達、刑務所などで初めて絵画に取り組んだ人達などの作品も含むのが本来の意味である[1]

しかし、障害者の芸術作品を取り上げる場合に「アウトサイダー」と表現してしまうと、とかく障害者を社会の枠外に置きたがる風潮のなかでは障害者に対しての差別的な言葉であるという非難をされてもしかたがない。その上アウトサイダー・アートを安直に精神障害者のアートとしてしまうことは本来の意図からしても外れてしまっているわけである。その代わり今日では、そういったさまざまな障害を持った人たちの作品を「エイブル・アート[2]ワンダー・アート」「ボーダーレス・アート」という呼称で、社会につながりを持つための手がかりとして支援しようとする動きがある。日本では、トヨタ自動車などがその最大のスポンサーとして活動している。

なお、いわばこちら側の視点であちら側の「芸術」を評価しているという構造自体がおかしい、と現在の「評価方法」の根本に疑問を呈する論者もいる。但しこれはアウトサイダー・アートの価値自体を認めないという立場ではなく、プリミティブ・アートに対する西欧(文明)からの評価に対する批判と同じ視点である。

各国での紹介[編集]

日本においては、1993年に世田谷美術館における「パラレル・ヴィジョン」という企画によって、本格的に紹介されている。また、デュビュッフェはこれらの作品を収集し、このコレクションは現在スイスローザンヌ市でアール・ブリュット・コレクションとして所蔵されている。

また、オーストリアウイーン郊外にあるマリア・グギング国立精神病院内のグギング芸術家の家[3]は、入院患者のうち絵画の才能のある人たちが居住して創作活動を行っており、アウトサイダー・アートの拠点となっている。

2007年には日本各地でアール・ブリュット展が行われた。 そして、2008年にはスイスローザンヌ市で日本人12人によるのアール・ブリュット展が行われた。

参考文献[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 服部正『アウトサイダー・アート:現代美術が忘れた「芸術」』光文社新書 2003年 p.237
  2. ^ まあるい地球のボランティア・キーワード145:ボランティア学習事典』春風社 2003年 p.37項目「エイブル・アート
  3. ^ 長谷川祐子「病める天才たちのユートピア:グギング<芸術家の家>」新潮社『芸術新潮』1993年12月号

関連項目[編集]

外部リンク[編集]