アレクサンドル・カバネル
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| アレクサンドル・カバネル | |
|---|---|
『自画像』(1852年)ファーブル美術館
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| 本名 | Alexandre Cabanel |
| 生誕 | 1823年9月28日 モンペリエ |
| 死去 | 1889年1月23日(65歳) パリ |
| 国籍 | |
| 芸術動向 | アカデミック美術 |
| 影響を与えた 芸術家 |
フランソワ=エドゥアール・ピコ |
カバネル『ヴィーナスの誕生』(1863年)
アレクサンドル・カバネル(Alexandre Cabanel, 1823年9月28日 - 1889年1月23日)は、フランスの画家。
目次 |
生涯 [編集]
カバネルはエロー県モンペリエに生まれた。アカデミックなスタイルで、歴史、古典、宗教をテーマに絵を描いた。肖像画家としても有名だった。『Diccionario Enciclopedico Salvat』によると、カバネルはアール・ポンピエの典型であり、フランス皇帝ナポレオン3世のお気に入りの画家だった。[1]。
カバネルは17歳でエコール・デ・ボザールに入学した。フランソワ=エドゥアール・ピコ(en:François-Édouard Picot)について学び、1844年、サロンに最初の出展を果たす。1845年には22歳でローマ賞を受賞。1863年にはフランス学士院のメンバーとなり、同年、エコール・デ・ボザールの教授に就任した。また、1865年、1867年、1878年と、Grande Médaille d'Honneur(最高名誉賞)を勝ち取った。このように、カバネルはパリ・サロンと密接な関係を持っていた。
| “ | 彼は定期的にサロンの審査員に選ばれていた。サロンの教え子も何百人といる。その教え子たちのおかげで、カバネルは、同世代の、ベル・エポック・フランス絵画の特徴を持つ他の画家たちより多くのことを為し得た[2] | ” |
カバネルとウィリアム・アドルフ・ブグローが印象派画家エドゥアール・マネなどの絵のサロンでの展示を拒否したことが、1863年の落選展の騒動を招いた。
成功したアカデミック画家として、カバネルが1863年に描いた『ヴィーナスの誕生』は、19世紀のアカデミック絵画で最もよく知られている絵である。この絵はナポレオン3世が購入した。1875年に銀行家ジョン・ウルフのために描いたその複製画は、1893年にウルフが寄贈して、現在ニューヨークのメトロポリタン美術館にある。
教え子 [編集]
カバネルの教え子には以下のような画家がいる。
- ロドルフォ・アエモド(Rodolfo Amoedo)
- ジャン=ジョゼフ=バンジャマン・コンスタン(en:Jean-Joseph Benjamin-Constant)
- アルベール・ベナール(en:Albert Besnard)
- ヴラホ・ブコヴァツ(en:Vlaho Bukovac)
- Charles Bulteau
- ガストン・ビュシエール (en:Gaston Bussière)
- Louis Capdevielle
- ウジェーヌ・カリエール
- フェルナン・コルモン
- ピエール・オーギュスト・コット
- Édouard Debat-Ponsan
- エミール・フリアン(en:Émile Friant)
- François Guiguet
- ジュール・バスティアン=ルパージュ(en:Jules Bastien Lepage)
- フランソワ・フラマン(en:François Flameng)
- Charles Fouqueray
- アンリ・ジェルベクス(en:Henri Gervex)
- シャルル=リュシアン・レアンドル(en:Charles Lucien Léandre)
- アンリ・ル・シダネル(en:Henri Le Sidaner)
- アリスティド・マイヨール
- Édouard-Antoine Marsal
- ジョアン・マルケス・デ・オリヴェイラ(en:João Marques de Oliveira)
- アンリ・ルニョー(en:Henri Regnault)
- ルイ・ロワイエ(en:Louis Royer)
- ジャン=ジャック・シェレール (Jean-Jacques Scherrer)
- アントニオ・ダ・シルヴァ・ポルト(en:António da Silva Porto)
- ジョセフ=ノエル・シルヴェストル (Joseph-Noël Sylvestre)
- ソロモン・ジョセフ・ソロモン (en:Solomon Joseph Solomon)
- ポール・タヴェルニエ (Paul Tavernier)
- François Thévenot
- Étienne Terrus(en:Étienne Terrus)
- アドルフ・ウィレット(en:Adolphe Willette)
代表作 [編集]
- モーゼの死(1851年)ニューヨーク、ダヘッシュ美術館
- ニンフとサチュロス(1860年)私蔵
- ヴィーナスの誕生(1863年)パリ、オルセー美術館
- フランチェスカ・ダ・リミニとパオロ・マラテスタの死(1870年)パリ、オルセー美術館
- Keller伯爵夫人(1873年)パリ、オルセー美術館
- フェードル(1880年)モンペリエ、ファーブル美術館
- オフィーリア(1883年)私蔵
- カーゾン・オヴ・ケドルストン侯爵夫人(1887年)イギリス、ケドルストン・ホール[3]
- 有罪の囚人で毒を試すクレオパトラ(1887年)私蔵
- Eve After the Fal 私蔵
- アダムとイヴの楽園追放 私蔵
ギャラリー [編集]
脚注 [編集]
- ^ Diccionario Enciclopedico Salvat(スペインの百科事典), 1982, Barcelona
- ^ Dictionary of Art (1996) vol. 5, pp. 341-344)
- ^ Mary Leiter (1887), Derbyshire, England, Kedleston Hall; National Trust for Places of Historic Interest, U. K.[1]