西武多摩川線

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SeibuRailway mark.svg 多摩川線
シンボルマーク
桜咲く野川を渡る、多摩川線の列車。 二枚橋橋梁にて(2014年4月)
桜咲く野川を渡る、多摩川線の列車。
二枚橋橋梁にて(2014年4月)
基本情報
日本の旗 日本
所在地 東京都武蔵野市小金井市府中市
起点 武蔵境駅
終点 是政駅
駅数 6駅
路線記号 SW
開業 1917年10月22日
最終延伸 1922年6月20日
所有者 西武鉄道
運営者 西武鉄道
使用車両 車両の節を参照
路線諸元
路線距離 8.0 km
軌間 1,067 mm
線路数 単線
電化方式 直流1,500 V 架空電車線方式
閉塞方式 自動閉塞式
テンプレートを表示
停車場・施設・接続路線
STRq ABZq+r
JR東中央線
ABZl+l
0.0 SW01 武蔵境駅
BHF
1.9 SW02 新小金井駅
eABZgl exKBSTeq
hKRZWae
二枚橋川橋梁 野川
eABZgl exKBSTeq
米軍調布基地
BHF
4.1 SW03 多磨駅
5.5 SW04 白糸台駅/白糸台車両基地
ABZg+l
KRZu
多磨霊園駅/武蔵野台駅
STR
京王京王線
eABZg+l exKBSTeq
BHF
7.0 SW05 競艇場前駅
KBHFe
8.0 SW06 是政駅

多摩川線(たまがわせん)は、東京都武蔵野市武蔵境駅府中市是政駅を結ぶ西武鉄道鉄道路線である。駅ナンバリングで使われる路線記号はSW

本記事では、かつてこの路線を運営していた多摩鉄道(旧西武鉄道に合併)についても述べる。

概要[編集]

新小金井駅 - 多磨駅間。新小金井駅先から白糸台駅手前まで、路線は南西方向へ直線に延びる。
(人道橋、いちご橋より。2014年4月撮影)

他の西武鉄道の路線群とは直接の接続がない孤立路線で、JR中央線との接続駅である武蔵境駅から南西に延びている。武蔵境駅付近は2006年12月に一部高架化され、2008年7月19日に全面高架化された。

路線名称[編集]

多摩川線は路線名の変遷が激しい。多摩鉄道時代の1922年に是政駅まで全通後、1927年(旧)西武鉄道に吸収合併され[1]西武鉄道多摩線となる[2]その後[いつ?]是政線に変更され、1952年に是政線から武蔵境線に変更[3]1955年に武蔵境線から多摩川線に変更[4]されて現在に至る[5]

なお、2000年8月6日東急目蒲線が分割され、東急多摩川線目黒線となったが、すでに西武鉄道が「多摩川線」の路線名を使用していたため、正式路線名を「東急多摩川線」とすることで区別している。

乗車券・乗降方式[編集]

孤立路線のため、西武鉄道の他路線の各駅で発売されている企画乗車券の発売を行っておらず、多摩川線は西武鉄道発行の企画乗車券のフリー区間の適用外となっていることが多い[6]。なお、西武鉄道では自社の鉄道路線全線を対象とした一日乗車券の発売を行っていない[6]。例外的に東急電鉄の各駅(渋谷駅東急世田谷線を除く)で販売されている「東急線西武線まるごときっぷ」は多摩川線でも乗降できるが[7]、この乗車券は西武鉄道側の駅では購入できない[6][7]

自動改札機が全駅に設置されていないため、西武線では唯一パスネットが利用できなかった。かつて発売されていた、SF機能を持たないレオカードでは切符を購入できたものの、2008年3月14日をもって使用できなくなった。SFレオカード(2008年1月10日発売終了)では切符の購入もできなかった。

武蔵境駅以外の駅から乗車するときは、乗車券を自動券売機で購入しそのまま入場する(武蔵境駅が有人改札だった時代は改札で「入鋏」のスタンプを押していた)。このため切符には「入鋏省略」と記載されている。出場時には駅係員により切符が回収される。連絡乗車券はJR武蔵境駅の連絡改札口の自動改札機にそのまま投入できる(「武蔵境駅#西武鉄道」も参照)。

多摩川線の簡易ICカード改札機
(競艇場前駅、2008年1月30日撮影)

2007年3月18日からサービスを開始した交通系ICカードPASMOは当路線にも導入され、簡易ICカード改札機を各駅に設置している。西武鉄道では池袋線西武秩父線武蔵横手 - 横瀬間各駅にも同じものが設置されており、JR東日本の簡易Suica改札機とは異なりオートチャージにも対応している。かつては武蔵境駅でも簡易ICカード改札機が設置されていたが、高架駅完成時に自動改札機が導入された。

武蔵境駅が高架化工事前にJRとの共同使用駅だった頃は、定期券発売窓口は白糸台駅に設置されていた。武蔵境駅の駅舎改築により多摩川線の定期券発売窓口は武蔵境駅へ移転した。西武鉄道では定期券発売窓口と定期券専用発売機でのみ定期券が購入可能だったが、2017年の券売機更新により全駅の自動券売機で定期券購入が可能となった。

ワンマン運転[編集]

1996年4月1日よりワンマン運転を実施している。全駅の改札が初電から終電まで稼動しているため、車内には運賃箱運賃表示機などの設備がない、いわゆる都市型ワンマン方式となっている。

ワンマン運転開始当初は、車両前面に「ワンマン」の文字を掲出していたが、現在運用されている新101系ではこの掲示はなく、始発駅発車後の車内放送で案内するのみとなっている。

運転士が運転席後部にある(通常は車掌が操作する)ドアスイッチを操作してドアの開閉を行う。起終点の武蔵境駅と是政駅車両基地のある白糸台駅(始発のみ)では発車メロディが導入されているが、発車時にはチャイムが鳴る。途中駅ではこれが発車の合図となり、その後「ドアが閉まります。ご注意下さい」と車内放送が流れる。

路線データ[編集]

歴史[編集]

二枚橋橋梁を渡る旧101系
(2008年1月)

多摩川河原で採取した川砂利を運搬する目的で、1910年明治43年)8月に設立された多摩鉄道[8]によって開業した路線である。

1907年2月26日に提出された敷設仮免許申請書に添えられていた起業目論見書の目的の項には「旅客貨物運輸の業を営む」と記されており、砂利輸送については触れられていないが、申請直後に「旅客貨物運輸の業を営み併せて砂利玉石石材等の採掘販売」と目的を変更している。この目的の変更は筆頭発起人の阿部貞助の影響があるとみられている。阿部貞助は個人で砂利運搬を目的とした専用鉄道(境 - 多摩間、明治41年6月8日)の免許[9]を得ているが、多摩鉄道設立に参画することにより砂利輸送の役割を負わせたとみられている[10]

多摩鉄道は1908年2月、境 - 是政間の私設鉄道法による仮免許を取得した[11]が、東京天文台より反対があった。同天文台は当時、三鷹村大沢への移転計画があり(現在国立天文台本部がある国立天文台三鷹キャンパス)、鉄道がそばにあると観測業務に支障が出るとの理由からである。鉄道会社側も路線変更は承服できないとして反論した。この結果についての書類が失われているため鉄道院の裁定は不明だが、現在路線が大きく迂回していないので鉄道会社の主張が認められたようである[12]

1909年2月、多磨村での約20年間の砂利採掘権を取得する(多摩川での砂利採掘は1964年に禁止された)[12]

1917年10月22日に境(現:武蔵境) - 北多磨(現:白糸台)間、1919年6月1日に北多磨 - 常久(現:競艇場前)間、1922年6月20日に常久 - 是政間が開業した。

1927年8月30日(旧)西武鉄道に合併され、同社の多摩線となった[14]。砂利輸送のついでであった旅客輸送に関しては、1929年に参拝客の増加していた多磨霊園の近くに多磨墓地前駅(現・多磨駅)を開設してガソリンカーの運行を開始、その後は車両を増備して日曜祭日彼岸時には武蔵境 - 多磨墓地前間を15分毎に頻発運転するようになる[13]

多摩鉄道を合併した(旧)西武鉄道は、西武新宿線系統の前身企業で、1945年に西武池袋線系統の前身である武蔵野鉄道に合併され、西武農業鉄道となり、翌1946年に現在の西武鉄道となる。また戦時中は、中島飛行機の工場への引き込み線があり、沿線工場への貨物輸送にも利用された。

戦後の1950年電化され、1967年貨物輸送を廃止した。その後は沿線にある多磨霊園、多摩川競艇場アメリカンスクール・イン・ジャパン調布市野水1丁目、最寄り駅は多磨駅)などのアクセス路線として活用されてきた。

過去には[いつ?]、是政から北西方向の東京競馬場、そして武蔵境から北東方向の武蔵関駅及びその途中(関前橋)から更に田無町駅(現・ひばりヶ丘駅)、多摩墓地前駅(現・多磨駅)から京王井の頭線久我山駅を経由して西武新宿軌道線の杉並車庫前に至るルートの延長構想があった。さらに多摩ニュータウン計画では、京王帝都電鉄(現・京王電鉄)・小田急電鉄・西武鉄道の3社が多摩市への延伸について調印し、西武鉄道は多摩川線を延伸しようと試みた。当初は多摩センターまでの予定で、他の2社と同じくさらに橋本城山方面への延伸も目論んでいた。しかし武蔵境駅で接続する国鉄(当時)中央線の混雑をさらに助長するとの判断から鉄道敷設免許申請が取り下げられ、調印した3社の中で唯一多摩ニュータウン延伸が実現しなかった[15]

戦時中の1941年調布基地建設のため、多磨駅近くの府中市朝日町3丁目および調布市・三鷹市にまたがり「関東村」が建設され、終戦後は進駐軍に接収されていたが、地元3市の返還要求を受け、1974年12月10日在日米軍から返還された[16](詳細は「調布飛行場#歴史」参照) 関東村の広大な跡地は調布飛行場をはじめ、スタジアム味の素スタジアムアミノバイタルフィールド都立武蔵野の森総合スポーツプラザ)、公園調布基地跡地運動広場都立武蔵野の森公園)などとして地元自治体によって活用され、2000年には東京外国語大学[17]北区西ケ原から移転[18]、翌2001年には警察大学校および警視庁警察学校中野区より移転した。関東村跡地の再開発により、多摩川線の輸送需要は大きく増加した。

1996年4月1日、前述のとおりワンマン運転化される。

2003年より2009年にかけて、武蔵境駅の高架化工事を実施した(「武蔵境駅#高架化工事」参照)。高架化工事前、武蔵境駅がJRとの共同使用駅だった頃は、定期券発売窓口は白糸台駅のみに設置されていた(西武鉄道では当時、定期券は定期券発売窓口と定期券専用発売機のみで購入可能であった)。武蔵境駅の駅舎改築に伴い、多摩川線の定期券発売窓口は武蔵境駅に移転したが、2017年の券売機更新により全駅の券売機で定期券購入が可能となった。また武蔵境駅では2008年9月7日よりJRへの連絡改札口が設置された。

2007年3月18日からは、ICカードPASMOが導入された。また同年12月には、多摩川線開業90周年事業として記念ヘッドマーク掲出や記念乗車券発売などの記念イベント「多摩川線90周年 Since1917」を開催した[19]

2010年3月22日には、後述の四季をテーマとしたラッピングがされた新101系電車の出発式が武蔵境駅のホームで行われ、この様子は新聞記事などにも取り上げられた。

西武鉄道を含む西武ホールディングス(西武HD)の筆頭株主となっていたアメリカ合衆国投資ファンド会社サーベラス・キャピタル・マネジメントが、2012年10月12日に西武HDの経営合理化策として多摩川線を含む5路線の廃止とプロ野球球団(埼玉西武ライオンズ)売却を求め[20]、西武HD側がこれを拒絶したことが報道された[20][21]。サーベラス側は廃止提案の存在を否定していたが[20]、多摩川線沿線の府中市・武蔵野市小金井市は3市連名で路線存続の要望書を西武HDと西武鉄道宛てに提出した[22]。その後、2017年8月にサーベラスが西武HDの保有株式を全て売却したことが判明した[20][23][24]

年表[編集]

  • 1908年(明治41年)2月6日 - 鉄道布設仮免状下付(帝国鉄道境停車場-多摩村大字是政)[11]
  • 1910年(明治43年) - 11月15日 軽便鉄道指定[25]
  • 1917年(大正6年) - 10月22日 多摩鉄道として、境 - 北多磨間開業。境駅(現:武蔵境駅)、新小金井駅、北多磨駅(現:白糸台駅)開業[26]
  • 1919年(大正8年)
  • 1922年(大正11年)6月20日 - 常久 - 是政間延伸開業。是政駅開業[29]
  • 1927年(昭和2年)8月31日 - (旧)西武鉄道が多摩鉄道を合併、路線名を多摩線と改称[30]官報での譲渡許可は同年8月3日[31]
  • 1929年(昭和4年)
    • 1月1日 - ガソリン(瓦斯倫)動力併用実施[2]
    • 1月5日 - 新小金井 - 北多磨間に多磨墓地前駅(現:多磨駅)開業。
  • 1950年(昭和25年)
    • 7月11日 - 武蔵境 - 北多磨間の電化完成。
    • 11月1日 - 北多磨 - 是政間の電化完成。
    • 11月 - 常久駅が0.1km武蔵境寄りに移転。
  • 1952年(昭和27年)3月25日 - 路線名を是政線から武蔵境線に変更[3]
  • 1954年(昭和29年)5月1日 - 常久駅を競艇場前駅に改称[33]
  • 1955年(昭和30年)5月9日 - 路線名を多摩川線に変更[4]
  • 1995年(平成7年)11月 - 試行的にワンマン運転を開始[34]
  • 1996年(平成8年)4月1日 - ワンマン運転に全面移行[34]
  • 2001年(平成13年)3月28日 - 多磨墓地前駅を多磨駅に、北多磨駅を白糸台駅に改称。
  • 2004年(平成16年)10月28日 - ダイヤ改正により運行間隔が早朝・深夜を除き12分間隔となる[35]
  • 2006年(平成18年)12月9日 - 武蔵境駅付近が高架化。これに伴い一時的にJR中央線との連絡線が廃止。
  • 2007年(平成19年)
    • 3月18日 - PASMOサービス開始に伴い、多摩川線全線に導入。
    • 12月 - 多摩川線開業90周年記念イベント「多摩川線90周年 Since1917」開催[19]
  • 2008年(平成20年)
    • 3月29日 - 武蔵境駅に多摩川線の駅では初となる自動改札機を設置。
    • 7月19日 - JR中央線との連絡線を再び設置。
  • 2010年(平成22年)
    • 3月22日 - 新101系ラッピング電車の出発式を武蔵境駅ホームで開催。
    • 11月9日 - 旧101系が運用終了[36][37]。これにより西武鉄道から旧101系の運用が消滅[36][37]
  • 2011年(平成23年)
    • 3月14日 - 東日本大震災に伴う節電のため、一部列車を運休し節電ダイヤで運行。
    • 4月2日 - 節電ダイヤにより一時的に平日ダイヤと土休日ダイヤを設定。平日昼間と土休日の終日で列車本数を減少、武蔵境発の下り列車の一部に白糸台止まりの区間便を設定。
    • 9月12日 - 電力制限解除に伴い、従来のダイヤに復旧。
  • 2017年(平成29年)
    • 9月29日 - 開業100周年記念イベント「多摩川線開業100周年期間」を年末まで開催[38]
  • 2019年(平成31年/令和元年)
    • 3月16日 - 15年ぶりのダイヤ改正を実施。 多磨駅駅舎の橋上化工事に伴い、早朝夜間に行われていた同駅での列車交換を廃止。

運行形態[編集]

都市近郊路線では珍しく平日・土曜・休日共通ダイヤになっており、日中は12分間隔、早朝と夜間は20分間隔の運転である。

早朝には白糸台始発の列車があるが、白糸台行きの列車は設定されておらず、上り列車はすべて武蔵境行きで、夜間の一部列車は是政駅まで運行した後、白糸台行きの回送列車となって車庫に入る。緊急時には白糸台駅で車両交換(取り替え)となる場合もある。

列車の行き違いは、日中は新小金井駅と白糸台駅で、早朝と夜間は白糸台駅で行う。2019年3月16日のダイヤ改正まで早朝と夜間は多磨駅で行き違いを行っていたが、多磨駅の駅改良工事に伴い交換設備を撤去した。

車両[編集]

新101系 ワンマン運転対応改造車
競艇場前駅、2010年11月)

多摩湖線と同様、ワンマン運転に対応した仕様へ改造されており、列車無線列車種別表示、連結器の電気栓(電気連結器)、スタフ(乗務員用の時刻表)など、ワンマン運転でしか使わない機能の一部の独自仕様への変更や、使わない機能の省略が行われている。多摩湖線とは車両の仕様が共通化されている。

毎日の車両検査や車体清掃などは、白糸台駅に併設された白糸台車両基地で行われる。保線や整備などについては多摩川線専属の社員が在籍しないため、新宿線上石神井駅から出張する。

大規模な検査や整備を行う場合は、甲種輸送の形でJRの線路を経由して輸送される。武蔵境駅付近からJR中央線に入り、八王子駅で一度スイッチバックした後に国立駅から国立支線経由で武蔵野線を通り、新秋津駅まで貨物列車として機関車に牽引される。新秋津駅からは所沢駅を結ぶ連絡線を経由し、整備工場である武蔵丘車両検修場(かつては旧西武所沢車両工場)へ回送する。また多摩湖線との車両交換を行う際にも、上記のルートで小手指車両基地へと回送される。JR中央線の高架化工事中は、甲種輸送ができなかったため部品の輸送で対応していたが、JR中央線の高架化工事完了後は車両の甲種輸送が再開された(「中央線快速#連続立体交差事業」も参照)。

現用車両[編集]

  • 新101系 (2010年 - )[39]
    • 2010年3月より旧101系の置き換えのため導入開始[36]。車体色を白に変更したワンマン運転対応車を当初から使用している[36]
    • 同年3月に登場した車両は「春」、6月に投入された車両は「夏」、9月に投入された車両は「秋」、12月に投入された車両は「冬」と、導入時期に応じてそれぞれ春・夏・秋・冬の四季をテーマとしたイラストが先頭車両にラッピングされていた[36][40]。このイラストは沿線の小学生から募集したものである[36][40]
    • 同年11月からは、旧101系を置き換える過程でラッピングなしの編成も運転されるようになり[41][42]、またラッピング車両は掲出期間終了を待たずにすべて本線へ戻ったため、一時期はラッピング車両がない状態となっていた。

新101系の塗色変更[編集]

2017年から2018年にかけて多摩川線開業100周年を記念し、伊豆箱根鉄道カラー[38]赤電塗装(西武鉄道の旧塗装)[43]、ツートンカラー(101系デビュー時の塗装)[44]近江鉄道カラー[45]に塗色変更された新101系が登場した[39]。一部の駅には運行中の各車両のカラーリングを解説するポスターが掲示されていることがある。

  • 伊豆箱根カラー
  • 赤電塗装
    • 2018年1月24日からは、多摩川線開業100周年イベント時のアンケートで要望が多かった、西武鉄道の旧塗装「赤電塗装」(西武701系のデビュー当時のレッド×ベージュの塗色)を復刻した編成を運行開始した[39][43]。赤電塗装の編成は、2017年12月17日から2018年1月19日まで多摩湖線で運行した[43]
  • ツートンカラー
    • 2018年4月18日からは、多摩川線開業100周年イベント時のアンケートで赤電塗装の次に要望が多かった、新101系のデビュー当時の塗色であるイエロー×ベージュのツートンカラーを復刻した編成を運行開始した[39][44]。ツートンカラーの編成は、同年3月24日から4月6日まで多摩湖線で運行した[44]。これにより、旧101系の運用終了で消滅していた多摩川線の「黄色い電車」[37]が復活した。
  • 近江鉄道カラー(1251編成)

過去の車両[編集]

旧101系 223号編成ラストラン
「さよなら黄色い電車」ヘッドマーク
(2010年9月7日)
  • 旧101系 (1996年 - 2010年)
    • 1996年のワンマン運転開始に合わせて導入[36]
    • 前述のとおり、2006年から2008年にかけては、JR中央線の高架化工事のため甲種輸送ができなかったため、白糸台車両基地で部品を交換する形で整備を行っていた。
    • 2008年に多摩湖線での運用が終了した後は、西武線唯一の旧101系運用路線となっていた[37]2010年3月より新101系への置き換えが始まり[36]、同年11月9日をもって最後の223号編成が運用終了した[36]。最後の223号編成(4両編成)は、1976年西武所沢車両工場で新造され池袋線西武秩父線に投入、1996年の多摩川線ワンマン運転開始に合わせて1995年度にワンマン改造を受け転属した[36]。この223号編成の運用離脱をもって旧101系の運用は終了した[36][37]。同年11月3日から11月9日まではラストランとして、223号編成に「さよなら黄色い電車」「ありがとう黄色い電車」のヘッドマークを付けて運行した[36][37]

ワンマン運転化以前は、新宿線系統から多摩川線へ転属してきた401系701系赤電と呼ばれていた451系551系・571系などが使用されていた。

車両数の変遷[編集]

351系 クハ1411形 501系 701系 571系 451系 クハ1651形 551系 401系 101系 合計
1978 6 6 4 16
1982 4 4 5 3 16
1983 4 10 1 1 16
1984 4 6 3 3 16
1985
-1987
4 6 3 3 16
1988
-1991
12 4 16
1992
-1995
16 16
1996
-2011
16 16
  • 1978年は10月1日現在、82・83年は1月1日現在、84年以降は4月1日現在
  • 出典:『私鉄車両編成表』各年版、ジェー・アール・アール

多摩鉄道(旧西武鉄道)時代の車両[編集]

蒸気機関車
客車
フハ1・2→ハフ1・2
内燃動車
キハ10形(10-12)
  • 1928年黒板工業所製[48](竣工図に目黒板工業所と表記されていたため誤って伝えられていた)の木製2軸ガソリンカー(定員40人)。調子が悪く翌年に松井製作所にて大改造されている。戦後は使用されることなく廃車となった。
キハ20形(21・22)
  • 1938年日本車輌製造製半鋼製2軸ガソリンカー(定員50人)。日曜祭日彼岸時には武蔵境 - 多磨墓地前間を15分毎に頻発運転していた。戦中は木炭瓦斯発生装置を取付し代燃車となっている[49]。1953年改造され3扉化、車体延長されボギー車となりクハ1121・1122となる。その後は他の私鉄に譲渡され、羽後交通雄勝線デハ7、豊橋鉄道ク1505→2301となった[50]。詳細は「西武モハ101形電車」を参照。

駅一覧[編集]

  • 全駅東京都内に所在。
  • 2001年3月28日に多磨駅多磨墓地前駅から、白糸台駅北多磨駅からそれぞれ改名。
  • 線路(西武多摩川線内は全線単線) … ∨、◇:列車交換可能、|:列車交換不可
  • 駅番号2013年3月までに順次導入された。[51]
駅番号 駅名 駅間キロ 累計キロ 接続路線 線路 所在地
SW01 武蔵境駅 - 0.0 東日本旅客鉄道JC 中央線 (JC13) 武蔵野市
SW02 新小金井駅 1.9 1.9   小金井市
SW03 多磨駅
(東京外大前)
2.2 4.1   府中市
SW04 白糸台駅 1.4 5.5 京王電鉄KO 京王線武蔵野台駅:KO21・多磨霊園駅:KO22、徒歩連絡)
SW05 競艇場前駅 1.5 7.0  
SW06 是政駅 1.0 8.0  

輸送・収支実績[編集]

年度 輸送人員(人) 貨物量(トン)
1949 1,225,522 179,937
1952 2,276,808 273,981
1958 4,118千 226,039
1963 7,263千 22,813
1966 6,740千 7,512
1970 4,980千 -
  • 出典:地方鉄道軌道統計年報、私鉄統計年報各年版

戦前の輸送収支実績[編集]

  • 出典:鉄道院鉄道統計資料、鉄道省鉄道統計資料、鉄道統計資料、鉄道統計、国有鉄道陸運統計各年度版
  • 1928年度以降の収支は西武鉄道への合併により省略

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 鉄道ピクトリアル』2002年4月臨時増刊号 No.716、p108、電気車研究会
  2. ^ a b 『地方鉄道及軌道一覧 : 附・専用鉄道。 昭和10年4月1日現在』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  3. ^ a b 西武鉄道「第78回上場有価証券報告書」自昭和26年10月1日 至昭和27年3月31日
  4. ^ a b 西武鉄道「第84回有価証券報告書」自昭和29年10月1日 至昭和30年3月31日
  5. ^ 『鉄道ピクトリアル』2002年4月臨時増刊号 No.716、p104、電気車研究会。
  6. ^ a b c きっぷ・PASMO・おトクなきっぷ:西武鉄道Webサイト” (日本語). 西武鉄道Webサイト. 2020年7月31日閲覧。
  7. ^ a b 東急線西武線まるごときっぷ”. 東急電鉄. 2020年7月31日閲覧。
  8. ^ 『帝国銀行会社要録 : 附・職員録. 大正元年(初版)』 (国立国会図書館デジタルコレクション)
  9. ^ 『鉄道院年報. 明治41年度』
  10. ^ 『多摩のあゆみ』No99「多摩鉄道と阿部貞助」益井茂夫、2000年。
  11. ^ a b 「私設鉄道株式会社仮免状下付」『官報』1908年2月8日 (国立国会図書館デジタルコレクション)
  12. ^ a b 『鉄道忌避伝説の謎』(p160, p162)より。
  13. ^ a b 『写真で見る西武鉄道100年』15-16頁。ネコ・パブリッシング、2013年7月19日発行。ISBN 978-4777013760
  14. ^ 砂利採取用に開業していた安比奈線の成績がいまひとつだったからといわれている[13]
  15. ^ 森口誠之『鉄道未成線を歩く』私鉄編、JTB、2001年、pp. 67-68。
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  32. ^ 「駅名の変遷」 (PDF)
  33. ^ 改称日は、西武鉄道『会社要覧』の「駅名の変遷」[32]では5月1日。今尾恵介『日本鉄道旅行地図帳 4号 関東2』p.48(新潮社、2008年発行) では5月21日。
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参考文献[編集]

  • 青木栄一『鉄道忌避伝説の謎 - 汽車が来た町、来なかった町』吉川弘文館、2006年12月1日 第1刷発行、2007年4月10日 第4刷発行、ISBN 978-4-642-05622-9
  • 青木栄一「西武鉄道のあゆみ」『鉄道ピクトリアル』1992年5月臨時増刊号 No.560、103-104頁
  • 加藤新一・今城光英・酒井秀夫 「西武鉄道」『鉄道ピクトリアル』 NO.231、63-64頁
  • 高嶋修一「西武鉄道のあゆみ」『鉄道ピクトリアル』2002年4月臨時増刊号 No.716【特集】西武鉄道、鉄道図書刊行会、p97 - p112
  • 『写真で見る西武鉄道100年』ネコ・パブリッシング、2013年7月19日発行、ISBN 978-4777013760

関連項目[編集]