人道橋

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桜橋
(東京都、河川に架かる人道橋)

人道橋(じんどうきょう)は、歩行者道路等を越えるために架けられたである[1]

種別[編集]

人道橋のうち、道路を越えるものを跨道人道橋(こどうじんどうきょう)[2]、線路を越えるものを跨線人道橋(こせんじんどうきょう)という。また、道路橋に近接して架けられた人道橋を側道橋という[3][4]横断歩道橋ペデストリアンデッキは、人道橋のひとつである[3][2]

土木構造物としての人道橋は以下のように分類される[2]

  • 跨道橋[5]
    • 横断歩道橋[5]
    • 自転車等専用橋
      • 歩行者専用橋
      • 自転車専用橋
      • 自転車歩行者専用橋
    • ペデストリアンデッキ[5]
  • 跨線橋[5]
  • 跨河川橋[5]
  • その他(海上橋[5]、側道橋[5]、公園橋等)

歴史[編集]

日本[編集]

日本においては、第二次世界大戦後の自動車の普及に伴う交通事故急増への対策として、横断歩道橋が設置されるようになったのが人道橋の嚆矢である。日本で最初の横断歩道橋は、1959年(昭和34年)6月に愛知県西春日井郡西枇杷島町(現清須市)の国道22号に設置されたものである。ただし、人道橋としては、これより前の1956年(昭和31年)に東京都渋谷区渋谷駅前に駅舎と商業ビル等を連絡する延長95m、幅員8mの空中歩廊が完成している[2]

昭和40年代には人工地盤が造られるようになり、その後、都市景観整備の一環としてペデストリアンデッキが整備されるようになった。日本で初めてのペデストリアンデッキは1966年(昭和41年)に東京都渋谷区の宮下公園に人工地盤として建設されたものである。1972年(昭和47年)には、市街地再開発事業に伴い千葉県柏市柏駅東口駅前に本格的なペデストリアンデッキが設置された。ペデストリアンデッキはこれを機に日本全国に広まった[2]

法的には、1965年(昭和40年)の道路法改正で横断歩道橋が規定された。また、1968年(昭和43年)の都市計画法改正では歩行者専用道路が、1970年(昭和45年)の道路構造令改正では自転車専用道路等(歩行者専用道路、自転車専用道路、自転車歩行者専用道路)が、それぞれ規定された[2]

日本国外[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 人道橋(ジンドウキョウ)とは コトバンク
  2. ^ a b c d e f 増渕文男「跨道人道橋の建設史と設計基準の変遷に関する研究」 『土木史研究』 1993年 13巻 p.57-67, doi:10.2208/journalhs1990.13.57
  3. ^ a b 岡田裕司「多様化する人道橋の実態把握及びデザイン論への展開 〜アーバンデザインとの関係に着目して〜 (PDF) 」早稲田大学
  4. ^ 山崎方道「橋梁設計研修 ~橋梁の計画~ (PDF) 」株式会社四電技術コンサルタント、2011年8月30日
  5. ^ a b c d e f g 浅井建爾 2015, p. 162.

参考文献[編集]

  • 浅井建爾『日本の道路がわかる辞典』日本実業出版社、2015年10月10日、初版。ISBN 978-4-534-05318-3