多摩川競艇場

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多摩川競艇場(たまがわきょうていじょう)
Tamagawa-kyotei-01.jpg
施設
所在地 東京都府中市是政四丁目11[1][2][3]
座標 北緯35度39分29秒
東経139度29分49秒
座標: 北緯35度39分29秒 東経139度29分49秒
開場 1954年6月9日
所有者 多摩川開発株式会社
施行者 青梅市
東京都四市競艇事業組合
コース
水面 井戸水(プール[1][2]
水質 淡水[1][2]
モーター 減音 (ヤマト331型)
外向発売所
外向発売所 なし
場外発売場
場外発売場 ボートピア市原(千葉県市原市)
ボートピア大郷(宮城県大郷町)
実況
担当 瀧本康平
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多摩川競艇場(たまがわきょうていじょう)は、東京都府中市是政にある競艇場である[1][2][3]

通称は、BOAT RACE多摩川(ボートレースたまがわ)。

概要[編集]

JRA東京競馬場の南東(徒歩約20分)に位置する。かつて多摩川の河原の砂利採取場であった所をレース場に転用したものである。施設所有は西武グループ西武建設株式会社であったが、2010年から同グループの多摩川開発株式会社が所有している。

マスコットはカワセミをモチーフとした「ウェイキー」と「リップル」で、「ウェイキー」は航跡を意味する英語の「Wake」に由来する。 また、2013年にはイメージキャラクターとして「静波まつり」が登場し、主に周年記念のポスターやパンフレットに描かれている。

2008年度の開催から薄暮レースが行われるようになった。減音型モーターが採用されている。電話投票コードは05#。

所在地の府中市は多摩川競艇場の開催運営などに関係はない(府中市は平和島競艇場を運営)。

沿革[編集]

  • 1954年
    • 5月 - 施設が完成。
    • 6月9日 - 開場(初レース開催)。当初の名称は府中競艇場。
  • 1955年5月9日 - 多摩川競艇場と改称。

施設の特徴[編集]

スタートラインから1マーク寄りにはアプローチスペースが設けられており、1マーク周辺の攻防を近くで眺めることができる。イベントスペース(イーストスクエア風)は2マーク側にあり、比較的こぢんまりとしているが、大きなレースなどのときに芸能人がゲストとして呼ばれてショーを行うときには近くで見ることができる。以前はスタートライン5メートル前に泡のラインを作ってスタートの大まかなタイミングがファンにもわかるようになっていた。現在は大時計の黄色い秒針(12秒針)の回転に合わせて、4秒前・2秒前・1秒前・0秒(フラット)の時に時報のスタイルで、スタートタイミングを知ることができる。又、スタンドからは富士山を望む事が出来る。

発売締め切り間近をファンに伝える音楽には、リチャード・クレイダーマンの「ほほえみのバネッサ」が用いられている。

場外発売場は、千葉県市原市ボートピア市原宮城県黒川郡大郷町ボートピア大郷を設置している。

水面の特徴[編集]

競走水面はプール[1][2]で、水質は淡水[1][2]。多摩川が近いことから多摩川の水を引き込んでいると思われがちだが、実際は1マーク側にある井戸からの水を使用している。対岸に防風林が設置されており、水面は風の影響を受け難く[2]荒れることが少ないことから、「日本一の静水面」というニックネームが付けられている。エンジンは消音エンジンであり、1コースが弱くまくりがよく決まることで有名である。関東のレースの中では水面が一番広く比較的走りやすいレース場である。

古くから女子戦が盛んに開催されており、女子王座決定戦競走の開催回数は7回と一番多い(2012年現在)。また、男子選手と女子選手を半数ずつ集めてそれぞれの優勝者を決めるダブル優勝tvkカップや、男女別に予選を行い男女同数選手で優勝戦を行う優木まおみ杯も行われている。また、優勝戦1号艇はポールポジションといわれるが、多摩川の場合は他場に比べてその勝率は低く、しかも2007年には数多くの有力選手が敗退しており、「魔の優勝戦1号艇」「多摩川の優勝戦1号艇には魔物が潜んでいる」ともいわれている。

主要開催競走[編集]

周年記念(GI)はマスコットキャラ(ウェイキーとリップル)にちなみ「ウェイキーカップ」が行われる。また、年末年始には「多摩川カップ」と「新春特別かどまつ賞」、ゴールデンウィークには「多摩川さつき杯」、お盆にはボートピア大郷の所在地にちなんで「大郷葉月杯」が行われている。

かつての新鋭リーグは「是政王子決定戦」として行われていたが、現在はルーキーシリーズで「是政プリンス決定戦」として行われている。女子リーグ戦の名称はかつては「モーターボートレディスダービー」、その後では「リップルカップ」となったが、「リップルカップ」はオールレディース(GIII)の名称として引き継がれている。ヴィーナスシリーズの名称は「是政プリンセスカップ」、企業杯(GIII)として、「サントリーカップ」が行われる。

一般戦ではあるが、男女混合で「ダブル優勝 tvkカップ」が行われる他、蛭子能収の冠がつけられた「多摩川蛭子カップ」が行われている。また、2011年から年に数回場内で「アイドルフェス in BOAT RACE TAMAGAWA」を開催しており、そのイベントナビゲーターを務めるバニラビーンズの冠が付けられた「バニラビーンズカップ」も年1回行われている。

SG開催実績[編集]

年度 競走名 優勝者 登番 出身
1963 第09回全国地区対抗競走 北川一成 1395 広島
1965 第11回全国地区対抗競走 大島忠行 1200 岡山
1988 第35回全日本選手権競走 今村豊 2992 山口
1996 第06回グランドチャンピオン決定戦競走 高山秀則 2672 宮崎
1998 第44回モーターボート記念競走 長岡茂一 3227 東京
2001 第47回モーターボート記念競走 市川哲也 3499 広島
2005 第40回総理大臣杯競走 笠原亮 4019 静岡
2009 第44回総理大臣杯競走 池田浩二 3914 愛知

地元の有力選手[編集]

運営[編集]

多摩川河川敷の砂利採掘場および旧多磨村立中学校跡地を利用して造成され、1954年5月に完成。同年6月9日に初めてレースを開催した。当初は府中競艇場と呼ばれていたが、翌1955年5月9日に多摩川競艇場と改称している。開場に際しては地元で反対運動が起こり、多磨村(府中市の前身である3つの自治体の一つ)村長のリコール騒ぎに発展した。開設当初はプールの水が地下に浸透してしまうなどレース実施は困難を極めたが、その後の高度経済成長期に売上を伸ばし、1967年には一日の売上が初めて1億円を突破した。最盛期の1990年度には年間売上1295億円、入場者174万人を記録、収益は130億円に達している。

一方バブル崩壊以降は売上・入場者ともに激減し、1998年度には入場者120万人、売上660億円と最盛期の半分程度となった。翌年からは赤字に転落し、一般会計に繰り出しのできない時期が続いた。その後、数百人に及ぶ従業員のリストラ、西門一帯の閉鎖など徹底的な経費削減により赤字を脱するが、本場の収支は依然赤字であり、場外の受託収入によってそれを補填している状態である。直近の2015年度売上は372億円と最盛期の4分の1以下となり、年間入場者も50万人台まで減少、一日の売上が1億円を割ることも多くなった。

2010年度以降の年間売上[4]

  • 2010年度:329億円
  • 2011年度:406億円
  • 2012年度:308億円
  • 2013年度:324億円
  • 2014年度:311億円
  • 2015年度:372億円

SG開催年度の参考データ

  • 2004年度:577億円
  • 2008年度:502億円

一部敷地(現在のプールの東側半分)は、都市計画の中で公園用地に指定されている[† 1]

アクセス[編集]

※府中本町駅から日曜・祝日に運行していた無料タクシーは2012年3月20日で終了した[6]

  • 無料駐車場 計380台

参考文献[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 府中市および東京都都市整備局の都市計画

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f 藤野2006、212頁。
  2. ^ a b c d e f g h i 蛭子1992、199頁。
  3. ^ a b 近隣案内マップ” (日本語). 交通ガイド. 多摩川競艇場. 2012年3月18日閲覧。
  4. ^ Miyajima Kyotei Freaks
  5. ^ バス・タクシー” (日本語). 交通ガイド. 多摩川競艇場. 2012年3月18日閲覧。
  6. ^ [1]より「無料タクシー終了のお知らせ」

外部リンク[編集]