最高裁判所裁判官国民審査

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

最高裁判所裁判官国民審査(さいこうさいばんしょさいばんかんこくみんしんさ)は、日本において最高裁判所裁判官罷免するかどうかを国民が審査する制度である。

概要[編集]

日本国憲法第79条第2項及び第3項と最高裁判所裁判官国民審査法に基づいている制度である。最高裁判所裁判官は、任命後初めて行われる衆議院議員総選挙の際に国民審査を受け、その後は審査から10年を経過した後に行われる衆議院総選挙の際に再審査を受け、その後も同様とすると定められている(日本国憲法第79条第2項)。

しかし、日本では諸外国と比べて司法に対する国民の関心が低い上、国民審査は必ず衆議院議員総選挙と同時に実施することと定められており、大手の新聞社やテレビ局は衆議院議員総選挙のニュースばかりを大きく報道していて、国民審査の扱いは極めて小さいため、国民審査は国民からほとんど注目されることがない。また、最高裁判所裁判官の定年は70歳であるのに対し、最高裁判所裁判官に任命される者はほとんどが60歳以上であるため、上記の日本国憲法第79条第2項の条件を満たして実際に国民審査の再審査を受けた最高裁判所裁判官は過去にわずか6人で、再審査を2度受けた裁判官は1人もおらず、後述の通り1963年を最後に国民審査の再審査は1度も行われていない。

日本国外からの評価事例として、アメリカ人で東京大学教授のダニエル・フットは、日本では市民の意向が国民審査によって反映される状況になっていないことを指摘している[1]。また、オランダ人ジャーナリストカレル・ヴァン・ウォルフレンは、日本の社会に関する論説の中で、国民審査の制度について「この“直接民主主義”は純粋に儀式的な、そえ物」と表現している[2]

歴史[編集]

アメリカのいくつかの州には日本の国民審査制度とよく似た制度が存在する。1930年代から制度の検討が始められ、1940年にミズーリ州で始められたものが最初とされるが、この審査制度はアメリカ合衆国最高裁判所の裁判官には適用されていない。

この制度が日本国憲法に導入された経緯については、不明な点も多い。もともとは太平洋戦争終了後に日本の行政を監視・統制していたGHQの提案により憲法改正案に導入されたものであるが、当時、憲法改正案を審議していた貴族院において、元大審院院長であり後に最高裁判所裁判官にもなった霜山精一議員は「(国民審査を導入すると)裁判官は罷免を恐れて良心から出る裁判に影響を来す。法律の判断は国民に容易に分かるものではないから、国民審査制度はぜひやめたい」と言って、国民審査の導入に強く反対した。この反対に対し、元東京帝国大学法学部長の山田三良議員は「(国民審査は)裁判官をして反省させるために必要である。民主化するに伴い、国民も裁判に関心を持ち、裁判の当否を批判する力を持つに至る」と反論し、最高裁判所裁判官の権力の乱用を防ぐ手段としての国民審査の必要性を訴えた[3]。また、GHQ側は貴族院に対し、国民審査を導入しないのであれば最高裁判所裁判官の任命をアメリカの場合と同じく国会同意人事にすべきであると主張したが[4]、それでは最高裁判所が国会の支配下に置かれることになり、司法の独立を阻害される結果を招きかねないとして、最終的には霜山も不本意ながら国民審査の導入を認めたとされる。

ただ、国民審査制度の実効性については提案したGHQ側も懐疑的だったらしく、GHQの司法担当だったアルフレッド・オプラーは1949年に書いた論文の中で、裁判官全員が信任された第1回国民審査の結果を踏まえて「最高裁の裁判官について多くの人が関心を持つようになることがあるのか、かなり疑問だ」と感想を述べ、「審査制度は裁判官の任命に関する実質的なチェックというより、国民主権の象徴的な制度と解釈したい」と記している[5]

実施(投票)方法[編集]

投票用紙(折合わせ式)の例
(罷免したい裁判官の欄に)×だけを書くことができる。○などを書くと投票用紙丸ごと無効になる
  • 通常
国民審査の投票用紙には、審査の対象となる裁判官全員の氏名が記されている(公示や投票用紙での裁判官の氏名の記載順序はくじ引きで決められる)。投票者は罷免すべきだと思う裁判官の氏名の上の欄に×印を記入し、それ以外は何も記入してはならない。×印以外の記号を投票用紙に記入した場合はその投票用紙は無効となり、「2人以上の裁判官の審査において×の記号を自ら記載したものでないもの」及び「裁判官の何人について×の記号を記載したかを確認し難い記載」はその記載のみが無効となる(最高裁判所裁判官国民審査法第22条)。
点字用の投票用紙は墨字で国民審査である旨を記す記述と選挙管理委員会の印影、そして点字で「コクミン シンサ」とだけ打たれた紙となっており、裁判官の氏名は書かれていない。投票者は罷免すべきだと思う裁判官をすべてフルネームで打つ(最高裁判所裁判官国民審査法第16条)。無論、すべての裁判官を罷免したい場合は相当な時間がかかることになる上、紙面が足りなくなる可能性もある[6]

×印(または点字で書かれた氏名)を記入した票は「罷免を可とする票」と呼ばれ、罷免を可とする票が有効票数の過半数に達した裁判官は罷免される。ただし、その審査の投票率が100分の1(1%)未満であった場合には罷免されない(最高裁判所裁判官国民審査法第32条)。

何も記入しない票は「罷免を可としない票」と呼ばれる。「罷免を可としない票」「罷免を可とする票」は一般に「信任票」「不信任票」と呼ばれることが多いが、法律上は「信任」「不信任」という用語は使われておらず、また本制度の趣旨が積極的な罷免の可否を有権者の投票に委ねるということであるから、いわゆる信任投票とは本質的に異なる。

国民審査の告示は、衆議院議員総選挙公示と同時に行われる。告示後には、有権者投票の判断材料の一つとして、審査の対象となる裁判官の経歴や主な裁判の判決(最高裁判決の少数意見を含む)を簡単に記載した『審査公報』が発行される。

国民審査が必ず衆議院議員総選挙と同時に行われるのは、司法に対する国民の関心が低い日本において国民審査を単独で行うと投票率が大幅に下がることが予想されるため、国民の大部分が参加する国政選挙と同時に国民審査を行うのが合理的と考えられたためとされる。一方、参議院議員通常選挙の際に国民審査を行わないのは、この制度が作られた当時の衆議院議員総選挙は中選挙区制で1票を投じるだけの選挙であったのに対し、参議院議員通常選挙は地方区と全国区の2票を投じる選挙で開票作業に時間がかかっていたため、参議院議員通常選挙の際に国民審査を行うのは合理的ではないと考えられたためとされる[7]

投票用紙は右縦書きであるが、投票用紙の右側に記載されている裁判官の氏名の欄に×印を書かれる確率が高くなる傾向がある「順序効果」が統計的に指摘されている。投票用紙に記載される裁判官の氏名の順序は前述の通りくじ引きで決められることになっている。

これら国民審査の実施方法などについては、最高裁判所裁判官国民審査法で定められている。この他に裁判官を罷免する制度は日本国憲法第78条に基づく弾劾裁判の制度があるが、現在までに最高裁判所裁判官が弾劾裁判の対象とされた事例は1例も存在しない。

「罷免を可とする票」の比率の地域差[編集]

一般に公表される国民審査の不信任率(罷免を可とする票の割合)は全国平均の結果であるが、この率は都道府県によって大きな差が生じる傾向がある。例えば、2003年に審査を受けた泉徳治の場合、「罷免を可とする票」の比率の全国平均は7.3%であったが、最も高い県は沖縄県の13.5%、最も低い県は福井県の3.9%で、他の裁判官の審査においても同様の傾向であったという。沖縄県で「罷免を可とする票」の比率が高いのは、戦争の記憶やアメリカ軍の基地の問題が背景にあり、裁判所や政府を含む日本の統治機構全体に対する不信感が強いためではないかと推測されている[8]

ちなみに沖縄県はアメリカ軍の基地の問題を抱えている事情もあり、人口当たりの訴訟件数も全国一である。この他に「罷免を可とする票」の比率の高い都道府県としては北海道京都府があり、これら3つの都道府県は長年にわたって「罷免を可とする票」比率のトップ3を占めている[9]。しかし、とりわけアメリカ軍の基地の問題について、アメリカに有利な判決を出すことが多いと考えるものがいる日本の裁判所に対する沖縄県民の批判は根強く、沖縄県における国民審査の「罷免を可とする票」の比率は第2位以下の都道府県を大きく引き離して常に第1位である。過去の国民審査において最も「罷免を可とする票」の比率が高かった下田武三の審査の場合、「罷免を可とする票」の比率の全国平均15.17%に対して、沖縄県における「罷免を可とする票」の比率は39.5%であった[10]

罷免された裁判官の処遇[編集]

国民審査で罷免された最高裁判所裁判官は、罷免の日から少なくとも5年間は最高裁判所裁判官に任命されることができない(最高裁判所国民審査法第35条の2)。

法曹資格がない者が最高裁判所裁判官に就任した場合は弁護士法第6条によって弁護士資格を得るが、国民審査で罷免されても、弁護士資格は剥奪されない[11]

制度の問題点[編集]

裁判官の匿名性[編集]

最高裁判所は昭和27年(1952年)2月20日の大法廷判決において、国民審査の制度を「解職の制度」と見なす判断を示している。日本国憲法79条第2項において、国民審査は衆議院議員総選挙(衆院選)と同時に行うことと定められている上、大手のマスコミは衆議院議員総選挙のニュースばかりを大きく報道していて、国民審査についての報道をすることは滅多にないため、国民審査の存在は衆議院議員総選挙のニュースの陰に隠れてほとんど注目されないのが現状である。もともと日本ではマスコミが最高裁判所裁判官についての報道をすること自体が稀であるため、日本の一般国民の大部分は最高裁判所裁判官の名前さえ知ることもなく、投票所で初めて裁判官の名前を知る国民も多いという。最高裁判所判事の経歴や実績が詳細に報道されるアメリカとは異なり[12][13][14][15] 、日本の最高裁判所裁判官についての報道は新聞の片隅に小さく掲載されるだけのベタ記事扱いであることが多く、前述の『審査公報』に掲載される裁判官の判決の情報でさえ、裁判官1人につき多くてもわずか5~6件程度で、判断材料が極めて少ない[16][15][17]。このため、国民審査の制度は完全に儀式化・形骸化していると言われるが、それでも国民審査は「伝家の宝刀」であり、存在することによって最高裁判所裁判官の権力の乱用を抑える一定の効果があるとする意見も強い。元貴族院議員の一人で国民審査の導入に尽くした前述の山田三良は生前、国民審査の制度を「裁判官に対する最後の統制手段たるレファレンダム(国民投票)制」と表現していた[3]

最高裁判所による反対[編集]

国民審査による裁判官の解職は、罷免を可とする過半数の票のみで足り、罷免すべきとする理由は問われない。

しかし、常に選挙や内閣支持率調査などによる国民からの監視を受け、国民の意思に沿って行動することが絶えず求められる国会内閣と異なり、多数派や権力者などの利害から離れ、憲法と良心に基づき民主主義の行き過ぎを抑制することが求められている最高裁判所裁判官に対して、単に民主主義的原理だけでその罷免を決定するという制度そのもの無理があるとする意見がある。「国民審査による罷免を恐れて、裁判官が多数派やそれを扇動する権力者に迎合してしまい、その結果、公正な裁判がなされなくなる可能性があるから、国民審査は廃止すべきである」などといった主張は、日本国憲法が施行された1947年当時から主に最高裁判所の関係者によってなされている(前述の霜山精一がその代表である)。

反面、実際の裁判官たちは必ずしも「多数派や権力者などの利害から離れ、憲法と良心に基づき独立して行動している」とは言えない状態であること指摘する者がいることも事実であり[18]、そのような裁判官たちの不公正な権力行使を防ぐために国民審査は必要不可欠であるとする国民の反論も根強い(前述の山田三良がその代表である)。しかし、実際の国民審査は、前述の通り終始一貫して国民審査の廃止を求めている最高裁判所の意向が尊重され、後述の通りあらゆる点において国民に不利な方式で運用されているのが現状である。前述の通り霜山精一が最高裁判所の関係者を代表して国民審査の導入に反対した際、山田三良を除く貴族院議員の多くは霜山の意見に賛同していたとされる[3]

ちなみに、前述の泉徳治は他の最高裁判所裁判官と同様に国民審査の廃止を希望しつつ、「最高裁のチェック機能を働かせたいなら、(国民審査よりも)裁判官の選考過程を透明化した方がよい。今は(最高裁判所裁判官の選考は全て非公開で行われているため)誰がどういう理由で選ばれたのか(国民には)分からない。(最高裁判所裁判官の選考については)有識者会議にはかる仕組みを作ったらどうだろうか」と発言している[8]

期日前投票期間の差[編集]

また、期日前投票制度では衆議院総選挙の期日前投票は公示日の翌日から可能であるのに対して、国民審査の期日前投票は投票日の7日前からとされている。衆議院総選挙は公職選挙法第31条により投票日より12日以上前に公示することが定められているため、少なくとも4日間のタイムラグが生じることになる。このため、投票日より8日以上前には衆議院総選挙の期日前投票しかできず、国民審査の期日前投票を行うには投票日の7日前以降に改めて出直さなければならない。また、衆議院総選挙の在外投票は可能であるのに対し、国民審査の在外投票は認められていない[19]。このように衆議院総選挙と国民審査の期日前投票を行うために多くの有権者が2回も投票所へ行かなければならない問題については、有権者のみならず選挙管理委員会の現場からも「事務手続きが増え、現場も苦労するのになぜ国は法改正をしないのか」などといった苦情が寄せられている[20]

このように国民審査の期日前投票ができる期間が衆議院総選挙のそれよりも短いのは、手書きで候補者名や政党名を記入する選挙の投票用紙と違って国民審査の投票用紙には審査の対象となる裁判官の氏名まで印刷する必要があり、国民審査の告示日は衆議院総選挙の公示日と同日で、告示日に審査の対象となる裁判官が確定してから投票用紙の印刷を開始するので印刷作業に時間がかかるためであるなどと総務省は説明している。しかし、実際には衆議院の解散の時点で審査の対象となる裁判官はほぼ判明していること、実際の衆議院総選挙では衆議院の解散から総選挙の公示日(=国民審査の告示日)までに短くても8日間の時間の余裕がある上、審査の投票用紙は単に裁判官の氏名を列記してその上に×印を記入できる欄があるだけのシンプルなもので、実際の印刷作業は1日もあれば可能であると考えられること、また期日前投票の投票所は市役所や区役所やその支所などに限定されていることから、総務省がやる気さえあれば衆議院総選挙の公示日の翌日から国民審査の期日前投票を実施することは十分に可能ではないか(在外投票の問題についても同様)とする批判もある[20]

再審査制度の実態[編集]

国民審査には制度上、再審査制度が存在するが、国民審査で一度信任された最高裁判所裁判官は日本国憲法第79条第2項の規定により、審査を受けた日から10年経過した後の衆議院総選挙まで再審査にかけられることはない。裁判所法第50条の規定により最高裁判所裁判官は70歳になると定年退官することとなっているため、再審査を受けるには遅くとも50代で最高裁判所裁判官に就任しなければならない。これらの条件を満たし、実際に再審査を受けた最高裁判所裁判官6人(1963年11月21日の入江俊郎の再審査が最後)であり、再審査を2度受けた裁判官はいない。さらに、再審査を2度受けるには遅くとも40代で最高裁判所裁判官に就任しなければならないが、実際には史上最年少で最高裁判所裁判官に任命された前述の入江俊郎でさえ就任時の年齢は51歳であり、再審査を2度受けた最高裁判所裁判官は1人もいない。50代で最高裁判所裁判官に任命されたのは1964年1月16日就任の田中二郎が最後であり[21]、同年1月31日就任の松田二郎以降の最高裁判所裁判官は全て60歳以上で任命されているため、現在では再審査を受ける最高裁判所裁判官は皆無になっている。

審査の機会のタイミング[編集]

最高裁判所裁判官の就任直後に衆議院総選挙があると、その裁判官は最高裁判所裁判官としての実績がほとんどないため、判断材料の限られる状況で審査を受けることになってしまう。具体的な例として、林藤之輔は1986年6月13日に最高裁判所裁判官に就任し、24日目の7月6日に国民審査を受けている。

逆に、任命されてから退官するまでの間に衆議院総選挙が行われなかった場合には、その裁判官は実績の有無に関わらず国民審査を受けることはない。実際に国民審査を受けなかった最高裁判所裁判官は過去に2人存在する(就任後1年未満で依願退官した庄野理一と、就任後2年余で在任中に死去した穂積重遠)。最高裁判所裁判官が国民審査を受けることなく定年退官した例はまだないものの、衆議院総選挙後に66歳以上で最高裁判所裁判官に任命された者は、次の衆議院総選挙が行われる前に70歳になって定年退官する可能性が有り得る。具体的な例として、2012年12月26日に定年退官した須藤正彦は、2009年の第45回衆議院議員総選挙後に67歳で就任し、退官直前の2012年12月16日に行われた第46回衆議院議員総選挙に伴って国民審査を受けたが、当時の衆議院の状況次第では第46回衆議院議員総選挙は2013年まで行われず、須藤は審査を受けないまま退官する可能性もあった[8]

審査の実施機会や再審査制度の問題を改善するための課題[編集]

前述の通り完全に形骸化している国民審査の再審査制度を正常に機能させるため、再審査の時期を最初の審査から10年以上後とする現在の規定を改正して、現職の最高裁判所裁判官全員を毎回審査できる制度に改めるべきとする意見が提唱されている。また、国民審査を受けることなく退官する裁判官の発生を防ぐために、国民審査の機会を衆議院総選挙だけに限定せず参議院議員通常選挙や憲法改正国民投票[22]の際にも審査できるようにしたり、場合によっては国民審査を国政選挙や憲法改正国民投票の機会以外にも単独で実施できるように制度を改正して、国民審査を実施できる機会を現状より多くすべきとの意見も提唱されている。

しかし、最高裁判所裁判官国民審査について上記の条件を改正するためには、日本国憲法第79条第2項の改正が必要不可欠であるとする見解が多数である[23]。日本国憲法の条文を改正する(憲法改正)ためには、衆議院と参議院の両院で総議員の3分の2以上の賛成を得た上で国民投票で過半数の賛成を得なければならず、制度の改正は容易ではない問題がある[22]。また、日本では諸外国と比べて司法に対する国民の関心が低いため、国民審査を国政選挙や憲法改正国民投票から独立させて単独で実施すると投票率が現状よりも大幅に下がる可能性が指摘されている。

過去の国民審査[編集]

過去の国民審査一覧
審査年月日 被審査
対象者数
[人]
投票率
[%]
備考
1 1949年 (昭和24年) 1月23日 14
2 1952年 (昭和27年) 10月1日 5
3 1955年 (昭和30年) 2月27日 1
4 1958年 (昭和33年) 5月22日 5
5 1960年 (昭和35年) 11月20日 8
6 1963年 (昭和38年) 11月21日 9 70.22
7 1967年 (昭和42年) 1月29日 7 72.53
8 1969年 (昭和44年) 12月27日 4 66.42
9 1972年 (昭和47年) 12月10日 7 67.61
10 1976年 (昭和51年) 12月5日 10 70.11
11 1979年 (昭和54年) 10月7日 8 65.67
12 1980年 (昭和55年) 6月22日 12 72.51
13 1983年 (昭和58年) 12月18日 6 66.39
14 1986年 (昭和61年) 7月6日 10 70.35
15 1990年 (平成2年) 2月18日 8 70.58
16 1993年 (平成5年) 7月18日 9 64.18
17 1996年 (平成8年) 10月20日 9 57.56
18 2000年 (平成12年) 6月25日 9 60.49
19 2003年 (平成15年) 11月9日 9 58.12
20 2005年 (平成17年) 9月11日 6 65.49 詳細
21 2009年 (平成21年) 8月30日 9 66.82 詳細
22 2012年 (平成24年) 12月16日 10 57.45 詳細
23 2014年 (平成26年) 12月14日 5 50.90 詳細

記録[編集]

「罷免を可」とする比率が高かった裁判官[編集]

裁判官 「罷免を可」とする票 総投票 「罷免を可」とする率 回(審査年月)
1 下田武三 6,895,134 45,440,230 15.17% 9(1972年12月)
2 谷口正孝 8,029,545 54,101,370 14.84% 12(1980年6月)
3 宮崎梧一 8,002,538 54,102,406 14.79% 12(1980年6月)
4 寺田治郎 7,913,660 54,103,156 14.62% 12(1980年6月)
5 岸盛一 6,631,339 45,440,344 14.59% 9(1972年12月)
6 伊藤正己 7,170,353 54,102,899 13.25% 12(1980年6月)
7 小川信雄 5,785,545 45,436,928 12.73% 9(1972年12月)
8 池田克 4,090,578 32,757,722 12.49% 3(1955年2月)
9 奥野久之 7,484,002 59,939,388 12.49% 15(1990年2月)
10 坂本吉勝 5,648,869 45,439,112 12.43% 9(1972年12月)

「罷免を可」とする率が低かった裁判官[24][編集]

裁判官 「罷免を可」とする票 総投票 「罷免を可」とする率 回(審査年月)
1 澤田竹治郎 1,212,678 30,212,180 4.01% 1(1949年1月)
2 藤田八郎 1,215,806 30,212,022 4.02% 1(1949年1月)
3 河村又介 1,238,613 30,258,827 4.09% 1(1949年1月)
4 真野毅 1,243,296 30,265,893 4.11% 1(1949年1月)
5 島保 1,258,729 30,264,042 4.16% 1(1949年1月)
6 塚崎直義 1,318,227 30,267,558 4.36% 1(1949年1月)
7 岩松三郎 1,324,119 30,264,396 4.38% 1(1949年1月)
8 長谷川太一郎 1,330,840 30,269,331 4.40% 1(1949年1月)
9 栗山茂 1,338,479 30,267,591 4.42% 1(1949年1月)
10 斎藤悠輔 1,362,595 30,260,902 4.50% 1(1949年1月)

脚注[編集]

  1. ^ ダニエル・H・フット『名もない顔もない司法』、2007年、NTT出版、102~105,187~190ページなど
  2. ^ カレル・ヴァン・ウォルフレン『日本/権力構造の謎』、1990年、早川書房、上巻 374ページ
  3. ^ a b c 読売新聞1996年1月22日記事『貴族院小委筆記要旨 現行憲法はいかに作られたか 占領下、揺れた制審議会』
  4. ^ 当時のアメリカでは、最高裁判所の裁判官を任命する場合には上院全体の過半数の賛成による承認が必要とされていた(現在は3分の2以上の賛成が必要)。
  5. ^ 朝日新聞平成21年(2009年)8月26日記事『国民審査 成り立ちは? 起源は米国 GHQが指導』
  6. ^ 月刊・お好み書き 2009年11月号によると、大阪市東淀川区における2009年の国民審査の点字投票で9人全員の裁判官を実際に書き切れないケースが発生している。
  7. ^ OKWave.『衆議院と最高裁との「不思議な」関係』。なお、現在は衆議院総選挙も小選挙区比例代表並立制が導入され、参議院通常選挙と同じく2票を投じる方式になっているため、衆議院総選挙も参議院通常選挙も開票作業にかかる時間はほぼ同じになっている。
  8. ^ a b c 朝日新聞2012年11月19日記事『最高裁10裁判官に国民審査 審査10日前の対象者も』
  9. ^ 長嶺超輝『サイコーですか?最高裁!』(光文社)ISBN 4334975313 P184
  10. ^ 琉球新報1996年10月21日記事『県内は9人全員を3割超が不信任 最高裁判事国民審査』
  11. ^ 弁護士資格を有する者が実際に弁護士としての活動をするには弁護士会に入る必要があるが、弁護士法第12条では「弁護士会の秩序若しくは信用を害するおそれがある者」を資格審査会の議決に基いて入会拒否にすることができると規定されており、国民審査で罷免された最高裁判所裁判官を弁護士として入会させるか否かは弁護士会の判断による。
  12. ^ 牧野洋 2012, pp. 137-139
  13. ^ 牧野洋 (2010年11月25日). “あなたは最高裁裁判官の名前を知っていますか? 最高裁判事の人事報道、日米で雲泥の差「匿名」なのは検察官だけではない”. 現代ビジネス. 講談社. pp. p. 3. 2010年11月28日閲覧。
  14. ^ 牧野洋 (2010年11月25日). “あなたは最高裁裁判官の名前を知っていますか? 最高裁判事の人事報道、日米で雲泥の差「匿名」なのは検察官だけではない”. 現代ビジネス. 講談社. pp. p. 4. 2010年11月28日閲覧。
  15. ^ a b 牧野洋 (2010年11月25日). “あなたは最高裁裁判官の名前を知っていますか? 最高裁判事の人事報道、日米で雲泥の差「匿名」なのは検察官だけではない”. 現代ビジネス. 講談社. pp. p. 5. 2010年11月28日閲覧。
  16. ^ 牧野洋 2012, pp. 139-140
  17. ^ 牧野洋 (2010年11月25日). “あなたは最高裁裁判官の名前を知っていますか? 最高裁判事の人事報道、日米で雲泥の差「匿名」なのは検察官だけではない”. 現代ビジネス. 講談社. pp. p. 6. 2010年11月28日閲覧。
  18. ^ 最高裁判所裁判官が実際に「裁判官の独立」を放棄して権力者と癒着し、権力者側の意向に従って不公正な裁判を行った具体例の1つとして、第2代最高裁判所長官の田中耕太郎は1959年に当時の駐日アメリカ大使および首席公使と政治的関係を結び、砂川事件の裁判においてアメリカに有利な判決を作成させる旨の密約を交わしていた上、他の最高裁判所判事たちに対しても判決文に少数意見を入れず全員一致の判決とするよう指示していた実態が判明している(NHKニュース(2013年4月8日放送分)『「司法権の独立揺るがす」資料見つかる』ほか)。また、田中はこの砂川事件の判決において、日本の裁判所は原則として憲法よりも行政の方針を尊重すべきであると見なす考え(統治行為論)を表明しており、日本の裁判所は現在もこの田中の考えに従って行政に都合の良い判決を出す場合が多いと批判されている(『砂川事件最高裁判決に於ける日米密談漏洩事件考』)。
  19. ^ なお、2012年の第46回衆議院議員総選挙では、先に衆議院総選挙の期日前投票を済ませた有権者が国民審査の投票のため再度投票所を訪れた際に、投票所の職員がこの有権者に再び衆議院総選挙の投票用紙を渡して再度投票させるミスを犯した事例が報告されている(【衆院選】1人で「2票」 選管ミス、群馬・安中市で二重投票 国民審査のみの男性に用紙再交付 - 2012年12月9日 MSN産経ニュース)。
  20. ^ a b 信濃毎日新聞2005年9月1日記事『有権者から不満の声 国民審査の期日前投票4日以降』
  21. ^ ちなみに田中二郎は1967年1月29日に審査を受けた後、定年前の1973年3月31日に依願退官したが、田中が再審査を受ける日は早くても1977年1月30日以後(実際にこの日以後で初めて衆議院総選挙が行われたのは1979年10月7日)であり、仮に彼が定年の1976年7月13日まで最高裁判所裁判官を務めた場合でもやはり再審査を受ける可能性はなかった。
  22. ^ a b 2014年現在、日本においては憲法改正国民投票は1度も実施されたことがない。
  23. ^ ただし、衆議院総選挙の際に国民審査を行うことが必要最低限の規定であり、衆議院総選挙以外にも国民審査の機会を設けることは現憲法でも否定されないとする見解もある。
  24. ^ 全員が第1回国民審査の対象となった裁判官である。

参考文献[編集]

関連項目[編集]