栗山茂

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栗山 茂(くりやま しげる 1886年10月6日 - 1971年2月3日)は、日本の最高裁判所判事(任期は1947年8月4日 - 1956年10月5日)。

略歴・人物[ソースを編集]

福井中学東京府立一中第一高等学校(旧制)を経て、東京帝国大学卒業。外務省入省。

外務省条約局長、駐スウェーデン大使、駐ベルギー大使を経て行政官枠で1947年に最高裁判所判事に就任。大審院から最高裁へ改組した第1期の判事である。第二小法廷に所属し、1956年まで勤めた。

フランス語が堪能で、鋭い国際的視野を持っていたが、辛口の論客として外交官時代から知られていた。1964年(昭和39年)4月29日に勲一等瑞宝章を受章した。駐米大使・外務事務次官を務めた栗山尚一は長男。

判決等[ソースを編集]

  • 三鷹事件(無人電車を暴走させ列車転覆致死)において、「二審が、一審の無期懲役を、事実調べも無しに書面だけで死刑に変更したのは、被告にとっての不当な不利益変更」とし、原審差戻しを主張する反対意見を出した。

栄典[ソースを編集]

脚注[ソースを編集]

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  1. ^ 『官報』第2431号「授爵・叙任及辞令」1920年9月8日。
  2. ^ a b c 『官報』第3990号、昭和15年4月27日