安達峰一郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
安達峰一郎

安達 峰一郎(あだち みねいちろう、1869年7月27日明治2年6月19日) - 1934年昭和9年)12月28日)は、日本外交官国際法学者

アジア系として初の常設国際司法裁判所の所長(判事としては国内2人目)となるが、所長就任早々、祖国の日本が満州事変を起こし国際連盟を脱退することになる。所長3年の任期を終え、1934年(昭和9年)1月から平判事になったが、日本の国際連盟脱退問題の悩みから6月に体調を崩し、8月に重い心臓病を発症。同年12月28日にアムステルダムの病院で死去した。このときオランダは国葬の礼をもって、国際平和に尽力した多大の功績と栄誉を称えた。

1968年(昭和43年)より優れた国際法の研究業績をあげた研究者に対し安達の名前を冠した「安達峰一郎記念賞」が授賞されている[1]

曾孫に詩人河津聖恵

略歴[編集]

学者としての顕彰[編集]

  • ハーグ国際法アカデミー教授(1924年)
  • 万国国際法学会(定員60名)の日本人初の正会員(1924年)
  • 日本学士院 帝国学士院会員(定員100名)(1925年)
  • ルーベン大学法学部名誉教授(1927年)
  • アメリカ国際法協会名誉会員(1931年)
  • アメリカ学術科学アカデミー名誉会員(1932年)
  • オランダ科学協会会員(1933年)

栄典[編集]

外国勲章等佩用允許
  • 1897年
    • ポルトガル:コマンドール・ド・ロルドル・ド・ウィラシヲサ勲章
    • イタリア:王冠三等勲章
  • 1900年 - フランス:レジオンドヌール勲章シュヴァリエ
  • 1901年(明治34年)12月5日 - スペイン:イザベル・ラ・カトリック星章付二等勲章[9]
  • 1902年 - フランス: レジオンドヌール勲章オフィシエ
  • 1907年 - フランス: レジオンドヌール勲章コマンドゥール
  • 1908年 - ロシア:神聖スタニスラス一等勲章
  • 1910年 - オーストリア・ハンガリー:星章付二等勲章
  • 1913年 - フランス:レジオンドヌール勲章グラントフィシエ
  • 1916年
    • ロシア:聖アンナ一等勲章(en
    • 中華民国:第一竜宝星勲章二等
  • 1922年 - ベルギー:レオポール勲章グランドクロス
  • 1926年
    • ベルギー:グラン・クロア・クーロンヌ勲章
    • ルーマニア:ルーマニア星勲章グランドクロス
    • エストニア:第一種第一級自由十字章
  • 1929年9月28日 - ユーゴスラビア王国聖サヴァ勲章グランドクロス(en[10]
  • 1930年

脚注[編集]

  1. ^ 奨学金制度と安達峰一郎賞”. 公益財団法人安達峰一郎記念財団. 2015年9月6日閲覧。
  2. ^ 『官報』第3142号「叙任及辞令」1893年12月18日。
  3. ^ 『官報』第3644号「叙任及辞令」1895年8月21日。
  4. ^ 『官報』第5243号「叙任及辞令」1900年12月21日。
  5. ^ 『官報』第5492号「叙任及辞令」1901年10月22日。
  6. ^ 『官報』第7578号・付録「辞令」1908年9月28日。
  7. ^ 『官報』第8608号「敍任及辞令」1912年3月2日。
  8. ^ 『官報』第1310号・付録「辞令」1916年12月13日。
  9. ^ 『官報』第5531号「叙任及辞令」1901年12月9日。
  10. ^ 『官報』第828号「叙任及辞令」1929年10月1日。
  11. ^ 敍任及辭令

外部リンク[編集]