近藤崇晴
表示
| 近藤 崇晴 こんどう たかはる | |
|---|---|
| 生年月日 | 1944年3月24日 |
| 出生地 |
|
| 没年月日 | 2010年11月21日(66歳没)[2][1] |
| 死没地 |
|
| 国籍 |
|
| 出身校 | 東京大学法学部[2] |
| 任期 | 2007年5月23日 - 2010年11月21日 |
| 前任者 | 上田豊三[3] |
| 後任者 | 寺田逸郎[4] |
| 任期 | 2005年12月20日 - 2007年5月22日 |
| 前任者 | 原田和徳[5] |
| 後任者 | 相良朋紀[6] |
近藤 崇晴(こんどう たかはる、1944年3月24日 - 2010年11月21日)は、日本の元裁判官。最高裁判所判事を務めた[7]。
来歴
[編集]東京都出身[1]。東京学芸大学附属高等学校を経て、東京大学法学部卒業後、1967年(昭和42年)4月に第21期司法修習生[1][7]。1969年(昭和44年)4月に前橋地方裁判所判事補任官[1][7]。甲府地方裁判所・甲府家庭裁判所長、東京高等裁判所部総括判事、最高裁判所首席調査官、仙台高等裁判所長官等を経て最高裁判所判事に就任した[1][7]。
間質性肺炎で闘病中、肺がんを併発。最高裁判事としての執務を継続したが、2010年11月8日、間質性肺炎で倒れ、同月21日、間質性肺炎のため東京都目黒区内の病院で死去[注 1][2]。66歳没[2]。叙正三位、旭日大綬章追贈[9]。後任には12月27日付で広島高等裁判所長官の寺田逸郎が充てられた[10]。
異動履歴
[編集]- 1969年(昭和44年)4月8日 - 1972年(昭和47年)3月24日:前橋地方裁判所判事補[7]
- 1972年(昭和47年)3月25日 - 1975年(昭和50年)3月31日:裁判所書記官研修所教官[7]
- 1975年(昭和50年)4月1日 - 1978年(昭和53年)3月31日:札幌簡易裁判所判事、札幌地方裁判所・札幌家庭裁判所判事補[7]
- 1978年(昭和53年)4月1日 - 1978年(昭和53年)7月31日:東京簡易裁判所判事、東京地方裁判所判事補[7]
- 1978年(昭和53年)8月1日 - 1979年(昭和54年)4月7日:最高裁判所事務総局民事局付[7]
- 1979年(昭和54年)4月8日 - 1981年(昭和56年)3月31日:最高裁判所事務総局民事局参事官[7]
- 1981年(昭和56年)4月1日 - 1983年(昭和58年)3月31日:最高裁判所事務総局行政局第二課長[7]
- 1983年(昭和58年)4月1日 - 1986年(昭和61年)3月31日:最高裁判所事務総局行政局第一課長兼第三課長兼最高裁判所事務総局広報課付[7]
- 1986年(昭和61年)4月1日 - 1988年(昭和63年)4月4日:東京地方裁判所判事(民事第13部)[7][11]
- 1988年(昭和63年)4月5日 - 1992年(平成4年)11月1日:司法研修所事務局長[7][12]
- 1992年(平成4年)11月2日 - 1992年(平成4年)11月11日:東京地方裁判所判事[7]
- 1992年(平成4年)11月12日 - 1993年(平成5年)11月3日:東京地方裁判所部総括判事[7]
- 1993年(平成5年)11月4日 - 1999年(平成11年)3月31日:最高裁判所上席調査官[7]
- 1999年(平成11年)4月1日 - 2001年(平成13年)2月20日:甲府地方裁判所・甲府家庭裁判所長[7][13]
- 2001年(平成13年)2月21日 - 2002年(平成14年)2月20日:東京高等裁判所部総括判事(第15民事部)[7]
- 2002年(平成14年)2月21日 - 2005年(平成17年)12月19日:最高裁判所首席調査官[7][14]
- 2005年(平成17年)12月20日 - 2007年(平成19年)5月22日:仙台高等裁判所長官[7][5]
- 2007年(平成19年)5月23日:最高裁判所判事[7]
- 2010年(平成22年)11月21日:間質性肺炎の為に逝去[1][7]。66歳没[1]。
担当審理
[編集]東京地裁判事として
[編集]- 1988年(昭和63年)1月28日、東京都文京区千駄木3丁目の一角で裏路地の通行権を巡り、小売店主が地上げ屋に対して提訴した訴訟[注 2]で、「昭和26年に土地分譲が行われた際、通行地役権の設定契約がなされたと解される。表口はあったが、商家であったために日常生活上本件通路状部分を通路として使用することは不可欠。原告は本件土地を通行することを妨害しないよう求める請求権がある」として裏路地の通行権を認めた[11]。
東京地裁部総括判事として
[編集]- 1993年(平成5年)4月27日、東京女子医科大学病院で心臓カテーテル検査を受けた後に死亡した患者の遺族が検査を行った同病院の医師と東京女子医科大学に対して損害賠償約8000万円の支払いを提訴した訴訟で、心臓カテーテル検査中に患者が脳梗塞を起こしたことから「医師は脳出血の可能性を考え、検査を中止すべきだった」とした上で「死因となった胃の出血は、脳梗塞の意識障害によって、胃にストレスが加わって生じたといえる」として医師と東京女子医科大学に損害賠償約4500万円の支払いを命じた[15]。
- 1993年(平成5年)5月25日、ロス疑惑で公判中の三浦和義が、FOCUSの1992年1月24日号に東京拘置所から東京地裁に護送中の写真を掲載されたことに対して新潮社に慰謝料300万円の支払いを求めた訴訟で、「肖像権の侵害にあたる」として新潮社に慰謝料30万円の支払いを命じた[16]。
- 1993年(平成5年)9月21日、業績改善のために株の財テクで失敗したビル賃貸会社の経営陣に対し、株主の繊維会社が約2億9500万円の損害賠償を求めた訴訟で、「経営陣は株価の下落で経営が危機的状況に陥る可能性を予測できたのに、株式市場の好況に惑わされ過大な借入金を投資に回して取引を続け、取締役としての注意義務を怠った」として原告の請求通りビル賃貸会社の経営陣に損害賠償約2億9500万円の支払いを命じた[17]。
東京高裁部総括判事として
[編集]- 2001年(平成13年)8月20日、交通事故で死亡した11歳の少女についての損害賠償請求につき、逸失利益の算定方法について、性別だけで将来の収入を予測するのは「合理的な理由のない差別だ」とした上で「高校卒業までか、少なくとも義務教育終了までの女子には、全労働者平均を用いるのが合理的だ」として従来の算定方法を見直して逸失利益を約400万円高くした一審・東京地裁の判決を支持した[18]。
- 2002年(平成14年)1月16日、早稲田大学江沢民講演会名簿提出事件で早稲田大学の学生ら6人がプライバシー侵害などを理由に1人当たり33万円の損害賠償を求めた訴訟で、「学生らに予め名簿提出を告げて同意を得ようとしなかったのは手抜かりだ」として請求を棄却した一審・東京地裁の判決を破棄、早稲田大学に学生1人当たり1万円、計6万円の損害賠償の支払いを命じた[19]。
最高裁判事として
[編集]大法廷判決に対する対応
[編集]- 国籍法3条1項は憲法14条1項に違反するか。多数意見(違憲・補足意見有)[20]
- 2007年参議院選挙の議員定数配分規定(いわゆる一票の格差の問題)が問われた2009年9月30日大法廷判決において、合憲とする多数意見に反対し、反対意見として「4年後に施行される次々回の参議院議員通常選挙までには、憲法の要求する投票価値の平等を他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現するために、参議院議員の選挙制度の抜本的見直しを行うことが、憲法の要請にこたえるものというべきである。次々回の選挙もこのような抜本的な見直しを行うことなく施行されるとすれば、定数配分規定が違憲とされるにとどまらず、前記事情判決の法理によることの是非が検討されることになろう。」と述べ、選挙無効を裁判所が主張する可能性について言及した[21][22]。
小法廷判決に対する対応
[編集]- 2007年(平成19年)11月12日、京都大学アメフト部レイプ事件で集団準強姦罪に問われた京都大学のアメリカンフットボール部(京都大学ギャングスターズ)の男性部員1人について、上告を棄却する決定を出したため、懲役4年6月とした二審・大阪高裁の判決が確定した[23]。
- 2008年(平成20年)3月11日、国立マンション訴訟でマンション事業者の明和地所が国立市に対し、営業を妨害された等として損害賠償と地区計画条例の無効を求めた訴訟で、国立市の上告を棄却する決定を出したため、損害賠償2500万円の支払いを国立市に命じた二審・東京高裁の判決が確定した[24]。
- 2009年(平成21年)6月25日、2006年(平成18年)9月13日に京急本線の品川駅-京急蒲田駅間の下り快特電車内で高校生の女子生徒に痴漢行為をしたとして、東京都迷惑防止条例違反に問われた経済評論家・植草一秀の上告を棄却する決定を出したため、植草に対する懲役4月の実刑判決が確定した[25]。
- 2010年(平成22年)1月19日、坂本堤弁護士一家殺害事件や地下鉄サリン事件などオウム真理教事件で一・二審で死刑判決を受けたオウム真理教幹部・新実智光に対して「古参幹部という立場で、松本死刑囚から指示を受け、大部分の犯行において積極的な実行者として重要な役割を果たした」とした上で「独自の宗教観から自己の行為が正当であると述べ、その非を真に認めようとはしていない」として上告を棄却する判決を言い渡した[26]。その後、2月16日付で判決訂正申立を棄却したため、新実に対する死刑判決が確定した[27]。
国民審査
[編集]- 2009年(平成21年)8月30日、第21回最高裁判所裁判官国民審査(第45回総選挙と同時)- 罷免を可としないが6283万5628、可とするが410万3537で信任[28]。
編書
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ a b c d e f g h 『朝日新聞』2010年11月22日 夕刊 1社会11頁「現職の最高裁判事、近藤崇晴さん死去 66歳」(朝日新聞東京本社)
- ^ a b c d e 「最高裁判事の近藤崇晴氏が死去」『MSN産経ニュース』産業経済新聞社、2010年11月22日。オリジナルの2010年11月24日時点におけるアーカイブ。2010年11月22日閲覧。
- ^ 『朝日新聞』2007年4月25日 朝刊 政治4頁「最高裁判事に近藤氏を任命」(朝日新聞東京本社)
- ^ 『朝日新聞』2010年12月8日 朝刊 政治4頁「最高裁人事(27日付、8日付、7日限り)」(朝日新聞東京本社)
- ^ a b 『朝日新聞』2005年12月13日 夕刊 3総合3頁「近藤崇晴氏と田尾健二郎氏、高裁長官に任命」(朝日新聞東京本社)
- ^ 『朝日新聞』2007年5月12日 朝刊 政治4頁「相良氏と篠原氏、高裁長官に任命 仙台と福岡」(朝日新聞東京本社)
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w “裁判官検索:近藤崇晴”. 新日本法規WEBサイト. 新日本法規出版株式会社. 2025年10月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年10月12日閲覧。
- ^ 「涌井紀夫・最高裁判事が死去」『朝日新聞』朝日新聞社、2009年12月18日。オリジナルの2009年12月20日時点におけるアーカイブ。2025年3月4日閲覧。
- ^ 『官報』第5463号、平成22年12月22日
- ^ 『朝日新聞』2010年12月28日 朝刊 3社会29頁「「謙虚に事件に向き合いたい」 寺田最高裁判事が就任」(朝日新聞東京本社)
- ^ a b c d e 『朝日新聞』1988年1月29日 朝刊 1社31頁「文京区で地上げに残った1軒に私道通行権認める 東京地裁」(朝日新聞東京本社)
- ^ 『朝日新聞』1988年4月5日 朝刊 2総2頁「最高裁人事・5日付」(朝日新聞東京本社)
- ^ 『朝日新聞』1999年4月1日 朝刊 山梨0頁「最高裁人事(4月1日付) /山梨」(朝日新聞東京本社)
- ^ 『朝日新聞』2002年2月15日 夕刊 2総合2頁「最高裁判事に上田豊三氏を決定」(朝日新聞東京本社)
- ^ 『朝日新聞』1993年4月28日 朝刊 1社31頁「東京女子医大医療ミス訴訟で 4500万円の賠償命令」(朝日新聞東京本社)
- ^ 『朝日新聞』1993年5月26日 朝刊 3社29頁「護送写真掲載は肖像権侵害 出版社に賠償命令 ロス疑惑報道判決」(朝日新聞東京本社)
- ^ 『朝日新聞』1993年9月21日 夕刊 1社11頁「財テク失敗は経営に責任 株主訴訟で東京地裁が賠償命令」(朝日新聞東京本社)
- ^ 『朝日新聞』2001年8月21日 朝刊 1社会35頁「逸失利益算定の男女格差、二審も「見直し」支持 東京高裁」(朝日新聞東京本社)
- ^ 『朝日新聞』2002年1月17日 朝刊 2社会34頁「早大側に賠償命令 学生1人に1万円 学生名簿提供訴訟で東京高裁」(朝日新聞東京本社)
- ^ 『朝日新聞』2008年6月5日 朝刊 3社会29頁「婚外子国籍訴訟・判決理由<要旨>」(朝日新聞東京本社)
- ^ 『朝日新聞』2009年10月1日 朝刊 3社会37頁「最高裁の姿勢に変化 是正促進、一層求める 07参院選「一票の格差」判決」(朝日新聞東京本社)
- ^ 『読売新聞』2009年10月1日 全国版 東京朝刊 一面1頁「07参院選「合憲」判決 1票格差「大きな不平等」 最高裁異例の言及」(読売新聞東京本社)
- ^ 『読売新聞』2007年11月15日 全国版 東京朝刊 社会39頁「集団女性暴行事件 京大アメフト部元部員の上告棄却/最高裁」(読売新聞東京本社)
- ^ 『朝日新聞』2008年3月12日 朝刊 東京都心・1地方31頁「国立市側の上告棄却 高層マンション建築訴訟で最高裁 /東京都」(朝日新聞東京本社)
- ^ 『朝日新聞』2009年6月27日 夕刊 2社会14頁「植草被告の実刑確定へ 痴漢事件、上告棄却」(朝日新聞東京本社)
- ^ 『朝日新聞』2010年1月20日 朝刊 2社会34頁「(オウム法廷)新実被告、死刑確定へ オウム事件10人目 最高裁判決」(朝日新聞東京本社)
- ^ 『朝日新聞』2010年2月18日 朝刊 3社会37頁「元オウム幹部・新実被告の死刑確定」(朝日新聞東京本社)
- ^ 『朝日新聞』2009年8月31日 夕刊 2総合3頁「最高裁裁判官、全員罷免なし 国民審査」(朝日新聞東京本社)
|
|
|
|
|
|