寺田逸郎

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寺田逸郎
生年月日 (1948-01-09) 1948年1月9日(69歳)
出生地 日本の旗 日本京都府京都市
出身校 東京大学法学部

任期 2014年(平成26年)4月1日 -
任命者 今上天皇第2次安倍内閣の指名による)
前任者 竹崎博允

任期 2010年2月 - 12月
前任者 相良朋紀
後任者 中山隆夫

任期 2008年9月 - 2010年2月
前任者 房村精一
後任者 倉吉敬
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寺田 逸郎(てらだ いつろう、1948年昭和23年)1月9日 - )は、日本裁判官司法官僚。第18代最高裁判所長官。第10代最高裁判所長官を務めた寺田治郎は父親にあたる。

人物[編集]

東京都出身。司法修習26期の裁判官として、1974年から各地の地方裁判所に勤め、法務省での勤務経験も持つ、いわゆる「赤レンガ組」の一人でもある。1985年(昭和60年)には駐オランダ日本大使館一等書記官も務めた。また、2007年(平成19年)には東京高等裁判所総括判事を務めた[1]

2010年(平成22年)2月に広島高等裁判所長官に就任、同年12月27日に最高裁判所判事に転じた。2014年(平成26年)4月1日より竹崎博允の後を受けて第18代最高裁判所長官に就任し、同日宮中に於いて親任式に臨んだ[2]。父子二代で最高裁判所長官に就任するのは寺田父子が初となる[3]。任期は2018年1月8日までとなっている。

2015年に最高裁判所に情報公開・個人情報保護審査委員会を設置した。1948年から1972年までの間に最高裁事務総局が裁判の当事者がハンセン病であることを理由に裁判所以外の場所で特別法廷を開かせていた問題について「手続きに差別を助長する姿勢がみられた」として2016年5月2日に最高裁長官として謝罪した[4]。同年6月23日には、高裁長官・地裁所長会合では工藤会に絡む裁判員裁判において裁判員が被告の知人に声を掛けられた事件に触れて、「国民が過度の負担を感じることなく安心して参加いただけるよう、一層の工夫を加え万全を期したい」と対策の必要性を強調した[5]

2017年4月12日にNHK受信料訴訟に関して、最高裁大法廷の裁判長として法務大臣権限法の規定により法務大臣が裁判所に対して意見陳述する許可を出した[6]

同期の裁判官には園尾隆司(元高等裁判所裁判官、東京弁護士会所属弁護士)がいる。

略歴[編集]

主な判決[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 最高裁判所の裁判官(寺田逸郎)
  2. ^ 首相動静(4月1日)【下段、午後5時44分の項参照】 時事通信 2014年4月1日閲覧
  3. ^ 最高裁長官に寺田逸郎氏 初の親子2代で就任 産経新聞 2014年3月6日閲覧
  4. ^ 寺田最高裁長官「痛恨の出来事、重大に受け止める」 ハンセン病特別法廷 産経新聞 2016年5月2日
  5. ^ 裁判員声かけ事件「一層の工夫で万全期す」と最高裁長官 全国高裁長官・地家裁所長会同始まる 産経新聞 2016年6月23日
  6. ^ NHK受信契約義務は「合憲」 金田勝年法相が最高裁に意見陳述 戦後2例目 産経新聞 2017年4月12日
  7. ^ 最高裁判所裁判官国民審査公報 (PDF)”. 大分県選挙管理委員会 (2012年12月). 2014年6月11日閲覧。
  8. ^ 福岡・飲酒追突3児死亡、懲役20年確定へ 読売新聞 2011年11月3日

外部リンク[編集]