最高裁判所事務総局

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最高裁判所の機構図

最高裁判所事務総局(さいこうさいばんしょじむそうきょく)は、日本最高裁判所において、その庶務を掌らせるために置かれる附属機関。法律上は最高裁判所長官の監督の下、最高裁判所事務総長によって掌理される。職員数は2008年の時点で約760名である。

概要[編集]

裁判所法には「最高裁判所の庶務を行う」とのみ記され、その具体的に行うべき事務は明示されていないが、最高裁判所規則最高裁判所規程に基づいて複数の局・課や様々な役職が置かれると共に、各課の所掌事務が定められており、法律上は最高裁判所の裁判官会議の議に基づいて行われる司法行政事務に携わると定義されている。しかし、最高裁判所も含めて日本の裁判官は非常に多忙であり、実際の裁判官たちは裁判官会議に時間をかける余裕がないため、裁判官会議は最高裁判所事務総局が決めた事を追認するだけの形骸化した会議に過ぎず、実質的には最高裁判所事務総局が日本の司法行政権の全てを掌握する形になっている[1]

通常、最高裁判所事務総局の主な機能は大きく以下の6つに分類できるものと解釈されている[2]

  • 最高裁判所の規則・規定の作成
  • 法律政令の制定に関する法務省との交渉・調整
  • 裁判官の人事に関する機能
  • 裁判所の予算に関する機能
  • 全国の高等裁判所長官・地方および家庭裁判所の所長を招集し、最高裁判所事務総局からの各種通達や協議を行う『裁判官会同・協議会』の実施
  • 海外の裁判制度に関する調査研究、各級裁判所における判決・検察や弁護人の主張・弁護士界の動向などの分析や、それに関係する資料の収集と整理

これらの機能は、大日本帝国憲法の時代に日本国内の全ての裁判所裁判官を支配・統制していた司法省から受け継がれたものである。

敗戦後の1946年(昭和21年)、司法省に「臨時司法制度改正審議会」が設置され、司法省存続の是非、最高裁判所の構成、弁護士制度の関する議論が始まり、司法官僚を中心に、司法省の解体・廃止を狙う連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)との折衝が行われていた。同審議会は同年7月12日に裁判所法検察庁法最高裁判所裁判官国民審査法の要綱をまとめたが、裁判官の人事権や予算編成権などの、全国の裁判所を統制する権限を巡って司法省(検事)と大審院(判事)との間で論争となった。司法省側は戦前と同様に人事・予算ともに司法大臣が権限を持つべきと主張したのに対して、大審院側は人事・予算に関する権限があってこその司法権の独立であると主張し、両者の対立が激化した[3]

戦前、司法省では「検尊判卑主義」が公然と囁かれており、検事局・司法省・裁判所の要職を、検事がほぼ独占していた。そのため、判事は検事よりも格下の扱いだった[4]。こういった事情から、大審院(判事)には、司法省(検事)に対する強烈な拒否反応が生じていた[3]

最終的にGHQは最高裁判所が人事権と予算編成権を持つべきだと決定を下し、1947年(昭和22年)5月3日、裁判所法と検察庁法が日本国憲法施行とともに施行され、新裁判制度がスタートした[3]

最高裁判所事務総局は、日本国憲法施行後に、GHQによる司法改革(司法省の解体・廃止)の一環として新設された最高裁判所に移籍した旧司法官僚の判事[5]によって設立された機関であり、事務総局の組織自体も司法省を参考に編成された。このため、最高裁判所事務総局は「司法省の戦後の再編成版」とも呼ばれ[6]、現在も司法行政の中枢機関として、日本国内の全ての裁判官の職務に多大な影響を及ぼしている。

なお、旧司法官僚のうち検事は法務庁(現・法務省)と検察庁を設立し、最高裁判所事務総局と法務省は司法省の廃止後も判検交流と呼ばれる人事交流を行うなど[7]、付かず離れずの関係を維持し続けながら現在に至っている。

沿革[編集]

組織[編集]

  • 事務総長(今崎幸彦)
    • 事務次長(非常置ポスト)
      • 審議官(門田友昌)
      • 家庭審議官(有田禎宏)
      • 秘書課(氏本厚司)
      • 広報課(氏本厚司)
      • 情報政策課(安東章)
      • 総務局(中村慎) - 第一課、第二課、第三課
      • 人事局(堀田眞哉) - 任用課、給与課、能率課、調査課、公平課、職員管理官
      • 経理局(笠井之彦) - 総務課、主計課、営繕課、用度課、監査課、管理課、厚生管理官
      • 民事局(平田豊) - 第一課、第二課、第三課
      • 行政局(平田豊) - 第一課、第二課、第三課
      • 刑事局(平木正洋) - 第一課、第二課、第三課
      • 家庭局(村田斉志) - 第一課、第二課、第三課
  • 局又は課に局長又は課長を置く。
  • 局の課又は室に局の課長又は室長を置く。
  • 局又は課に参事官を置くことができる。
  • 局又は課に局付又は課付を置くことができる。

これら最高裁判所事務総局の要職(事務総長・局長・課長など)は、ほとんどがキャリア裁判官の有資格者によって占められており、その多くが後に最高裁判所裁判官最高裁判所長官を含む)や高等裁判所長官へと昇進している(詳細は下記「歴代在職者一覧」を参照)。このように、最高裁判所事務総局は日本の司法行政の中枢機関であると同時に、最高裁判所裁判官や高等裁判所長官の候補生を育てる養成機関としての機能も有しており、特にキャリア裁判官出身の最高裁判所裁判官は原則として最高裁判所事務総局の勤務経験者の中から任命される事が慣例となっている[9]。このように最高裁判所裁判官の限られたポストを最高裁判所事務総局の勤務経験者たちが代々独占し続ける人事制度により、最高裁判所事務総局は日本国内の全ての裁判所の司法行政部門のみならず裁判部門をも事実上の支配下に置き続けている。

歴代在職者一覧[編集]

事務総長[編集]

経理局長[編集]

氏名 在任期間 退任後の主な役職 備考
吉田豊 1947年(昭和22年)8月12日 - 1952年(昭和27年)7月14日 最高裁判所判事
岸上康夫 1952年(昭和27年)7月15日 - 1958年(昭和33年)9月7日 最高裁判所判事
栗本一夫 1958年(昭和33年)9月8日 - 1963年(昭和38年)1月25日 最高裁判所判事 栗本慎一郎
岩野徹 1963年(昭和38年)1月26日 - 1969年(昭和44年)6月30日
大内恒夫 1969年(昭和44年)7月1日 - 1975年(昭和50年)4月30日 最高裁判所判事
草場良八 1975年(昭和50年)5月1日 - 1980年(昭和55年)3月10日 最高裁判所長官
原田直郎 1980年(昭和55年)3月11日 - 1983年(昭和58年)7月14日 大阪高等裁判所長官
川崎義徳 1983年(昭和58年)7月15日 - 1986年(昭和61年)9月21日 東京高等裁判所長官、公害等調整委員会委員長
町田顕 1986年(昭和61年)9月22日 - 1991年(平成3年)7月16日 最高裁判所長官
仁田陸郎 1991年(平成3年)7月17日 - 1997年(平成9年)3月13日 東京高等裁判所長官
竹崎博允 1997年(平成9年)3月14日 - 2002年(平成14年)7月10日 最高裁判所長官
大谷剛彦 2002年(平成14年)7月11日 - 2006年(平成18年)1月29日 最高裁判所判事
小池裕 2006年(平成18年)1月30日 - 2010年(平成22年)7月6日 最高裁判所判事
林道晴 2010年(平成22年)7月7日 - 2013年(平成25年)3月4日 最高裁判所首席調査官
垣内正 2013年(平成25年)3月5日 - 2015年(平成27年)6月25日 水戸地裁所長
笠井之彦 2015年(平成27年)6月26日 -  

人事局長[編集]

氏名 在任期間 退任後の主な役職 備考
石田和外 1947年(昭和22年)8月12日 - 1950年(昭和25年)6月29日 最高裁判所長官元号法制化実現国民会議議長
鈴木忠一 1950年(昭和25年)8月15日 - 1958年(昭和33年)6月8日 司法研修所
守田直 1958年(昭和33年)6月9日 - 1965年(昭和40年)6月30日 事務次長
矢崎憲正 1965年(昭和40年)7月14日 - 1970年(昭和45年)12月29日 広島高等裁判所長官、東洋大学教授
矢口洪一 1970年(昭和45年)12月30日 - 1976年(昭和51年)7月15日 最高裁判所長官
勝見嘉美 1976年(昭和51年)7月16日 - 1981年(昭和56年)2月6日 名古屋高等裁判所長官 依願退官
大西勝也 1981年(昭和56年)2月7日 - 1984年(昭和59年)9月10日 最高裁判所判事三井住友フィナンシャルグループ監査役
桜井文夫 1984年(昭和59年)9月11日 - 1990年(平成2年)3月14日 東京高等裁判所長官
泉徳治 1990年(平成2年)3月15日 - 1994年(平成6年)4月7日 最高裁判所判事
堀籠幸男 1994年(平成6年)4月8日 - 1998年(平成10年)8月9日 最高裁判所判事
金築誠志 1998年(平成10年)8月10日 - 2002年(平成14年)9月17日 最高裁判所判事
山崎敏充 2002年(平成14年)9月18日 - 2007年(平成19年)1月14日 最高裁判所判事
大谷直人 2007年(平成19年)1月15日 - 2011年(平成23年)1月26日 最高裁判所判事
安浪亮介 2011年(平成23年)1月27日 - 2014年(平成26年)9月11日 東京高等裁判所部総括判事
堀田眞哉 2014年(平成26年)9月12日 -

総務局長[編集]

氏名 在任期間 退任後の主な役職 備考
内藤頼博 1947年(昭和22年)8月12日 - 1952年(昭和27年)11月3日 名古屋高等裁判所長官、学校法人学習院院長 子爵
関根小郷 1956年(昭和31年)12月5日 - 1958年(昭和33年)9月24日 最高裁判所判事
桑原正憲 1962年(昭和37年)1月8日 - 1963年(昭和38年)6月25日 札幌高等裁判所長官
寺田治郎 1963年(昭和38年)10月16日 - 1970年(昭和45年)7月10日 最高裁判所長官 裁判官寺田逸郎
長井澄 1970年(昭和45年)7月11日 - 1973年(昭和48年)2月14日 官吏死亡
田宮重男 1973年(昭和48年)2月15日 - 1976年(昭和51年)7月15日 司法研修所 依願退官
矢口洪一 1976年(昭和51年)7月16日 - 1977年(昭和52年)9月25日(事務取扱) 最高裁判所長官
大西勝也 1977年(昭和52年)9月26日 - 1981年(昭和56年)2月6日 最高裁判所判事、三井住友フィナンシャルグループ監査役
梅田晴亮 1981年(昭和56年)2月7日 - 1983年(昭和58年)1月31日 札幌高等裁判所長官、財団法人建設業適正取引推進機構会長 依願退官
山口繁 1983年(昭和58年)2月1日 - 1988年(昭和63年)3月31日 最高裁判所長官
金谷利広 1988年(昭和63年)4月1日 - 1991年(平成3年)6月14日 最高裁判所判事
上田豊三 1991年(平成3年)6月15日 - 1993年(平成5年)11月3日 最高裁判所判事
涌井紀夫 1993年(平成5年)11月3日 - 1998年(平成10年)1月23日 最高裁判所判事
浜野惺 1998年(平成10年)1月24日 - 1999年(平成11年)8月31日 東京高等裁判所判事(部総括) 依願退官
堀籠幸男 1999年(平成11年)9月1日 - 2000年(平成12年)1月3日(事務取扱) 最高裁判所判事
中山隆夫 2000年(平成12年)1月4日 - 2004年(平成16年)9月12日 福岡高等裁判所長官
園尾隆司 2004年(平成16年)9月13日 - 2006年(平成18年)9月8日 東京高等裁判所判事(部総括) 懲戒処分(厳重注意)
高橋利文 2006年(平成18年)9月9日 - 2009年(平成21年)4月26日 東京高等裁判所判事(部総括) 官吏死亡
戸倉三郎 2009年(平成21年)4月27日 - 2013年(平成25年)9月20日 最高裁判所判事
中村慎 2013年(平成25年)9月20日 -

民事局長兼行政局長[編集]

氏名 在任期間 退任後の主な役職 備考
関根小郷 1947年(昭和22年)8月12日 - 1958年(昭和33年)9月24日 最高裁判所判事
仁分百合人 1958年(昭和33年)9月25日 - 1963年(昭和38年)6月4日 高等裁判所長官
中村治朗 1963年(昭和38年)6月5日 - 1964年(昭和39年)11月24日 最高裁判所判事
菅野啓蔵 1964年(昭和39年)12月2日 - 1968年(昭和43年)11月10日 高等裁判所長官
矢口洪一 1968年(昭和43年)11月11日 - 1970年(昭和45年)12月29日 最高裁判所長官
瀬戸正二 1970年(昭和45年)12月30日 - 1972年(昭和47年)1月30日 高等裁判所長官
西村宏一 1972年(昭和47年)1月31日 - 1974年(昭和49年)10月3日 福岡高等裁判所長官、東海大学教授
井口牧郎 1974年(昭和49年)10月4日 - 1978年(昭和53年)9月21日 名古屋高等裁判所長官 依願退官
西山俊彦 1978年(昭和53年)9月22日 - 1981年(昭和56年)2月28日 高松高等裁判所長官、公害等調整委員会委員長
川崎義徳 1981年(昭和56年)3月1日 - 1983年(昭和58年)7月14日 東京高等裁判所長官、公害等調整委員会委員長
上谷清 1983年(昭和58年)7月15日 - 1988年(昭和63年)2月28日 大阪高等裁判所長官、司法試験委員会委員長、JR東日本監査役
泉德治 1988年(昭和63年)2月29日 - 1990年(平成2年)3月14日 最高裁判所判事、TMI総合法律事務所顧問
今井功 1990年(平成2年)3月15日 - 1994年(平成6年)12月20日 最高裁判所判事、TMI総合法律事務所顧問
石垣君雄 1994年(平成6年)12月21日 - 1999年(平成11年)2月10日 東京高等裁判所判事(部総括) 依願退官
千葉勝美 1999年(平成11年)2月11日 - 2003年(平成15年)1月23日 最高裁判所判事
園尾隆司 2003年(平成15年)1月24日 - 2004年(平成16年)9月12日 東京高等裁判所判事(部総括) 懲戒処分(厳重注意)
高橋利文 2004年(平成16年)9月13日 - 2006年(平成18年)9月8日 東京高等裁判所判事(部総括) 官吏死亡
小泉博嗣 2006年(平成18年)9月8日 - 2009年(平成21年)8月2日 司法研修所
林道晴 2009年(平成21年)8月3日 - 2010年(平成22年)7月6日 最高裁判所首席調査官
永野厚郎 2010年(平成22年)7月7日 - 2014年(平成26年)7月17日 東京高等裁判所判事(部総括)
菅野雅之 2014年(平成26年)7月18日 - 2016年(平成28年)6月24日 宇都宮地方裁判所長
平田豊 2016年(平成28年)6月25日 -

刑事局長兼最高裁判所図書館長[編集]

氏名 在任期間 退任後の主な役職 備考
岸盛一 1947年(昭和22年)8月12日 - 1953年(昭和28年)12月27日 最高裁判所判事
江里口清雄 1953年(昭和28年)12月28日 - 1959年(昭和34年)8月31日 最高裁判所判事
樋口勝 1959年(昭和34年)9月1日 - 1963年(昭和38年)11月15日 高等裁判所長官
矢崎憲正 1963年(昭和38年)11月16日 - 1965年(昭和40年)7月14日 広島高等裁判所長官、東洋大学教授
佐藤千速 1965年(昭和40年)9月1日 - 1970年(昭和45年)12月29日 高等裁判所長官
牧圭次 1971年(昭和46年)1月18日 - 1973年(昭和48年)6月30日 最高裁判所判事
千葉勝郎 1973年(昭和48年)7月1日 - 1975年(昭和50年)7月14日 名古屋高等裁判所長官 依願退官
岡垣勲 1975年(昭和50年)7月15日 - 1980年(昭和55年)2月19日 官吏死亡
柳瀬隆次 1980年(昭和55年)2月20日 - 1981年(昭和56年)2月6日 東京高等裁判所判事(部総括)、城西国際大学教授
小野幹雄 1981年(昭和56年)2月7日 - 1985年(昭和60年)9月30日 最高裁判所判事
吉丸真 1985年(昭和60年)10月1日 - 1989年(平成元年)8月24日 札幌高等裁判所長官
島田仁郎 1989年(平成元年)8月25日 - 1994年(平成6年)3月21日 最高裁判所長官
高橋省吾 1994年(平成6年)3月22日 - 1998年(平成10年)8月3日 東京高等裁判所判事(部総括)、山梨学院大学教授
白木勇 1998年(平成10年)8月4日 - 2001年(平成13年)9月15日 最高裁判所判事
大野市太郎 2001年(平成13年)9月16日 - 2005年(平成17年)1月27日 大阪高等裁判所長官
大谷直人 2005年(平成17年)1月28日 - 2007年(平成19年)1月14日 最高裁判所判事
小川正持 2007年(平成19年)1月15日 - 2010年(平成22年)1月24日 東京家庭裁判所所長
植村稔 2010年(平成22年)1月25日 - 2013年(平成25年)1月7日 東京高等裁判所部総括判事
今崎幸彦 2013年(平成25年)1月8日 - 2015年(平成27年)3月29日 最高裁判所事務総長
平木正洋 2015年(平成27年)3月30日 -

秘書課長兼広報課長[編集]

氏名 在任期間 退任後の主な役職 備考
三宅正雄 1947年(昭和22年)8月12日 - 1954年(昭和29年)1月29日
矢崎憲正 1954年(昭和29年)1月30日 - 1961年(昭和36年)12月31日 広島高等裁判所長官
岡成人 1962年(昭和37年)1月1日 - 1964年(昭和39年)4月30日
大内恒夫 1964年(昭和39年)5月1日 - 1969年(昭和44年)6月30日 最高裁判所判事
千葉勝郎 1969年(昭和44年)7月1日 - 1973年(昭和48年)6月30日 名古屋高等裁判所長官
草場良八 1973年(昭和48年)7月1日 - 1975年(昭和50年)4月30日 最高裁判所長官
大西勝也 1975年(昭和50年)5月1日 - 1977年(昭和52年)9月25日 最高裁判所判事
梅田晴亮 1977年(昭和52年)9月26日 - 1981年(昭和56年)2月6日 札幌高等裁判所長官
桜井文夫 1981年(昭和56年)2月7日 - 1984年(昭和59年)9月10日 東京高等裁判所長官
町田顕 1984年(昭和59年)9月11日 - 1986年(昭和61年)9月21日 最高裁判所長官
泉徳治 1986年(昭和61年)9月22日 - 1988年(昭和63年)2月28日 最高裁判所判事
仁田陸郎 1988年(昭和63年)2月29日 - 1991年(平成3年)7月17日 東京高等裁判所長官
白木勇 1991年(平成3年)7月18日 - 1995年(平成7年)4月2日 最高裁判所判事
千葉勝美 1995年(平成7年)4月3日 - 1999年(平成11年)2月10日 最高裁判所判事
山崎敏充 1999年(平成11年)2月11日 - 2002年(平成14年)9月17日 最高裁判所判事
大谷直人 2002年(平成14年)9月18日 - 2005年(平成17年)1月27日 最高裁判所判事
植村稔 2005年(平成17年)1月28日 - 2008年(平成20年)2月3日 東京高等裁判所部総括判事
今崎幸彦 2008年(平成20年)2月4日 - 2010年(平成22年)9月23日 最高裁判所事務総長
中村慎 2010年(平成22年)9月24日 - 2012年(平成24年)12月7日 最高裁判所総務局長
堀田眞哉 2012年(平成24年)12月8日 - 2014年(平成26年)9月11日 最高裁判所人事局長
氏本厚司 2014年(平成26年)9月12日 -

家庭局長[編集]

氏名 在任期間 退任後の主な役職 備考
宇田川潤四郎 1947年(昭和22年)8月12日 - 1957年(昭和32年)1月4日
菰淵鋭夫 1957年(昭和32年)1月5日 - 1958年(昭和33年)10月14日
市川四郎 1958年(昭和33年)10月15日 - 1960年(昭和35年)11月15日 東京高等裁判所長官
細江秀雄 1960年(昭和35年)11月16日 - 1968年(昭和43年)4月9日
外山四郎 1968年(昭和43年)4月10日 - 1972年(昭和47年)2月25日
裾分一立 1972年(昭和47年)2月26日 - 1977年(昭和52年)4月10日 官吏死亡
原田直郎 1977年(昭和52年)4月11日 - 1980年(昭和55年)3月10日 大阪高等裁判所長官
栗原平八郎 1980年(昭和55年)3月11日 - 1983年(昭和58年)3月31日 東京高等裁判所長官
猪瀬愼一郎 1983年(昭和58年)4月1日 - 1987年(昭和62年)3月1日 福岡高等裁判所長官、中央労働委員会委員 依願退官
早川義郎 1987年(昭和62年)3月2日 - 1989年(平成元年)11月1日 東京高等裁判所判事(部総括) 依願退官
山田博 1989年(平成元年)11月2日 - 1992年(平成4年)11月5日 浦和家庭裁判所 依願退官
木村要 1992年(平成4年)11月6日 - 1997年(平成9年)11月2日 千葉家庭裁判所 依願退官
安倍嘉人 1997年(平成9年)11月3日 - 2002年(平成14年)11月29日 東京高等裁判所長官
山崎恒 2002年(平成14年)11月30日 - 2005年(平成17年)12月19日 札幌高等裁判所長官 依願退官
二本松利忠 2005年(平成17年)12月20日 - 2009年(平成21年)8月16日 大阪地方裁判所
豊沢佳弘 2009年(平成21年)8月17日 - 2013年(平成25年)5月1日 東京高等裁判所部総括判事
岡健太郎 2013年(平成25年)5月2日 - 2014年(平成26年)10月31日 東京高等裁判所判事
村田斉志 2014年(平成26年)11月1日 -

参考文献[編集]

  • 最高裁判所事務総局(編)『裁判所百年史』 大蔵省印刷局、1990年
  • 山本祐司 『最高裁物語』 講談社(講談社+α文庫)、1997年
  • 西川伸一『日本司法の逆説 最高裁事務総局の「裁判しない裁判官」たち』 五月書房、2005年
  • 新藤宗幸『司法官僚 裁判所の権力者たち』 岩波書店、2009年

脚注[編集]

  1. ^ 西川伸一『日本司法の逆説 最高裁事務総局の「裁判しない裁判官」たち』110-114ページ、新藤宗幸『司法官僚 裁判所の権力者たち』189-195ページ。
  2. ^ 新藤宗幸『司法官僚 裁判所の権力者たち』50-52ページ。
  3. ^ a b c 野村二郎 『日本の裁判官』 講談社現代新書 p.170
  4. ^ 御厨貴 『権力の館を歩く 建築空間の政治学』 ちくま文庫 p.246
  5. ^ 司法省の人事課長から最高裁判所事務総局の初代人事局長になり、後に最高裁判所長官になった石田和外などがその代表である。
  6. ^ 西川伸一『日本司法の逆説 最高裁事務総局の「裁判しない裁判官」たち』106-107ページ。
  7. ^ 刑事裁判の部門における判検交流は2012年度から廃止されたが、民事裁判の部門における判検交流は現在も続けられている。
  8. ^ ただし、現行の『司法行政文書の開示等に関する事務の取扱要綱』は、制度としては極めて不十分で、司法行政文書の種類によっては最高裁判所事務総局の裁量で文書を開示しない自由もあり、実際に開示される司法行政文書は全体のごく一部分に過ぎない(新藤宗幸『司法官僚 裁判所の権力者たち』213-218ページ)。
  9. ^ キャリア裁判官出身の最高裁判所裁判官のうち、寺田逸郎は例外的に最高裁判所事務総局の勤務経験者ではないが、その代わりに寺田は判検交流による法務省での勤務経験が長く、最高裁判所事務総局での勤務経験に準ずる扱いを受けている。いずれにせよ、日本では司法行政関連の勤務経験のない裁判官が最高裁判所裁判官に任命されることはない。

関連項目[編集]