判検交流

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判検交流(はんけんこうりゅう)とは、日本の裁判所検察庁において、一定期間、裁判官検察官になったり、検察官が裁判官になったりする人事交流制度のことである。

概要[編集]

この制度が始まった経緯は、第二次世界大戦終結間もない頃、法務省に民事の専門家が不足していたことによる。しかし、この制度は具体的な法律に基づいて行われているものではなく、当初の法務省の人員不足の問題が解消された後も現在に至るまで惰性的に継続されているとされる。2000年代からは、毎年40人前後の裁判官が法務省の民事局や訴訟部門、検察庁などに出向している。逆に、検察官が裁判官になる場合もある[1]。もともと、日本国内の全ての裁判所と裁判官を支配・統制している最高裁判所事務総局は、法務省と同じく戦前の司法省を母体として設立された司法行政機関であり、最高裁判所事務総局と法務省は設立当初から互いに親密な関係にあるため、この判検交流の制度は最高裁判所事務総局と法務省を再び一体化させるための好都合な政策として積極的に導入された一面もあると言える。

判検交流の効果として、検察官が裁判官になることによって検察官の仕事を客観的に見ることができるなどと説明されている[1]

問題点[編集]

法務省の訟務検事として国の代理人を務めた裁判官出身者が裁判所に戻って、国を相手取った賠償請求訴訟を担当するのは裁判の公正を損なうと日本弁護士連合会などから指摘されている。また、検察官と裁判官が密接になることによって捜査情報が漏洩しやすくなることも指摘されている[2]。そのため、日本弁護士連合会などから判検交流の禁止を求める意見は強いが、現在の日本において判検交流は未だに完全な廃止が実現されていない。

問題点を改善するために、法務省は検事を弁護士事務所に派遣したり、企業で研修させたりする制度を開始し、弁護士大学教授臨床心理士を調査員などに登用するようになったと説明している[3]

規模の縮小[編集]

上記のような批判に対し、「誤解を生むような制度は続けるべきではない」との判断から、刑事裁判の部門における判検交流が2012年度から廃止されたとされている[4]。しかし、民事裁判の部門における判検交流については規模を縮小するものの引き続き存続される方針であるという。[5]

脚注[編集]

  1. ^ a b 『ドキュメント検察官』 138頁。
  2. ^ 『ドキュメント検察官』 138-139頁。
  3. ^ 『ドキュメント検察官』 140頁。
  4. ^ 検事・判事の人事交流廃止 刑事裁判の公正に配慮 朝日新聞 2012年4月26日
  5. ^ 裁判官と検察官の人事交流 廃止、縮小の動き加速 「なれ合い」指摘に配慮(産経新聞2012年5月4日)

関連項目[編集]

参考文献[編集]