大野篤史

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
大野篤史
ATSUSHI Ono
Oono atsushi coach.jpg
千葉ジェッツふなばし HC
役職 ヘッドコーチ
ポジション(現役時) SG/F
身長(現役時) 197cm (6 ft 6 in)
体重(現役時) 90kg (198 lb)
基本情報
本名 大野篤史
ラテン文字 ATSUSHI Ono
誕生日 (1977-08-12) 1977年8月12日(41歳)
日本の旗 日本
出身地 石川県
ドラフト  
選手経歴
2000-2007
2007-2010
三菱電機
パナソニック
指導者経歴
2012-2013
2016-
パナソニック(代行)
千葉ジェッツ/千葉ジェッツふなばし
現役時代(パナソニック)

大野 篤史(おおの あつし、1977年8月12日 - )は、石川県出身のバスケットボール選手、指導者。ポジションはシューティングガードフォワード

来歴[編集]

野々市町立布水中学校(現野々市市立布水中)出身[1]。1992年、中学3年時に全国中学校バスケットボール大会初優勝に貢献した[2]

1993年、愛知県愛工大名電高校へ越境入学する[1]。1年先輩に岩田淳、2年後輩に松藤貴秋、またバレーボール選手の北川祐介は同期にあたる。1年時はインターハイ3位、2年時は国体準優勝、ウィンターカップでは高校3年時の4位が最高位だった[2]。1995年高校3年時にU-18日本代表としてアジアジュニア選手権出場[2]

1996年、日本体育大学に進学、日体大バスケ部に所属する[1]。1年先輩に仲村直人、同期に藤本浩太郎篠原隆史堀田剛司鈴木裕紀、2年後輩に木下博之がいる。1年時から試合出場を重ね、インカレおよび関東大学リーグ4連覇の原動力となり[1][2]、4年時にはキャプテンも務めた。インカレでは、MIP1回(1999) ・得点王2回(1997/1998)・3ポイント王1回(1997)・アシスト王1回(1998)受賞[2]。1997年大学2年時にユニバ代表に選ばれシチリア大会に出場している[2]

2000年、三菱電機メルコドルフィンズに入団する[2]JBLプレスーパーリーグとなったこのシーズンにおいてJBL初代新人王を獲得し、JBLスーパーリーグ 2006-07にはチーム初のPOファイナル進出に貢献している[1][2]。2001年から日本代表メンバーに選ばれ、アジア選手権2002年アジア競技大会2006年アジア競技大会などに出場している[1][2]

2005年、1人目の子供が生まれる

2007年、パナソニックトライアンズへ移籍する[1][2]JBL 2010-11シーズン途中に現役引退し、清水良規HCの下、アシスタントコーチに就任する[2][3]JBL 2012-13シーズンには清水の体調不良により6試合HC代行を務めた[2]。同シーズン終了後チームは休部。

2010年、2人目の子供が生まれる

2014年、佐古賢一HCの下、NBLに参加する広島ドラゴンフライズのアシスタントコーチに就任[2]

2016年、千葉ジェッツヘッドコーチに就任[4]

個人記録[編集]

JBL
  • 2000-01 JBL新人王
日本代表
  • 2002アジア競技大会
  • 2006アジア競技大会

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b c d e f g 2007年6月 新加入選手紹介”. パナソニック (2007年6月). 2008年2月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年7月29日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m 大野篤史アシスタントコーチ就任のお知らせ”. 広島ドラゴンフライズ (2014年1月22日). 2014年8月11日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2014年7月29日閲覧。
  3. ^ JBL転換期から見る2011-2012シーズン開幕”. Cager (2011年10月11日). 2014年7月29日閲覧。
  4. ^ ヘッドコーチ契約締結のお知らせ”. 千葉ジェッツ (2016年6月1日). 2016年6月1日閲覧。

関連項目[編集]