藤田弘輝

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藤田 弘輝
Hiroki Fujita
Fujita hiroki miyazaki.jpg
三遠ネオフェニックス HC
役職 ヘッドコーチ
ポジション(現役時) ポイントガード
身長(現役時) 180cm (5 ft 11 in)
体重(現役時) 75kg (165 lb)
血液型 O型
足のサイズ 28.5cm
基本情報
愛称 "ヒロ","Theo"
ラテン文字 Hiroki Fujita
誕生日 (1986-04-16) 1986年4月16日(32歳)[1]
日本の旗 日本
出身地 埼玉県の旗 埼玉県[1]
ドラフト  
選手経歴
2008-2010
2010-2011
浜松・東三河フェニックス
宮崎シャイニングサンズ
指導者経歴
2013-2014
2014-2016
2016-
群馬クレインサンダーズ(代行)
福島ファイヤーボンズ
三遠ネオフェニックス

藤田 弘輝ふじた ひろき1986年4月16日 - )は、日本のバスケットボール選手、指導者である。

選手として2008年にbjリーグ浜松・東三河フェニックスに入団し、bjリーグ・宮崎シャイニングサンズに所属していた2011年に引退した。

引退後は通訳兼テクニカルコーチとして宮崎に留まり、その後bjリーグ・群馬クレインサンダーズのアシスタントコーチを経て、2014年にbjリーグ・福島ファイヤーボンズの初代ヘッドコーチに就任。2016年には三遠ネオフェニックス(浜松・東三河の新チーム名)のヘッドコーチに就任した。

来歴[編集]

埼玉県出身。ハワイ大学ヒロ校を経て、2008年に浜松・東三河フェニックスに入団。2010年、宮崎シャイニングサンズに移籍。2011年引退。引退後は宮崎の通訳兼テクニカルコーチを務めた。

2013-14シーズン、群馬クレインサンダーズのアシスタントコーチに就任。2013年12月15日にヘッドコーチのライアン・ブラックウェルが更迭され、藤田がヘッドコーチ代行となった。最終的に群馬は13勝39敗で東地区11チーム中10位に終わったが、ブラックウェル指揮による試合が3勝17敗であったのに対し、藤田は10勝22敗と、群馬の勝ち星の大部分は藤田の指揮によるものだった[2]。特に3月は5勝5敗の五分で、当時東地区首位の秋田ノーザンハピネッツからも勝ち星を奪った[3]。シーズン終了後、契約を更新せず退団した。

2014年6月、2014-15シーズンより参入する福島ファイヤーボンズの初代ヘッドコーチに就任した。福島とは、藤田の祖父母が会津若松市出身という縁もあった[4]

2016年6月、三遠ネオフェニックスのヘッドコーチに就任[5]

脚注[編集]

  1. ^ a b “2013-2014シーズンアシスタントコーチ契約のお知らせ” (プレスリリース), 群馬クレインサンダーズ, (2013年7月19日), オリジナル2015年3月24日時点によるアーカイブ。, http://web.archive.org/web/20150324055406/http://www.g-crane-thunders.jp/news/detail/225/ 2013年11月7日閲覧。 
  2. ^ 群馬クレインサンダーズ”. bjリーグ. 2014年6月5日閲覧。
  3. ^ 泉誠一 (2014年4月15日). “ターニングポイント(群馬クレインサンダーズ)”. バスケットボールスピリッツ. 2014年6月5日閲覧。
  4. ^ “ヘッドコーチに藤田氏 bjリーグ10月参入の福島ファイヤーボンズ”. 福島民報. (2014年6月5日). http://www.minpo.jp/news/detail/2014060516102 2014年6月5日閲覧。 
  5. ^ <三遠ネオフェニックス>ヘッドコーチ契約、及びアソシエイトヘッドコーチ契約締結”. 株式会社フェニックス (2016年6月2日). 2016年6月2日閲覧。

外部リンク[編集]