鈴木貴美一

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鈴木貴美一
KIMIKAZU Suzuki
Suzuki kimikazu.jpg
シーホース三河 HC
役職 ヘッドコーチ
身長(現役時) 193cm (6 ft 4 in)
体重(現役時) 87kg (192 lb)
基本情報
本名 鈴木貴美一
ラテン文字 KIMIKAZU Suzuki
日本語 鈴木貴美一
誕生日 (1959-09-26) 1959年9月26日(58歳)
日本の旗 日本
出身地 東京都渋谷区
出身 能代工業高校
法政大学
ドラフト  
選手経歴
1982-1988 日本鉱業
指導者経歴
1988-1995
1995-
1990-95
2006-08,2012-13
秋田経済法科大学
シーホース三河
全日本学生選抜
男子日本代表

鈴木貴美一(すずき きみかず、1959年9月26日 - )は、東京都渋谷区出身の元バスケットボール選手、バスケットボール指導者である。B.LEAGUEに所属するシーホース三河のヘッドコーチ。

人物[編集]

能代工業高校全国高等学校総合体育大会バスケットボール競技大会(インターハイ)・国民体育大会バスケットボール競技全国高等学校バスケットボール選抜優勝大会(ウインターカップ)などのタイトル獲得に貢献。

その後法政大学に進学し、活躍。全日本のメンバーにも選ばれる。

卒業後、日本鉱業に入社。1983 - 84天皇杯全日本総合バスケットボール選手権大会(オールジャパン)準優勝などを経験。

1988年現役引退。秋田経済法科大学監督兼ヘッドコーチに就任。全日本大学バスケットボール選手権大会(インカレ)7年連続ベスト16などに導く。

1995年バスケットボール日本リーグ1部に昇格したばかりのアイシン精機ヘッドコーチに就任。2002年のオールジャパン初優勝以降タイトルを次々ともたらし、オールジャパン優勝8回(大会史上初の2回の4連覇含む)、12年連続ベスト4入り、リーグ戦優勝5回、11回のファイナルベスト4入り(2011年現在)を果たすなど、国内屈指の強豪に育て上げた。また、1996年夏のサマーリーグではNBAチームロサンゼルス・レイカーズのアシスタントコーチを務めた。

2006年世界選手権を率いたジェリコ・パブリセヴィッチの後任として男子日本代表チームのヘッドコーチに就任。徳島市で開催された2007年アジア選手権で指揮を執るが、北京オリンピックへの道を絶たれるばかりでなく8位に終わり辞任。

2012年、男子日本代表のヘッドコーチに再度就任。2014年FIBAバスケットボール・ワールドカップ出場権を目指したが、2013年アジア選手権で決勝トーナメントにも進めずに敗退し、その責任を取って辞任し[1]、後任は青山学院大学スクァレルズ出身の長谷川健志となった[2]

女子日本代表チーム内海知秀ヘッドコーチは高校及び日本鉱業の1年先輩である。

経歴[編集]

  • 能代工業高 - 法政大 - 日本鉱業(1982年〜1988年)

脚注[編集]

  1. ^ “鈴木バスケ監督ら責任取り辞任 男子、W杯出場逃し”. 共同通信社. 47NEWS. (2013年10月9日). http://www.47news.jp/CN/201310/CN2013100901002130.html 2014年4月10日閲覧。 
  2. ^ Japan hoops set to hire Hasegawa”. japantimes.co.jp (2014年4月8日). 2015年10月3日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]