沼田宏文

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獲得メダル
日本の旗 日本
バスケットボール
男子アジア選手権
1971 東京

沼田 宏文(ぬまた ひろふみ、1952年8月15日 - )は、兵庫県出身のバスケットボール選手・指導者である。ポジションはセンター。現役当時は204cmの長身から「ジャンボ沼田」と呼ばれていた。

来歴[編集]

加古川東高から同志社大学に進学。1970年インカレ準優勝を果たし、1972年ミュンヘン五輪に出場[1]

卒業後は、松下電器に入社。選手として7度の日本リーグ優勝に貢献、新人王も獲得しベスト5も5度受賞する。1976年にはモントリオール五輪代表となる[1]

引退後は1997年にバスケット部部長に就任。

2002年から2003年には日本協会男子指導部長も務めた。

2007年、母校である同大バスケットボール部監督に就任。嘱託職員として出向し、3年間で低迷の続く古豪の再建に当たる。また、関西学生連盟理事も兼任する。

脚注[編集]

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  1. ^ a b ~京都、滋賀ゆかりの五輪選手~”. 京都新聞 (2000年). 2012年6月28日閲覧。

関連項目[編集]