パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライム

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2006年のパイクスピークに出場したスズキ・グランドビターラ(日本名エスクード

パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライム(: Pikes Peak International Hillclimb,PPIHC)とは、アメリカコロラド州で毎年アメリカ独立記念日前後に行われる自動車二輪車のレース。別名「雲へ向かうレース(The Race to the Clouds)」として知られる。
初開催は1916年で、アメリカではインディ500に次ぐ歴史を持つカーレースでもある。
2016年に100周年記念大会を迎え様々なセレモニーが予定されている。

英文表記に従うと「パイクス・ピーク」であるが、ここでは日本で一般化している「パイクスピーク」の表記とする。

概要[編集]

コース中腹に向かう前半舗装区間。

レースはラリー・アメリカの公認である[1]。1916年に第1回が開催され、毎年7月4日の独立記念日前後に決勝が行われる[2]。毎年大体平均して150のチームが競い合う。2012年のエントリー台数は182台だった。

舞台となるパイクスピークロッキー山脈の東端、コロラドスプリングスの西16kmに位置する山である。標高は4,301mに達し、アメリカ合衆国の天然記念物に指定されている。1806年に探検家のゼブロン・パイク(Zebulon Pike)によって紹介されたためにPike’s Peak (パイクの頂)と名づけられた。

頂上の座標は北緯38度50分26.6172秒 西経105度2分34.0692秒 / 北緯38.840727000度 西経105.042797000度 / 38.840727000; -105.042797000である。

レースは標高2,862m地点をスタート地点とし、頂上までの標高差1,439mを一気に駆け上がる。距離は19.99km、コーナーの数は156、平均勾配は7%である。当時コースの大部分はグラベル(未舗装路)だったが、2011年にトップセクションが完全なターマック(舗装路)になり、2012年には全コースがターマックとなった。山肌を走るコースにはガードレールがない部分が多く、ひとつハンドルを切り損ねれば600mの急斜面を滑落するという危険が伴う。

また、スタート地点とゴール地点で大きく標高が異なるため、気圧、気温、天候といった自然条件が大きく変化する。実際、スタート地点では晴れているのに頂上付近では雪やひょうが降ることがある。過去にゴール地点の標高を下げて開催されたこともあった。マシンセッティングも、希薄になっていく酸素濃度や急激な気圧の変化に対応して、過剰とも思える出力を発揮するエンジンチューン、特殊なキャブレーション、低い気圧でも有効なダウンフォースを得るための巨大なエアロパーツ、エンジン・ブレーキの冷却系の強化が施される。ライバルとの争いというよりは、むしろ頂上へ向かうにつれて刻々と変化する自然との闘いといった意味合いの強いレースであり、各ドライバーに掛かる攻略難易度も高い。トップセクションは富士山の標高より高い場所を走行する。

レーススケジュールは一週間あり、月曜日に開催されるドライバー達の親睦を深めるゴルフコンペから始まり、火曜日から木曜日までの3日間が予備予選となる。 各クラス、コースを3分割してのエリア毎のタイム計測。その合計タイムで規定台数枠の振い落としが行われ、金曜日の予選へ駒を進められる。 予選はスタート順決定のためのタイム計測となり、日曜日にコースを通した決勝が行われる。 2010年時点でのスケジュールは火曜日に車検。水・木・金曜日の早朝にコースを三分割した練習走行を行い、ボトムセクションのタイムで出走順が決められる。また、金曜日の夕方にダウンタウンでファンフェスタがある。土曜日は休息日。日曜日に決勝が行われる。


クラス[編集]

2012年現在下記のクラスに分かれている。この他にも、さまざまな新しいクラスが時流によって付け加えられたり改名、及び廃止されている。最も歴史があるのは1916年の第1回から続くオープンホイールクラスで、過去の優勝者にはマリオ・アンドレッティも名を連ねる。

四輪[編集]

  • オープンホイール
オープンホイール、オープンコクピット、シングルシート、シングルエンジンの車両。外観はクロスカントリーバギーカーやインディカースタイル。
  • パイクスピークオープン
外観はストックカーに見えるかもしれないがエンジン・トランスミッション・サスペンションに大きな変更を加える事が出来る。[3]主に市販車ベースのGTカーPWRCカーなどによる。
  • ロッキーマウンテンヴィンテージレーシング(RMVR)
1980年代以前の車両。欧米で言うところのマッスルカーが主流。例として旧フォード・マスタングシェルビー・マスタングリンカーンマーキュリーなどによる。
  • スーパーストックカー
NASCARなどのストックカーによるクラス。
  • アンリミテッド
改造無制限。
  • エレクトリック
電気自動車によるクラス。
  • タイムアタック
市販車ベースの2WD4WD車によるクラス。
  • エキシビション
トレーラーヘッド車等クラス分けに収まらないその他の車両。

二輪・クワッド[編集]

  • 250cc
  • 450cc
  • 750cc
  • 1205cc
  • エレクトリックバイク
  • ビンテージ
650 – 750cc、2気筒、ライダーの年齢制限50才
ATV、いわゆる四輪バギー。500cc以下
  • エキシビションパワースポーツ
サイド・バイ・サイド・ビークル(UTV)、大型ATV、電動二輪車やクラス分けに収まらないその他の車両。

過去開催されたクラス[編集]

  • オープンラリークラス
過去のWRCグループBカーに相当。現在のアンリミテッドクラスに統合。
  • プロダクションGTラリークラス
文字通り、無改造に近いPWRCカーに相当。現在のパイクスピークオープンクラスに統合。
  • ハイパフォーマンスショールームストック
スーパーストッククラスへ統合。
  • プロトラック
アメリカンピックアップトラックの4WD車がここに入る。
  • ラリーアメリカ
2010年より開設。さまざまなクラスが乱立し、複雑化していたオープン、オープンライト、プロダクション、スーパープロダクション、プロダクションGT、グループ2、グループ5車がこちらに統合。
  • 450ccスーパーモト
  •  二輪において以前は大きくプロクラスとアマチュアクラスに分かれていて、それぞれに250ccと無制限のOPENクラスが存在した。
  • 2014年から電動バイククラスが新設された

  

コースレコード[編集]

公式のパンフレットには、各クラス毎の歴代のコースレコードが記載されている。

日本勢のコースレコード[編集]

年度 ドライバー タイム クラス チーム 車両
1993 亀山晃 11分42秒95[5] パイクスピークオープン 1991 NISSAN R32 GT-R [6]
1999 杉田皓生 15分19秒91 [7] エレクトリック 1997 Honda EV PLUS Type R
2007 田嶋伸博 10分01秒408(全体の新記録)[8] アンリミテッド スズキスポーツ スズキスポーツ XL7 ヒルクライムスペシャル
2010 塙郁夫 13分17秒57[9] エレクトリック チーム・ヨコハマEVチャレンジ The EV Sports Concept HER-02
2011 田嶋伸博 09分51秒278(全体の新記録)[10] アンリミテッド チームGoProモンスタースポーツwith BC モンスタースポーツ SX4 パイクスピークスペシャル
2011 塙郁夫 12分20秒084[11] エレクトリック チーム・ヨコハマEVチャレンジ The EV Sports Concept HER-02
2012 奴田原文雄 10分15秒3804[12] エレクトリック Show Aikawa World Rally Team TMG EV P002
2014 増岡浩 9分12秒204[13] エレクトリック 三菱自動車 2014 Mitsubishi MiEV Evolution III


2015 岸本ヨシヒロ 10分58秒861[14] エレクトリックバイク Team MIRAI 2015 韋駄天ZERO(idaten-zero)

日本勢の挑戦[編集]

田嶋伸博が操るスズキ・XL7 パイクスピーク仕様(2007年型)
日本人の初挑戦の年で、この年以降、スズキの田嶋伸博(後述)の他にも、日本のダートトライアルWRCにスポット参戦するラリーストが、プライベートエントリーで挑戦している。
田嶋は現地でレンタルしたマツダ・ファミリアで完走した。また、プロダクション(市販車)GTラリークラスに国政久郎がトヨタ・セリカ・GT-FOURでエントリー。結果は中盤のコーナリングミスでリアセクションをヒットして横転し、DNFであった。 他にも奥平紳一郎がスバル・ジャスティ、横瀬友則はスバル・レオーネで参戦し、奥平紳一郎スバル・ジャスティは、14分01秒のタイムで、オープンラリークラス5位であった。
アンリミテッドクラスにスバル・アルシオーネ小関典幸の手により参戦。14分25秒09と3位のタイムを叩きだし、ルーキー賞を獲得した。横瀬友則もアルシオーネで挑むが、結果は15分27秒01とクラス4位。なお、小関のチームからは他にもスバル・レックスのスーパーチャージャー仕様が参戦していた[15][16]
二輪部門のオープンプロクラスに三木修治が日本人で初参戦し、14分30秒で12位。
ニスモ400Rがクラスチャンピオンを獲得。
ホンダEV PLUS後輪駆動改造し、ニッケル水素電池を搭載したレース専用電気自動車・1997 Honda EV PLUS Type Rで挑戦し、Teruo Sugitaのドライブで電気自動車のコースレコードとなる15分19秒91を記録。
ケン・グシ(具志健士郎)がパイクスピーク・オープンクラスに参加したがリタイヤ。
俳優の哀川翔がMEN’S TENORAS with Show Aikawa RALLY TEAMとしてフォード・フィエスタSTでオープンクラスに参加し、15分34秒808を記録。
同年から横浜ゴムがチーム・ヨコハマ・EV チャレンジとしてドライバーに塙郁夫を起用し、オリジナルのEVレーシングカーで挑戦している。初挑戦の2009年は、前後に2台のモーターを配置した4WDのEV Racing Buggy ER-01で14分50秒754を記録。
  • 2010年
チーム・ヨコハマ・EV チャレンジが、インダクションモーターリチウムイオン電池を搭載した後輪駆動のEV、Sports Concept HER-02で挑戦、13分17秒57で電気自動車のコースレコードを更新[17]。2011年も引き続きHER-02で参戦しコースレコードを更新、12分20秒084を記録。[18]
  • 2011年(平成23年)
吉岡稔記がタイムアタック2WDクラスにシルビアで参加し、11分33秒734を記録した。[19]
レクサスIS-F CCS-Rコンセプトで参加し11分36秒175を記録した[20]
吉岡稔記が前年に引き続き参加、10分20秒774を記録。[21]
哀川翔監督の率いるShow Aikawa World Rally TeamがTOYOTA MOTORSPORT GmbHが開発したTMG EV P002で参戦し、奴田原文雄のドライブで10分15秒380を記録、電気自動車のコースレコードを更新。[22]
決勝レース後頂上で無事を確認抱き合う2輪部門出場の新井と岸本
三菱自動車がベッキー・ゴードンのドライブする北米仕様のi-MiEVとレーシングカーとして開発された増岡浩のドライブするi-MiEV Evolutionで参戦し、ゴードンが15分10秒557、増岡が10分30秒850を記録。[23]
チーム・ヨコハマ・EV チャレンジが引き続きHER-02で参戦、11分58秒974で自己のタイムを更新する。[24]
相澤剛がサイオン・tCで参加し、12分08秒606を記録。[25]
  • 2014年(平成26年)
東京空冷カワサキZチューニングショップ、BLUE THUNDERSから新井泰緒(マシンはKawasaki Z1000MKII),高野昌浩(同じくKawasaki Z1)がPikes Peak Challenge- UTV/Exhibitionに参戦し、新井がクラス2位、総合53位、高野がクラス3位、総合65位。
マン島TTのTTZEROクラスに参戦していた愛知県一宮市のTEAM MIRAIがこの年より新設された電動バイククラスに参戦、ライダー兼代表の岸本ヨシヒロが出場するが決勝で転倒、コース復帰し完走。クラス2位、総合103位。
  • 2015年(平成27年)
前年に続きチームBLUE THUNDERSが参戦、新井泰緒がKawasaki Z1000MKIIで11分18秒667を記録、クラス2位、総合37位。
こちらも前年に続きTEAM MIRAIがマシンをフルモデルチェンジして参戦、岸本ヨシヒロが韋駄天ZERO(idaten-zero)で10分58秒861を記録、クラス優勝。昨年の雪辱を果たした。総合29位2輪13位。

田嶋伸博(モンスター田嶋)[編集]

日本からは、ラリードライバーでスズキスポーツ社長の田嶋伸博(モンスター田嶋)の率いるチームが、1988年(昭和63年)からアンリミテッドクラスに参戦を続けている(2001年〈平成13年〉までと2006年〈平成18年〉以降は田嶋自身がドライバーとして出場している)。

使用する車両は一応市販車の名が冠せられているが、実際は全くの別物である。鋼管スペースフレームCFRPケブラー製のカウルを被せ、エンジンはリヤミッドシップ配置で、ドライバーズシートは中央に置かれる。車体の前後にエンジンを搭載したツインエンジン仕様となっていた時代(1989年〈平成元年〉 - 1997年〈平成9年〉、2000年〈平成12年〉)もあった。標高が上がって、大気中の酸素濃度が希薄になっても十分な出力が確保できるようにエンジンの出力は非常に大きく、2008年(平成20年)モデルでは公称1,007馬力を発生する。

田嶋のチームは1993年(平成5年)まではツインエンジン・カルタスで参戦、1994年(平成6年)にベースマシンをエスクードに変更し、翌1995年(平成7年)には初の総合優勝を果たした[26]。以後も継続して挑戦を続け、最大のライバルであるロッド・ミレン英語版が参加しなくなったあとはアンリミテッドクラスでは常勝チームとなり、2006年(平成18年)には「エスクード・ヒルクライム・スペシャル」、2007年(平成19年)と2008年(平成20年)は「XL7・ヒルクライム・スペシャル」、2009年(平成21年) - 2011年(平成23年)はSX4で参戦し、6年連続の総合優勝に輝いた。2012年(平成24年)はオリジナルの電気自動車「モンスタースポーツ E-RUNNER パイクスピークスペシャル」で総合優勝を狙ったがモーターのトラブルによりリタイヤした。[27]

WRC勢[編集]

世界ラリー選手権(WRC)に参戦していた選手の参戦も、WRCファン層からみれば話題性があり、成績の目安ともなっている。

2009年フォードワークスがアンドレアス・エリクソンマーカス・グロンホルムと共にアンリミテッドクラスにフォード・フォーカスWRCベースのエンジンを搭載したフォード・フィエスタRALLY CROSSで出場。結果はクラッシュオーバーヒートに悩まされエリクソンはリタイヤ、グロンホルムは11分28秒963と振るわなかった。

WRCグループB(S)勢[編集]

ヴァルター・ロールが駆ったアウディ・スポーツクアトロS1パイクスピーク仕様(1987年型)

1980年代中盤、WRCにおいてグループB車両による死亡事故が相次いだこともあり、当時国際的なモータースポーツ競技全般を管掌していた国際自動車スポーツ連盟(FISA)は1986年シーズンをもってグループBを消滅させ、メインストリームを安全性の高いグループA車両による戦いとすることを発表した。

これによりWRC参戦が不可能となったグループB車両が、本大会のオープンラリークラスへ転用された。

ミシェル・ムートンが駆ったスポーツクワトロS1(1985年型)

アウディは、1985年よりヴァルター・ロールミッシェル・ムートンといったWRCの常連勢が駆るアウディ・スポーツクワトロS1のパイクスピーク仕様を投入し、1985年はミッシェル・ムートンが11分25秒39、1987年はヴァルター・ロールが10分47秒85を記録し、当時の最高記録を塗り替えた。

アリ・バタネンがドライブしたプジョー405T16GRパイクスピーク仕様(1988年型)

続いてプジョーも、1987年1989年にオープンラリークラスに参戦した。マシンは1987年はパリ・ダカールラリーにも転用していたプジョー・205ターボ16、ドライバーはアリ・バタネンシェカー・メッタであった。 1988年には405T16GRを投入、10分47秒22を記録し、前年のロールの記録を更新した。この時の映像を使ったドキュメンタリーショートフィルム作品「Climb Dance」[28]がヨーロッパで発表され、この大会の知名度向上に貢献した。その後の2000年代にもプライベーターの手により時より姿を見せ、年代を越えた走りを見ることが出来た。

ランチアは、ランチア・デルタS4にウイング拡大化などのモディファイを施し参戦したが、成績は振るわなかった。

2004年には、WRCで予定されながらグループB消滅とともに立ち消えとなったカテゴリであるグループS用マシンのフォード・RS200Eが、プライベートチームであるMach 2 Racing Teamから、かつてのRS200ワークスドライバーのスティグ・ブロンクビストのドライブで出場し、優勝した。このマシンは2009年にも改良を加えられ、アンリミテッドクラスに出場した。

脚注[編集]

  1. ^ Rally America 2010年南西地域
  2. ^ 2012年大会は当初は7月に開催予定だったが、コース周辺で発生した山火事の影響により8月中旬に延期されている
  3. ^ Divisions,PPIHC公式Web
  4. ^ http://www.ppihc.com/updates/2013/07/02/loebs-epic-run-on-pikes-peak-showcases-colorado-springs-again/
  5. ^ 2010公式パンフレット参照
  6. ^ http://www.hispanianews.com/archive/2000/June30/05.htm 「From Cadillacs to Sidecars, Adelphia Pikes Peak International Hill Climb will run 17 divisions」Hispania News、2000年6月30日
  7. ^ http://www.honda.com/newsandviews/article.aspx?g=company-news&id=277-en 「Honda Sets New Electric-Vehicle Record at Pikes Peak Hill Climb」米国ホンダプレスリリース、1999年9月27日
  8. ^ http://www.webcg.net/WEBCG/news/n0000017151.html 2007年パイクスピークは、田嶋がワールドレコードで総合優勝 」WebCG、2007年7月25日
  9. ^ http://www.yrc-pressroom.jp/html/201062915ms001.html 横浜ゴムプレスリリース参照、2010年6月29日
  10. ^ http://www.monster-sport.com/ppihc/j/monsterinhc/index.html モンスタースポーツPPIHC参照
  11. ^ http://www.yrc-pressroom.jp/html/201162717ms001.html 横浜ゴムプレスリリース参照、2011年6月27日
  12. ^ http://www.yrc-pressroom.jp/html/201282017ms001.html 横浜ゴムプレスリリース参照、2012年8月20日
  13. ^ http://www.mitsubishi-motors.com/publish/pressrelease_jp/corporate/2014/news/detail4792.html 三菱自動車プレスリリース参照、2014年6月30日
  14. ^ http://ev-mirai.com/blog/archives/9743 TEAM MIRAIサイト参照、2015年6月28日 、http://blogs.yahoo.co.jp/f4spr_c/35854310.html 2次ソースとして感染帝国参照,2015年6月30日
  15. ^ いずれもRacing On 1989年9月号(ニューズ出版)、Auto Sport 1989年9月号(三栄書房)より
  16. ^ 上州オートクラブHP、ヒストリーより
  17. ^ http://www.usacracing.com/ppihc/ts/2010 パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライム2010年リザルトExhibitionクラス参照
  18. ^ http://www.usacracing.com/ppihc パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライム公式2011年リザルト参照
  19. ^ http://www.usacracing.com/ppihc パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライム公式2011年リザルト参照
  20. ^ http://ecocar-asia.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/2012-63ed.html ザッカー
  21. ^ http://www.usacracing.com/ppihc パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライム公式2012年リザルト参照
  22. ^ http://www.yrc-pressroom.jp/html/201282017ms001.html 横浜ゴムプレスリリース参照、2012年8月20日
  23. ^ http://www.usacracing.com/ppihc パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライム公式2012年リザルト参照
  24. ^ http://www.yrc-pressroom.jp/html/201282017ms001.html 横浜ゴムプレスリリース参照、2012年8月20日
  25. ^ http://ecocar-asia.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/2012-63ed.html ザッカー
  26. ^ この年は、頂上付近の天候不良のためにゴール地点を下げたショートコースで行われた。
  27. ^ http://www.apev.jp/teamapev/race/index.html TEAM APEV
  28. ^ プジョー製作・1989年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]