哀川翔

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
あいかわ しょう
哀川 翔
本名 福地 家宏[1]
生年月日 1961年5月24日(55歳)
出生地 日本の旗 日本 徳島県徳島市
身長 178 cm
血液型 AB
ジャンル 俳優タレント歌手
活動期間 1984年 -
活動内容 1984年一世風靡セピア
1988年:本格的俳優デビュー
配偶者 青地公美
主な作品

ドラマ
とんぼ』・『らんぼう』・『クロサギ』・『世田谷駐在刑事


映画
DEAD OR ALIVE 犯罪者』シリーズ
デコトラの鷲』シリーズ
ゼブラーマン


オリジナルビデオ
修羅がゆく』シリーズ
修羅のみち』シリーズ
借王』シリーズ
備考
元『劇男一世風靡』主要メンバー

哀川 翔(あいかわ しょう、1961年5月24日 - )は、日本俳優タレント歌手レーシングドライバー徳島県徳島市生まれ、鹿児島県鹿屋市出身。

人物[ソースを編集]

趣味は釣りゴルフ昆虫採集カブトムシクワガタムシ)、メダカの飼育である。

妻(元女優・青地公美)とは六本木のカラオケ屋「弐壱」にて武蔵丸光洋の大関昇進パーティーに参加した際に出会った。青地はその日、矢沢永吉の妻とパーティーに来ていた[2]

高校時代までは体育教師を目指しており、体育大学への進学を希望していたが願書の出し忘れにより受験ができずに終わった経験がある。

朝日の昇る前から起き、家族が目を覚ます前に散歩をするためか、夕方には既に眠くなり、20時か21時には床に入るという[3]

5人の子供(三男、二女)を持つ親であり、末っ子で次女の福地桃子とはテレビ東京借王(シャッキング)~華麗なる借金返済作戦~[4]福島中央テレビ「キズナ・ワーク」[5]等にて共演している。長女はcossamiのMINAMI。次男はガールズバンド・SCANDALのマネージャー[6]。長女・長男・次男は妻の連れ子。三男・次女は哀川の子供であるが、五人共に「全員俺の子供」という方針で接している[7]

RIKACOとは家が隣同士。家族ぐるみでの付き合いで互いの自宅で頻繁に食事をしている>[8]

2016年10月27日放送のNHK総合「ファミリーヒストリー」で本名を公表[1]。また、哀川翔の由来は、「哀」しみを「川」に流して「翔」びたて、であると明かした。先祖は佐賀鍋島藩の家臣である福地家であり、父方の祖父は満州で警務官僚として働いていたが、北部国境地帯からのソ連侵攻からの避難民の警護任務中に匪賊との戦闘で死亡した。この直後に父方の祖母と彼女の幼い娘二人も満州で死亡。哀川の父の弟妹二人だけが彼らの父の上司によって救出され日本に戻ってきた。哀川の父は長男であったため幼少期の病気を理由に佐賀の実家に預けられており、そこで親兄弟を襲った悲劇を聞いた[9]

来歴[ソースを編集]

徳島県徳島市生まれ。海上自衛隊の航空幹部だった父親の転勤に伴い山口県岩国市栃木県宇都宮市千葉県館山市を転々[2]。哀川が5歳の時、父親が訓練中に搭乗していた訓練機同士が衝突して事故死。当時母親は臨月だったため、代わりに哀川が父親の亡骸と対面、遺体を確認したという。この事故はマスコミ各社で大きく取り上げられ、当時の新聞には待合室の椅子に座り、同行した叔父が読む新聞を覗き見する子供時代の哀川の写真が載った。この事故について哀川本人は2016年10月27日のファミリーヒストリーで「何かはよく分からなかったが、食事をしながらテレビを観ていたら、突然画面に親父の名前が出たのをはっきりと覚えている」と語っていた。この後、母の実家・鹿児島県鹿屋市に転居しその後は鹿屋市で育った。鹿屋市立鹿屋小学校、鹿屋市立第一鹿屋中学校鹿児島県立高山高等学校東京工学院専門学校卒業(親に学費を出して貰っているので、無遅刻無欠席を徹した)。なお本籍地は生まれて今日までずっと祖父が住んでいた東京都に置いているという[2]

専門学校在学中、雑誌『ポップティーン』の創刊時にアルバイトのライターとして飛鳥新社に出入りするようになる。ライター名は「ショウ・ロンリーリバー」で、ロンリーリバーは哀川の英語読みである。

芸能活動[ソースを編集]

路上パフォーマンス集団「劇男一世風靡」に所属し、『前略、道の上より』で「一世風靡セピア」メンバーとしてレコードデビュー。1986年には『青の情景(シーン)』でソロデビューを果たす。 オールスター大運動会の短距離走に出場した際に、後の芸能人最速男井手らっきょ(ひろし)と対戦し、一度はリードを許すものの、ゴール前でまくって勝ったことがある(井手の表情と走りは本気モード)。 1988年、同郷の先輩である長渕剛から出演依頼を直々に受けたテレビドラマ『とんぼ』(TBS)に出演。1990年にはその存在感と演技力を高橋伴明に見込まれ、Vシネマ『ネオ・チンピラ・鉄砲玉ぴゅ~』、映画獅子王たちの夏』の主役に抜擢される。

1995年には「あいかわ翔」名義で監督デビュー。助演男優として『棒の哀しみ』や『うなぎ』といった作品にも出演し、テレビドラマテレビコマーシャルへの出演機会が増え始める。2004年に出演した映画『ゼブラーマン』で主演作品100本の快挙を成し遂げる。

竹内力と共に「Vシネマの帝王」と呼ばれる。

2005年日本アカデミー賞で優秀主演男優賞を受賞。

近年は、内村光良との共演をきっかけにバラエティ番組にも出演。

2010年6月4日(ムシの日)に孫が誕生した。

モータースポーツ活動[ソースを編集]

車好きで、映画『SS エスエス』出演の際、三菱・スタリオン4WDラリーを見た時「鳥肌が立った」とコメント(後に、ラリージャパン2007開会式に映画宣伝を兼ねゲスト出演)。またラリー出場ドキュメント撮影のため[10]、国際C級ライセンス(レース除外)を取得、映画『SS』に登場したフォード・フィエスタSTでラリージャパン2008にプライベータ応募で出走。DAY2でリタイアしたものの、スーパーラリー規定によりペナルティ加算を受け復帰し、その後は走り切った。[10]

同じくドキュメント撮影[11] の為、2009年の第87回パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムに出場、細かく競技・車種・排気量がクラス分けされている事で知られる同大会の「オープンクラス(市販車改造クラス)」にて5位(全7台。2台リタイヤ)[12]。この時はコ・ドライバーに、ドライビングコーチ役のプロラリードライバー、奴田原文雄が急遽搭乗する事になった。

2010年は自らのチーム「TEAM SHOW」を結成してラリージャパンに参戦したほか(ドライバーは奴田原で、自らは監督を務めた)、2011年からは「FLEX FEDERAL SHOW AIKAWA Racing」を結成しアジアクロスカントリーラリーに参戦している。2011年・2012年は自らドライバーとして参戦し、2012年にはクラス優勝も果たした[13]。2013年からは自らは監督業に専念しており、ドライバーにはタレント仲間であるヒロミなどを起用している。

昆虫飼育[ソースを編集]

2000ゼロ年代後半頃から、各メディアでしばしば昆虫好きであると紹介されるようになる(別に隠していたわけではなく、いわゆる「意外な一面」的なクローズアップのされ方)。特にカブトムシについては2015年までに約2万5000匹を羽化させた実績(幼虫のエサも自作である。)があり「カブトムシ愛好家」という肩書きで紹介される事がある(但しクワガタムシも好きであり採集や繁殖も行っている。)。2015年に公開された昆虫生態ドキュメンタリー風映画『アリのままでいたい』には出演していないにも関わらず、初日舞台挨拶回を鑑賞し希望する人(中学生以下)に、自ら羽化させ育てたカブトムシの成虫200匹(ペア100組)をプレゼントした事もある。これは、配給元の東映が「虫の魅力を知ってほしい」との理由から、芸能界屈指の昆虫愛好家でカブトムシを毎年数千匹繁殖させている哀川に依頼した事で実現した。哀川は快諾し、自身はVTR出演となり、映像を通じて鑑賞した来場者へコメントを発表した。尚、東映によると、来場者プレゼントで生物が配られたのは初めてとの事。

なお2015年は育てたカブトムシのうち1匹が全長88ミリメートルに達し普通のカブトムシとしては世界記録級の大きさだったためギネスブックへ申請(昆虫雑誌『BE-KUWA』でのカブトムシ飼育ギネスコンテストでは見事ギネスを獲得した。また、同誌で大きく育った理由に関して「エサの配合が上手くいったのではないか」とコメントしている。)したり、同年に羽化させたカブトムシの2匹が一説には確率一万分の一とも言われる雌雄モザイク(雌雄同体)であった事が判るなど、昆虫に関する報道が相次いだ[14]

受賞歴[ソースを編集]

出演[ソースを編集]

テレビドラマ[ソースを編集]

バラエティ[ソースを編集]

情報番組[ソースを編集]

  • あさイチ(2016年10月 -、NHK)不定期レギュラー

ラジオ[ソースを編集]

映画[ソースを編集]

オリジナルビデオ[ソースを編集]

舞台[ソースを編集]

TVゲーム[ソースを編集]

CM[ソースを編集]

書籍[ソースを編集]

  • 俺、不良品 (2001年、東邦出版)
  • 翔、曰く (2003年、ぴあ)
  • 百本締め (2004年、東邦出版)
  • SHOW LONELY RIVER (2005年、ぴあ)
  • 翔、曰く EXCITING (2006年、ぴあ)
  • 早起きは「3億」の徳 (2009年、東邦出版)
  • 元不良、いま不良、これからも不良(2014年、東邦出版)
  • はじめてのカブトムシ飼育BOOK(2016年7月) 監修:哀川翔
  • ブレずに生きれば道は拓ける! 一翔両断!!(2016年9月、KADOKAWA) 芸能生活30周年記念本

関連書籍[ソースを編集]

  • 哀川翔 鉄砲玉伝説 谷岡雅樹のナイフの横顔 (2001年、太田出版)

写真集[ソースを編集]

  • 哀川翔写真集 (1986年、集英社)
  • ON 哀川翔写真集 (2001年、東邦出版)
  • 写真集 白黒つけるぜ! (2004年、ぴあ)

ディスコグラフィ[ソースを編集]

シングル[ソースを編集]

発売日 タイトル c/w 規格 品番 レーベル
1 1986年6月25日 青の情景(シーン) 割れた涙 EP 07FA-1080 ファンハウス
2 1986年11月21日 WOW WOW
(ウォウ・ウォウ)
シャンハイナ EP 07FA-1094 ファンハウス
カセット
ミニ・ブック付き
15FC-2069
3 1987年5月25日 卑怯者 ガラパゴス寓話(フェーブル) EP 07FA-1112 ファンハウス
4 1989年7月21日 まっすぐ行けばいい 俺たちの迷い 8cm CD P10G-1009 プラッツ
5 1990年4月21日 どしゃぶりの胸 のらいぬ 8cm CD PLDP-1016 プラッツ
6 1991年4月21日 ぐてんぐてん オサラバサ 8cm CD PLDP-1029 プラッツ
7 1991年12月5日 抱きしめたい 泡沫 8cm CD BCDA-11 バンダイ・カンパニー
8 1992年11月5日 明日が好きさ! KAGOSHIMA 1991 8cm CD APDA-74 アポロン
9 1993年4月5日 遠去かる夏の日 一時の夢 8cm CD APDA-78 アポロン
非売品 チンピラ仁義
10 2010年3月17日
(昆虫探偵ヨシダヨシミ 名義)
生きていることがいい The Last Song Maxi PCCA-70276 ポニーキャニオン

アルバム[ソースを編集]

発売日 タイトル 規格 品番 レーベル
1 1986年7月23日 Antithese Train Antithese Flight
(アンチテーゼ・トレイン アンチテーゼ・フライト)
LP 28FB-2052 ファンハウス
CD 32FD-1038
2 1987年7月22日 COMMON SENSE
(コモンセンス)
LP 28FB-2107 ファンハウス
CD 32FD-1070
3 1989年8月25日 シングルコレクション CD 00FD-7121 ファンハウス
4 1989年9月1日 チンピラ達のララバイ CD P32G-9 プラッツ
5 1990年5月21日 のらいぬ CD PLCP-16 プラッツ
6 1991年5月21日 さすらい CD PLCP-29 プラッツ
サントラ 1991年6月21日 ネオチンピラ 鉄砲玉ぴゅ~ 続・鉄砲玉ぴゅ~ オリジナル・サウンドトラック CD PLCP-31 プラッツ
7 1992年6月21日 明日が好きさ! CD BCCA-23 バンダイ・カンパニー
BEST 1993年2月21日 BEST CD APCA-81 アポロン
8 1993年5月21日 白紙の地図 CD APCA-90 アポロン

映像作品[ソースを編集]

発売日 タイトル 規格 品番 レーベル
3 1989年8月25日 MR.PLACE VHS 00FE-7107 ファンハウス

タイアップ[ソースを編集]

曲名 タイアップ オンエア
生きていることがいい
(昆虫探偵ヨシダヨシミ 名義)
リベロ配給映画「昆虫探偵 ヨシダヨシミ」主題歌 2010年

ミュージックビデオ[ソースを編集]

DVD[ソースを編集]

  • 哀川翔 ROAD TO DREAM アジアクロス2011(2012年)

脚注[ソースを編集]

  1. ^ a b 哀川翔 母親に代わりわずか5歳で父の検視に立ち会っていた「どういう思いで生きたかが大事」”. livedoorNEWS (2016年10月28日). 2016年10月30日閲覧。
  2. ^ a b c 哀川翔・谷岡雅樹『哀川翔 鉄砲玉伝説』2001年、太田出版
    この人物のオモテとウラ 哀川翔(俳優) (ゲンダイネット)
  3. ^ INLIFE 男の履歴書 哀川翔
  4. ^ モデルプレス『哀川翔、実の娘と親子役でドラマ初共演』(2014年12月14日配信)- 2015年7月25日閲覧
  5. ^ キズナ・ワーク~親子二人で働こう公式HP
  6. ^ 【エンタがビタミン♪】175R・SHOGOが哀川翔とガールズバンドSCANDALの関係を暴露!”. Techinsight (2009年10月7日). 2016年3月28日閲覧。
  7. ^ 哀川翔と長女minamiが初コラボ”. 日刊スポーツ (2013年5月15日). 2016年3月28日閲覧。
  8. ^ 有吉弘行、哀川翔宅でのホームパーティーで隣人のRIKACOを激怒させる”. livedoorNEWS (2015年5月27日). 2016年3月28日閲覧。
  9. ^ ファミリーヒストリー「哀川翔~哀(かな)しみを川に流して翔びたて 涙の真実~」”. NHK「ファミリーヒストリー」 (2016年10月27日). 2016年10月30日閲覧。
  10. ^ a b Response.jp 【WRCラリージャパン】哀川翔、初挑戦で完走 2008年11月2日(日) 21時54分
    発売されているDVD(2008/12/26 ASIN:B001GXY4QG)ではライセンス取得からゴール迄のドキュメントを収録
  11. ^ AUTO SPORT web 2009.07.09 ドキュメンタリー番組連動企画「MEN'S TENORAS with Show Aikawa RALLY TEAM 哀川翔、第87回パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムに参戦」
    ・ドキュメントDVD(2009/12/26 ASIN:B002UCEWO6)
  12. ^ Pikes Peak International Hillclimb official Results 2009 (USAC)
  13. ^ 哀川翔&ヒロミ アジアクロスカントリーラリー2013へ参戦 - MSN産経ニュース・2013年7月11日
  14. ^ 哀川翔、今度は1万分の1の「雌雄同体」カブトムシ nikkanspoets.com 2015年7月24日
  15. ^ 哀川翔、編みぐるみのクマ役 『テディ・ゴー』主演は森川葵”. オリコン (2015年9月17日). 2015年9月17日閲覧。
  16. ^ ファミリーヒストリー「哀川翔~哀(かな)しみを川に流して翔びたて 涙の真実~」”. NHK「ファミリーヒストリー」 (2016年10月27日). 2016年10月30日閲覧。
  17. ^ 哀川翔がミュージカル初挑戦 ラサール石井演出『HEADS UP!』が上演”. シアターガイド (2015年7月23日). 2015年7月24日閲覧。
  18. ^ “哀川翔 20年ぶりバク転宣言!長ラン&ボンタンで気分は高校生!?”. スポニチアネックス. (2016年7月27日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2016/07/27/kiji/K20160727013045760.html 2016年7月27日閲覧。 

関連人物[ソースを編集]

外部リンク[ソースを編集]