日本海

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日本海の位置

日本海(にほんかい)は、西太平洋縁海で、樺太(サハリン)、北海道本州九州ユーラシア大陸大韓民国朝鮮民主主義人民共和国ロシア連邦に囲まれており、海上の境界は北東ではロシア本土のSushcheva岬と樺太西岸のTuik岬とを結ぶ線、樺太南端の西能登呂岬(またはクズネツォワ岬)と北海道北端の宗谷岬(または野寒布岬)とを結ぶ線、道南恵山岬青森県尻屋崎とを結ぶ線、南東では山口県下関市村崎ノ鼻六連島北九州市八幡岬とを結ぶ線で囲まれ、南西では長崎県野母崎福江島大瀬埼済州島最南端のプナム崎、全羅南道玉島珍島で囲まれる海域である[1][2]

「日本海」と最初に命名したのは、ロシア海軍のクルーゼンシュテルン提督(1770-1846)である。

古称は鯨海(けいかい)。英語ではSea of JapanまたはJapan Seaラテン語ではMare Iaponicum(マレ・ヤポーニクム)。フランス語ではmer du Japonドイツ語ではJapanisches Meerロシア語ではЯпонское море朝鮮語では、韓国では동해(トンヘ、東海)、한국해(ハングケ、韓国海)、北朝鮮では조선동해(チョソントンヘ、朝鮮東海)、조선해(チョソンヘ、朝鮮海)との呼称が一般的である。その他동조선해(トンチョソンヘ、東朝鮮海)などとも呼ばれている。なお、一時期までは일본해(イルボンヘ、日本海)と呼ばれていた。

現在、国連及び国際的な海図の大半は「日本海」(もしくはその訳語)という表記を使用しており、国際的にこれが一般的である。韓国はこれは日本による植民地統治の残滓であるとして「東海」「韓国海」「朝鮮海」等への置き換えもしくは併記を主張しているが、「日本海」は17世紀初頭の清の世界地図坤輿万国全図や明治以前発行の欧米の地図に既に記載されている。この呼称問題の詳細については、日本海呼称問題を参照のこと。

自然

富山県魚津市本新から臨む富山湾

平均水深は1,752m、最も深い地点で3,742mで、表面積は978,000 km²である。中央の大和堆(水深約400m)を挟んで主に3つの深い海盆があり北に日本海盆(水深およそ3,000m)、南西にやや浅い大和海盆、南東に対馬海盆(ともに水深およそ2500m)と呼ばれている。また、富山湾沖から水深1,000mにも達する富山深海長谷が約500kmにわたって延びている(富山平野砺波平野はその延長である)。大陸棚が東部沿岸に広がっているが、西部、特に朝鮮半島沿いは非常に狭く、幅は30km程度である。

大陸と樺太の間の間宮海峡(タタール海峡)、樺太と北海道の間の宗谷海峡オホーツク海と繋がっており、北海道と本州の間の津軽海峡では太平洋と、九州と対馬の間の対馬海峡東水道、対馬島と韓国の間の朝鮮海峡東シナ海と繋がっている。

海峡の水深が浅いため外海との海水の交換は少なく、唯一対馬海峡から対馬海流が流入するのみである。暖流の流入は日本の温暖な気候に影響を与えている。北部には寒流のリマン海流が流れているが、地質調査からかつて親潮が流れていた事が明かとなった。

深層には太平洋とは全く性質を異にする日本海固有水と呼ばれる、寒冷で溶存酸素に富んだ海水が分布する。

北方と南西海域は豊富な水産資源が得られ、鉱物資源天然ガス、わずかながら石油そしてメタンハイドレートの存在など経済的にも重要な海域とされる。

日本列島は4000万年前まで大陸の一部であったが、4000万年前頃から2000万年前にかけて大陸から分離し日本海の原型が形成され、その後拡大が進み数百万年前にはほぼ現在の配置になった。対馬海峡はまだユーラシア大陸と陸続きで、対馬海峡が形成されたのは第四紀になってからと言われている。その後氷期間氷期の世界的な海水準の変化によって、水深130m程度の浅い海峡は閉じたり開いたりを繰り返していた。その為、堆積物の岩相や同位体の構成比、元素濃度は劇的に変化をしている[3]

樺太から日本列島沿岸に沿って海嶺やマグニチュード7クラスの地震の多発域が帯状に連なっており、これを日本海東縁変動帯と呼ぶ。日本海東縁変動帯では、ネフチェゴルスク地震、北海道南西沖地震日本海中部地震‎庄内沖地震新潟地震新潟県中越地震新潟県中越沖地震などが発生している[4][5]

海の環境破壊

海洋汚染

漂着物として、主に韓国、中国など日本海を航行する貨物船漁船、また朝鮮半島や日本本土から不法投棄されるゴミが海流にのって、対馬や日本海沿岸に漂着する。その量は膨大で沿岸地方自治体の財政を圧迫するほどである。さらに、ロシアなどが遺棄していた放射性物質は深海を汚染しているおそれが大きく、カニ深海魚の汚染に不安感がもたれている。特に経済が悪化していた当時のロシアでは太平洋艦隊の古い原子力潜水艦原子炉を日本海公海上の海溝に投棄していたことが問題とされている[6]。また、冬季の天候の悪化時に起きる海難事故では、ナホトカ号重油流出事故のように大量の重油で沿岸部を汚染する事件が多発している。中国、ロシア、韓国船の中には船内を海水で洗浄した廃油を海に投棄する船が後をたたない。主に冬から春にかけて、航行中の船から材木などが大量に流出し航行に危険をもたらす事件もおこっている。

磯やけ

沿岸部の岩礁地帯の植物が死滅して、焼いたサザエの殻のように、水面下の岩についた貝等の屍骸で磯全体が広範囲にわたって白く焼けたように見えることから、この呼び名がある。 日本海沿岸部全体で観察される現象で、沿岸部での魚の激減、えさの減少から沿岸部で産卵されて育つ人間に有用な魚の稚魚の成長が難しくなることなど、漁業全体への深刻な影響が懸念される。 川の水が流入する直近の場所では少ないことから、海水の変化が原因と考えられている。 海水の変化の理由として、有力な説は船底塗料等の中に含まれる環境ホルモンによる海洋汚染、流入する河川の治水による有機物の減少、最新の説には、温暖化による海水の有機物の減少(貧栄養化現象、栄養減化現象)をあげる説等があるが、原因は不明である。 なお、現代の磯を見慣れている人には「磯焼け」が常態であるのでこの言葉に実感はないが、半世紀前の人々が普通に見た磯(水中)は、岩などが見えないほど海草が生い茂っていたのである。

生態系と漁業

太平洋より種族数が少なく固有種も乏しいことから、日本海の形成時代はあまり古くないといわれている。カニなどの沿岸性底動物は一般に豊富で、能登半島を境にしてその動物相にやや変化がみられる。太平洋岸に比べ、対馬暖流の影響で南方系種族の北限がはるか北方にのびている。例を挙げると、サザエは日本海側では青森でも漁獲されるのに対し太平洋側では関東以北には現れない。 プランクトンは沿海沖の冷水域および陸棚上に多く、中央部に乏しい。種類は対馬暖流系の暖水種と、リマン寒流系の冷水種に分けられるが、両者の分布は水塊分布ほど明確に区分されず、混在海域が広い。北方系の魚類としては、ニシンサケマスタラなどがあり、南方系の魚類としてはやや温帯性に属するブリが多いが、代表的な暖水魚であるカツオマグロなども地球温暖化による海水温の上昇により西側が産卵地域となり漁獲量が増加しているが乱獲が問題となっている。魚類としてもっと重要なものは温帯性のマダイマイワシサバカレイなどである。これらの分布を太平洋と比較すると、次のような特徴がある。

  • 南方系魚類の回遊範囲は太平洋岸より北上し、北方系魚類の境界ははるかに南下している。
  • カツオ、マグロが少ないので、日本海中央のサバ延縄漁業以外に遠洋漁業が発達しない。
  • 表層水は夏に高温になるが、わずか下層では寒冷となるため、表層でイワシ、サバ、タイなど温暖水魚がとれ、深海や海底ではタチウオ、タラなどの冷水魚がとれる。

また古来からクジラの回遊経路として知られ、かつて沿岸には多数の捕鯨漁村が存在した。これらのほとんどは捕鯨により激減したため今では稀にしか見られないが、現在でも多数のイルカ類や、少数だがヒゲクジラでは珍しく大規模な回遊を行わないミンククジラナガスクジラの個体群も存在する。

観光

天橋立鳥取砂丘千里浜海岸、丹後の鳴き砂など海と砂の作る不思議な海岸の光景が有名である。また、多くの風光明媚な観光地や天然記念物が散在し、北海道から対馬まで、観光資源としての価値もたかい。

国立公園

日本海に面した地域を指定した国立公園には利尻礼文サロベツ国立公園山陰海岸国立公園大山隠岐国立公園の3公園がある。

国定公園

暑寒別天売焼尻国定公園ニセコ積丹小樽海岸国定公園津軽国定公園男鹿国定公園鳥海国定公園佐渡弥彦米山国定公園能登半島国定公園越前加賀海岸国定公園若狭湾国定公園丹後天橋立大江山国定公園北長門海岸国定公園玄海国定公園壱岐対馬国定公園など多くの地が国定公園の指定を受けているが、近時、道路港湾によりその風景は破壊されつつある。

海路

多数のフェリー航路が設定されている。

また、上海から北米への航路は日本海から津軽海峡を経て太平洋に抜けるのが夏場は普通である。

隣接する国

隣接する日本の地方区分

領土問題

南西部にある竹島について日韓で領土問題が起きている。

日本海を冠した企業

脚注

関連項目

外部リンク

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