天橋立

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北側(傘松公園)からの眺め(2004年頃)
雪舟筆「天橋立図」(京都国立博物館蔵、国宝) 東側より(雪舟観)
南側よりの眺め(飛龍観)2005年7月
砂州の道

天橋立(あまのはしだて)は、京都府宮津市の宮津湾にある景勝地である。

目次

[編集] 概要

天橋立は、約7,000本の林が続く長さ3.2km(大天橋、小天橋)、幅20から付根が170mほどの砂嘴(さし)である(地学上では砂州)。宮津湾から阿蘇海を作る。阿蘇海からは、文珠切戸(もんじゅのきりど)と文珠水路(もんじゅのすいろ)によって、宮津湾へ開く。また、一般にはそれを展望する傘松公園も含めた総称とする場合もある。大橋立と小橋立は可動橋(「回旋橋」)で結ばれ(右写真手前の陸と砂嘴の間)、その下を精錬会社へニッケル鉱石を運ぶはしけ船や遊覧船などが通る(この回旋橋も、一つの観光名所となっており、2009年には、船が通らないときも回転させるようになった[1])。

人が逆さになって見ると、天に架かる橋のように見えることからこの名がついた。北側の傘松公園から「股のぞき」で見るのが名称の由来でもあり、伝統的に美しいとされている(この傘松公園からの眺望は、「斜め一文字」とも呼ばれる)。

南側からの眺め(及びその展望台)である「飛龍観」(ひりゅうかん。龍が天に登る姿に見えることから)も人気が高く、北側と観光客を二分するほどになっている。その他にも展望台があり、東側からの眺めを「雪舟観」(せっしゅうかん。左に掲げた雪舟筆「天橋立図」が描かれたことから)、西からの眺めを「一字観」(いちじかん。「一」の字に見えることから)という。

古くから名所として知られており、一例として百人一首小式部内侍の歌「大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみもみず 天橋立」が見られるほか、丹後国風土記には、イザナギが天に昇るためのはしごが、イザナギが寝ている間に倒れて天橋立になったとの記述がある。江戸時代から松島(現在の宮城県)、宮島(現在の広島県)とともに日本三景の一つに数えられた。

1952年昭和27年)11月22日に国の特別名勝に指定され、また日本の白砂青松100選にも指定されている。1955年6月1日には若狭湾国定公園の一部として国定公園に指定されていたが、2007年8月3日に丹後天橋立大江山国定公園として独立した。2007年には日本の地質百選に選定された。

京都府、宮津市などは「天橋立-日本の文化景観の原点」という名で、文化庁に対し世界遺産暫定一覧表記載資産候補としての提案を行い、落選したものの、カテゴリーⅠa「提案書の基本的主題を基に、作業を進めるべきもの。」 という評価を受けた。これは暫定リスト入りできなかった案件の中ではトップクラスの評価を受けたことを意味し、次回以降の選考による暫定リスト入りが期待されている。

[編集] 交通

飛行機
鉄道
  • 京都から
京都縦貫自動車道京都丹波道路)→(丹波IC)→国道27号→(京丹波わちIC)→京都縦貫自動車道(丹波綾部道路綾部宮津道路)→(宮津天橋立IC)→国道176号京都府道2号→天橋立
  • 大阪から
中国自動車道→(吉川JCT)→舞鶴若狭自動車道→(綾部JCT)→京都縦貫自動車道(綾部宮津道路)→(宮津天橋立IC)→国道176号→京都府道2号→天橋立
  • 名古屋から
名神高速道路→(米原JCT)→北陸自動車道→(敦賀IC)→国道27号→(小浜西IC)→舞鶴若狭自動車道→綾部JCT→京都縦貫自動車道(綾部宮津道路)→(宮津天橋立IC)→国道176号→京都府道2号→天橋立

[編集] 侵食問題

天橋立は、近年、侵食により縮小・消滅の危機にある。これは、戦後、河川にダムなどが作られ、山地から海への土砂供給量が減少し、天橋立における土砂の堆積・侵食バランスが崩れたためである。これ以上の侵食を防ぐため、行政では砂州上にそれと直交して小型の堆砂堤を多数設置し、流出する土砂をそこで食い止めようとしている(写真:南側よりの眺め(飛龍観)の向かって右側の砂浜がノコギリ状になっている部分)。

[編集] 松食い虫の問題

松くい虫のため、一時松が立ち枯れし、全滅の危機に瀕した。その後害虫駆除を行い現在では小康状態を保つ。

[編集] 参考文献

  • 天橋立物語 その文化と歴史と保全 - 岩垣雄一 著 (2007年7月、技報堂出版) ISBN 978-4-7655-1721-8

[編集] 脚注

  1. ^ "天橋立の「回旋橋」不況で出番減 魅力を…観光協がサービス回転". 京都 (2009-03-20). 2009年03月20日 閲覧。

[編集] 関連項目

ウィキメディア・コモンズ

[編集] 外部リンク